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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第三幕 睨んでも分からないものは分からない
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第三幕 その1

「甘い!」

「え、え、え!?」

 兵士の一人から、突き入れられた長棒をぎりぎりにかわしたユピテラは、さっとそれを脇に抱えて兵士ごと強引に持ち上げた。

 バカ力としか言いようがないが、

「隙だらけだっての!」

「わ! ちょっと卑怯じゃない!」

 ルゥグゥの容赦ない横薙ぎの一撃。それを小手で受けるも、流石に手は離してたたらを踏む。

「卑怯もクソもあるか! 態勢崩れたぞ! やっちまえ!」

「とっとっと!」

 一斉に長棒突き出し突撃してくる勢いに、ユピテラも大きく飛び引いて距離を取ろうとするが、

「し、失礼します!」

「あいた!」 

 着地点に回っていたジィーが、しゃにむに棒を突き出して、銀色の鎧を軽く鳴らした。

「や、やった!?」

「ぼさっとすんなジィー!」

「やるじゃない! でもねぇ!」

「え、ぐはぁ!」

 一瞬、喜色満面になった顔へ、飛び込んできたユピテラの、布を巻いた革盾がめり込む。

「っち! 囲み直せ! 無理に突っ込むな! っうぉ!」

 指示を出していたルゥグゥだが、水平に飛んできたジィーになぎ倒された。いつぞやのような力まかせの投げ飛ばし。熱くなり過ぎである。

「る、ルゥグゥがやられた!?」

「やられてねぇ! とにかく囲め! 囲んで叩け!」

「遅い遅い! そう何回も! やられないわよ!」

 囲んで棒で叩こうとする兵士たちから、ユピテラはちょこまかと盾を両手にに逃げ、隙をついては盾で殴るで、だんだんと兵士たちが及び腰になったところで、

「す、ストップ! ストップでお願いします!」

 トマスから待ったがかかり、一時中断した。

 訓練の一環として、ユピテラと兵士で模擬戦をしている最中である。そして、まともにユピテラが武器を使うと、平民兵士はなぎ倒されるだけなので、武器は盾のみ、盾以外で殴るのは禁止というルールにしてみたのだけれど、やはりというか、一方的な展開を繰り返しているのだが、

「とにかく団長さん! もう一度だ! もう一度頼む! 頼みます!」

 ルゥグゥの言葉に、他の兵士たちも唱和する。意気軒昂で衰え知らず、といったところか。

 それはそれとして、ファスはパンパンッと手を叩く。

「ま、とりあえずは入れ替えだ、入れ替え。こっちの練習もしてもらわないといかんし、それに少し休憩も必要だ。団長はどうです? 大丈夫ですか?」

「これくらいならまだまだよ! なんな次はもっとハンデつけてもいいわよ」

 ユピテラは元気いっぱい、ヘトヘトと座る兵士たちを尻目にえっへんと胸をはる。

「ま、ハンデはおいおい考えます。じゃ、マク、トマス。しばらく休んだら頼むぞ」

「了解だーべっと」

「よ、よろしくおねがいします。ユピテラ様」

「来なさい! 後、呼び方は団長!」

「「「はい! ユピテラ様!」」」

 そう真面目くさった顔で一斉に応える兵士たちに、ユピテラも流石に苦笑する。

 機嫌のほどは上々、これもアイリス城伯様のお計らいのお陰か。

 悪魔と戦った一件から今は数日後の昼、見慣れ始めた城の広場である。

 ーー魔族を斬るのを止めた後、生き証人で殺すのはまずいし、村人を殺すのはもっとまずい。そういうのは城伯様にお伺いをたてないと、とユピテラをなんとか説得したものの、

「分かったわよ! どうせファスも誰も覚えてないんだから!」

 と不機嫌を通り越して半泣きのユピテラと共に下山し、夜にはとりあえず途中にある村についたのだが、

「ユピテラ様、バンザーイ!」

 という兵士や村人の歓声でもって迎えられたのだ。

「え、え、え、何? どういうことな?」

「いやはや、悪魔討伐、おめでとうございます」

 戸惑うユピテラたちの前にアイリス城伯が現れると、うやうやしくその巨体をひざまずかせる。

「な、何でいるの、城伯!? ここって城からまだかなり離れてるでしょうに!」

「ユピテラ様が悪魔をお倒しになったとのことで、急いでお迎えにあがった次第でございます。襲われたものの保護までしていただいたとのことで、本当にありがとうございます」

