塔の話
ある平原にたくさんの子供達がいました。男の子、女の子、背の高い子、低い子、眼鏡の子、ちょっと太った子、痩せた子。いろんな子供達がいました。
そんな中、一人の男の子が塔を作ろうと思いました。高い高い、空まで届く塔です。と言うのも、平原には少なからずの高低があって、よりも高い場所にいる子供達が男の子はなんだか羨ましかったのです。
男の子は塔を作り始めました。たった一人。石を積み上げ土で塗り固め、頑丈な塔を作り始めました。
ようやく、昇ると同じ高さにいる子供達を見下ろすことが出来るような高さになった時、男の子を同じ高さの平原にいた子たちから見上げられるようになりました。その瞳は純粋に煌めいていて、素直な憧れでいっぱいでした。
ある子がいいなあと言いました。すごいなあと言う声も聞こえてきました。塔に乗った男の子は、もう有頂天になってしまって、よし、もっともっと大きな塔を作ってやるぞと思うようになりました。
ある時、男の子の塔は高い場所にいた子供達を見下ろすことが出来るまでに大きくなりました。離れてはいるものの、その大きな塔は目立ちますから、高い場所にいた子供達は塔の男の子を見上げるような形になりました。その目には素直な驚きと、ちょっぴり悔しさが滲んでいるようでした。眼差しに、塔の男の子は得意になりました。どうだ。いままで見下ろしていたくせに。思い知ったか。そんなことを男の子は思いました。そしてもっともっと、どんどん高く塔を作り上げようと思いました。と言うのも、塔を高くして分かったのですが、遠くにはもっと高い平原があったのです。また、男の子と同じように塔を作り始めている子供達もいました。男の子は誰よりも高くなるために一生懸命塔を作ることにしたのです。
ある時男の子の塔はとても高くなりました。以前見かけたもっと高い場所よりもうんと高くなり、今は平原の中で上から数えた方が速いほどの高さになりました。見下ろせば、かつての同じ高さだった子供達が指を加えて見上げていたり、塔を蹴ったり、悔しそうに悪口を言ってるのが見えました。そういった子供達の姿を見て、男の子はまた得意になりました。お前達とは違うんだ。そう思えたのです。けれど、それと同時にもっと塔を強固に、高くしなければならないとも思い始めていました。塔は思った以上に脆いのです。絶えず修築と、そして建設を続けていないと壊れてしまうし、誰かに追い抜かれてしまうのです。男の子は優越感と不安に挟まれたまま、ずっと塔を作り続けました。
ある時、男の子の塔は平原で一番高くなりました。塔の最上部は雲を突き抜け、太陽に一番近くなりました。そこから男の子は地上を見下ろしてみました。けれど、どれもこれも小さくなってしまっていて、とてもじゃないけれど判別をつけることが出来ません。ここまで来たかと感慨にふけりながら、下にあるであろう羨望の眼差しを想像して男の子は悦に浸りました。さて、もっと高くしなくては。もっと高くして、もっと注目を浴びて、みんなに羨ましがられなくては。男の子はそう思い、更に塔を作っていきました。
けれど、高すぎる塔と言うのは神様に壊されてしまう運命なのです。
晴れていたはずの空に突然小さな黒い雲が浮んで、雷が男の子の塔を直撃しました。轟音と共にがらがらと崩れていく男の子の塔。空中をまっすぐに落下する男の子が思い出したのは、いつか姉が教えてくれた塔のカードの話でした。
男の子の姉は占い師でした。平原のどこにもその姿を見つけることは出来ませんでしたが、確かに男の子には姉が存在し、また確かに占い師でした。そんな占い師の姉は、商売道具であるタロットカードの話を男の子にはよくしていました。そんなカードの話の中で一番よく男の子の頭の中に残っているのが塔のカードの話でした。
高く作り上げすぎた塔は、神様の怒りを買って壊されてしまう。作っていた人間達は、欲求に溺れた罪を咎められ、言葉を別々に分けさせられてしまう。そんなお話。
地上に叩きつけられた時、男の子は、ぼくは驕っていたのだろうかと思いました。ぼくはいつの間にか塔の高さに驕り昂ぶってしまっていたのだろうかと。
