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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第三幕 睨んでも分からないものは分からない
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第三幕 その3

 兵舎代わりになっている仮設テントから、ファスが陣形魔法に使う先端に紋章を付けた馬印用の長い杖ーーちなみに戦場での拾いものなので紋章の由来は知らないーー、シグナムを担いで出てきた時である。

 ヤギのような角に鋭い目が中性的な貴族、ナディがいた。

 分厚いロープでも分かる豊満な丘を支えるように腕組みをして、何故かファスをじっと睨みつけている。

 スルー、というわけにはいかないか。

「どうも、えーと、ごきげんよう? ですかね。先日はありがとうございます」

「……」

「ナディ様のおかげで、無事、帰ることができました。今後ともよろしくお願いします」

 先日の悪魔討伐の折、隠れてついてきていて、悪魔がマクたちへ突撃してきた時やユピテラが魔族を斬ろうとした時に止めてくれたのがナディ、彼女である。

 助けがなければ色々とやばかったので、そうお礼を言ったのだが、

「……」

 何か言えよ、おい。会話はキャッチボールするものであって、一方的に投げつけるにも限界があるんだ。

 そう言えればよかったのだが、口にすると殴られそうだから、こっちも沈黙をするしかない。

 そうしてしばらく沈黙、更に沈黙、ずっと沈黙。

 どこかで鳥が鳴いてようが、周りの兵士たちが「何だありゃ?」「見んな見んな。巻き込まれると面倒だべ」などと言っていようが沈黙。いやだからなんか言えよ。

「ええと、どのようなご要件で?」

「……」

 質問しても答えてくれず、いい加減辛い。いったい何なのだ。友好的な関係では到底ないが、さりとて睨みつけ続けられるような覚えもなし、兎にも角にもどうするべきか。

 と、

「向こうに行きなさい」

 いきなり指差してきた。

「あの、何があるんでしょう?」

「行きなさい、得意でしょう?」

 いや何が得意なんだよ。取り付く島もなさすぎであろう?

 と抗弁してもしかたないので、素直にナディが指差す方へと向かってみる。これ以上、沈黙攻めは嫌であったし。幸い、広場に戻る道順が変わるだけでもある。

 そして、しばらくも歩かず、すぐ指差した理由がわかった。

「……」

「……あ、あの」

「……」

「……そ、その」

 睨み合ってた。

 いや、一方的に睨みつけていたと言うべきか。

 誰が誰に?

 ユピテラが、先日助けた魔族に、だ。

 ユピテラが魔族の周りをぐるぐるしながら、獲物を前にした狼のようにためつすがめつしていた。一方の特徴的な銀髪と、添え木して吊るした腕が目立つ魔族の兵士はーー確かベルゼと言ったかーー困ったように首を傾けている。

 尚、その無事な方の腕には首筋から灰色の鱗がのぞく少女がすがりついていて、同じく先日、ベルゼを庇ってユピテラが斬りそうになった子か。

 恐らく散歩でもしていた時に、休憩中のユピテラと出くわしてしまったのだろうか。ユピテラはうーあーと唸っていて大変剣呑な様子。まぁ斬ろうとしているわけではなさそうだが。

 とりあえず他の兵士たちも、なんか巻き込まれると面倒そうだなと道を変えたり見ないふりをしているので、ファスもそれに倣いたいところだが、

「…………」

 後ろからすごい視線の圧力を感じる。いやあの、どうしてこんな意味不明な状況に相対することが得意と思われたんだ?

