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 寺島くんは、全てを自分のせいだと思っている。

 過去の来訪者たちと比べても随分と強いと言われる寺島くんの祝福が、それも一つだけではなく複数宿っているのは、私の分の祝福を寺島くんが奪ってしまったせいだと思っている。

 最初から通じる筈だった言語能力も、底上げされる筈だった身体能力も、全部寺島くんが奪ったせいで、私が娼館に売られる羽目になったと信じている。

 私を突き飛ばしたせいで、寺島くんとは別の場所に落ちる事になって、守る事が出来なかったと信じ込んでいる。

 ずっと好きで、憧れてて、大事にしたいと思っていた女の子が。

 恥ずかしそうに頬を赤く染めて、告白の言葉を待っていた女の子が。

 自分は訳の分からない世界に飛ばされたけれど、きっとあの子は助かったと思うことで救われて、いつかあの子のいる世界に帰ってもう一度告白するのだと決意して、ともすれば折れそうになる異なる世界での日々を生きる拠り所にしていた存在が。

 自分のせいで。

 見知らぬ世界で不特定多数の男に為すすべもなく、犯されたと思っている。

 全部全部、自分のせいで。


 私なんて、そんな大層な存在じゃないのに。

 寺島くんのこと、見くびってたのに。

 今の私を見たら、軽蔑して見限るに違いないって、決めつけてたのに。

 寺島くんの言うような、可愛いあの子なんてものじゃないのに。

 もっと打算的でこずるくて、案外図太く生き抜いてきたのに。

 だけど寺島くんは、全部自分のせいだと思い込んでしまって。

 信じたものを最悪の形で付き崩された寺島くんは、気づいたらもう。

 どうしようもなく、壊れてしまっていた。



 たまたま複数の強い祝福を持った寺島くんと、祝福を持ってなかった私が、同時に存在したせいで寺島くんは、その二つを関連付けて考えてしまったけど。でも実は、全然関係ないかもしれない。

 寺島くんがひとりでこっちに来ても、祝福は同じものを持っていたかもしれないし、私ひとりだったとしても、祝福は同じように持たないままだったのかもしれない。

 寺島くんが私の祝福を奪ったんじゃなくって、元々の才能みたいなものかもしれない。

 本当ののところを確認する方法なんて存在してない。

 なら、その二つは関係ないって思った方が、お互い気が楽じゃない?


 それにもしも、寺島くんの主張が当たってたとして。

 私、それはそれで、良かったと思うよ。

 だってね、その祝福がもし、私にあったとしたって、たぶん、私、ダンジョンに潜るなんて怖くて出来なかったと思うもん。

 暗いとこ苦手だし、スプラッタも駄目だし、それに。私、犬にちょっと吠えられただけでビクビクしちゃうもの。魔物、なんてとんでもない存在と、戦うどころか向かい合える気すらしない。

 そしたらね、ほら、持ち腐れじゃない?

 寺島くんの方がよっぽど活用出来ると思うの。

 それにそんな便利な力があったら、嫌なのに無理矢理魔物退治に駆り出されて、怖気付いてるうちにやられて、あっさり死んじゃってたかもしれない。うん、きっとそうだと思う。そうじゃなくても、誰かにいいように利用されてたんじゃないかな、私。

 だとしたら、命の保証がされてる分、今の状態ってラッキーだよ。

 寺島くんも、私も、死なずに生きてこられたし。こうして、会うことも出来たし。ね、ほら、そう考えれば悪くないでしょう?


 何度も何度も、言い回しを変えて寺島くんに告げたそれは、半分は寺島くんの罪悪感を少しでも軽くするための方便だったけど、半分は紛れもない本心だった。

 五十メートル走は調子が良くって九秒後半だし、ソフトボール投げは十メートルの届かなくって、中学の時も高校になってからも、クラスで一番下だった。

 運動する能力がからっきしで、体の使い方そのものがよく分かってない私に突然、特別な祝福や突出した身体能力が与えられたとしたって、うまく使いこなせた気がしない。寺島くんみたいに強い力を持つ来訪者として噂になる前に、慣れない力に振り回されて自滅してたって考えた方がしっくりくる。

