入学試験 5
「何でオオカミがここに!?」
目の前には鎖で繋がれた巨大なオオカミ。コロシアムのような作りになっており、席には裕福な格好をした貴族達。そして、一際立派に作られた客席に座る異様なオーラを放つ一人の男性が立っている。
「お集まりの皆さん、今日のメインイベントの開幕です」
突然のナレーションに、貴族達は「ようやっとか」「待ちわびたぞ!」などと、興奮を露わにする。
「今回の魔獣はA級指定魔獣フェンリルでございます! Sランク冒険者を総動員させてテイムさせ、ここまで調教させました! このモンスターには現在なにも餌を与えていません! そのため極度の空腹状態! かなりの怒りを蓄積しているでしょう!」
「「ウォォオ!!」」
とてつもない盛り上がり方に、八雲は萎縮する。
「おい何だこれ……聞いてないぞ!?」
ヤックが動揺を見せる中、異様なオーラを放つ男性が起立し、手を上げる。すると会場は静まり、フェンリルの唸り声だけが聞こえてくる。
「こいつはグリー息子、あのグリーの息子だ。こんな魔獣を屠るのも簡単であろう。だから、本来戦うはずであった者には変わってもらい、フェンリルを用意させた」
何もかもがおかしい。八雲は聞いていた話と全く違い、事態の把握にまだ頭が追いつかない。
「これも全ては……グリーを恨むといい、少年。そして、またグリーの泣きっ面を拝んでやる」
男性は高らかな笑い声を上げる。貴族達も、それにつられるように笑い声を上げる。
「何なんだ一体!?」
『……年……少年よ』
「うっ、頭が……急に……」
突然の頭痛に、八雲は頭を抑える。脳内に直接呼びかける声が聞こえてくる。女性の声で、とても弱っているような声だった。
「誰!?」
八雲の反応を見ていた周りの貴族達は、その突然の行動にさらに笑い声を上げる。
『少年よ、今はお主の脳内に直接呼びかけている。お主に適性があったのでな、少し試させてもらった』
「適性? もう何が何だか……」
『黙って聞け。お主は今から余と戦うことになる。そう、目の前にいる妾だ』
その声の主が目の前のフェンリルだと分かった八雲は、見た目とは裏腹にとても冷静な声に、少し驚く。
『お主は本物だ。だから、妾はお主を殺したくない。だから、この妾に掛けられているテイムを上書きしては貰えないか? 声には出すな、そのまま聞いていてくれ』
八雲は軽く頷く。
『この変な茶番が始まったと同時に、妾が嵐を起こす。その間に何とかテイムを上書きして欲しい』
そう言われても、八雲にはテイムの仕方など分からない。八雲は無理難題に頭を抱える。
『テイムの上書きの仕方は妾が教える、安心せよ。だが、問題はその後だ、ここにいる観客の中に、S級冒険者が混じってる。彼らはとても強い。だから、その後は任せるぞ』
「え!?」
思わず声に出してしまうが、その声は先程まで喋っていた男の「始め!」の掛け声に掻き消される。そして戦いが始まると同時に鎖が切られる。
『では行くぞ!』
フェンリルが雄叫びをあげた途端、フェンリルと八雲を包み込む巨大な竜巻が発生する。その竜巻に貴族達は歓声をあげる。
「ふっ、これで死んだな。あの忌まわしきグリーに、これで仕返しが出来る……」
それだけ言い残し、その場から立ち去る。
『さて、まずはお主の名を聞かせよ』
「僕はヤック。一応転生者です」
『ほう、転生者……そういう事か。これも何かの縁だ。妾はフェンリル。名は無い』
「それで、僕は何をすれば?」
『この竜巻も今の状態では長くは保ってはられない。だから手短に話す。まず、お主の血を妾飲ませよ。その後に『我が眷属となれ』と一言呟くのじゃ。分かったな?』
「それだけでいいんですか?」
『大丈夫だ。早く頼むぞ、ヤック。妾も正気を保てなくなってきた、このままではお主を殺しかねない。だから、素早く頼む』
「わ、分かった!」
八雲は、フェンリルの牙に指を軽く押し付け、血を流す。そのままフェンリルに飲ませ『我が眷属になれ』と呟く。その瞬間、八雲の手の甲に魔法陣が浮かび上がる。
『これで妾とお主は従属関係になった。お主の命令ならなんて聞こう』
テイムの上書きが完了した途端、八雲は急に体の疲労感に襲われる。
『済まないが少しだけ魔力を貰った。でなかれば正気を保てないのでな……今はこの場を立ち去る。また後で合流する』
「わ、わかった」
『では』
フェンリルは、発生させた竜巻を消し去り、試験会場を縦横無尽に飛び回り観客を恐怖させた後、隙を狙って会場から飛び出した。その瞬間、フェンリルの後を何人かの人が追いかけた。
「なんだったんだ一体……」
「何故あのガキが生きておる!?」
「余興はどうなった!?」
混乱が起きつつある中、この試験はフェンリルの逃亡という形で終わった。この試験とは別の何かは無効とされ、結局八雲は人と対戦をし、見事勝利した。そのまま面接試験も合格した。




