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少女騎士紀伝 誓いと赦しと兵士たちと  作者: 夕佐合
第二幕 悪魔狩りと再びの出会い
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第二幕 その5

 さて、魔物というものの定義は様々で、また多種多様なものを内包しているのだが、基本的には、過剰な魔力を有して人々を害する脅威を言う。

 具体的には、動物が何らかの形で魔力を持ち変化したもの、凶暴化した妖精、死体や魔石などに雑霊や魔力が混ざって動き出したゾンビや妖魔、創地の五神より連なる百族と神代からの宿敵、邪神の下僕として作られた人である魔族などなど。

 では、崖下のものはなんであろうか。

 巨大な姿である。大熊、否、それより二回りほど、伝え聞く東方の象もかくやというその巨体は陶器。鈍く硬質に光る花びら状の、奇妙なまでに歪みなく真円を描きながら、無数に波打ち広がるそれは、菊の形に似ているであろうか。

 その花弁の幾つかに異様に長く伸びているものがあり、それが地面をついてその菊の頭を支えている。そしてその花びらの一枚一枚は、無機質な硬い質感なのに、不規則にウネウネと動いている。

 意味が分からない異様な姿。人の理解を許さない異質なそれは、

「悪魔……」

 誰とはなしに誰かが呟く。悪魔、神々の敵。太古の昔、神代において創地の五神と敵対した邪神が、魔族とともに作り出した尖兵。あるいは五神とも邪神とも違う、別世界の異形の神の落し子ともいわれている。

 そして、魔族は往々にして人や動物に近いのだが、悪魔は人々を恐れさせるためか、こうして異形の姿をしている。人を食い大地を腐らせ世界を堕落させるそれの恐ろしさは、寝物語や聖職者の説教で散々語られ、ユラシアに生きるもので知らぬものはいない。

 とはいえ、とうの昔に神々なり英雄なりに滅ぼされたり封印されたりして、出くわすことなぞ滅多にないはずなのだが。

 そんな怪物が、今、輝く青い宝石が目立つ杖を持った鎧兜の騎士と戦っていた。

「な、なんすかあれ!? あれって団長様が言ってた花の悪魔ってやつっすか!? そしてあれ、あの人はなんすか!?」

「さ、て、な」

 聞かれたところでファスもサッパリ分からない。前述の通り悪魔自体、学者が弄り回す本の中か、せいぜいド秘境の遺跡くらいにしかいないはずなのだが。まさかユピテラが見つけた地理志通りの悪魔がいて、実際に戦ってるなんて、いったいぜんたいどういうこった。

「500年前ってのも侮れねぇもんだな」

「と、とりあえずどうしようファス? 隠れたほうがいいかな?」

「流石に崖上でこの距離じゃ、気づかれてはなさそうではあるかね。で、あの騎士さまは誰だか分かるか、トマス?」

 ファスが視線を、悪魔に立ちふさがる騎士たちへと向ける。やや細身で鉄の面頬で顔を覆った騎士で、マントこそ派手に輝いているが、鎧兜自体は無地で飾りもなく地味な代物。彼の目の前に並んだフルプレートの重装兵の方と、その異様な青さを持つ複数の宝石を組み合わせた杖の方が目立つくらいだ。

 そう、杖。青い、青い杖だ。それこそその強烈な輝きで、真昼だというのにランタンのように周囲を青く染めるくらいには青い。

(魔法具、か。あの光り方、そこらのまがいもんとは違う、ガチモンのやつか)

 魔法具、魔術を使うための神秘のアイテムで、下は使い捨てでちょっと光る程度のものから、上は神代に使われ火山噴火の元になったものまで色々とある。当然、上位のものは所持者も限られていて、伝統ある大貴族の家宝とか国宝とかであるが、目の前のものもその系統だろうか?