 だから寺島くんが私に負い目を感じる必要なんて全然なくって、胸を張っていればいい。最初は与えられたものだったとしても、きちんと使いこなして活用出来てるのは紛れもなく、寺島くん自身の力なんだから。


 何度も、言った。

 何度も、何度も、何度も。

 寺島くんは全然悪くないよって、言った。

 罪悪感で押し潰されて私の顔を真っ直ぐ見ることすら出来なくなってしまった寺島くんの心が、少しでも軽くなればいいと思って。

 責めるつもりなんてちっともなくて、ただ、ただ、元気になってほしいと思ったから。

 自分のせいで追い詰められてしまった寺島くんを見ているのは、しんどくって、私が耐えられそうになかったから。

 私自身の心の平穏のために、寺島くんのせいじゃないよと囁き続けた。


 だけどその言葉たちが、寺島くんの罪悪感を和らげてくれることはなかった。

 いつも話してる途中でどんどん泣きそうな顔になって、寺島くんは悪くないよっていう度、そうかもしれないって頷く代わりに、ごめんって呟いて、苦しそうに呻いて俯いてしまう。

 なるべく寺島くんを刺激しないような言葉を選んで、気持ちが落ち着いている時を狙ってみても、結果は変わらない。むしろ告げるたび、寺島くんは罪悪感をますます強くしていっているように見えた。

 だから何度目かの試みが失敗して、私は寺島くんを説得することを諦めた。当たり障りのない話ばかりを寺島くんに投げかけるようになった。寺島くんを落ち込ませることもない代わりに、現状を変える力も持たない、毒にも薬にもならない話。

 寺島くんをこれ以上追いつめないように、というのは耳当たりの良い言い訳でしかなく、本当のところは楽な方に逃げただけ。見せかけだけの安寧は、いずれ綻ぶことは分かりきっていたのに、私は目をつぶって見えないふりをした。




 寺島くんがどうしてこんなに私に拘るのか、教えてくれたのは寺島くんと花街に一緒に来ていた男の人、レンさんだった。

 今は寺島くん以外の誰とも会わない生活をしているけれど、最初のうち、すぐさま私の所属する娼館に掛け合った寺島くんから花街から連れ出されてからひと月くらいは、レンさんを始め数人との交流は保たれていた。

 連れられて行った屋敷を自由に出入りする事は止められていたけれど、それは私の行動を制限するためというより、単純に保護するための意味合いが強かったと思う。こちらの世界では目立ちすぎる容姿をしているのに、自衛の手段を何も持ってはいなかった私が、好き勝手に行動出来るほど外の世界は優しくなかったし、仮に見た目の問題をクリアーしたとして、来訪者として名の知れた寺島くんを利用したい相手に、人質として使われる可能性だってあったから。

 それについては私も納得済みのことで特に不満もなかったのに、寺島くんは不当に私の自由を奪っているのだと変に負い目を感じてしまっていた。だからこそせめて不自由を感じさせないようにと、寺島くんが信用している数人、寺島くんと一緒にダンジョンに潜るパーティーのメンバーを、毎日のように私の元に話し相手として連れてきてくれていた。


 レンさんはパーティーのリーダーに当たる人で、寺島くんが現れる前は、レンさんこそが来訪人だと噂されていたくらいには力のある人らしい。そんなレンさんをして、まともに立ち会えば敵わないと思わせた寺島くんとパーティーを組むに至ったのは、最初は純然たる打算によるものだったけれど、力はあるくせにどこか危なっかしい寺島くんにいつしか情が沸き、出来るだけ力になってやりたいと思っているのだと、私達より一回り以上歳の離れたその人は言っていた。


「タケはいっつも言ってたんだ、好きな女の子がいるって。その子にもう一回会いたいって」


 レンさんもまた、罪悪感を抱えていた。

 本来彼らがいるはずのない私のいた花街の近くまで寺島くんたちが訪れたのは、レンさん個人に依頼された仕事が関係していて、花街に黒髪の来訪者がいるとの噂を聞きつけ渋る寺島くんを無理矢理引っ張っていったのも、レンさんだったという。