 などと考えたたら、目があった。

「…………」

 ベルゼと言ったか、若干目をうるませて、じっとこちらを見つめてくれるな。そもそも彼女に関して、助けた以降は城伯に丸投げしたため、名前以外は何とか騎士団所属ということ以外はまったく知らない。そして腕にすがりついてる少女に至っては、浮浪児かなんかくらいしか聞いておらず名前すら知らないのだ。

 つまりまったくの赤の他人、そして魔族。だが助けを請われては無視も出来ないのは人の性。

 怖い人もご照覧中であることだし、致し方なし。

「ユピテラ様、何やってるんですか?」

「ん? ああファス? 何って、嘘ついてないか観察してるのよ」

「嘘? というと?」

「こいつが悪いこと企んでないか聞いたの! それでそんなことしないって言ったからね! 嘘をついてたら何か分かるはずよ!」

 分かるわけねぇだろ、と言う言葉は寸出に飲み込んで、

「……ええっと、それで何か分かったんですか?」

「それはまだだけど! でもそのうちボロが出るはずよ!」

 ふんっと鼻を得意げに鳴らされても苦笑いしか出ないが、馬鹿な言動とは裏腹に至って大真面目なユピテラの様子を見るに、下手にたしなめを入れると危なそうでもある。

「そ、そんなこと、しない!」

 どうしたもんかな困惑を切り裂いたのは、ベルゼの腕にすがりついていた少女だ。

「べ、ベルゼは、悪いことしないから!」

「なんであんたがそんなこと言えるのよ! だいたい、あんた一体なんなのよ!」

「そ、それは、その。あの、う、あ……」

「あー、確かえっと、城伯様から聞いたところによると、先日の重装歩兵たちが山の中で拾ったみたいですね」

 彼女がユピテラより更に幼いため要領は得なかったそうだが、数日前、親が死んで困ったいたところでベルゼたちに出会ったのだとか。

「じゃあこいつは、この魔族について何も知らないんじゃないの! だったらいちいち口出してくんな! 邪魔よ!」

「いやまぁそうかもしれませんが、えーとベルゼさんはこの子にとって拾ってくれた恩人みたいですし、また何か剣呑なことになるか心配なんじゃないっすか? なんせったって」