男の子は痛くて痛くてうまく身体を動かすことが出来ませんでした。地べたにうずくまったまま指一本動かすことが出来なかったのです。そんな男の子の姿を、かつての同じ高さの子供達は腹を抱えて笑いました。みろ、あんなに高い塔を作るからだと、誰かが言いました。いい気味だという声も、自業自得だという声を聞こえてきました。脳みそを揺らすかのような嘲笑の中で、男の子は悔しくて涙を流しました。そして決意したのです。いつか、絶対にもう一度こいつらを見下ろしてやると。絶対に。絶対に。
男の子の身体は依然として動きませんでしたが、そんな男の子を笑う声はひとつまたひとつと徐々になくなっていきました。みんな男の子に興味を失ってしまったのです。いつかの塔の少年は、いまではもう誰からも馬鹿にされつくした虫けらのような存在でした。
そんな男の子をじっと見守る女の子がひとりだけいました。男の子も女の子の存在には気が付いていましたが敢えてなにも言いませんでした。見るなら見ればいい。嘲笑うなら存分に嘲笑えばいい。いつかその行いを後悔する時が来る。後悔させてやるのだから。男の子はそんなことばかり考えながら動けずにいました。
「ねえ、だいじょうぶ?」
近づきしゃがみ込んだ女の子がそう口を開きました。素朴な、素直に心配してくれている声でした。けれど、憎しみと惨めさで埋め尽くされてしまった男の子の心は、そんな女の子の声を素直に聞くことが出来ませんでした。
「なんだ、おまえ。そうやって手をかしてえらくなったつもりか」
そんな酷いことを言ってしまったのです。それを聞いた女の子は憤然と立ち上がると力一杯男の子を蹴り上げました。そして吐き捨てるようにこう言いました。
「あなたが、あなたがそんなんだからだれも手をさしのべてはくれないのよ。大馬鹿者。しみったれのろくでなし。あなたにはそうやってずっと地べたにはいつくばってるのがお似合いだわ」
そして女の子はどこかへ行ってしまいました。女の子の言葉を聴いた男の子は、それ見ろ、やっぱり俺を馬鹿にしたかっただけじゃないかと心の中で女の子を馬鹿にしました。でも、どういうわけかとても恥ずかしくて、いままで以上に惨めな気持ちになりました。
ある日、男の子は上半身だけが動くようになりました。腕を一生懸命動かして移動をし、男の子はまた塔を作り始めました。作るしかなかったのです。それ以外のことを男の子は知りませんでした。また、まだ燻っている見返してやるという情念も消えていなかったのです。男の子は遠くにあるかつての塔の石ころをどうにかこうにか持ってきて一番最初の土台を作りました。そんな男の子を見つけた周りの子供達は、また男の子を囃し立てました。止めとけって。また同じ目に合うぞ。ああはなりたくないねえ。惨めだ惨めだ。一言一言投げつけられる言葉の暴力に、しかし男の子は前のように動じなくなりました。どこか遠くを通っているような味気のない言葉ばかりに思えたのです。
見てろよ。心の中ではそう呟いていながら、どこかでどうでもいいように思っていました。やがて、塔から落ちた時のように、ひとりまたひとりと男の子に野次を立てる子供達はいなくなりました。男の子は虚しくて虚しくて淋しくてたまりませんでした。
ひとりだけ、男の子と一緒に塔を作る子が現れました。かつて男の子を蹴り飛ばし、厳しい言葉を投げつけた女の子でした。女の子は何一つ男の子には言わないまま、遠くから石を運んできたり、土をこねたりしました。男の子も、そんな女の子のことを無視していながらも認めていました。
ありがとう。そう言うべきなのでしょう。または、俺なんかに構うなと言うべきなのかも知れません。でも、男の子の口は堅くて、どうしてもそんな簡単な一言を発することが出来ませんでした。
男の子は再び高い高い塔を目指します。誰よりも高く塔を作ることを目指します。そうするしかないのです。そして、その隣には男の子よりも土に汚れて作業を進める女の子がいます。二人は無言で、じっと作業だけを続けています。
女の子が捏ねた土を、積み重ねた石に塗りつけながら男の子は、かつて男の子だった男は静かに涙を流しました。
童話っぽい何か。とても粗い出来です。でもストレートに伝わる何かを込められたと思います。塔の話。