「い、いえ、その、えっと、よ、良く分かってるじゃない!」

「ええ、ええ、本当に素晴らしいことでございます。ささ、急な事ゆえ簡単なものとなりますが、村の者へ宴の準備もさせております。どうぞこちらへ」

 面食らったままのユピテラの手を取って誘っていく際に、ファスを見てウィンクした姿に、やはり愚痴っぽい人というだけではないのだなと、認識を新たにしたものである。

 ーーそんなことを思い出しながら、やいのやいのと活気がある兵士の様子をぼんやり眺めて、軽く伸びをしたファスへ、話しかけてきたのはルゥグゥである。

「で、俺たちは何すんだよ?」

「ちょっと休んだら、駆け足と素振りだな」

「そんだけかよ。もっと他に、いつつ」

「顔にあざできてるぞ、これでも塗っとけ」

 ぽいっと腰袋から平たい小瓶を投げ渡す。先日の貴族と重装歩兵たちの形見である。死体を漁って取ったものだ。

 兵士に限らないが、死んだものの道具を取って行くのは、ごく一般的なことである。鎧兜や武器、魔道具のような大きかったり扱いに困るようなものは城伯に献上したが、細々としたものは全員で取り分けた。

「どーも、しっかし、こんなもん効くんかね」

「ま、金持ってそうな兵士さんの形見だ。大丈夫だろ」

 ったくいい加減な、とため息をつきつつ、そのぶっきらぼうな物言いに反する、幼さが残る顔へ素直に軟膏を塗りたくる。

「にしても、なんだったんだあの悪魔? あとあのなんとか騎士団とかいう兵士たちと、灰色の鱗のガキと……」

「そこも含めて城伯様がお調べ中さ。ま、忙しそうだったよ」

 平和だと思っていた領地に悪魔なんぞ出たんだから当然だが、アイリス城伯はその原因や状況、対策などをするため、近隣の五竜伯と呼ばれる領主たちとの会議や現地調査などなどで忙しく立ち回っている。