 そんな杖を光らせる貴族の前に並ぶ兵士は、数こそファスたちより少ないものの、足先から頭まで体を完全に覆った全身鎧姿。その傷一つなく輝く様は、文字通りの鉄壁の様相で、ファスの長年の相棒である鎧兜すらボロい鉄くずに見える。

(武器はメイスと、あの大盾か。盾の真ん中になんかでかい宝石もハマってるし、アレも魔道具か、と!?)

 ごおん! ごおん! ごおん!という凄まじい音が乱れ響いた。

 化け物の花弁にも似た触手が、重装歩兵を薙ぎ払わんと連打されたのだ。しかし、打ち据えられた兵たちは、その手にした城門のような大盾で、あるいはその鋼鉄堅固の鎧で巨大な灰色の鞭を受けて、少し押されつつも態勢を崩さない。

 頑強という言葉を体現したかのようなツワモノ。反撃こそしないが悪魔の嵐のような攻撃に恐れの気配を見せず、ただ黙然と盾を構える。

 さて、見るからに凄そうな杖に訓練された重装兵を従えるあの貴族は、さぞかし名のあるはずなのだが、なんでこんな田舎にいるんだ?

「それは、その、なんだろう? ファスこそ見たことないの?」

「ねぇなぁ。マク、あれが竜兵団とかいうやつなのか?」

 前にも触れたが、アイリス城伯には竜兵団という兵士がいる。五爵領と呼ばれるこの地域に住まう竜人、マクのようなナーガ族の中から更に精兵を選びぬいて作られ、耐久力と力に優れ皇都で近衛兵をやるくらいには有名だ。

「い、いや、竜兵団も強いんだべが、武器以外の鎧とかはオラたちとさほど変わらんべですよ。あんな硬そうで立派な鎧、それこそユピテラ様がいらっしゃるまで見たことすらねぇべ」

「じゃあ、何だってんだ、いったい。あの紋章は、ええっと」

 貴族のマントや兵の大盾などに描かれた紋章から思い出そうとするが、うっすらと戦場でそんなの見たかも、程度しか思い出せない。

 うーん、紋章名鑑とかとっておくべきだったか。ちょいちょい略奪品とかにあったりするが、漬物石もかくやという分厚さなので大抵、焚き火の材料にしてしまったからなぁ。

 などと自分の蛮行を思い返していたら、

「……えっと、多分、神蹟調査騎士団の一つだと思うけど」

「神蹟調査騎士団? 知ってたのかトマス?」

「あ、いや、聞いたことあるのを思い出したんだけど」

 トマスのがとつとつと語るに、神蹟調査騎士団とは、神器や神蹟と呼ばれる神代の時代に創地の五神や邪神が作った魔法具の回収などを主とする騎士団だそうな。

「神器は神様が作ったものだから、とても強力で危ないからって理由でね。ファスなら知ってると思うけど」

「いやまったく。一介の傭兵じゃ貴族様の事情やら魔法具なんて縁がないからなぁ。お前は詳しいんだなトマス」

「……ええ、いくらなんでも、本当に覚えてないの?」

 なんか不満げにトマスは頬を膨らませているが、知らんもんは知らん。何を覚えてないというのだ?

「もういいよ、もう。それで彼らに関しては、危ない魔法具を回収っていう建前はいいけど、へメライ大公爵みたいな大貴族がバックにいることを笠に着て、好き勝手するから盗掘屋同然と評判は最悪みたいだね」

