第二幕 その10
ユピテラのあまりの剣幕に、皆が戸惑うしかない。
「え、いや、その、本気ですか? せっかく助けたのに」
ファスの疑問は当然だろう。そもそも先程の様子から、別に魔族へそこまで敵愾心があるわけじゃなかったのに。
「何を他人事みたいに! あなたがこいつに何されたと思ってるのですか!?」
「いや、何されたも何も、初対面ですが……」
「ッ! とにかく! あいつは! あいつだけは許すわけにはいかないのです!」
子供らしからぬ強い憎悪に、皆がたじろいて道をあける。
その先にいる、いかつい鎧兜を脱がされた魔族は、確かに額に魔族の証である宝石こそはまっているものの、それ以外は普通の人間の、銀髪が美しい少女である。
包帯を巻かれて、先程のファスと同じように力なく倒れ、ぼんやりと周囲を眺めている。
(かわいそうじゃないだべかねぇ)(とはいえ中央では魔族のせいで色々とひどいことがあったそうだし)(ユピテラ様のあの怒りよう、ご親類とか殺されているのかも)(でもよぉ)(下手に突けばとばっちりだぞ)
兵士たちはヒソヒソ話をする。同情はある、慈悲はある、しかし偏見と、保身が兵士たちを傍観させた。
スラリと大剣が構えられる。
「何か言い残すことはある?」
そう問いかけられても、魔族の少女の瞳は、虚ろのまま。
「……ラ、様?」
それでも口が僅かに動いたが、かすれて聞き取れなかった。
「……許しでも乞う気ですか? 別に聞きませんが」
「…………いいえ」
「そう。じゃ、自分の未来を呪って死になさい」
その言葉とともに、即座に硬質な光は煌めいて、
「……何ですか?」
一人の少女の眼前で止まった。
どこに隠れていたのであろうか、いきなり飛び出した彼女は、ユピテラより少し小さいくらいの、服、というより単なる汚れた布に穴を開けたものを被った少女である。
その顔は痩せこけていて、見た目はほぼ人族だが、首筋辺りに灰色がかった鱗のようなものが見える。ルゥグゥと同じハーフなのだろうか。
そんな少女は、体を震わせ声をかすれさせ、でも両手だけはきっと広げて懇願する。
「ダメ、お願い、ダメ、なの……」
「……」
ユピテラは答えず、ただすっと、少女の頭へ向けて大剣が横薙ぎに振り抜いた。
そして、がんっという音とともに、魔族の女が真横に吹き飛ばされた。
「あなた……!」
「っ!? べ、ベルゼっ!?」
剣の腹で殴られそうになったところを、魔族の女は少女を押しのけてかばったのだ、
「……どう、か」
首がもげるのではないかとばかりの一撃だったが、ベルセと呼ばれた魔族は、ゆらりと体を起こした。その様はまさに半生半死で、意識があるか疑わしく、目には一切の光も力もない。
しかしそれでもユピテラを見つめている。
「……どうか、罰は私のみに。無辜の者、を、傷つける事だけは、おやめ、ください」
「っ! 魔族が! どの口で!」
「だ、ダメ! お願い!」
「邪魔です!」
足にすがりついてきた少女へ向けて、今度は剣が本当に閃、いやいやまずいが間に合わ、
コォンと鈍い金属音、振るわれようとした大剣が、不可視の力で横に飛ばされた。
「な!? だれが!?」
「どもです! そしてご無礼! 全員、ユピテラ様を抑え込め!」
「あ、こらファス!」
その隙にファスが力が入らないなりに、足へのタックルを決めてユピテラを押し倒すと、周りの皆も慌ててワっと圧しかかる。
「だ、だべ!」「乗れ乗れ! 全員で乗れ!」「あ、後であれ、怒られないっすか!?」「い、いいから今は抑え込まないと!」
「このあなたたち! お腹さえ減ってなければこの! 邪魔を、邪魔をするむぎゃ!」
さしものユピテラも、空腹では十数名もの兵士の団子を跳ね飛ばすには能わず、そのまま積み重なる鎧の中に埋もれていった。