 少しためらいはあったが、まったく知らないとはいえ、子どもを怒るユピテラの矢面に立たせ続けるのも忍びないので、覚悟を決める。

「斬ろうとしましたし、ね?」

「そ、そうだけど! それは理由が! だ、第一、もうそんなことするわけないじゃない!!」

「……でも、あの子にそれは伝わってますかね?」

 怒らせるかも、いや道理は弁えてくれるはずだと、ファスが多少おっかなびっくりに問いかければ、

「それは、ああもう!」

 案の定、ユピテラは苛立たしげに頬を膨らませるが、そのままはぁっと大きなため息でしぼませた。

「上手く行かないですね……。まぁとにかくっ!、こいつについてよく知らないといけないのよ!」

「で、でもベルゼは、何も悪く、なくて……」

 既にぐずついていた少女は、そのまま色味の薄い瞳に溜まっていた涙をポロポロと崩れ落としていく。

「ちょっ、ちょっと! 泣くんじゃないわよ!!」

 泣く子と役人には勝てないとはいうが、流石のユピテラも頭をガシガシとかく。

 そして、こんな場合に伝えるのも何だが、そろそろ訓練の再開もしないといけないはずだ。

「ぐぬぅそうだけど! まだ何も分かってないのに!」

「そう焦らんでも良いんじゃないですかね。人となりというのは、時間をかけて読み解くもんですから。そんな一朝一夕に読み取れれたりはしませんよ」

「別に人となりを知りたいわけじゃないけど! でも時間をかけて、か、そうね、よし!」

 ぶすくれ顔だったユピテラだが、何を思いついたのかぽんっと手を叩くと、即座にむんっと厳しい面を構えてベルゼを指差す。

「ベルゼ、とか言ったわね! あんた! 私の騎士になりなさい!」

「騎士、ですか?」

 いやいやいきなり何言ってるんですか、とファスは割り込もうとしたが、一瞬、目を見開いたベルゼの方は、即座に膝を折って、

「了解、いたしました。ベルゼ・ダオ・ノートル、これより、御身の騎士、として、精一杯、務めさせていただきます」

 一つ一つの言葉を刻み込むように応えた。

「嫌に素直じゃない!? 何か企んでるわけ!?」

「そうです、ね。身近において、いただける、なら、私の、潔白を証明と、命の恩人たる、御身への恩、返しが、兼ねられます、ので」

 側において監視するための名目、ということか。だからといっていちいち騎士にするのはどうかと思うが。

「……ふんっ! 別にそれだけじゃないけどまぁいいわ! 私の命令には絶対服従かつ逆らったら許さないからね!」

「無論、心得て、おります」

「あ、うう? ええ?」

 そうして二人で話をあっさりまとめた一方、ついていけてない灰色の少女は、泣き止みつつも首をかしげ、何故かファスを見上げてきた。

「ああ、あれだ。騎士という名目で側において監視するって話になったのさ」

「そ、それは、ベルゼは、監視されるような悪い奴じゃ……」

「ま、得心いけば団長もお許しになられるさ。別に拷問するってわけじゃないんだしな」

「ご、ごうも!」

 少女の目がじわっとする。単語に反応するんじゃないってのに、まったく。

「ちゃんと話を聞け。お側に置くっていうだけだよ」

「で、でもっ、き、斬ろうとして、本当に、されない、ませんか?」

「いや、大丈夫だよ、がさつに見えっけど道理は分かってくれるよ」

 たぶん、と言う言葉は口の中に押し込んでおく。いちいちぐずられても困る。

「……これで、上手くいけば改心させれば魔将の一人を味方につけられますね。て何よ!? まだ文句あるわけ!? 後、がさついうな!」

 そして何かブツブツ呟いたユピテラは、いまだ不安げな少女の言い分を聞きつけるや、すぐぴっと指を差して、

「じゃあ、あんたもついでに従士になりなさい!」

「じゅ、じゅうし?」

「それで側にいて酷いことされてないか見てればいいでしょ! 斬ろうとしたってのは私の落ち度ではあるし!」

「べ、別に落ち度、ではなくて、あう」

「いいえ! 悔しいけどそれは落ち度よ! それくらいは認めさせて謝罪くらいはさせなさい! ベルゼだっけ、あんたも悪かったわね!」

「……滅相も、ない」

 じっと閉じた貝のように頭を下げていたベルゼが、ふっと緩んだ声で答えると、ユピテラは満足げに頷き、

「で、あんたはどうするの!? それでいい!? それともまだ何かあるの!?」

「そ、それは、えっと、なくて、その、分かり、ました」

「ならよし! じゃ、名前は!?」

「な、名前、名前、名前」

 トントン拍子に話をすすんで目を白黒させていた少女だが、ひざまずいているベルゼを見て、ワタワタと片膝立ちになって礼の姿勢をとった。

「フィ、フィフ、じゃなくて、フィル、えっと、フィルレは、えっとえっと、ちゅ、忠誠を、ち、ちち、誓い、ます」

「よし! 誓った以上、あんたもこれでグチグチ泣いたりするんじゃないわよ!」

「は、はい! もちろん、です! おんみのために、え、えっと、つくします!」

 妙ちきりんな上ずり声をあげたフィルレと名乗った少女に、ユピテラはちょっと苦笑しながら、

「じゃあ、なんであれあんたたちも私の騎士団の一員になったんだし、付いてきなさい! 訓練よ!」

「御意」「は、は、はい」

 ユピテラの色々と雑な大音声に、ベルゼは丁寧に、フイルレはどもりながら応える。

 やれやれ、とりあえず色々と強引だったが大丈夫そうだろうか、ファスもそう少し安心する。

「で、ベルゼ! あんた他の遺跡とか悪魔がいそうなところは知らないの!?」

「えっと、いえ、特に、は」

「あんたたちは確か、えーと神蹟調査騎士団とかいう、なんていうの! こう! やばい忍者みたいなもんなんでしょ! 秘密にしている遺跡とか任務とかがあるはずよ! 主の私に教えなさいよ!」

「そう、言われ、まして、も?」

 ……なんか不穏なこと聞き出そうとしてるが、まあ害はないだろう、たぶん。

「…………」

 そして忘れてたけど後ろのナディ様? そんなため息ついて首を振りなさんな。見てただけなんだしさ。

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