 尚、そんな忙しい中、ユピテラが「私も手伝うわ!」などと言いだしたのを、半泣きになって止めてたのは流石に気の毒だった。

「ユピテラ様、それでまた機嫌悪くなって訓練も荒っぽくなったからな。手伝いでもやらせりゃ良かったのに。言い出しっぺで見つけた張本人なのに」

「無茶言うなって。曲がりなりにも他所からお預かりしてるんだぞ。万が一があったら城伯様の首がかかるぞ」

「分かってるよ。ただまぁ、ユピテラ様に限って、万が一なんてありそうにもねぇけどな」

 はぁふ、と欠伸とともに視線を向ければ、ユピテラが数名と相撲をとってぽんぽんぽーんと毬か何かのように兵士たちを地面に転がしている。

 それでも兵士たちは諦めずに立ち上がって、ユピテラに突っ込んでは組み止められてあっさり投げられを繰り返しで、

「ふっふーん! 今度は片足片手で相手してあげるわ! 来なさい!」

 などと余裕顔でおフザケしているユピテラは良いとして、やってるべー!などと雄叫びを上げて突っ込む兵士たちは、次の訓練大丈夫なのかと不安になる本気っぷりだ。休めよ。

「ま、やる気に満ち溢れてんのは結構なんだけどさ、体を壊されても困るぜ」

「……なぁ」

「あん? どうした?」

「その……」

 ルゥグゥがためらうように口ごもったので、少し首を傾けて続きを待つ。

「俺に、魔法を教えてくれねぇか?」

「魔法っつわれても、俺も教えられるような魔法の知識ははねぇぞ」

「嘘つくんじゃねぇ! すげえ勢いで走ったり、悪魔の飛びつき防いだりしてたじゃねぇか!」

「ありゃ体に彫った刻印魔術のお陰で、別に魔法の知識とかなくても使えるからな」

 刻印魔術は、予め彫った刻印と十分な魔力さえ用意すれば、それを起動するだけで誰でも魔法が使用できるものなのだ。

「つまり、ボウガンの引き金はひけるけど、ボウガンの作り方を聞かれても困るって話だな。刻印を彫ったのは専門の刻印師で俺じゃねぇし」

「ならその刻印師ってやつに俺の体に彫ってくれるよう紹介してくれ!」

「いや、紹介してくれって言われてもな。俺が知ってるのは帝都の職人でここから遠いし、そもそも大金がかかるぞ」

「どんくらいだよ」

「魔術一つで食い扶持3年分だな」

「まじかよ……」

 ルゥグゥは息を飲んで、重い溜息をつく。

「ま、金もかかるし体にも負担がかかるし、刻印が崩れた時とかは気分最悪で、調整費用も馬鹿になんねぇしで大変だぞ。それに竜族は人族に比べて魔力とかも高そうだし、無理して刻印を彫らなくても、別の手段もあるんじゃねぇか?」

「じゃあその他の手段ってのは!? 何があるんだ!?」

「知らねぇよ、魔法なんてお貴族様が、秘中の秘にしてるもんだからな。まぁアテと言ったらそれこそ近くにいるけどさ」

「誰だよそれは!?」

「ユピテラ様」

 はぁ? という顔をされるが、ユピテラ本人はともかくとして、彼女は伯爵家のご令嬢だ。伝手くらいはあるだろう。

「伝手って、あの人、流されて来たんだろ! 当てに出来んのかよ! 時間だってかかるだろうし!」

「そう言われてもな、金のないド平民が魔法習おうなんてったら、それくらいしかねぇよ。後は魔法が扱えるようなアイテムでも見つけっかだ」

「んなもん何処にあるってんだよ! なんかねぇのかよ!!」

 魔法、魔法とうるさいやつである。何だってそんなに習いたがるのか。

「俺は結局、平民だろ! どんなにイキったところでよ! だからだよ!」

「特別になりたいってやつか? なかなか熱いもんだな」

「嫌味かよ!」

 嫌味じゃねぇっての、カリカリすんな。でも、そんな風に余裕がないってのは、それだけ見据えるものがガチと言うことかもしれない。

「わーたわーた、どうせ陣形魔法を皆に教えるつもりだったし、休み終わったら次にやるよ」

「陣形魔法? なんだそりゃ」

「後で詳しく説明すっけど、集団で使う魔法だよ。1人じゃ扱えねぇけど、魔法は魔法だし、別のを習う時にもまったく魔法を知らないよりは、たぶんマシになるだろうよ」

「よっし、じゃあ頼むぞ! すぐ始めようぜ!」

「焦るなって。準備するからちょっと待ってろ」

「早く頼むぜ! 早くだ!」

 はいはいっと肩をすくめつつ、ファスは宿舎の方に向かう。

 歩いていると、他の兵士たちもまた、「魔法を俺たちも使えるんすか!」「兄貴みたいなの使えるなら、すげぇことだべ!」などなど声をかけてくる。どうやらルゥグゥだけでなく、他の奴らもやる気十分なようだ。

