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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第二幕 悪魔狩りと再びの出会い
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第二幕 その6

「盾構えて前へ! お館様はお早くこち!?」

 もっとも早く立ち直って指示を飛ばしていた重装歩兵の、鈍色の兜が飛ぶ。

 いや、正確には首が飛んだと言うべきか。

 それも複数。指示を出していた重装歩兵を中心に、突如伸びた花弁の触手がその周囲諸共なで斬りにしたのだ。

 遠目からでも鮮烈な赤い水しぶきが一斉に立ち並び、辺り一面に降り注いで、怪物と前に出ていた貴族、兵士たちを赤く染め上げる。

「っ! 貴様ぁ! 我が郎等を!」「お館様をお守りしろ!」「くそったれが!」

 それでも尚、兵は即座に雄叫びをあげて突進し、貴族は再び杖を構える。それができる彼らは、長年の訓練と経験に育まれた優秀な戦士なのだろう。

 しかし、不意を打たれたのは変わらない。

「!!!!!!?!!!?」

「な、が!?」

 悪魔が意味不明な音をあげるとともに、貴族が飛び上がる。

 否、真下から触手に串刺しにされて、腰下から頭まで盾に胴を貫かれたのだ。

 あまりの勢いに、血だけではなく押し出された内臓が触手とともに口から飛び出し、貴族の白目が鮮血とともにポーンと飛び出て地面に転がる。

 そして、そのまま、真っ二つに裂かれた。

「お、お館さまぁ! ぎゃぁ!?」「こ、この! うわぁ!?」

 その体から生える陶器室の触腕たちが四方八方へと振るわれれば、慌てて近づこうとした重装歩兵たちの傷一つない鎧が、体の半分ほどひしゃげて破け肉と混ざり、盾は跳ね飛ばされ腕が四つに折れてぐちゃぐちゃに曲がり、首はネジ曲がってひしゃげ足はもげる。勇壮だった声も悲鳴に圧され始め、きれいに抉られた地面に血溜まりが広がり、そこへ腹から鎧だったものの鉄片があちこちに刺さった臓物を垂らして、兵士は泣きわめくこともできずに転がる。

「お、おいおいおい! さっきまで結構、いい感じに戦ってたのによぉ!? こんなあっさり!」

「ま、魔法具も魔法も使う間もなかったから、不意さえ打たれなければ」

「や、やっぱり奇襲は怖いんだべなぁ。しかし、どうしますかい、兄貴?」

 トマスの見立てにうなずきつつ、マクが問うてくるが、どうすることができる状況かと言われれば、だ。

 目の前では、なんとか大盾を構え直した兵士が、いきなり地面から生えた鈍色の木、悪魔の触腕に真下から主と同じように串刺しにされる。そして、そのまま振り回されて地面に投げ捨てられ、血と肉と骨と脳髄が混じった何かをぐちゃぐちゃに撒き散らす。

 その様子に一瞬、浮かんだ恐怖を怒りに変えたもう一人の兵士は、大盾を構えたままメイスを果敢に振り上げる。しかし、それを振るう間もなく突如、発された赤い光線が胴を貫き首から下が一瞬で塵となる。

「う、あ……」

 青い顔で、それでも耐えるように歯噛みをして見つめていたユピテラだが、メイスの兵士の首だけが、とんっと地面へ落ちたのと同時に、尻餅をついた。

「違う、違う、あの人たちはファスじゃないしみんなじゃないしここは帝都じゃない。3年前じゃないのです。それに誓ったじゃないですか、誓ったのに、誓ったのに、どうして……」