「なるほどなぁ。また面倒そうな奴らだ。しかしじゃあ、アイリス城伯の領内にそんな遺跡があるってことなのか?」

「多分ね。でも、そんな話は聞いたことないんだけど……」

「うーんオラたちもそんな話聞いたことないべなぁ」

 そんな問答をしつつ聞きつつ、ちらっとユピテラを見れば、彼女もまた、目を丸くして驚いているたが、

「……あれって、ファスたちを殺した? 城伯のところを滅ぼしたのが、帝都に来ていたの? それにあの貴族、まさか……」

 意外なことにというべきか、何かぶつぶつと呟きながら青い顔で体を震わせていた。

 実際に調べた通りに悪魔がいたのだから、喜びそうなものなのだが。

「どこかで見覚えが? 実際に悪魔がいたわけですが、加勢しますか? それとも他の奴らの安全を考慮して退きますか?」

「……少し、ね。退く必要はないわ。加勢も、今は控えましょう。あの時よりかなり小さいし、見ておきたい」

 横顔は血の気というものが吹き飛んで死人か何かのようだが、口はしっかり結んでいる。

 心配ではあるが……。

「うおおお! アレはあれ! なんだ!?」

 そんなファスの不安を他所に、兵士たちから脳天気な歓声があがる。芝居見物でもしてるつもりか、まったく。

 とは言え、興奮するのも無理もない。

 巨大な怪物がその異形の花を大きく花開き、夕暮れの太陽のように赤く黒く発光している。禍々しくも美しいその光は、ファスですら圧倒されるほどで、かつて神穿つために作られた悪魔の業炎とでもいうべきか。

「来るぞぉ! イギス! クトル! クレス! 輝く盾をここに!」

『イギス! クトル! クレス! 輝く盾をここに!』

 そんな神代を形作った光を前にしても、相対する鉄壁の重装歩兵たちは、恐れも怯みもせずに大音声で唱和を始め、赤く染まった。

「っとぉ!?」

 化け物が放ったあまりに強烈な赤光が、一瞬で視界を塗りつぶしたのだ、と気づくと同時に火山の噴火もかくやという轟音が響く。

「す、すげぇ……」

 そして視界が焼け付きから覚めてみれば、何もない。

 木もない、草もない、岩も崖すらない、ただまっすぐに開けた空間。光線が放たれる前にあったはずの栗の木型の木も小高い丘も苔むす大岩も、抉られなぎ倒されて山の下へ吹き飛ばされ、大地はきれいに一文字に貫かれていた。

 そんな中を重装歩兵たちは立っている。

 その鈍い輝きに一切の欠けもなく。

 ただ、青白い壁に守られながら。

「あ、あれはあれ、魔法っすか!? すげぇ! あんなの貼れるあれ、後ろのお貴族様のちからっすか!?」

「いや、貴族様のお力じゃなくて、ありゃあの盾の力だな」

 魔法具なのだろう大盾を中心に、光の壁が発されている。その中心の宝石が徐々に色あせていってる辺り、宝石に魔力を溜めて壁に変換する代物なのだろう。作り自体はどう見ても真新しいので恐らく最近に作られたものだが、あんな大火力を防げるなんて余程の高級品だろうか。

「お、貴族様がなんかやり始めたぞ!」

 ルゥグゥの叫ぶと同時に、盾の後ろで守られていた神蹟なんとかの騎士が杖を掲げれば、その先端にある青く輝く宝石の群れが、割れて飛び散る。

 それら宝石の一つ一つは無作為ではなく放物線を描いて、花の悪魔へーーいや、その灰色の巨体を通り過ぎて、後方の地面に刺さりばら撒かれた。

「こ、壊れたってわけじゃないんだべよな?」

「違うだろうな。恐らくは魔法陣だ」

「魔法陣?」

 マクが太い首を傾げるやいなや、光だす。地面にばら撒かれた宝石たちが。

『タイ! ラオズ! 審判の縄は時流れるを許さず!』

 呪文と共に、輝く石から石へと複雑な線が引かれたと思ったら、散らばった星のような宝石の一つ一つから青い鎖が飛び出て、

「!!!!!!!!っ!??????」

 そのまま巨大な悪魔を絡め取る。絡め取られた異形の花は、叫び、と言っていいのかどうか、とにかく奇妙な音をあげて巻き付き抑えようとする鎖の中でもがき始める。青い鎖は簡単に何本かパシンパシンと引きちぎられてしまうが、それを上回る速度で次々と鎖は現れ絡みに絡む。

