表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第二幕 悪魔狩りと再びの出会い
14/46

第二幕 その8

 止める間もなかった。

「どおおおおおりりゃぁ!」

 悲劇を払うは気合の一声、大太刀の一閃。石壁貫く太矢のように一足で飛びかかったユピテラが、その白銀の大太刀で重装歩兵の足に絡んでいた異形の花弁を切り飛ばした。

「私の名はユピテラ・アマツ・ファイレード! ちょっと早いですけど皆の仇! あの日の雪辱を果たさせていただきます!」

「総員! 武器構え!」

 即座にファスは一喝して振り返る。マクがさっと棍棒と盾を構えた以外は、反応してボウガンを落としたトマスはまだましで、他はぼんやりと口を開けていたり、キョロキョロと周りを見渡したり、ジィーに至っては腰が抜けたまま。まぁ新兵では仕方ない、か。

「俺は援護に行くから、マク! 何人か選んで下の兵士たちの救助だ! トマスは後詰め! 撤退も含めて判断を任す! 後、頼みましたよ!」

「了解だべ!」「わ、分かった!」

 2人の返事が響く前に、ファスもまた崖から滑り落ちつつ、懐から魔力補充用のマナポーションを取り出して飲んでおく。

(さて、援護と言ってもどうすっかね。あんな見るからに強そうな悪魔相手だと、俺の手持ちで通るのは攻城槌ペタードくらいだが、流石に一人じゃな。足止めと言ってもただの投げ縄程度だと意味なさげだし、素早いから火炎瓶も不可、目潰しの類もきくかってえとな。となると手持ちじゃなくて)

「こんのぉ!」

 ファスが考えをまとめつつ準備をして追いついたと同時に、刀を担いでユピテラが悪魔へと踏み込む。訓練場で無双したあの一撃必殺の斬撃、だがしかし、

「っ、もう邪魔!」

 ぱっぱっぱっと頭の花から、血を光らせたような禍々しい赤い光線をばらまかれ、ユピテラをひるませたなら、悪魔は触手で強引に歩いているにも関わらず、意外に素早いステップで距離を取る。

「逃げんじゃないわよ! っと!」

 焦れてユピテラが剣を盾に強引に踏み込んだところを、その異形は鈍色の花弁を槍のように伸ばして突き刺しにきた。もっとも、そこは神族の反応力、さっと太刀で切り飛ばすが、