 レンさんはそれが、寺島くんのよく話していた私の事だなんて当然思ってもいなかったし、花街にいる来訪者は見てくれだけが似ている紛い物で本物の来訪者ではないことも理解していた。

 なのにわざわざ寺島くんを連れていったのは、常に思いつめた様子の寺島くんに息抜きをさせて、あわよくばその黒髪の来訪者もどきに、寺島くんの執着を少しでも移せればと目論んでいたらしい。

 ダンジョンと来訪者にまつわる伝承はレンさんもよく知っていて、最古のダンジョンの奥底で消息を絶った来訪者についても勿論把握していた。けれどそれを元の世界に帰還したのだと信じて一縷の希望に縋った寺島くんとは対照的に、レンさんはあくまで、単に死んだものと判断していた。

 最古のダンジョンの深部に達する力を持っていなければ、せっかくの希望から目を背けさせるような真似をするつもりはなかったけれど、困ったことに寺島くんにはそれを実現させるだけの素地があった。今日明日にでも成し遂げられるほどの力は持っていなくても、急激に力をつけてゆく寺島くんなら、たとえレンさんたちの協力がなくとも、数年のうちにはそれを達成してしまうだろうというのがレンさんの見立てだった。

 寺島くんの信じるようにそこから故郷に帰る事が出来れば何の問題もない。

 けれどもし、そこに寺島くんの望むものが何も無かったら。

 傍から見てても分かるほど、故郷へ帰ることと、そこに残してきた女の子にひどく執着している寺島くんが、儚い希望を奪われ果たして立ち直れるか分からなかったから。最悪、その場で命を絶ってもおかしくないほど帰ることにだけ拘っていて、それ以外にはちっとも興味を示していなかったから。

 そうなればそうなったで仕方ないと割り切れるほど、レンさんは情の薄い人ではなかったようだ。

 寺島くんの言う少女に取って代わるほど、大きな存在でなくたっていい。ほんの欠片でも、胸をかすめる何かがこちらの世界にあれば。たとえ故郷に帰ることが叶わなくても、それがあればこちらの世界で生きてゆくのも悪くないと思える何かが、一つでも多く寺島くんの中に積もってゆけば。

 だから最古のダンジョンに潜る傍ら、何かと理由をつけて外で請け負った仕事に同行させ、遠くの街まで足を運び、いろんな人と会う機会を作った。その中に一つでも、寺島くんをこちらにつなぎ止める重石になるものがあればいいと願って。

 花街にいるという黒髪の娼婦も、その一環だった。遠い場所から売られてきたという、気の毒な身の上の娼婦に同情してくれればいい。寺島くんと同じ黒髪に、興味を惹かれればいい。

 まさかその件の娼婦が寺島くんの言う少女と同じものだとは、さすがのレンさんも想像すらしてなかったようだけれど。


 もしも知っていれば、けしてあのような会わせ方はしなかったと、レンさんは悔いるように何度も言った。どれほど会いたいと寺島くんが願っている相手でも、立場が悪すぎる。盲信と言って良いほど傾倒している少女が娼婦として生きていると知れば、ただでさえ危うい寺島くんの心に消えない傷が刻まれる。だから私の現状を知ってさえいれば、けして会うことのないように手を回しすらしていただろうと、それで私が死ぬまで娼婦であり続けようと構わず寺島くんの心を優先しただろうと、隠すことなくレンさんは私に告げた。

 そんなレンさんの正直な告白に、私は傷つくことなく同意した。むしろレンさんの判断は当たり前で正しいものだったと受け止めた。

 私は娼婦としてあの街で生きていて、寺島くんはレンさんたちと共にダンジョンに潜り、やがてこの世界で大事なものを見つける。たとえ最善のハッピーエンドでなかったとしても、それは私も寺島くんも、それなりに幸せになれる道だったんじゃないかと思う。



 けれど起きてしまった事を無かったことにして、もう一度やり直す事なんて出来ない。既に私と寺島くんはこちらの世界で出会ってしまって、寺島くんは私の身に起きたことを悲観的に捉え、周囲の止める声にも耳を貸さず絶望の淵から飛び降りてしまった。

