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百話目の物語

作者: 伊原てん

 昔々あるところに、物語を愛する国がありました。中でも王様は人一倍お話が大好きで、百の物語が収められている本をいつも持ち歩き、誰にも触らせないほど大切にしていました。そんなある日のことです。


 お月さまがあくびをし、夜更かしのネズミ達が天井裏を走り回る頃。王様の寝室の扉がそっと開き、隙間から女の子と小柄な白い竜が顔を覗かせます。それは、この国のお姫様とお付きの竜でした。


「姫様、やっぱりやめましょうよ」


 竜は羽をパタパタとせわしなく動かしながら、小声で言いました。


「あら、いまさら怖気づいたの?」


 一方で、お姫様の声は今にもスキップしそうなほど弾んでいます。


「あなただって、一度読んでみたいって言ったじゃない」

「そりゃあ、言いましたけれど」


 なおもブツブツ文句を言おうとする竜に、お姫様は人差し指を口元に当て「しーっ」と言い、そのまま部屋の大きなベッドを指差します。そこには王様が眠っており、月明かりに照らされた隣のテーブルには、お目当ての本がありました。


 お姫様は音を立てないよう慎重に本のページをめくります。竜は後ろで、見張りをしていました。数ページ読んだお姫様は、ほう、と小さく息を漏らします。それは愛に関するお話を集めた本でした。お姫様がそっと竜を呼ぼうと振り返ります。その時、お姫様の長い髪が竜の鼻先をかすめてしまいました。


「はくしょん!」


 とても大きな竜のくしゃみが部屋中に響き、口からはくしゃみと一緒に炎が漏れました。


「いけない!」


 お姫様が慌てます。持っていた本に、炎が燃え移ってしまったのです。二人は急いで炎を消しますが、もう手遅れでした。本は中身が読めないほど、焼け焦げてしまいました。呆然とする二人でしたが、悪い事はまだ終わりではありません。


「これは、どういうことかね」


 二人が恐る恐る振り返ると、そこには顔を真っ赤に怒らせた王様が立っていました。


「竜よ」

「はい」


 王様の怖い声に、竜はしっぽと翼をしょんぼり下げて、小さな声で返事をします。


「私が悪いのです!」


 お姫様は必死に竜を庇いますが、王様は取り合わず、竜に問いかけます。


「お主が止めるべきだった。違うかね?」

「違いません」


 そう答える竜を見て、お姫様は悔しそうに下を向き、ドレスをぎゅっと握りしめます。その様子を見た王様は、ため息をつきながら言いました。


「ひと月だけ、時間をあげよう」


 お姫様と竜は顔を見合わせます。


「再び百の物語を集め、私に返しなさい」


 わかったかね、という王様の言葉に竜はコクコクと頷きました。

 こうして、竜の忙しい一ヶ月が始まりました。一人でお話を集めるように言われた竜は、国中を飛び回ってお話を集めます。ある時は泉のほとりに住んでいるおじいさんから精霊達の恋話を、ある時は鉱山の小人達から三十人の子供を救ったお母さんの話を、またある時は、噂好きの鳥から砂漠ウサギの家族愛の話を聞きました。


 来る日も来る日も竜は国中を飛び回り、聞いた話を夜遅くまで書き起こし、本作りに没頭します。お姫様はそんな竜の姿を心配そうに見守っていました。

 

 そうしている内にひと月はあっという間に過ぎ、約束の日がやってきました。しかし、竜の表情はすぐれません。竜から本を受け取った王様はページをめくります。最後までめくり終えると王様は残念そうに、首を横に振りました。物語は九十九話までしかありません。一話、足りないのです。王様は悩みましたが約束は約束です。罰を言い渡すために立ち上がりました。


「お待ちください」


 その時、部屋に声が響きます。王様と竜が驚いて声のする方を見ると、お姫様がそこにいました。そしてお姫様は王様に向かって言います。


「お父様は数え忘れておりますわ」

 

 そう言われた王様は慌ててもう一度お話を数えます。しかし、やはり物語は九十九話までしかありません。不思議そうに首をかしげる王様の前を横切り、お姫様は竜の隣へ歩み寄ります。そして振り返ると、とびきりの笑顔で言いました。


「ここに、百話目がありますよ」


 そう言ってお姫様は、竜の頬に優しく口づけをしたのでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 童話風で面白かったです。 口づけなんて、王様はどんな反応だったのかとか、あれこれ想像する楽しさもあり、とても良かったです。 燃えた本の内容も気になります。
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