異世界転移 - ここは地獄か魔界か、それとも… -
異世界ものです!
子供のころ、夏のキャンプで夜の星空が美しかったことに感動したことを思い出しながら、書きました。
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私の住むところはごく一般的な田舎だ。一般的な田舎とはどういうものを指すのか分からないが、説明をさせていただくと、行政区分上は「町」にあたる。人口は8000を超えるというところで、山奥や秘境にあるわけでもなく、農家が多い開けた田舎町だ。一人離れたところで、ポツンと住んでる奇矯な人がいるわけでもない。コンビニは数件あるし、スーパーも一つだがある(だが田舎らしく、これらにはもれなく地元で取れた農作物が目立つところに置いてある)、列車の駅も1つだがあるし、バスの停留所は4つある。そして小学校が2校と中学校が1校ある。要するにテレビ局が好んで田舎暮らしの様子を取り上げるような、そこまでいった感じの田舎ではない。
しかし以前、とある事件があったため、別の意味でメディアで報道もされたし、今だにオカルト系のサイトでもささやかながら取り上げられているそうだが、『呪われた村』系の中ではそれほど有名でもない。またここをそういったことで興味本位に訪れようとするものもいない。
さて、この田舎だが所謂『古くて新しい田舎』だ。数年前より全国的によくあることだが、私の町は田舎で農作業をしたいという若者や若い家族の移住者たちがぽつぽつとやってきた。私がこの町で生まれたときこの町は人口7000切るといったところだったが、今は千人以上増えているのだ。
つまり、現代社会を生活するため(インターネット環境等)の不自由さがなく、且つ自然が豊かな中で、農業をしたいという都会からやってくる移住者が暫時的に増えている町、というと分かりやすいかもしれない。(もちろん彼らは以前有名になった事件のことは知らない)
かくいう私も、ある意味そういった種類の人間かもしれない。
私はこの町に生まれ育った。ただ中学卒業後に電車で1時間以上はかかる、この周辺では一番の有名進学高校に通い、さらに進学で都心に一人暮らしをし、とある有名大学の農学部に通った。農業を進路として選んだのは自分の家の家業である農家を継ぎたかったからで、言ってみれば私もこの町に来る農業をやりたり若者の一人だったというわけである。一応何か別の経験をもった方がよいと思い、ダメもとで就職活動をした結果、幸運にも都心で農業とは関係のない職に就いていたが、特に都会暮らしが嫌になったというわけでもなく、元々家業を継ぐつもりだったので、5年ほどでその職を辞め帰郷した次第である。
これが今から約10年ほど前のことだ。
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この町。Z県はN町だ。私が生まれる30年近く前に3つの村が合併してできた町だ。これも現在までよくある市町村の合併だが、3つの村であるA村とB村とC村は面積的には同じだったが、人口や立地が異なっていた。
私が生まれたところはA村にあたる。そして隣接したB村はA村と似通った定型的な農村であったのだが、C村は幅が約20~30メートルある川で両村から分けられた村だった。もちろん合併以前から車で往来ができる橋はかかっていたのだが、A村とB村とはやはり趣は変わっていた。
C村は農地がほとんどなく、面積の80%が山地であった。といっても厳しい山脈の中にある村でなく、むしろ低い山々のなかにぽつぽつと家があり、開発したわけでもないのにただ森林に覆われているでもなく、結構広い草地の高地もある。そして両村と隔てた川へ注ぐ渓流がいくつか流れる落ち着いたのどかなところだ。ただし人口は一番少なかった。
現在のN町の人口を見ると、旧A村と旧B村の住人はそれぞれ3500人を超えるが、旧C村は150人くらいといったところだ。
旧A村と旧B村の人たちは、旧C村の人たちに対してどこかよそよそしい。特にこれは高齢者に顕著で、私の両親はそれほどではなかったが、すでに死去しているが私の父方の祖父母は明らかに蔑んでいた。ちなみに私の母はN町に隣接する人口3万を超えるM市の出身である。
