愉快な文豪たちと、鼻からいちごジャム
文芸部の皆んなと課題図書のススメ方について話し合った日から1週間後。
俺は放課後、校舎の廊下にある掲示板にポスターを貼り付けていた。
「うしっ、こんな感じか」
「うんうん、良いと思う」
隣にいる春奈の満足そうな笑みが可愛い。あと………、バストがでか、
「いででででっ!?」
おもいっきり右手の甲をつねられた。
「そういうとこ。ちょっとは慎みなさいよ」
鋭い目つきで「分かるんだからね」と腕組みをする春奈。さすがは幼馴染と褒めたいが堪える、怖いから。あと、腕組みした上に乗っているバストすげぇ………。うん、BTA。
怒られる前に、視線を掲示板のポスターに戻す。そこには、
吾輩は千円札の4代目であーる。
太い丸文字で愛らしい宣伝文とともに、夏目漱石さんの自画像ポスターが貼られている。選挙ポスターに近いが、美術部に依頼した手書きのおかげで、ポップな感じに仕上がっている。そして、
本名は金之助であーる。
初作品が「吾輩は猫である」であーる。
吾輩の借家は愛知県に展示されているのであーる。
吾輩の脳は今も東京大学にあーる。
といった豆知識的な丸文がポスターの余白に書き込まれていて、さらに、
吾輩は超甘党であーる。
アイスクリームは製造機を設置したぐらいであーる。
『こころ』にアイスクリームの事を書いているのであーる。
いちごジャムは直接すくって食べるのであーる。
『吾輩は猫である』にジャムの事を書いているのであーる。
羊羹は隠されるぐらい好きであーる。
『草枕』に羊羹の事を書いているのであーる。
といった、作家個人の、マニアックで面白そうなエピソードも書いている。アイスやジャム、羊羹などのカラフルな手書きイラストも添えてだ。
「なんか漱石さん、スイーツ男子だねっ」
春奈が可笑しそうに言う。お菓子だけに。
文芸部の皆んなで、春奈や穂花先輩、結衣ちゃんと一緒に調べた漱石さん。
「みんな、興味持ってくれるといいが」
「うん、そうだねっ」
春奈は嬉しそうに、どこかウキウキした表情で俺が提案した文豪のポスターを眺めていた。
俺も、一緒になって笑う。これが文芸部なりの、課題図書のススメ。
この文豪ポスターを俺と春奈、穂花先輩と結衣ちゃんの二手に分かれて貼り付け作業をしている。
夏目漱石さんの他にも、福沢諭吉さんや宮沢賢治さんなど、有名な文豪を掲示板に貼っていて、どのポスターにも、もの珍しいエピソードを添えており、カラフルな文字とイラストで映える。
俺はそれらを見回しながら、軽く腕を組む。
これで、生徒の課題図書の貸し出しが増えて、読書に繋がるかは分からない。特に効果も無く、文芸部の自己満足で終わってしまうかもだけど、
「漱石さん、いちごジャムをひと月で8瓶も食べたってすごいよねっ」
「だなっ、そんなことしてたら糖尿病にもなる」
「ふふっ、スイーツ男子にはつらいよねっ。でも、我慢できなくて食べちゃうところが可愛い。甘いものへの深い愛だよ。女子としてすごく分かるもん」
「吐血しても?」
「ぷふっ! あっ、笑っちゃダメだよね。でもすごいよね、そんなことも書いてあった」
春奈は申し訳なさそうに、でも明るい笑みをこぼしていた。俺も、つられて口元がゆるむ。
腕組みをやめた。小難しく考えなくていい。せっかく春奈と、楽しくしゃべっているんだから。
課題図書について自由に楽しく話して盛り上がれたら良いなっ、て。そしたら皆んな笑顔になって。
今の俺や春奈みたいに。
「吾輩は猫である、ジャムってどのページに書いてあるのかな」
「冒頭とかだったり」
「それジャム愛が強くない? ふふっ」
話題になった書籍をちょっと読んでみたい気にもなって。
「ねぇ、爽太。他の掲示板にも貼りに行こかっ」
「あぁ、そうするか」
よいしょっ、と俺と春奈はそれぞれ複数のポスターを抱える。国木田独歩さん、江戸川乱歩さん、中原中也さんなど。楽しいエピソードを散りばめた、愉快な文豪達のポスター。
「ねぇ、爽太」
「ん?」
廊下を歩いている途中、春奈が俺の側に近寄る。ふわっとシャンプーのような甘い香りが、鼻口をいたずらにくすぐる。
「次はどの文豪さんを貼ろっか」
丸く純粋で綺麗な瞳に見つめられ、
「ん〜、そうだな………」
皆んながわくわく楽しめる、そんなより良い場所を作れたらって。もっと自由に………、あっ! いや、でも、
「なにかひらめいたの?」
春奈が興味津々といった様子で、瞳をキラキラさせている。ま、まずい、これは言わなきゃいけない雰囲気。で、でも、ヤバい気が…………、いや、もっと、自由に!!
小難しく考えなくても良いよね!!
俺は、無い胸をはる。誇らしい笑みを讃えながら、春奈に向けて、自信満々で声をはった。
「え◯こさん、東◯うみさん、深田◯子さん、磯山さ◯かさん、とか今後どうかな!」
「…………」
ピキッ。
世界の割れる音がした。春奈のこめかみから。
「それ………、ただのグラビアポスターでしょっ!!」
パチン!
「いてっ!?」
頬に走る軽い痛みと、春奈の釣り上がる目元と同時に、俺の背筋も緊張して伸びる。
や、やっぱダメだよね!? 分かってた! 分かってたよ! 分かってたさ〜!
内心焦りまくりの俺を春奈が凝視する。ま、まさか、ビンタもう一発ですか!?
春奈が、あきれたように笑った。
「ほ〜んと、バカなんだから」
爽太らしい、っと、くるり俺に背を向け、先に前を行く春奈。その後ろ姿に怒っているオーラは無い。
た、助かった………。
俺も、春奈の少し後ろをついて行く。
はぁ………、やっぱグラビアポスターはだめか。なんでだろ、文豪じゃないから? 本を出してないから?? いや、でも写真集出してるよね? それって、広い意味で作家じゃない? もうバストとか文豪レベルしゃない?
と、春奈に言いたくなったが、グッとこらえる。確実にビンタをもらうのは明白だ。さっきよりも強めでな。ん?
鼻に違和感。まさか………。
人差し指で軽く触れて見ると、
赤い謎の液体。ま、まさか、いちごジャム?
舐めてみた。美味しくない、鉄っぽいなにか。でも久しぶりの味わい、わるくない。
「うわっ………」
「えっ?」
春奈が、いつのまにか振り返っていて。もうなに? 変態でも見るような、嫌悪感オーラがやばい。いやいや! ちょっと待って! これはビンタした春奈にも責任が、
「き、キモい!! ち、近寄らないで!?」
「いやちょ、春奈!? 置いてかないでー!?」
廊下でまさかのかけっこだった。俺らはこの数分後、運悪く先生に見つかり怒られる道を歩んでいくのだが、このときの俺らはまだ知らない。
ps、男子諸君! 鼻からいちごジャム(鉄味)を垂らしながら女子を追いかけると、すごく嫌われるからマネしないようにねっ!




