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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十一話 甦ってくる過去
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(8)交換条件

 

 喉に触れる竜の首が気持悪い。


 長い白銀色の首が、俺の青い鱗に触れると、牙でうなじにある数枚を砕いた。そこにはっきりと口が迫ってくるのを感じる。


「うっ……」


 鱗を砕かれた今までに感じたことのない痛みに、俺はわずかに声をあげた。


 だけど、それ以上に気持ち悪い。


 巨大な竜の牙が、俺の鱗につきたてられると、溢れてくる赤い血を吸われているのを感じる。


 ――気持ち悪い。


 吐き気がしそうだ。首にかかってくる銀の竜の息だけで、おぞましい。全身が粟立って、必死に逃げたくなるのに、竜の体の上から被さるようにのしかかられて碌に身動くこともできない。


「そんなに震えなくても。今すぐとって食うわけでもあるまいし」


 俺の体が嫌悪に震えているのに、銀の竜が笑っているが、今の状態がまさにそれじゃないのか!?


 逃げることさえ許されずに、ただ自分の血を啜られている。


 喉から聞こえる銀の竜の舌が動く音がたまらない。鱗の下の肉を伝わってくる感覚は尚更だ。


 ――嫌だ、気持ち悪い!


 自分の体にほかの者が触れる感覚。しかも、触れられたことのない体内まで。こぼれる赤い血を啜ろうと、俺を捕らえた竜の舌が、突き立てた牙と共に俺の肩で蠢いている。


 それに、俺の理性は焼ききれそうだった。


「もう、やめろ……!」


 ――嫌だ、こんなこと! 


 少しでも早く解放されたい。


 それなのに、俺の竜の体を押さえ込んでいる銀の竜は首も持ち上げずに、くすりと笑った。その唇の動きさえもが、俺の肌から伝わってきて、全身に寒気が走る。


「やめる? まだ全然君の魔力をもらっていないのに?」


「こんなことで、ほかの竜の魔力が使えるようになるなんて――」


 そんなこと、聞いたことがない。


 ――だから、やめろ。


 懇願するように、俺は必死に覆いかぶさっている銀の首に訴えた。


 それなのに、ナディリオンはくすくすと笑っている。


「それが使えるようになるんだよ。きちんと方法さえ知っていれば――」


 言葉と同時に、更に深く牙を首のつけ根に突き立てられた。


 それと同時に、俺の竜の首が後ろに反る。


 ――痛い!


 痛すぎて、がむしゃらに抵抗したくなる。


「だから、我慢しておくれ。君の血から、水竜の魔力をもらっているんだから」


 だからって、首から血を吸われて気持のいい筈がない!


 むしろこいつの口から近づく舌と息だけで、怖気がしてくる。


 ――嫌だ、嫌だ! 気持ち悪い!


「ああ。でも、このままではやはり相性が邪魔をするか」


 そう言うと、更に深く噛んだところから、何か違うものを体に流し込まれてくるではないか。冷たい湿った土の中を通ってきたような冷気に、俺の体が必死に逃げ出そうとした。


 ――得体のしれないものが体に入ってくる!


 もう意識は完全にパニックだった。上にのしかかっている銀の竜の体を払い、噛まれている首の肉がたとえ千切れても、下から這い出して逃げ出そうとする。


「君の弟さんの目が治らなくてもいいのかい?」


 けれど、動きをとめたのは、僅かに首を離したナディリオンのその一言だった。


 ――アーシャル……


 目の奥に、あの花が咲いたような無邪気な笑みを思い出す。


 そして、よく見えないからいつも伏せられている瞳。


 それが俺の足を止めさせた。


「そう。慣れないと気持ち悪いかもしれないが、最初だけだから。君の心臓の持つ魔力と私の魔力とを馴染ませるのに必要な行為なんだよ」


「――っつ」


 言葉と共に、また銀の竜の口が俺の喉に噛み付いてくる。


 それを受けながら、俺は諦めたようにただ足を折った。そして、必死に歪めている顔を床につけて必死に隠す。


 ――アーシャル。


 今は耐えるしかない。俺はもう一度、俺の血に含まれる魔力を啜ろうと降りてきたナディリオンの首を感じながら、きつく目を瞑った。




 ――あいつ。結局、あの後、さんざん血を吸いやがって……


 それも一度だけじゃない。あれから、何度同じことをされたか――


 ――一気に魔力を取ろうとしたら、俺に負担がかかるとか何とか言っているが、あいつ実は単にマームと同類なんじゃないか。


 言っていることが実にセクハラ臭い。それにやっていることは、どう考えても、変態という同類としか思えない。


 俺は、血を吸われてぐったりとした体を帰ってきた洞窟のクッションに埋めて瞼を閉じていた。


 普段は好まない焚き火の火の気配が、冷え切った体に心地よい。だいぶ、血を吸われたのだろう。動かすのだけでもだるい上に、自分でもわかるほど冷え切ってしまっている。


 ――水竜の俺がだ。


 どんな冷たい水に潜っても凍えるなんてことはなかったのに――


 そう思いながら、母さんが作ったクッションの波の中に長い首を投げ出していた。


 だけど、帰ってきてから、ずっとぐったりとしている俺の様子をおかしく思ったのだろう。


 焚き火の側に座っていたアーシャルが体を動かすと、俺のすぐ隣に来た。そして、長い赤い首を伸ばして、俺の首の辺りに鼻を寄せている。


 ――まずいな。血の匂いに気がついたか?