なぜか?まず確実に明らかになっているだけでも旧C村は3人の行方不明者を出している。これは警察に届けられた数というだけで、子供のころに私が祖父母に聞いた話だと、もう何百年と前からあの村からは定期的に人が消えているというのだ。祖父母によると古くから口減らしをしていた村だったというのだ。
そしてもっとも最後に行方不明者となった旧C村の住人は私の中学生時代の同級生だった。それ以前の行方不明者の二件は今から60年ほど前と80年ほど前だ。この二件はともに発生時この地域以外ではさほど話題にされなかったが、この私の同級生が行方不明になった事件と合わせて掘り返され、当時テレビでは『呪われたC村』などとほんの一時期報道されたほどだ。これが例の事件だ。今でもオカルト系のサイトを漁れば多分出てくる。
私はこの突如消えた少年と仲が良かった。小学校はずっと同じクラスだった。(当時N町にある2つの小学校のうち一つは旧A村と旧C村の子供たちが通っていて、1学年に一クラスだけだった)
中学は旧全村のみんなが同じ一つの中学校に通い、2クラスあったが、私はこの少年である『みっひこ』とずっと同じクラスだった。もう一方の小学校からきた旧B村の子供たちの一部は、旧C村の子供たちをいじめる傾向があるが、私はそれをかばったりしたものだ。
「『たけのん』。あまり俺に親切にしないほうがいいよ。『たけのん』まで標的にされちゃうから」
私の名前は『健則』といい、そういった相手の名前は『通彦』という。なぜ名前にちなんだあだ名かというと、N町に住む人々の姓の種類が4つくらいしかないので、必然的に名前で呼び合う習慣ができてしまう。また名前の語感まで似た感じのがいると、さらに独特な愛称で呼び合うのが通例だった。
私たちはまず親友と言ってもいい仲だった。
通彦の家は旧C村の山の中のかなり高いころの開けたところにあり、特に夜晴れているときは満天の星空を拝むことができた。私の家も当時はそれなりに夜の星空は綺麗だったが、『みっひこ』の家の庭から仰ぎ見る星々は、まるで濃紺の布に細かいダイヤモンドを無数にちりばめたように美しく、特に夏に見る天の川は文字通り白銀に輝く川のようだった。当時健在だった祖父母は私がよくみっひこの家に泊まるのを快く思ってなかったようである。(そのためみっひこが私の家に泊まりに来ることはなかったが)
みっひこは星を見るのが大好きで、将来は天体観測員になりたいと熱く語っていた。またみっひこの家は豊かでないが、一人っ子のみっひこを大学へ行かせるだけの余裕はある家だったので(何しろ天体望遠鏡を2つも買ってもらっていた)、みっひこが将来の進路に絶望して家を飛び出すという可能性は、まずなかったはずである。
3
みっひこが行方不明になったのは中学三年の秋。私たちは部活動を卒業し、ちょうど受験勉強に専念し始めたころだ。このころから私はみっひこと会うのは学校内だけで、それぞれ帰宅すると、遊びなどということは一切せず、ただひたすら勉強していた。志望校は同じでかなりの進学校だが、模試の判定ではこのまま順調に勉強を続けていれば、私たちはまず間違いなく受かっただろう。(実際私は受かったし、同程度、いやそれ以上の成績だったみっひこが受験前に絶望して家を飛び出す可能性もやはりない)
夜遅い勉強は時には息抜きが必要だ。私は漫画を読むとかゲームをするなどと、よくある気分転換だったが、みっひこはどうやら晴れた日には夜空の星々を見に行っていたようだ。それも家の庭先でなく、さらに山の上に登ってお気に入りのスポットで過ごし、かなりの深夜になってから家へ帰っていたようだ。
「たけのん。ほらここ凄いだろ、町の街灯も家々の光も一切届かない。星を見るには一番の場所だよ」
中一の夏休みに私たち二人は、そこを秘密基地に作り上げ、そこにはみっひこが2つ持っていた天体望遠鏡の1つを設置した。そしてそのスポットは私たち二人の文字通り秘密の場所になった。もっとも受験期に入ってから、私はみっひこの家へ行かなくなったのだが、みっひこは気分転換にその基地でひとり星々を眺めていたらしい。
その受験期のある秋の日、みっひこが学校に来なかった。単なる風邪かと思ったが、教職員達がざわざわしだし、私たちの中学校はもとより、2つの小学校も昼前に集団下校させられ、自宅待機を命じられた。
