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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十二話 歩いていく未来
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(1)帰る場所

 

 やっと目を開くことができるようになった時、暗い夜空には、星と月と地上の明かりだけが浮かんでいた。


 俺は、アーシャルの背中に乗りながら、暗くなった夜空を見回した。だが、どこにもナディリオンの姿はない。


「終わったのか……?」


「どこにも、魔力の波動は感じないよ」


 アーシャルも慎重に周りを見回している。だけど、どこにも銀の姿は見当たらない。


「そうか。終わったんだ」


 ――さっきの魔力の爆発で。


 最後の笑みが、本当だったのかさえわからない。


 だけど、寂しいのと同時にほっとした。


 ――やっと、これで終わったんだ……


 冬の風は冷たいが、さっきまでの戦闘で汗ばんだ体にはむしろ涼やかなくらいで、心を落ち着かせてくれる。


 だから、俺はさっきナディリオンが弾けた辺りの闇をもう一度見回した。だけど、そこにはさっきまで巨大な竜がいた気配はもうどこにもない。


「リシャール」


 だから、赤銅(あかがね)色の体を輝かせながら、急いで夜空を俺のところへ飛んでくる母さんに目をやった。


「母さん」


「大丈夫だった!? 心配したのよ!?」


 泣きながら俺に首を伸ばす体は、血だらけだ。本当は噛まれたところが抉れてとても痛いのだろうに。


 それなのに、先ず俺のところへと来ると、大粒の涙をこぼしている。


 大きな竜の瞳から落ちる涙の一粒で、俺の服は確実にべちゃべちゃだ。だけど、そんなことは気にもしないように、母さんは巨大な顔を俺にこすりつけてくる。


 その仕草が、なんだかくすぐったい。


「うん。心配かけてごめん――」


「いいのよ! ずっと勝手に心配しているんだから! そしてこれからも勝手に心配するんだから!」


 そう叫ぶとおいおいと泣き出した。


 だけど、泣いている左手には、さっき受け止めた俺の竜の心臓がしっかりと握られている。


「母さん、それ――」


「ああ。リシャールの大切な心臓ですものね。竜の体に返しておくわ」


 やっと涙を拭くと、母さんも俺の心臓を見つめた。その間にも、俺の竜の心臓は、まだ母さんの左手の中で確かな脈を刻んでいる。


「うん――お願いするよ」


 ――これで、やっと竜の体を取り戻した……


 この心臓が、氷漬けにされていた俺の竜の体に入れば、きっとまた脈打って前のように生命を取り戻せるのだろう。


「くっついて、また体が元通りのように動けるにはもう少しかかると思うけれど、これでリシャールの魂も竜の体に戻れるわよ?」


「え?」


「どう、また竜の体に戻って、家族で暮らさない?」


 母さんに言い出された突然の話に戸惑ってしまう。脳裏に、咄嗟に人間の家族の姿が浮かんだ。


 どうしよう。確かに竜の家族は大好きだけど――


 ――でも、それで切り捨てるには、人間の家族と過ごした十六年は長すぎた。


 でも、心配してくれた竜の家族にそれは言いにくいし――――


 だが、迷っている俺の顔を、母さんは別なことと勘違いしたらしい。


「大丈夫よ。長い間氷漬けで不安なのはわかるけれど。最初は久しぶりでうまく動けなくても、リシャールの体は今のアーシャルよりも小さいんだから、いつでも母さんがおんぶしてあげるし。だから何の不安もないのよ?」


「ちょっと待て。その前にさりげなく今何て言った?」


 ――今、俺の竜の体のサイズで聞き逃せないことを耳にしたような気がしたんだが。


 だけど、母さんはきょとんと目を見開いている。


「え? だって、仮死状態で凍結していたんですもの。そりゃあ体の大きさは当時のままよ」


「えっ! ってことは、今は僕の方が兄さんより背が高い!?」


 やった! 初めて背が抜けたとアーシャルは喜んでいるが、冗談じゃない!