 セニシェのところに出かけていることにしていたが、ここで問い詰められると厄介だ。


 ――絶対にやめろと言い出すのに決まっているからな。


 こんな治療費のことは知られないのに越したことはない。


 けれど、アーシャルは俺の首に鼻を寄せると、よく見えない目でじっと傷痕を眺めている。


 ――まずいな。


「兄さん」


 けれど、俺が隠そうと体を動かす前に、アーシャルの顔が俺のすぐ前に寄せられた。


「最近、よくあのセニシェって魔女のところに出かけているけれど――」


「うん?」


「付き合っているの?」


 それに、俺は思わず何度も瞬きをしてしまった。


「――はあ!?」


 思いっきり素っ頓狂な声をあげてしまう!


 ――ちょっと待った! なんで、そんな発想になっているんだ!?


 けれど、それにアーシャルの目はじっとりと俺の首を眺めている。


「だって毎日出かけているし。おまけに首に変な痕までつけてきてさ。何をしに会いに行っているんだよ?」


 ちょっと待て!


 ――だからってなんでそうなるんだ!?


 けれど、反論しようと口を開きかけて、俺は思い直した。


 ――いや、これはかえって都合がいいかもしれない。


 このまま誤解をさせておけば、俺が出かけるのをこれ以上詮索しないだろうし、多少疲れていても言い訳が効く。


 ――それに、その誤解を知った時のセニシェの顔が見物だ。


「――だったら、どうする?」


 だから俺はにやりと笑って尋ねてみた。


 すると案の定、アーシャルが目を開いて固まってしまっている。


 ――ふふん。俺にあんな態度をとった腹いせだ。


 今度アーシャルに出会った時、少しだけわたわたと焦るといい。そうしたら笑いながら、口実に使ったことを話してやろう。


 ――その時には、きっとアーシャルの目も見えるようになっているだろうし……


 きっと遠くない未来に来るだろう日を願って、俺は目を閉じた。


 だけど、それを実現するためには、またあの行為にたえなければならない。


 俺が、その日ナディリオンの神殿に降り立つと、珍しく人の形を取っていた。


 部屋の中には、爽やかなお茶の香りが溢れている。


「やあ、いらっしゃい」


 俺の顔を見ると、白い茶器からミントの香りがするお茶を注いでいる。


「あの――」


 ――いつもと少し勝手が違う。


 そもそも人の形を取っていること自体初めてではないだろうか。


 けれど、ナディリオンはことんと白大理石のテーブルに白磁の陶器を置いた。


「何をしているんですか?」


「うん? この間、血を吸った後、このお茶を飲んだら君の吐き気が止まっただろう? ひどく青い顔が楽そうになっていたから、この香りが君の気持ちを落ち着けるのかと思ってね」


「そんな必要があるんですか?」


「そりゃあ、互いに同じ魔力を有する関係だ。それなら少しでも互いをよく知っておいた方が、後々にもいいだろう?」


 言葉と一緒に俺の方に向かって、爽やかなミントのお茶を差し出される。


「これは君の好みだろう?」


「嫌いじゃないですが――」


 ――だからといって、こいつとテーブルを囲んで仲良くお茶なんて御免だ。


 だいたい今日で何回目だ。


 だが、拳を握り締めた俺の前でナディリオンはゆっくりと笑っている。その端整な顔は、人ならば五十代ぐらいまで若返っているように見える。


「あの、アーシャルの治療は――?」


 それだけ俺の魔力を吸い取ったのなら、そろそろかまわないんじゃないかと俺は口を開いた。それなのに、ナディリオンはくすっと笑っている。


「まだだよ。もう少し、君と私の血が馴染んで、私が水竜の魔力を取り戻したらね?」


 ――くそっ!


 後、何回要求するつもりだ!


 だけど、悔しそうに目を瞑った俺の手をナディリオンは取ると、横から囁きかけてくる。


「だからね、そろそろ君の本名を教えてくれないかい、リシャール? お互い、契約関係で同じ血で繋がった間だろう。魔力のやりとりをするのにも、より強い信頼関係があった方が楽だと思うんだけど」


 けれど、俺の手はその言葉に震え出してくる。手は弾くことのできない手に握られている。けれど、目だけは横に立つ美しい銀の竜を強く睨み返した。


 ――誰が! 絶対にごめんだ!


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