N町の数少ない警官が町中を右往左往し、その日の夕方ごろにはM市の警官たちも応援に駆け付けた。
私はその日のうちに、みっひこが昨日の夜から家に戻らず、行方が分からないと、みっひこの両親が警察に通報したことを知った。
結論から言うと、約5週間ほどの捜査で通彦は発見されなかった。例の秘密基地を中心に周辺を重点的に捜査したが、足取りや遺留品もなく(ただし設置されていた天体望遠鏡はなくなっていた)、通彦の部屋にも家を出ていくというメッセージ等は残されていなかった。私も通彦の親友ということで警察にいろいろ質問されたが、それはすぐに打ち切られた。まず私は親友だが、明らかにこの時期に通彦と学校以外で会っていないことが確認されたこと、そしてこれは両親が心配したことだが、受験前なので余計な重圧を与えるのはよくない、と警察側で判断したからだ。
むしろ、私はある警官からこう言われたほどである。
「健則君。通彦君は必ず私たちが見つけ出す。君は何も心配せず、受験に備えなさい」
結局、その言葉の5週間後には捜査は何の進展もなく打ち切られたのだが…。
その間、覚えていることといえば、テレビ局の取材だった。私も無理やりインタビューされ(顔を隠され、声は加工されていたが)、みっひこの消息不明の心配がまるでかき消されるように、メディアの取材とテレビ番組の『呪われたC村』に辟易した。当時は受験期ということもあって、「早くこんな状態は終わってほしい!みっひこはそのうちひょっこり出てくる!」とうんざりしていた。
4
「健則さん。例の話、お願いできないでしょうか?」
20代半ばから30代後半の男たちから、声をかけられた。私は今いるところは町の青年団の集まりの場所で、月に1回酒を飲みながら、町の若い者たち(そのほとんどが外部から来た農業をやっているものたちだ)が町の発展と方向性を話し合う、といえばいい方だが、実際はただの飲み会だ。
「うん。あまり気は進まないが、来週にでも話し合いに言ってくるよ」
『健則さん』と呼ばれるのは妙な気分である。幼いころから親類以外からは『たけのん』と呼ばれ、都心での約10年の暮らしでは姓で呼ばれていた。田舎ではよくあることだが、私の姓を含めこの町にある姓の4種すべては全国的には稀姓なため、必然的に都心で知り合った人達はみんな私のことを姓で読んでいた。
私の同世代のほとんどはこの町に住んでいない。といっても大半が隣のM市に住んでいるようだが。
さて頼みというのは旧C村の件である。今ここは空き家が多く且つ山中だが広い平地もところどころにあり、何より夜の星空は格別だ。なので青年団の皆はここをキャンプ場として整備して、自然を満喫したい都会の人間にアピールしたいらしい。
なぜ私がその代表者的な立場になっているのは、まず私がこの町の出身であること、次に彼らと同じく都会暮らしをしていたことということで、彼らからすれば私がこういったことの話し合いに最も適した人物だと思っているらしい。
面倒といえば面倒だが、特に強硬に断る理由もなかったので、私はあっさりと承諾して、家である実家に帰った。
家に帰ると両親はすこしあきれた。母は難詰するように私に言った。
「健則、そんなことを頼まれているの?確かにあそこはいいところだけど、あそこに住んでいる人たちにとってはいい迷惑なんじゃない?」
「だから、少し離れたところをキャンプ場にしようと思っているんだ。実は当てがある。あのあたりなら近所迷惑にはならない」
「ちょっと、ひょっとしてみっひこがいなくなった場所じゃないだろうね?」
「いや、そこじゃないよ。そのちょっと手前に結構広い場所があるんだ。あそこなら特に問題ないだろう」
「そんなことより、あんた自身のこと考えなさい。いい年してまだ独り身で。いい子はいないの?」
私はそれに答えず苦笑した。都心にいた時に恋人がいたのだが、私が故郷に帰り農業をやりたいと言うと、彼女はそれに理解を示さず私から離れていったからだ。
とりあえず次の日の朝、私は農作業は両親に頼み、電話で事前連絡をして車で旧C村の一番の責任者のもとに赴いた。
「…というわけで、この辺りをキャンプ場として使用したいのですが、どうでしょう?夏場だけですし、このように少し離れているので、ちょっと大騒ぎしても皆さんには騒音はそうないでしょう。あと空き家についてですが、修繕しながら、住みたいという人たちも多くいます」
