断章
要は掃いて捨てる程いる若者の一人で、十把一絡げに使い捨てにされる程度の人間だったわけだ。
勇士のように強くもなく、
智者のように賢くもなく、
聖人のように尊くもない。
だから、まぁ当然のような結末で、それでもちったぁましな結末だったのではなかろうか。
胸を貫いた剣から立ち上る紫の光が、どこか幻想的でぼんやりとしていたら、そのままさっと引き抜かれ赤い血がきれいな弧を描いた。
「ただの人族にしては見事でした」
そう鈍色の甲冑を赤く染めながら、銀髪を冷たい冬の月で輝かせた魔族の呟きは、言に反して特に何も感慨を感じさせない無機質さで、流石に少し笑ってしまった。
「お褒めに、預かり、光栄な、こって」
そもそも現状を並べれば、背後でうごめく陶器質の花に似た悪魔たちによって仲間は皆殺しにされたにも関わらず、悪魔を倒すどころか傷一つ付けられなかったのである。つまり、一矢も報いられなかったわけで、見事もクソもない。
付け加えれば仲間たちは、そのままゾンビとして再生させられ、銀髪の魔族の後ろに並べられているわけだが、ま、所詮、人族の兵士なんてこんなもんか、すぐに自分もそこに並ぶ羽目になる。
洞窟内の広間に敷かれた大理石の床の、冷え冷えとした感覚だけが体を支配し、怒りも悔しさも湧いてこない。体に刻んだ魔術の刻印のお陰でなんとか生きながらえているが、流石に心臓を復活させる程の魔力はない。意識はするするとほどけて、包みこむようなくら闇が、すこしこわくて、でも、どこかやさしくて、えられないはずだったゆるしのようで、そのまま、だかれ、て、
「……ファス様っ!」
……だけどまだ、やらねばならないことがあったな。
「ダメです! ダメ! 死なないって言ったじゃないですか! お願いしたじゃないですか! 平民のくせに! 私の騎士になったはずでしょう! 打首にしますわよ! いたっ!」
足をくぼみに引っ掛けて少女は倒れる。まったく。そもそも打首にされる前に死にますよ、先に行ってろと言ったのにさ。最後までわがままなお人だよ。
「捕らえろ」
背後に控えていた陶器の花の悪魔たちは、器用に灰色の触手を操って少女へとゆっくりと近づいてく。だというのに少女は、ファスを見つめたままただただ手を伸ばして、
「やだ、やだやだだ! おいていかないで! 私も、あなたと一緒に!」
残酷かもしれないが、その言葉だけは聞けないな。
そう印を結んだ。
「ユピテラ様!? っ! 総員退避!」
自分の短いながらも初めての、そして唯一の主への花向け、そう考えると昔夢見たお芝居の騎士みたいだな、とちょっとおかしかった。
そんな感慨も、すぐさま起きた閃光、身体に縛り付けておいた無数の爆弾と炎の護符の爆発により、白く白く塗りつぶされた。
何か、叫びが聞こえた気がするが、ファスにはもう、届かなかった。
帝国暦、否、旧帝国暦1066年、ノマン帝国が魔族によって滅ぼされたことを端緒とする、創地の五神の祝福を受けし人々と邪神とその眷属との戦いは、数百年に及んだ。
そんな長い戦いの始まりに、一人の傭兵が身を賭して洞窟を崩落させて一人の少女を守りきったことなぞ、歴史にも浮かばない一粒の小さな泡として、知られることもなく忘れ去られたのであった。