「っち!」

 切り飛ばした花弁の下から更に鈍色に色づく花弁の槍。時間差の中で隠したもう一つの一撃。すぐさま刃を返そうとするが、振り抜いたしまった刀を容易に返せるはずもなく、

「やらせんて!」

 見えていたファスが腰袋の一つをぶん投げれば、ガンっと鈍い音とともに、花弁の一突きは大きく逸れる。

「ナイッス! だらぁ!」

 そうして生まれた隙を捉えての、影すら追いつけぬ飛び込みと共に、裂帛の気合が響けば次の一瞬、神速の一刀は見事に異形の花を両断して切り飛ばした。

 尋常な生き物なら、致命的な負傷。しかし、相手は常ならざる怪物である。

「っ! あぶな!」

 ユピテラが後方に飛び下がれば、おいていかれた影を突き破って地面から鈍色の柱が立ち並ぶ。

 そして袈裟斬りで斜めの半円になった花の頭は、何事もなかったかのようにすうっと元の気持ち悪いくらいの真円に戻った。

「もう! 悪魔ってのはどうなってるのよ!」

「さぁて、急所が別にあるのか、ただ単に粘り強いだけなのか。悪魔と戦ったなんて話にも聞かないもんで」

「じゃ切りまくって確かめまくるしかないってことね、上等よ!」

「ま、こちらで支援打ちますんで、よろしくおねがいしますよっと」

 闘志衰えぬユピテラに少し安心感を覚えつつ、ファスは手に持っていた杖を地面に刺す。貴族様から拝借したものだ。今は先程までの青い輝きこそなかったが、

『刻印励起、魔力覚醒』

 そうファスが体に刻んだ刻印魔術を使えば次の瞬間、しゃっと悪魔の真後ろに青い鎖が一本、今なお地面に落ちてた宝石より伸びて、そのまま背後からぐるりと巻き付いた。

「ひゅう♪ やるじゃない! ファスは魔道具も使えるのね!」

「魔力通してテキトーに動かすくらいならですけどね! それよりそんなに持ちませんよ!」

「はいはいっと!」

 応じるや否や、ユピテラは風を吹き飛ばして飛び込む。

「!!!!!???!!!!???」

 絡まった青の鎖を断ち切らんと、ガシガシと花弁を叩きつけていた陶器の花の悪魔は、耳障りな叫びとともに再び赤き血色の光を乱れ撃つ。

 が、

「しつこいっていってんのよ!!」

 ユピテラの雄叫びがそれを消し飛ばした。ナディの時に見せた、ただ強い魔力だけで魔法をレジストする力技だ。しかし流石に消しきれないか、ユピテラの頬を腹を足を赤い光線は貫き、血しぶきが上がる。

 だが、進撃を止めるには能わず。

「どうりゃああああああああ!!!!!」

 竹割りの一刀両断、雷光もかくやという銀閃の軌跡が、鎖ごと悪魔の花を文字通り縦に真っ二つに、

 否、カンッッッッという甲高い音とともに、花の中心からやや下の方で大太刀は止まる。

「こんのぉ! 硬すぎだっての!」

「!!!!!!!?????!!?!?!?」

 なればとユピテラ、そのまま力任せの大音声、強引に振り抜くことで切れぬまでも悪魔を地面に叩きつけ、土の中へと打ち込んでしまう。

「よしもういっぱ、ひっ!」

 そしてもう一度と太刀を振り上げるが、しかし悪魔の花弁が、両側から押しつぶすように伸びてきて、

「っと!」

 ファスがユピテラを青い鎖で釣り上げたと同時に、ガンっと花弁は何もない空間を押しつぶした。

 一本目を絡めた時点で、二本目の鎖の操作を始めておいてよかった。お陰で魔力が不足し始めて今にも吐きそうだが。ぎゅっと胆に力をこめつつ、自分の脇へとユピテラを置いておく。

「い、今のはさすがに怖、いやその、た、助けなんてなくても大丈夫だったわよ!」

「はいはいっと。悲鳴とかは聞こえませんでしたからね」

「むぅ! 生意気! 後で覚えてなさいよ!」

 おお怖い怖い。これは早く逃げられるよう、さっさと倒さないといけない。うそぶきながら周りを確認しておくと、マクがルゥグゥ他、数名とともに、斬り散らかされた重装歩兵たちを確認して生存者を探している。トマスたちは固唾を呑んで眺めていて、向こうさんの確認はできないが、なんとかしてくれるだろう。

「お怪我の方は?」

「こんなの、ちょっと放っておけば治るわよ!」

 悪魔の光自体は細いものだったとはいえ、身体のそこかしこを貫通していたはずなのだが。しかしぱっと見では、赤い血の跡を残して傷が既にふさがっているから、流石は神族、お頼もしいことである。

「では、弱点も判明したことですしお願いしますよ」

「弱点って? そんなのあった?」

「あの硬いところですよ。再生能力があって他の部分はそこまで硬くないのに、あそこだけってことは」

「斬られちゃまずいってわけね! よっし!」

 ファスの言葉に太刀を構え直し、ユピテラが駆け出した瞬間、

「!!!!!?????!?!?!!!?!」

 陶器の菊は鈍色に発光してその顔をあげ、花弁の真ん中から丸い3つの珠を放つ。

 それは青白く光る丸い玉で、放物線を描いて駆け出したユピテラの頭上を越えて、

「っ! まず!」

 ファスが腰のベルトに差した鉄串を1,2,3、一振り一斉に抜き打てば、

 一本、刺さってあらぬ方向で爆発し、

 二本、弾いて地面に落として爆発し、

 三本、外れて、

「うお!?」

 青い炎は救助をしていたマクたちの眼前へと迫る。

「おらよ!」

 それを防いだのはルゥグゥ。その竜種の豪腕で木を切り倒すが如く、横薙ぎに振るわれた槍が魔弾を明後日の方に打ち返せば、蒼球は木の頂点までポーンと飛び、そのまま爆発して薄い葉をしゃっと燃やしきる。そして一方、玉を見事に打ち返した槍もまた、文字通りの熱した鉄として、どろりと融けてしまった。