「キャンプ場はいいが、何か起こってもこっちは何も責任は取らないぞ。それに空き家といったがそれは通彦の家も当てはまるのか?」
責任者は通彦の父親の従兄弟にあたる。通彦の両親は息子が消息不明になってから、それぞれ10年以内に心痛から弱まってすでに亡くなっている。
「みっひこ。いえ、通彦の家には誰も住まわせません」
「だが、ここに来る以上いろいろ注意喚起はした方がいいし、お前さんがこの辺りをしっかり昼も夜も見張って、怪我人が出そうな場所をしっかり立ち入り禁止にできる用に確認できたら、認めよう」
「わかりました。では今日は昼過ぎまで、この辺りの山々を確認します。そしていったん帰り夜にまた安全を確認するということで、良いでしょうか?」
安全というのは、要するに足を滑らせ滑落しそうなところとかだ。ちなみにこのあたりでは熊や猪などはまず見られない。それより電波環境の確認もしたい。都会からくるのだから当然スマホ等は使用するだろう。
旧C村も携帯の電波は届くが、さて問題のキャンプ場に設定したあたりはどうだろう?
その日、私は日が暮れるまで、この辺りの山々や高地を歩き周り、スマホで写真を撮った。あとで青年団の皆に見せるためだ。みっひことの思い出の秘密基地はあえて撮影しなかったが…。当然そこはボロボロになっていて、当時を思わせるものは何もなかった…。
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そして午後2時過ぎに私はいったん家に帰り少し休み、晩酌なしの夕飯を食べ懐中電灯を用意して、午後9時前に例のみっひこの父親の従兄弟であるおじさんの家へ私は車で再度向かい、そして就寝しようとしているおじさんに「今日は深夜あたりまで安全確認の見回りをします。早朝までには帰りますで、車だけ置かせてください」と告げ、昼と同じところを見回りに行った。昼と夜で電波環境が変わるということはないと思うが、それよりも夜空の美しさを撮影してほしいといことも頼まれていたのだ。
撮影もひと段落し、電波環境の確認も兼ねていくつかの画像は青年団のグループにアップした。時間を確認すると午前2時になっていた。私は秘密基地へ行き、そこにある数少ない残り物である手作りの木製の椅子に座り、空を仰ぎ見た。
今は、初夏だ。あれはてんびん座、そしてあれはさそり座…。
…いつの間にか眠り込んでいたようだ。
目が覚めソーラー電波のデジタル腕時計を見ると、午前5時だった。濃い灰色の霧が大量に発生していて周りがよくわからない。
いや、ここのあたりは初夏に霧など発生しないはずだ。
そもそも私はあの椅子に座っていない。転げ落ちたわけでなく、なにやら草地で横たわっていたのだ。
周りを確認すると、例の秘密基地の残骸の場所でない!いったいここはどこだ?
ふいに私は軽い吐き気と体の重さと、そして異様な寒気を感じた。
呼吸は荒くなり、立ち上がる気力さえない。
助けを呼ぼうと私は携帯を出したが、完全な圏外だった。そして持ち歩いていた懐中電灯が私が横たわっている1メートル先に転がっていることに気が付いた。
どうする?大声でも出すか?
私は気分の悪さと体の妙な重さを感じながら、どうにか立ち上がり、懐中電灯を拾い上げ、濃い灰色の中を少し歩き回った。しかし、懐中電灯は意味をなさず、この状況下では即座に歩き回るのは危険だと悟った。
「おーい!おーい!誰か聞こえないか!」
私はあらん限りの声を振り絞って叫んだ。こんな深夜に近所迷惑は承知だ。
しばらくたって私は腕時計を見た。午前7時に近くなろうとしている。しかし霧は晴れず、上空は厚い濃い灰色の雲によって覆われ、太陽の光らしきものはその奥に些細に確認できたが。この時期にこんな天候はありなかった。そして少しは明るくなったので、私は周囲を見回したのだが、その瞬間背筋が凍り、まだ続く吐き気と体の重さで気絶しそうになった。
私のいる場所は広い草地で広さは大体サッカーのフィールドぐらいだ。何やら掘り起こして埋めた形跡があるのが、いくつか確認できた。そしてその周囲は山が一切なく、森林におおわれている。明らかにC村にこんなところはない!