 そんな攻防はしかし長くは続かず、徐々に動きが鈍くなった悪魔へ、変わらぬ勢いで巻き付いた鎖が、その大木のように巨大な悪魔を覆い尽くした。

「すげぇな、魔法はやっぱりすげぇ」

 ルゥグゥが誰共なしに呟いている間にも、鎖は覆い尽くした巨獣を、じわっじわっと圧縮していく。そして押しつぶされまいと悪魔はガシャガシャガシャと鎖を揺らすが、大勢は変わらず鎖の玉は小さく小さくなっていき、ちょうど牛くらいの大きさになった瞬間、シュンっと一気に潰れた。

 そうして次の瞬間にはポテンと手のひらサイズの青い鎖の塊が、赤土に転がる。同時に、おおーとファスたちは声を漏らした。

「……封印魔法ってところでしょうか。あんな巨大な悪魔を封じちゃうなんてすごいです。陛下の馬廻りにだって、これが出来る方がいらっしゃるかどうか」

 トマスはため息がてら呟き、一方の周りの唖然と眺めていた兵士たちは、堰をきって興奮する。

「いやあれ、すっげーすねすっげー!」「まったくよぉ! 流石、貴族様だぜ」「だべなぁ! だべなぁ!」「芝居よりすげぇなほんと!」

(まったくもってえな、世の中広いわ。しかし、どうしたもんかね)

 ファスもまた感心しきりではあるし、皆が観劇気分で褒めそやすのは分かるのだが、色々とヤバい状況だ。

「ファスの兄貴! あれ! すごかったすね! ちょっと話とか聞けませんかね! どうしたらあんな風になれるのかって!」

「いやそれは……」

「ダメです!」

 ファスが意見を言う前に、うわずった声が熱くなっていた空気を切り裂いた。

 ユピテラだ。声が高くなったのが少し恥ずかしかったのか、軽く口を歪めつつ、

「ととと、とにかく! すぐ見つかる前に撤退するわ!」

「あ、あれ、ダメっすか? すごかったしあれ、ちょっと話ぐらいは」

「ダメったらダメ! とっとといくわよ!」

「ええ……」

 ジィーたちは不満げに呻くが、ユピテラの判断は間違いではない。

「そうむくれるな。こんなド田舎にあんな立派な貴族様がいらっしゃってるって事自体が、色々ときな臭いからな。しかもあんな大仕事してんのに、城伯様になんか一報してるって感じでもねぇだろ?」

 ファスの説明にマクもうなずき、

「他領を通るだけでも使者を先行させてご挨拶するってのが、基本だそうだべからなぁ。それがあんなバケモンとあんな強い貴族様が戦うって言う話なのに、城伯様はおらたちが出る時に庭のお世話しとったし、途中で寄った村で噂すらなかったべからなぁ」

「あれ、たしかに、あれ、そりゃ変、すかね?」

「だね。秘密任務なのかも。ただでさえ盗掘屋同然なんて言われてる奴らだし、誰かに見られたってなったら、最悪、口封じとか……」

「うへぇ」

 トマスが声を潜めれば、ジィーたちがうめく。まぁいきなり皆殺しにするような真似は考えづらいが、それでもあんな力を持つ上位貴族相手ならトラブルは考えられる話だ。

「なんでもいいわよ! 早く! 今、あいつらに関わりたくなんてないし!」

「いや待った! 団長さんよ! あれ!」

 ルゥグゥの言葉に皆が振り返れば、貴族様が悪魔を封じた鎖の玉を拾おうとしているところである。

 しかし地面にぽつんと転がっていたその鎖は、遠目でも分かるくらいにガクガクぐしゃぐしゃと震えだしていた。

「まさか」

 トマスが言い終わる前に、耳奥に痛みを覚えるくらいの高音が弾けた。

「なっ!?」

 図らずもファスたちと重装歩兵たち、そして杖の貴族の驚きの声が一致する。それは既に完全に予想出来ることではあるが、それでもいきなり広がった光景には驚愕せざるおえない。

 封印された鈍色の花の悪魔が、傲然とそこに再び現れたのだから。

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