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《三話》通過儀礼②

 辺りが夕闇に包まれる頃には第五班の四人とも、また天幕に戻されていた。

最後の方は生徒同士で《粘瘤バブ》の取り合いになる中、結局、女子二人は一匹も倒せずにその訓練を終えた。


「食糧を配給するが、その前に情報(データ)を確認する。出した状態で待て」


 マルバが食べ物の包み袋に下げながら、一人一人の《(ケスラ)》の上に出た情報(データ)表示を覗き込む。


 指示されたレベルを超えていたものの前には、拳大の麦パンが二つ程と、栄養剤の様な固形タブレットが二つ、瓶に入った水などが置かれた。

 かなり粗末だ。戦闘糧食としてももう少しましな物を期待したい所だったが、文句を言う事など許されない。


 そしてもちろん、カホとイツミには米粒の一つとして与えられなかった。


「お前達は……死にたいのなら止めはせんが、長く苦しむだけだぞ。早々に考えを改めることだ。ではまた明朝から同じように訓練を始める。《錠》に表示された時刻が八時になる前に天幕の前に集合しておけ。なお、貴様らの現在地を我々は常に把握している。《死呪(ベド・ライカ)》の起動も遠隔で可能だ。くれぐれも脱走など無駄な真似はするなよ」


 彼は指示されたレベルに達していない女子二人には何も与えず、注意事項を告げると外に出て行った。


 重い空気の中、誰とも言わず腹が鳴る。

カホとイツミはぎゅっと目を瞑ると用意された簡易寝具に寝転がった。


 そしてアキは、恐らく()()が行われることを予想していた。


「なあクソトカゲ、手前それよこせよ。こんなだけじゃ足りねえんだよ」


 コウタがおもむろに地面から立ち上がり、アキの食糧に手を伸ばそうとする。

 いつものことだ……ここが教室ならば、何も言わずにそれを差し出していただろう。

 だが、アキは、コウタの手を払った。知らず知らずのうちにそうしていた。 


 彼が、片目だけをわずかに見開く。


「まだ、何をしても許されると思ってるのか? お前は」

「あ……?」


 自分でも信じられないほどすらすらと言葉が出た。

アキには不思議だった……何故こいつらは今までのままでいられると思ったんだ?

 とうに世界も何もかも、変わってしまっているのに。


 立ち上がったアキの視線が自分の頭を追い越すのを見て、北上が慌てる。


「テ、テメエ……やんのかよ。ちょっとデカくなったからって調子に乗ってんじゃねー!」


 コウタの拳が胸や腹に突き刺さる、だがそれは何の痛みもアキに与えない。

 ちっぽけに見えたその拳をアキは、掴む。


(今までこんなものに僕は怯えていたのか……本当に下らない)


「なっ! 離せよコラ!」


 腕の筋肉が盛り上がり、万力のようにその手を固定する。

 拳を引き抜こうとする彼の無駄な努力を嘲笑あざわらった後、アキは徐々に手の平に圧を加えていった。


「あぁっ、痛え! 離せって言ってんだろ」

「知らないよ……お前が売って来た喧嘩なんだろう?」


 身を仰け反らせて痛みから逃れようとするコウタに、アキは初めて命令した。


「お前が今度は食事を寄こせよ。いつもやってたことだ。自分がされても文句は言えないよな?」

「この野郎、あぐっ……港に言えばただじゃ、済まねえぞっ」

「どうだろうね……君みたいな雑魚、助けるほどの価値はあるのか?」

「ひぃあっ、やめっ、やるから! やるから腕を離してくれって!」


 ぎりっ、とより力を強めると、ついに耐えられなくなったコウタが涙を浮かべながら膝を折った。


 彼が仕方なく腕を離してやると、水を打ったように室内は静まり返る。

 セオは一人食事を終え、良い薬だとでも思ったのか無機質な瞳でうずくまるコウタを見つめている。  

 イツミとカホは耳を塞いで震えていた。


(こんなことをして、何の意味があるんだ……こいつらは何を考えてあんな風に笑っていたんだ)


 コウタのその姿を見ても、アキの気持ちはわずかも晴れなかった。

 嘆息したアキは、コウタの食糧を半分に分けると、自分の口に入れ、丸々残った自分の分は女子達の前に置いた。港達のように、他者の上前を撥ねるようなことは死んでも御免だった。


 しばらく天幕ではみっともないコウタの呻き声が聞こえていたが、それもやがて止んだ。

 何とも悪い後味を抱えながら、異世界に来て初日の夜はこうして更けていく。


 ――そして夜半。

 うずくまる様にして微睡んでいた意識に、カサカサと包みを広げるような音が聞こえた。


 わずかな逡巡の後、小さな咀嚼音そしゃくおんが響く。


 それはやがて、鼻をすする音に変わっていく。


「……ご、めんなさい……たし、汚い、よね」


 小さなかすれ声で口にした謝罪の言葉が誰のものか分からぬまま、アキの意識はやがて再び眠りへと捉われていった。




 ――そして程無く、二度目の戦闘訓練が開始する。


 マルバは定刻通りに揃った全員に薄く笑いかけた。


「今日も昨日と同じ《粘瘤(バブ)》相手だ。全員がレベル5になるまで戦闘を繰り返して貰う。昨日より必要経験値が多く、難易度も上がるはずだが、時間も昨日と違って相応にあるはずだから十分に可能だろう。それと、今回から未達成者が出た班に対しては肉体的処罰を適用する」

