表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十一話 甦ってくる過去
93/100

(9)嵐の夜

 


 北の山脈には、深い雪の季節が訪れていた。


 雪が辺りを真っ白に覆い、凍てた空気が山を彫って作られた窓から内部のこの白い部屋へと入ってくる。


 けれど、俺はそこでいつもと同じように首から赤い血がこぼれるのを感じながら、今日も俺の血を啜っている銀の竜を見つめた。


 ――いつまで、こんなことを続けるつもりだ!


 少なくとも、もう一月はこんな毎日を繰り返している。


『兄さん、また出かけるの?』


 不安げに尋ねて来るアーシャルに、俺は振り返って出てきた。


『ああ、ちょっとだけ出かけてくる』


『すぐに帰ってきてよ?』


『ああ――』


 その時の寂しそうな表情に胸が痛くなる。


 ――それなのに、少しもこいつが治療に頷く気配はない!


 だから、俺は自分の肩にある銀の竜の姿を見つめながらも、忌ま忌ましげに尋ねた。


「本当に水竜の魔力を取り戻しているんですか?」


「ああ、もちろん」


 だけど、ナディリオンは薄く笑ったように答えている。


 しかし、いつも繰り返されるその答えに、俺の疑問はまた大きくなった。


 だいたい落ち着いて考えれば、四竜の魔力を持つ竜なんて聞いたこともない。いや、そもそも二つ以上の属性の魔力をもつということ自体、耳にしたことがない。


 ――体よく騙されているんじゃないか?


 だから、膨れ上がる疑問に、俺は肩にいるナディリオンの頭を冷たく見下ろしながら尋ねた。


 大理石に着いた手足は、今も吸われている血のせいで、まるで雪を踏んだように冷え切ってしまっている。


「でも、俺とアーシャルは、双子でも水竜と火竜で、全然魔力の方向性が違ってお互いの術は使えないのに……ましてや、相反する火と水の魔力を同時に持つなんて、本当にそんなことができるんですか?」


 ――もし、騙されたのだったら、今すぐにこいつを蹴り飛ばして帰ってやる!


 そして、今すぐは無理でも、必ず力を溜めて、俺を騙したことをマーム諸共後悔させてやろう!


 口に出すのと同時に決意すると、ぐっと拳を握った。


 だけど、俺の言葉にナディリオンはその長い銀の首を持ち上げると、ふっと笑った。


 その顔は、俺が初めて見たときよりも格段に若返っている。


 ――だから、こいつが魔力を取り戻しているという言葉を信じていたのだけれど……


 だが、考えれば考えるほど嘘くさい。どう考えても、俺がアーシャルを心配する気持ちを利用された気がするのだ。


「ああ――なるほど、知らないんだね」


 だけど、ナディリオンは俺が疑っていることに気がついたらしい。俺を見つめると、まだ口の周りに血がついたまま笑っている。


「竜の魔力は、半分は心臓に。そしてもう半分は魂に宿っているんだよ。だから、その心臓を通ってくる血を飲めば、ある程度の魔力の補充はできるんだ」


 それに、俺はぐっと黙った。


「だけど、やっぱり効率は悪いよね。魔力の補充ができるといっても、あくまでその場凌ぎだし。君に何回も負担をかけているしね」


「いえ――ただ、俺はいつになったら、アーシャルを治療してもらえるのかと思って……」


 疑っているのを見透かされたようでばつが悪い。だから視線を泳がせた。けれど、そんな俺をナディリオンは微笑を湛えたまま見つめている。


「ああ、そうだね。でも、そろそろいい頃かな」


「本当ですか!?」


 それに俺はぱっと顔をあげた。


 ――嬉しい! やっとアーシャルを治してやれる。


 今も遠い洞窟では、俺の帰りを待って入り口から風に俺の匂いが混ざるのを待っているだろう。


 けれど俺が、顔を輝かせた瞬間、それは下りてきた。


「ああ。君の心臓に、十分私の魔力も馴染んだみたいだし」


「――――え?」


 俺の胸の鱗が、成竜の爪の前に、氷のように砕けていく。


 青い欠片が飛び散るのを見ながら、俺は大きく抉られた自分の胸を呆然と見つめた。


 いくら竜の鱗が強靭といっても、大人の牙や爪の前では硝子の産毛のようなものだ。容赦なく抉った銀色の爪を見つめ、俺は噴きあがる血を信じられない思いで見つめた。


 けれど、ぐいっと更に爪は俺の体の中を抉ってくる。


「――――――――!!!!」


 それに声にならない絶叫をあげた。迸る赤い血と一緒に俺の体から、ずるりと赤い何かが抜き出されていく。


 それをナディリオンはぴしゃりと長い舌で舐めた。銀の爪に持たれた真紅の塊は、まだ脈を打っている俺の心臓じゃないか!