「絶対にしばらく竜の体には戻らん!」


「ええっ! 兄さん! そんな一時の感情で決めなくても! 背なんてまだまだ伸びるんだしさー」


「成長期の間中、お前より下なのが気に食わん! それなら人間の体が死ぬまでこっちにいて、どうしようもなくなってから竜の体に戻る!」


「ええーっ! そんな!」


 だけど、そんな俺達を見て母さんはくすくすと笑った。


「まあ、これでいつでも帰ってこられるんだからね? それに、すぐに竜の体には戻らなくても、私達のところにはまた来てくれるんでしょう?」


「ああ――それは、もちろん」


 というか。


「うん。やっぱりたまには帰りたいんだけど、かまわないかな?」


 思わずまっ赤になって俯きながら話した。それを竜の長い首で抱きしめられる。


「もちろんよ。リシャールは、どんな姿になっても私達の息子よ。むしろ会いに来ないと攫いに行くから」


「いや――それは……」


 母さんの場合、本当にやりそうで怖い。


 だけど、俺は嬉しくて子供の頃のように、腕を伸ばして母さんの首に抱きついた。少し照れくさいけれど。


 ――懐かしい香りがする。


 いつも竜の家で嗅いでいた香りだ。


「うん――この姿でも、絶対に会いに行くから……」


「あ! 母さん、ずるい!」


 だから、僕も僕もと下で催促する弟の鱗を優しく撫でてやった。


 それにアーシャルが嬉しそうに、花が咲くような笑顔を浮かべている。


「じゃあ、兄さん。コルギーさんたちが心配していたから、一度戻って無事を知らせてあげないと」


 それにはっとした。


「そうだ! それに、ユリカ!」


 まだ、あの地下に残されているはずだ。


 すると、アーシャルが地上に向かって降下したまま長い首で俺を振り返る。


「ユリカは僕が迎えに行ってくるよ。だから、兄さんは、先にコルギーさんたちのところに戻ってあげて」


「え? あ――ああ……」


 ――珍しい。こいつが、こんなことの直後に俺より誰かを優先するなんて。


 ってことは、やっぱり婚約者としてユリカは特別枠なのか。


 ――俺としては、心配だからアーシャルと一緒にユリカを迎えにいきたいところなんだけれど……


 でも、ひょっとしたら、ここは俺が気を遣うべき場面なのかもしれない。


 何しろ、婚約者に正体を見られて、怯えられているかもしれない状況だ。むしろ、ここでアーシャルが助けに行ったら、ユリカの目にはとてもかっこよく映るんじゃないだろうか?


 だから、地上に近づいた空中で、竜から人型になったアーシャルに手を取られながら、俺は頷いた。


「ああ――頼む」


 言いかけて、はっと気がつく。


「おい! 今回だけは、ユリカで世話になったからな! チャンスだからって、この隙にサリフォンの抹殺をはかるんじゃないぞ!?」


「わかっているよ――」


 手をあげて答えてはいるものの、その嫌そうな顔はなんだ。


 ――絶対に俺が釘を刺さなかったら、ここぞとばかりに抹殺するつもりだったな……


 おい、お前、ユリカが心配なのか、サリフォンの抹殺とどっちが本音だ?


 だけど、アーシャルから手を離して、暗い王都の通りの陰にとんと降りると、都の窓はほとんどが開いて、夜空を見上げていた。


「本当だって! さっきまで竜が三匹もいたんだ!」


「俺は伝説でしか聞いたことがなかったが、本当にいるもんなんだねえ」


 そんな声が通りのあちこちで飛び交っている。


 ――よかった。やっと思い出したばかりの魔術だったけれど、なんとか人目に触れないところに降りられて。


 竜の降下の時に使った衝撃を和らげる術だが、今日ほど助かったと思ったことはない。どうやら空中で手を離したアーシャルは、そのままユリカたちのところへと急いだらしい。


 だから、俺は暗い街並みを見回すと、さっきコルギー達とユリカを探していた通りへと急いだ。


 ここからそんなに離れていないな。


 夜空を見上げている人ごみをつききり、いくらか人の少ない通り出ると探していたコルギー達がいた。遠くから見ると、槍を抱えたまま、肩で息をしている。向かいにいるラセレトは、おそらくユリカのことを聞いて駆けつけてきたのだろう。いつの間にか来ていたラセレトと向かい合って、俺を探した場所のことを話し合っている。


「コルギー! ラセレト!」


 だから俺が、暗い通りから手を振ると、遠くにいた二人の顔がはっきりと驚いたものに変わった。


「リトム!」


「リトム、どこに行っていた!」


 そして駆け寄った手に揉みくちゃにされる。


「心配したぞ、馬鹿」


「そうだ! 行方不明の妹を探しに行ったという話だったのに、今度は自分が二次遭難とか! 私は、ここはどこの雪山だと耳を疑ったぞ!?」


 悪口を叩きながら、自分を心配してくれているのが嬉しい。


 それに、俺は目を閉じた。


 ――よかった。この手達を失わなくて、すんだ……


「ごめん、俺。お前達を信じていたつもりだったのに――」


 ナディリオンの口車に乗せられて、信じ切れなかった。どんなに巧妙に騙されたといっても、疑ってしまった事実は消せない。


  街路樹が立ち並ぶ暗い通りで、だから俺は二人を前にしたまま拳を握り締めた。


 それに、コルギーが細い目を眇めている。


「何のことかわからんが……」


 ぽんと俺の肩に手が置かれる。


「どうしてもお前が謝罪したいというのなら、寮の食事三日分でいいから」


「何で!?」


「気にするな、リトム。何を疑問に思っていたのか知らないが、それなら確信に変わるまでしっかりと学習させてやるから」


「だからなんでここでそうなるんだよ!?」


 でも、叫んですぐに笑ってしまう。


 ――ああ、よかった。こいつらじゃなかった……


 もう信用している相手を失うのは御免だ。


 今度こそ、俺に差し出してくれているこの手を失わないようにしよう。


 そう俺は、ここぞとばかりに俺の髪をくしゃくしゃにして撫でている手を感じながら笑みを浮かべた。その手達は、まるで慰めているかのようだ。


 ごめん。多分、俺は今変な顔をしているよな?


 悲しいのに、嬉しくて。


 だけど、その時暗い通りから声がした。


「水竜……!」


 ぐしゃぐしゃになった髪で振り返ると、セニシェが灰色のマントをかぶった姿で俺を見つめている。その顔は、色を失ったように真っ青だ。


「――セニシェ……」


 だから、俺はゆっくりとセニシェの方を向いた。

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