 レンさんはそれに責任を感じ、私と巡り会わせるきっかけを作ったことを非常に悔いている。

 けれど今更私を排除したところで、寺島くんの状況がよくなるどころかますます悪化する事は分かりきっていた。

 だからせめてレンさんは、私と寺島くんの間を取り持つ事に決めたらしい。


 寺島くんのことは、好きか嫌いかでいえば好きな方だったし、男の子の中ではよく喋る方で親しかったと言えると思う。こちらの世界に来る前、告白されそうになったときはどきどきして仕方なかった。

 でもそれは私も寺島くんの事を、寺島くんが想ってくれていたのと同じ意味で、大好きだったからではなかった。

 好きなのは人として、クラスメイトとして、友達として、それ以上の意味なんてなかった。どきどきしたのは告白されそうなシチュエーションにときめいたのと、寺島くんの真っ赤な顔につられたから。

 きっとたぶん。あの時、最後まで告白の言葉を聞き届けていたとしたって、すぐに色良い返事はできなかったと思う。考えさせてってお願いして、それから寺島くんの事を意識するようになって、いずれ、大好きになったかもしれない。

 けれどそれはぼんやりふんわりとした仮定でしかなく、寺島くんに対してそれっぽっちの気持ちしか抱いてなかった私は、寺島くんの激しい動揺と絶望に内心では困惑していて、どうしたらいいのか戸惑っている最中だった。

 レンさんはそんな私の複雑な心中を見抜いていたんだと思う。

 私の心が寺島くんに向くよう、どれほど寺島くんが私に会いたがっていたのか、どれほど想っていたのか、顔を会わせる度に言葉を尽くして説明してくれた。

 寺島くんが私を好きになったきっかけも、その中で聞いたものだ。


「タケは家族と折り合いが悪かったらしくてな。チュウガクセイ、だったか。今よりもっと餓鬼の頃に、髪の色を変えた事があるんだとよ」


 だけどレンさんの話した内容に、私はちっとも心当たりがなくて首を傾げてしまった。

 私の知る寺島くんは高校になってからの穏やかで大人びた姿が殆どで、辛うじて覚えている中学生の時の寺島くんも、髪を染めてた記憶は一切ない。どちらかというと真面目な、髪を染めるようなタイプとは真反対に位置していたように思う。


「お前らの故郷でも、髪の色変えるのは結構大変なことなんだろ? でもタケの家族は無関心だったらしくてな、髪の色の変わったタケを見ても、何の反応もなかったらしい。それでたまらなくなって飛び出した先で、お嬢ちゃんに優しくされて、まいっちまったんだとよ」


 レンさんは寺島くんが大事に抱えてる思い出に私が気づいて、心を寄せることを期待していたようだけど、残念ながらどれだけ聞いてもその話の登場人物と、寺島くんと私の姿が重なることはなかった。もしかして誰か違う女の子と私を取り違えてるんじゃないかと疑いすらしてますます、罪悪感に苦しむ寺島くんを見ているのが、辛くてたまらなくなってしまう。



 勘違い、してるんじゃないのかな。

 おずおずと寺島くんに切り出したのは、レンさんから話を聞いて数日も経たないうちに。

 もしも本当に取り違えてるだけだったら、寺島くんの抱いた罪悪感が軽くなるかもしれない。

 それに、私も。想像以上に寺島くんに想われていたこと、そのせいで寺島くんが壊れてしまったことについて、これ以上思い悩まなくてもいいかもしれないなんて、そんなずるい気持ちもあった。だってそれなら、寺島くんを壊したのは私ではなくって、重くずんと胸に伸し掛る責任と罪の意識から開放されるかもしれない。

 そうだ、私は逃げ出してしまいたかった。私のせいじゃないと、叫びたかった。

 寺島くんのためだなんて聞こえのいい言い訳でしかなくて、私こそが罪悪感から逃れたかったのだ。


 だから卑怯な私は、そうだったらいいと、半ば願いを込めて問いかけたけれど、寺島くんは頷いてはくれない。

 黙って首を振ってどこか遠くを見つめて、私と寺島くんのことを語り出した。

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