すこしは見晴らしがよくなってきたので、私は懐中電灯をつけ濃霧の中を森に入ってさらに叫んだ。
「誰か!誰か聞こえませんか!」
森の中は不気味で、1時間以上歩いてもどこまで続くのは分からない。携帯はやはり圏外のままで、次第に不安が募っていき、寒気がしているのに背筋に汗をかいていた。私は元の場所へ戻ることにした。疲労と気分の悪さと歩いてきた道の確認しながらの戻りだったので、元の場所の草地へは2時間近くかかった。そしてそのまま私は疲労と気分の悪さから、そのままこの気味の悪い草地へ倒れこんだ。
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「目が覚めたようだな」
私の顔を覗き込んだのは80は過ぎているであろう老人の男だった。
「…あの、ここはどこですか?そしてあなたは?」
「そうだな。ここはまぁ『地獄』だな。俺の名前は○○周一という」
私は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。その姓は私の町によくある姓で特に旧C村に多い。それも通彦と同じ姓だ。
「…あの、地獄というのは?それより、○○さん。『○○通彦』って、ご存知ですか?」
「ご存知も何も、お前さんを見つけて、ここに運んできた張本人だよ。そろそろここに来るだろう」
周りを見ると、簡易な丸太小屋で、やはり簡易な木で作られたベッドに私は寝ていた。旧C村の奥地にはこんなところがあったのか、それより私は老人が言った人物がみっひこ当人なのかどうかで、頭がぐらぐらしてきた。
ギイィ。
この小屋の扉が開く音がして、私と同性代の男が入ってきた。その顔はもう20年以上の時を超えて、私にある確信を持たせた。
「通彦!お前、みっひこなのか!」
「そうだよ。やっぱりたけのんか。俺だよ、通彦だよ」
老人は特に何の感慨もなくいたが、通彦に「俺はここを出ようか」とぼそりと言った。
「そうだね。すみませんが、周一さん、二人きりで話させてください」
老人が出ていくと、私は一呼吸置くと、20年以上ぶりの再会の感動も吹き飛び、矢継ぎ早に通彦を質問攻めにした。
「あの老人は何者なんだ?」
「周一さんは昔C村から行方不明になった人だよ。たぶん俺の直前に消えた人だ。俺がここに来たときもう一人、周一さんよりも年を取った人がいたけど、俺が来て1年後に亡くなったよ」
「…ということは、今から60年前と80年前の事件の人たちか。あの老人は『ここは地獄』と言っていたが、『地獄』とはなんだ?なんでこんなところに隠れ住んでいる?」
「好きでここに来たわけじゃない。どうもC村のあるタイミングで特定の場所にいると、昔からC村の人たちはここに来ていたようだ。例の口減らしの伝承は知ってるだろう?あれは口減らしでなく、ここにみんな迷い込んだんだ。たけのんもC村の人里離れたところに行っていたか?」
「あぁ、行っていたよ。例の秘密基地の場所だ。じゃあ、ここはどこなんだ?C村に戻れないような『地獄』としか言いようのない救助されるのも不可能な奥地なのか?」
「…今日は珍しく夜になったら天気は晴れる。そうしたら教えよう」
小屋を私たちは出た。きわめて簡素というか、素朴というか、原始的な村だった。家は5件しかない。近くに川が流れていて、何やら作物を作っている畑や養豚場まである。老人の話だと、自分がここに来たときは4人ほどいたが、もうすでに全員亡くなったそうだ。最初に来たあの広場はこれまでの村の住人の埋葬地だという。ちなみに私が森の奥へ入った方角と真逆の森の中に入り、300mほど進むとこの村に着く。しばらく経ち夜になった。不思議と霧は晴れていき、空を覆っていた厚い灰色の雲は消えていった。
「みっひこ。教えてくれ。ここはどこなんだ?」
「たけのん。君がここに来てしまったのは、本当に残念だ。ここは君が子供のころによく漫画やゲームで親しんだ『魔界』ともいうべき場所だよ。モンスターや魔王はいないけどね」