 士気が高いことはいいことではある。ユピテラ様のご活躍のお陰かね。

 と、そんな熱量があふれる中で一人、うすぼんやりと座っている小さな影。

 ジィーだ。皆から離れた場所で肩で息をしながら 、 ユピテラたちを見つめたり砂をいじったりしている。

「どうした、体調が悪いのか?」

「……あ、あれ、そういうわけじゃないんですが」

「……そう、か。無理すんなよ」

 特に何か口を開く、ということもなかったので離れようとしたが、 ジィーは視線を離そうとはしなかった。

 ……まったく、なんなんだろうね。

 とりあえず、ファスはジィーの目の前でしゃがんでおく。

「何か言いたいことがあるなら聞くぞ」

「あ、あれ、その、あの……」

「ゆっくりでいいぞ。 焦らずしゃべれ」

 そんなこと言われたところで、焦らずしゃべれる奴は少ないのは分かってるが、まぁ一応ね。実際、いつも以上にジィーの奴はどもるし。

 とりあえず、急ぐこともなしとファスはのんびり待つ構え。ユピテラと兵士たちの他愛なくも元気な声が、どこまでも青空に響いている。

 そんな賑やかな声に圧されるように、恐る恐るジィーは、問いかける。l

「その、あれ、俺も強くなれますかね?」

「訓練続ければ誰でも強くなれると思うが?」

「……いや、その、俺、悪魔の時に、あれ、腰抜かしちゃったじゃないですか。だから……」

 よくある初陣の失敗による萎縮、というのにジィーはなってるらしい。

 実際のところ、そんなに気にするような話ではない。おおよそ誰にも新兵の時に失敗はあるもので、例えばビビって立てないとか漏らしてしまうとか、逃げ出して震えるとか、真っ白になって味方の背中を斬りつけるとかとかは、誰でもやらかしているものだ。

「俺は前の2つで、ビビって立てずに漏らしたぞ。それに比べりゃお前なんぞ、なんぼかましさ。あんま気に病むな」

「で、でも、傷ついた兵士さんたち見て、あ、あれ、自分もこうなるんじゃないかってビビっちまって、それで、みんな平気そうなのに……」

「まぁそりゃしゃーないな。誰だって人の死んでるところ見たら怖くなるさ。俺もぐちゃぐちゃに潰されたり手足なくしたりした味方を、助けようともせず逃げたことは何回だってある。それに平気そうっつても、聞けば他のやつも怖かったってのが多いと思うぜ」

「……それはあれ、そうかも、すけど」

 うーむ、ジィーの暗い顔が晴れんな。なかなか元気づけるだのなんだのは難しい。あるいは兵士に嫌気がさしたのかね? それならば仕方ないとファスは、

「えーと、ま、続けたくないっていっても別に問題はないが、一応、兵役だからな。配置換えは頼んでおくけど、期限来るまでは」

「あ、あれ! そ、そういう訳じゃないんす! けど、その、情けなくって……」

 そう、小さな体を更に小さく丸めてしまう。

 ……なんと言ったものであろうか。正直なところファスも励ましが得意というわけではないし、さっき言ったこと以外で特に言葉も思い浮かばない。のだが、それだと微妙な沈黙が間に満ちてくるわけで、めんどくさいこった。

 兎にも角にも、思いついたことが上手くいくよう、口を動かすしかあるまいか。

「なんつーんだ、えーと、自分に納得できねぇってんなら、示し続けるしかないな」

「……あれ、示し続けるっすか?」

「そうだ。自分の行動で、自分に示し続けるんだ。自分は弱虫でも情けなくもないってな。そうやって行動する以外に、自分への不信をなんとかできるものではねぇよ。そしてそれは、しょぼくれてても出来ねぇぜ」

「……あれ、その」

 ジィーがなにか答える前に、おらぁ! さっさとしろよー! というルゥグゥの叫びが聞こえてきた。せっかちな女だ。

「とりあえず、さっきの模擬戦でユピテラ様に一発当てたのはうまかったぞ、よくやった」

「……あ、あれ、どもっすっ」

 少し声に力が戻ったのにほっとしつつ、ファスはばっばっとルゥグゥに手を振り返して道具を探しに行くことにした。

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