「ちゃんと落とせヘッタクソ!」

「うっせえ! 割と神業だったろ!」

 ルゥグゥの罵りへファスも負けじと返している間に、マクは重装歩兵を背負い直して、

「さ、騒ぐのは後だべ! こっちも狙われてるようだから、仕方ないが撤収だべ!」

 うーす! そんな感じに各々マクに応じた兵士たちは、幾人かが重装歩兵を担ぎつつ離れようとするが、花弁の悪魔は第二弾を打たんと光を放ち、

「相手はぁ!!!! 私だってのぉ!!!!!」

 言葉が耳に届いた頃には、ユピテラは既に悪魔の目の前に踏み込み斬撃。

 だがそれは読まれていたのか、束ねた花弁によって受け止められ、逆にユピテラを後ろへと押し飛ばす。

「こんのぉ! 小癪な動きばかりしてぇ! 絶対ぶっころ、な!」

 消えた。悪魔が。否、それはすぐ間違いと気付く。

 飛んだのだ、宙へと。ユピテラを飛び越して。

 そして、その狙いは、

「マジかよ!」

「直接だべか!?」

 マクたち。ルゥグゥが即座に槍穂が融けた槍を構えて迎撃姿勢をとるが、巨人が投げた大岩のような悪魔を防ぐには……。

 仕方ない。しかし耐えられるか? 否、どちらでもいいことだ。

『刻印開放。制限解除、過剰励起、開始』

 ボンボンッという爆発音が鳴った、と皆が思った瞬間には、ファスは数十歩離れていたマクたちの前へ立ち、悪魔へ向き直って手をかざす。

 たたん! と言う音が悪魔の表面をえぐり弾けたが、今は礼を叫ぶ余裕もない。

『過展開、過開放、過集中!』

「!???!!!!!!????」

 急激な酷使にファスの体の刻印が悲鳴をあげ、神経の一つ一つを切り裂くような痛みと火達磨になったような熱さだけが、全身を支配する。しかしそれと引き換えに、ファスの目の前がはっきりと奇妙に歪み、分厚い無色の壁の完成を告げ、ガンッという音が悪魔の衝突を知らせた。

「っぁ!?」

 踏ん張った足の膝が外れんばかりの圧力によってじりっと赤茶けた土を更に削る内臓や脳へ直接ハンマーで殴られたような重い衝撃が走り瞳に血が集まったか視界が赤く染まり胃が強制的にせり上がったのをなんとかこらえようとしたがそのまま血とともに吐き出した。

 障壁を張ったはずなのに尚このダメージ。だが、その甲斐あって悪魔は空中にとどまったまま。驚いたようにその花弁を滅茶苦茶に振り回すも、不可視の壁を突破することはできず、ただ凹みの出来た体を押しつけのたうち回るのみ。

「す、すげぇ……、本当に平民なのかよ」

 感心してくれるのは嬉しいが逃げたほうがいいぞ。もう数秒も持たないし、それを注意する声も出せなくなってるから。

 もっとも、そんな心配はする必要ないのも、分かりきっているが。

「よくやりましたファス! これでぇ!」

 そう自身が叫ぶ声を追い抜き、ユピテラは再び銀光の砲弾となる。

 構えたるは白銀の大剣、高々と天を指して強く強く輝く刀身を、

「ぶった斬れろおおおおおおおおおおお!」

 山をも砕かんばかりの気合一喝、風神をも瞠目させるであろう剣風と共に振り下ろす。

「!!!!!!!」

 そして異形の悪魔も応じて花弁を真後ろへと伸ばし重ね、束の盾を作って迎え撃とうとする。

 が、無駄なことだ。

 ーー鋭い、でも軽やかな音が山を切った。

「……8年後の仇、やっと一つ、取らせていただきましたよ」

 くるりと着地したユピテラが、なお残心を示して大太刀を担ぎ構え直すも、不要であろう。

 ぱっかりと頭から根本まで真っ二つに断ち切られた悪魔は静かに地面へ落ち、そのままさらさらと砂と消えたのだから。

 ころんと、真っ二つに割れた、核であったろう緑の石だけが落ちた。

 同時に、ファスの視界も暗くなっていく。

(魔力を使いすぎた、かぁ。助けがなければぎりぎりだった、な。まぁマナポーションは飲んでおいたから、大丈夫、だとおも……)

「ナイスアシストだったわ! さすが私の騎士ね! て、ファス? ファス!?」

 最後、ユピテラが血相を変えて駆け寄って来たのを見て、なんとか大丈夫と説明する前に、ファスの意識は途切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