私は素朴。
なぜか前振りが長くなる不思議。
今日は土曜日、大学は休みです。
昨日はうるさく騒ぐ基を何とか宥めて、しばらくは干渉しないという約束を取り付けました。
晩御飯を食べた後も散々「心配だ。心配だ」と騒いでいましたが、夜も遅くなっていたので送ってもらって自分の家に帰りました。
「ふぁー、お腹空いたー」
欠伸をしながら、階段を降りてキッチンに向かう。
「おはよー」
「あら、おはよ。まりあも朝御飯は和食でいいわよね」
ママがにっこり笑って聞いてくる。
「うん、ありがとー。手伝うよ」
「じゃあ、お味噌汁よそってね。あ、基君の分もね」
「はーい」
って、え?…基?
「…何してるの?」
食卓の方を見ると、基が鮭をかじっているところだった。
「はよー。あ、おばさん、朝御飯うまいです。ありがとうございます!」
…まあ、いいか。よくある事だし。
「パパ、おはよー」
「ああ、おはよう。今日は基君とゲームをするんだって?」
味噌汁を持って食卓に近付いて行くと、なぜか言ってもいない私の予定が確定事項のようにパパの口から語られる。
「うーん、ゲームはするつもりだけど…ねえ、しばらくは干渉しないって言ったよね?」
「おう、ゲームの中ではな。代わりに現実で一緒にいようと思ってさ」
基はこういう事をいつも恥ずかしげもなく言ってくる。
私はどちらかというと淡白なのに。
と友達に言うと、なぜか呆れた顔をして「バカップル、乙」と基と同類扱いされてしまう。
心外だ。
「まりあ、鮭焼けたから持って行きなさい。ご飯もよそってね」
「はーい」
まあ、何はともあれ今日はゲーム三昧の一日で確定みたいなので頑張ろ!
楽しみー!
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タン。
一瞬の浮遊感の後に、地面に靴の音が響く。
再びやって参りました始まりの街。
その名も「ガーネ」。
煉瓦造りの素敵な建物が立ち並ぶ、風光明媚な街だ。
本当にリアルで、思わずその風景に見入ってしまう。
はぁ、いい。ゲーム始めて良かった。
「ありゃ、anちゃんじゃないの。ボケーっとしてたら踏まれるよ」
言葉とともに、豪快に背中を叩かれる。
「わ!お、おばさん痛いよ」
「異界人はみんな細っこいのが多いね。anちゃんもおばさんくらい肉付きがいるよ!女は触り心地さ!ハハハッ」
おばさん…やっぱり、ここの人達は人懐っこいし明るいですね。
基の言ってた事とは正反対だ。
でも、冷静に周りを見回してみると、住民達が他のプレイヤー(この世界の住民的に言うと異界人)に話し掛けている様子はない。
「ねえ、おばさん。どうして初対面の時から私に親しく話し掛けてくれるの?他の異界人には自分から話し掛けないでしょ?」
気になるので、単刀直入に聞いてみる事にした。
「ああ、そりゃ、anちゃんが話し掛けやすいからさ」
私が話し掛けやすい?
「他の異界人はみんな整った顔ばっかりで近寄りがたいんだよ。その点、anちゃんは素朴というか、そばかすの浮かんだ顔も可愛らしいしその辺の娘さんって感じで親しみが沸くんだよ」
なるほどね。
確かにプレイヤー達はみんな美男美女だ。お肌もツルツルでシミひとつない。
おばさん然り、この世界の住人達は健康的に日焼けしていてシミもシワも普通にあるし、体型も様々だ。
プレイヤーの作るキャラよりも余程実在の人間っぽい。
クリエイターさん達、リアルを追求してらっしゃいますね。
つまり私の"ザ・素朴"を体現した顔が住人の警戒心を解いて好感度を上げているという事なのだろう。
「そうなんだー嬉しいけど、何となく悲しいような?明るくディスられてる気が…」
まあ、私がしたくて素朴な顔にしたんですけどね。
素朴な顔にそばかすと赤毛を両サイドで三つ編み。完璧だと思います。
「褒めてるのさ!可愛くて世話を焼きたくなるって事だよ。ところでその"ディス"?ってどういう意味だい?」
「え?ああ、えーと、なんだろ?んー相手を貶す?みたいな意味だよ」
普段使ってる言葉を実際に説明するのって、意外と難しいですね。
「へー、そう言えば、この間プレイヤーの女の子が"ちょーウケる"とか言ってたけどどういう意味なんだい?」
「それは、"とても面白い"って意味だよ」
「なるほどねープレイヤーの言葉は変わってて面白いねぇ」
ん?この世界の人達に現実世界の言葉なんて教えて良かったのかな?
まあ、教えなくても話してる事とかは普通に聞かれてるから隠す意味もないと思うけど。
この世界の住人が「ウケるー」とか使い始めても私のせいじゃないよね?
うん、違う。濡れ衣。
「おばさん、じゃあ、私、その辺ウロウロしてくるから」
「ああ、余所見して転ばないように気をつけなよ。anちゃんはボケっとしてそうだからね!あ、これがディスるってやつかい?」
おお、学習するAIさんが超学習しちゃってます!スバラシイね。ハハ。
「うん、完璧だよ。じゃあ、行くねー」
バイバイと手を振って、さあ、観光に出発でーす!