「おい。こんな時に冗談はよせ」
「空を見てごらん。俺は偶然天体望遠鏡とともにここに来たから、これを使って見るといい」
そう言って、私は空を見た。しばらく見ていて、異変というか異様さに気が付いた。
「なんだ?星座が全然違う。北極星はどこだ?」
「ここには北極に対しての目印になるような明るい星はないんだ」
「何を言ってるんだ?」
「見ろよ、あの光の帯は見えるよな。あれが天の川銀河なのか、それとは別の同じのような渦巻銀河なのか。ここに来てから多分20年以上経つが、まだ確証が持てない。公転も大体400日以上だ、自転も30時間だ。地球に合わせて説明するのが難しい」
「…だから何を言っている」
「さらに昼に見た太陽は、地球のやつよりも一回りほど小さい。それなのにここは太陽からの公転位置がが地球より少し外側を回っている。おまけにこの惑星は地球とよく似た惑星だが、地球より一回り大きくその分重い。故に重力も1G以上だ。けだるさはそのためだ。まぁ少ししたら慣れるだろう」
「不思議とか言いようのないのは、C村に突然出てくるワームホールみたいなのが、ここの時間軸と地球の時間軸と一致してるんだ。そもそもこんな不可思議な事象にいちいち位相や空間と時間の理論を考察すること自体ナンセンスな気もするが…」
通彦の20年かけ調べ上げたことは以上である。私はものの役に立たない携帯とで電池が切れたらそれで終わりの懐中電灯とソーラー電波腕時計しかこの地に持ってこなかった。いや、これらは分解すれば何かの役には立つが…。通彦は望遠鏡とともにこの地へ来たのだ。
また、人だけでなく、C村の動植物なども定期的にここに来ている、という表現は妙だが移されているようで、作物の栽培ができたり、猪を家畜としているのはそのためだ。この村の基礎は何百年も前からC村の『口減らし』された人々による努力のたまものなのだろう。そしてC村がほとんど山地なのに妙に木々や野生動物が少ないことに合点がいった。
ここが地球から何百光年離れているのかわからない。それとも通彦が言うように別の銀河系なら何百万光年だ。
どっちにしても救助される方法はない。老人に聞いたところ、これまでに逆に戻っていったという人はいないそうだ。こちらでは残念ながら『口減らし』はされないらしい。
またこの『魔界』を冒険しようというものは今まで一人もいなかったので、ここがどのような場所なのかわからなかった。確かなことはこの村を流れている川は1日以上北西へいったところにある大河の支流で、その大河はほぼ北から流れていた。北は険しい山地のようである。流れ込んでいる場所は多分海だ。またこの『魔界』の固有の生態系は植物だけらしく、花が確認されないのは受粉に必要な昆虫がC村からのわずかの提供にとどまっているからなのか。またこの地固有の動物は確認されていないが、川には何やら微生物はいるらしい。果たしてこの微生物はここの固有のものか、地球由来なのか…。
村の位置はほぼ赤道付近で地球同様地軸がやや傾いている。この場所は年間を通して気温はマイナス10度からプラス5度ほど。強風もなく雨や雪があまり降らないので、陸地面積が地表のかなりの多くを占め、また両極地の大半は氷に閉ざされている可能性が高いと、通彦はこの『魔界』に関する仮説を述べた。
私にできること(確実にこのまま一生)はこの村の農地でより良い作物を育てることだ。ただ太陽の日射が低く寒冷なので、地中の作物くらいしか栽培や改良しかできないが。
了
第二作目となります。
あともう一つくらい短編を書いて、三作品の反応を見たら、現在着手しているベタな長編冒険活劇を順次アップしようかなぁ~、と考えています。
二作品とも一人称ものだったので、次の短編は三人称ものを予定しています。
補足、下記のリンクも読んでくれたらありがたいです!
【読んで下さった方へ】
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