「大丈夫ですか!? しっかり!」

「大丈夫! 大丈夫です! だから待って! 待ってください!」

 木の棒を拾ってなんとか体こそ持ち上げるも、足に力は入っておらずまともに歩けるかも怪しいという有様だ。

「う、く、おえええ」「は、早く逃げようぜ! 見つかったら俺たちも……」「ひ、は、は、ひ、は」

 そして兵士たちも、誰かが嘔吐してうずくまり、誰かはあからさまに取り乱し、誰かは呼吸すら満足に出来ない。

 荷が重すぎるな、これは。

「撤退するぞ。早く城伯さまに報告して、討伐軍を組んでもらわねえと。話に聞く竜甲冑ってのを出してもらわねぇといけねぇ」

「で、でもそれだと、あ、あの人達は、あれ、その、あれ、ど、どうするんです?」

 ジィーが問いかけてくる間も惨劇は続き、ついぞ耐えきれなくなった精兵だったものの一人は、悲鳴とともに背を向け駆け出そうとするが、とうに光線で切られていた胴が鎧ごとずるりとずれれば、ぱっと赤い噴水があがり悲鳴をあげる。

 他の重装歩兵たちも、大なり小なり心も体も折れ、壊滅といってもいい状態。助けがなければ、時を待たずなぶり殺しにされ、全滅する未来しかないだろう。

 だが今、助けの手を差し伸べられるファスたちの有様は、前述の通りだ。 

「……討伐軍が早く来れば、助かる奴もでるかもな」

 少し息を溜めて、ファスはなるべく淡々と、そう口にする。

「おいそれは!」

「説明が必要か、ルゥグゥ?」

 皆、見ていただけなのに既に浮足立ち、頼みのユピテラも呼吸を整えるのがやっとという状態。まぁ新兵と神族とはいえ子供が、あんな惨状を目にしたのだから当然ではある。勝手に逃げ出さないだけ立派というものだ。

 とはいえ、その程度を立派と言わねばならない練度の奴らが、目の前の重装歩兵たち、装備も経験も訓練持つんだ兵士たちが蹂躙されるような状況に加わったところで、である。

「……くっそっ!」

 ルゥグゥの瞳は未だ怒りに燃えていたが、しかし言うべき反論を口に出せず、ただ地面を蹴った。

「たすけ、助けて! 誰か! 誰か助けて!」

 重装歩兵の一人がなりふり構わず叫びをあげる。あまりに無様な、しかしその悲痛な嘆願は、少しでも慈悲があるならば、心を揺さぶられるだろう。

 だが揺さぶられたところで、それに、応えられるものは誰もいない。

「誰か! 誰か! 神様! がっ!?」

 そして、助けを求めて祈った手を掴んだのは、すがった神ではなく悪魔、そのまま鈍色の小手ごと腕を小枝のようにあらぬ方向へ圧し折った。

「っ! あああああああっ」

 つんざく悲鳴が、道徳、あるいは当然の正義感へ訴えかけ、皆の心を焼け焦がす。

 けれども、誰も動かない、動けない。

 それは、ただの平民で、ただの子供だから。勇士のように強くもなく、智者のように賢くもなく、聖人のように尊くもない、ただただ平凡な人に過ぎないのだから、助けを求める手をつかめるわけがない。

「……仕方ねぇんだよ」

 誰共なしにファスは呟く。仕方ない、仕方ない、どんなに諦念が胸を凍えさせようとも、そう言い聞かせる以外に何ができるというのだ。

 それが、平凡な人間のどうしようもなく行き着く結論で、だから、

「……仕方ない、ですか」

 静謐な呟きは、はっきりとファスに響いた。

 その声は、その現実に抗い、その手をつかもうとする誓い、

「なら、今度こそ負けるわけにはいかないですね」

 恐怖を乗り越え、勝ち筋を探し、誰とも知らぬ誰かを救おうとする決意、

「っ、ユピテラ様!?」

 振り向いた時、怯え震えていたはずの彼女は、ゆっくり剣を肩に担ぐ。

「何を!?」

 彼女が英雄である、証だ。

「行くわ!」

 そう一声、ユピテラ・アマツ・ファイレードは、崖から一気に飛び出した。

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