第三幕 その2
その後ろ姿に気づいたのが悪かった。
いや、正確には間が悪かったと言うべきか。
(あらファス? 何処に行くのかしら? 確か陣形魔法がどうとか言ってたけど?)
兵士たちとの相撲を、マクから流石にちょっとは休まんとと止められて暇になってしまったユピテラが、ちょうど陣形魔法用の道具を取りに行ったファスに気づいた。
そして、つい特に理由もなく、てこてことついていった。
で、出会うべきでないものに出会ってしまったのだ。
魔族の兵士、いや将来的には魔将となる存在に。
「っ!」
鼓動も息も止まり、兵舎代わりのテントがそこかしこに張られた騒がしい景色が、3年前、否、8年後の絶望へと即座に変貌する。
苦悶の顔を浮かべた兵士たちの首が槍に突き刺し掲げられる様子、まとめて焼き払われた人々の悲鳴、助けをこう人々をあざ笑いながら殴り殺していく異形の魔物……。
そしてその前に傲然と立つ、冬の月を思わせる冷たい銀髪の魔族の将。
目の前の、あいつだ。ファスを殺した。
(でも、今のあいつじゃない。そんなことは分かっているでしょう?)
理性が風景を元のテント群に戻しつつ告げる。ファスたちに止められ、城伯からもやんわりと苦言を呈せられてもいる。怒りをぶつけるなぞ無益だと、分かっているし分かりきっている。 しかし感情は煮え続け、ユピテラに気づかず歩いている銀髪の魔族を、じっとにらんでしまう。
すらりとした女性である。額に透き通った宝石を持ち、冷たく輝く銀髪。腕が折れてたため、布と添え木で固めて吊るされているのを筆頭に、未だ怪我が目立ち痛々しい。
ただ顔は覚えているのとは違い、柔らかい印象なのは、逆の手で灰色鱗の、先日、彼女を庇った子供を連れているためか。
気に入らない。
そう感情が叫ぶ。極悪な魔族の将軍のくせに、なんでそんな猫を被っているのか。
(みんなを、ファスを殺したくせに!)
そう思ってしまったから、つい体が弾かれたように動いてしまった。
と同時に幸いにして、あるいは不幸にも理性から、だから今は関係ないし、今後、そうなる理由があるのでは? と押し留められた結果、
「……あ、あの、何か、御用、が?」
銀髪魔族の目の前で、中途半端に止まってしまった。
……どうしよう? いやこうなったら、どうにかしてこいつの尻尾を掴んでやる!
いやそれは無理でしょう? という理性の更なる諫止は、目の前に出ちゃった以上、どうしようもないでしょ! という感情の片意地に吹き飛ばされ、そして……。