「なっ―――!」


 なんで、と続けたいのに言葉にならない。


 けれど、ナディリオンは俺の心臓を見つめて、鮮やかに笑った。


「君はさっき、どうやったら四竜の魔力がもてるのかと不思議そうだったね。できるんだよ、その竜の心臓と魂を体内に取り込めば」


「なっ……!」


 それなのに、口からはもう血が溢れて言葉にならない。喉の奥まで、血ばかりだ。


 咳き込むことさえ自由にできない。


 ――しまった! 騙された!


 やっぱり罠だったんだ!


 後悔しても、溢れてくる血に蠢いている俺をナディリオンは楽しそうに見つめている。


「だけど、誰でもいいわけじゃない。君が言った通り、魔力の属性には相反するものがあるからね。だから、君達みたいに同時に生まれて互いの魔力への相性がいい双子の竜は貴重なんだ。特に相反する水と火は。ああ――それでも私の魔力をその心臓に馴染ませるのには、時間がかかるけれどね」


「お前――!」


 やっと口の中に溜まっていた血を吐き出して叫ぶことができた。床に蹲った体のまま、必死にナディリオンを睨みつける。


 それなのに、ナディリオンの瞳は金に輝くと、ひどく慈悲深く俺を見下ろしている。


「心配いらないよ。約束通り、ちゃんと治療代はいただいた。君の弟さんの目は、私がその子の心臓を抉る前にきちんと治してあげるから」


「貴様! まさか、アーシャルまで――!」


「もうすぐ火竜の心臓も寿命が来るところだったんだ。大丈夫、そうしたら心配しなくても、ちゃんと私の体内で再会させてあげるからね」


 ――こいつ! アーシャルまで食べるつもりなのか!


 それに、俺は力が尽きようとしていた瞳を大きく見開いた。


「だから、安心して魂をお渡し。これから君たちは私と一緒になって生きていくのだから――」


「誰が!」


 俺は伸ばされてくる手に必死に翼を広げた。そして、開いていた窓から外へと飛び出す。


「逃げられると思っているのかい? 子竜の翼で」


「くっ――!」


 だから、俺は体に残っていた全部の魔力を集めると空の雪雲からナディリオンに向かって氷を投げつけた。雪になって降って来るはずだったそれは凄まじい氷の雨となって、ナディリオンの目に向かって飛来していく。


「ちっ」


 ナディリオンが、目を狙ってくる氷に一瞬視界を閉じた隙だった。急いで翼を広げると、そのまま雲の中へと飛び上がる。


 そして、残っている魔力を振り絞って雪を降らせた。


 ――少しでも、あいつから離れないと!


 俺が食べられたら、次はアーシャルが狙われる!


 それなのに、胸に空いた穴からは今も体に流れるはずの血がこぼれ続けている。


 もう、後少ししか飛べないだろう。


 ――ごめん、アーシャル!


 雪から雨に変わっていく空の中を飛びながら、俺は激しい雨で歪んだ視界の中で叫んだ。


 ――情けない兄で……


 お前の目を治すどころか、とんでもない危険を呼び込んでしまった。


 ――ごめん、ごめん! だけど、お前の目を治したいだけだったんだ!


 でも、胸からは今も夥しい血が流れ続けている。竜のお蔭で即死は免れたが、心臓がなくなった以上、もう長い時を飛ぶことは無理だろう。


 その予感の通り、俺の体は幾つかの雨雲を突ききった先で、力尽きた。


 翼にもう力が入らない。


 あまりにも、血が流れすぎた。


 そのまま、俺の体は嵐の空から、まだいくつか草の残る山の中へと落ちていった。


 必死で飛んだおかげで、だいぶ南まで戻って来ていたのだろう。だけど、ここでも安心できるわけじゃない。


 ――実際、今も何かが俺の魂を心臓に呼び寄せようとしているのを感じる。


 俺は、竜の体を一度地面に打ち付け、そのまま反動で反った首がもう一度地面に倒れていくのを感じた。


 ――でも、もう動くことができない。


「ごめ……アーシャル……」


 ――帰ってやれない。あんなに俺が戻るのを待ちわびていたのに。


 それどころか、とんでもない災厄を呼んでしまった。


「ごめ……」


 もう目を開けていることさえできない。体に打ち付ける雨を感じながら、俺は自分の手足から急速に感覚がなくなっていくのを感じていた。


 代わりに、どこか遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。


 ――本名じゃないから、強制力はないが……


 だけど、このままではあいつに食べられるのは時間の問題だ。


 ――どうしたらいい!? どうしたら、こんな状態であいつからアーシャルを守ってやることができる!?


 もう飛ぶこともできないのに。


 ――頼む! 教えてくれ! 誰か!


 その瞬間、この間出会ったセニシェの顔を思い出した。そして、そのすぐ側にあった夥しい風竜の鱗――


 それに、俺ははっと力を失いかけていた瞼を開いた。


 ――そうだ! ドラゴンスレイヤー! それになれば、あいつを倒すことができる!


 その瞬間、俺は残っていた最後の魔力を振り絞って自分の魂を離脱させた。


 ――頼む! セニシェ! 俺とアーシャルを助けてくれ!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