「な、何なんすかその肉体的処罰とか……」

「未達成者が一人でも出た班に関しては訓練終了後、一定時間労役の義務を与える。今回は初回につき四時間拘束だ。いわゆる連帯責任形式となっているので協力して望むことを勧める。以上だ」


 マルバは昨日と同じように適当な石の上に腰掛ける。

監督官という割に彼が何か指導するという事は無いようだ。


 個別行動が許されそうにないシステムに、班員が苦い顔をする中、コウタが一人、頭を掻き乱して怒鳴った。


「だあっ、なんなんだよローエキって! くそ、手前ら絶対に足引っ張んなよ……俺は行くからな!」

「待て、連帯責任形式だと言ってるだろ!」

「うっせえ! 勝手にやってろボケナス! クソトカゲとつるむとかやってられねえんだよっ!」


 罵声を叫びながら勝手にどこかへ行ったコウタにセオは溜息をついた。


「チッ、これだから阿保は。女二人をどうにかしなきゃ意味がないってわかってんのか。お前ら、今日は戦えよ。でないと俺らまで、何か知らんが罰を受けるんだ」

「……るさいっ」

「あ?」

「うるさいつってんの! あたし、やらないから……あんな気持ち悪いの叩き潰すとか絶対やだもん!」


 顔を赤くして怒鳴り返したのはイツミだ。

ここにいたっては是非を問う話ではないが、それでも頑なに彼女は否定する。


「お前、いい加減にしろよ! 俺達まで道連れにするつもりなのか!」

「嫌なもんは嫌! もしかしたらただの脅しかも知んないじゃん! ほら、あんたも何とか言ってよ!」

「ううぅ……」


 睨み合う二人。カホは足元でうずくまってまた泣きだす。


 アキもどちらかというとセオと同じ考えだ。

 彼らの目的はこちらを強化して、魔物達と戦う兵士にすることらしい。それならば恐らく役に立たない人間は排除すべく、日毎に罰則は強化されて行くと見ていいだろう。


 無理やりでもやらせるしかないと、アキはそう判断し、腰を上げた。


「おい、須賀谷まで一人で動くつもりか?」

「捕まえて来るだけだよ。彼女らが動かないなら、強制的にもやらせるしか無いんだ……」

「あ、あんた……止めてよそういうの」

「止めない……僕は自分の命を優先して動く」


 アキはそれだけを言うとその場から離れ、手当たり次第に粘瘤バブを皮のザックに詰めていく。

 袋の中で蠢く不快な粘瘤バブ達の塊を背負うと、すぐに取って返す。


 そして、アキは自分の持っていた薪のような棒を放り出すと二人に命じた。


「さあ、早く殴れ。姿が見えなくても数発殴ればどうにか潰せるだろ。後はそれを繰り返すだけだ……ただの作業になるまで」

「や……やだよ」


 二人ともそれを拾おうとせず、怯えて後ずさろうとするが、後ろにセオが立ってそれを押しとどめた。アキは棒を掴み上げ、彼女達の眼前に突き出すと、じっと二人を見つめた。


「向こうでのことは忘れろ。考えてみればおかしい話だったんだ。何故僕らは自分の手を汚すことなく一方的に命を搾取して生きて来れていたんだ? 生きる為には痛みを知らなきゃいけなかったのに……」


 自然災害や偶発的な事故は別として、現代の社会的システムの庇護により、暴力を受ける機会も与える機会も人間は失くしてしまった。それは多くの力無き人々を救ったけれど、代わりに人々から痛みを受ける辛さや、他者へ苦しみを与える酷さを想像する機会を奪い去ってしまった。

 だが、その恩恵を失くしたこの世界では――自分達の存在を保証してくれる物の無いこの場所ではそれではまかり通らない。生きようとするには、自分を害そうとする他者に抗う覚悟を決めなければならない。


「選ぶんだ……今ここで。拒否して僕らと共に制裁を受けて苦しむか。魔物を殺して、痛みを感じながら生きていくか」


 だから、ここで決めさせなければならない……彼女たち自身の意思で。

そうで無ければ恐らく、この先には進めない。


 やがて、ぐちゃぐちゃにした顔を拭って先に棒を取ったのはカホだった。


「やらなきゃ、いけないんですよね……」

「ああ、必要な事なんだ。もう、向こうの世界には戻ることはできないんだから……」


 それを聞いて、カホは棒を振り上げる。

そして叩きつける……動かなくなるまで、何度も。

 皆がそれを黙って見ていた。


「ごめんなさい……。ごめんなさいっ! うぅぅっ!」


 ショックで咳き込みながらも、皮袋の中の粘瘤バブがどろどろになるまでカホは手を止めなかった。

 そして、全てが終わった後、無言で棒をイツミに向けて差し出す。


 アキは再び袋に集めようと背を向けたが、イツミはそれを制止する。


「もう、いい。嫌だけど、ちゃんとやるから……ごめん、あたしのはただの我儘だった」


 そう言うとイツミは自主的に獲物を探し始める。


 ――生き物を殺すという通過儀礼。

それを乗り越える為の最初の戦いが……同じような光景がそこかしこで今、繰り広げられていた。


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