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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十一話 甦ってくる過去
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(7)嵌るたくらみ

 

 泥だらけの顔で、俺は呆然と床から顔をあげた。


 思わず言葉が出てこない。それぐらい、目の前に座る竜の姿は白く輝いて神々しかった。山を掘られた窓から差し込む光は目の前の純白の姿を、たとえようもなく高貴なものに見せている。


 両手を床についたまま、目を広げて固まっている俺に気がついたのだろう。


 その銀色の竜が、穏やかな琥珀の瞳でゆっくりとこちらを見つめた。


「君が、今話していた水竜?」


 深い声だ。上で聞いたような威圧感はない。だからやっと俺は、現実に引き戻された気がしてはっとした。


「そ、そうだ! お前が 今話していた声の主か!?」


 すると、銀の竜は静かに瞼を伏せて頷いた。


「いかにも」


 声は生きてきた歳月を感じさせる穏やかなものだ。ぱっと見た感じでも、かなりの齢を刻んでいるように見える。鱗の間に深い皺がより、人ならばおそらく六十台というところだろう。


 年老いた姿に相応の落ち着いた威厳を見せながら、銀の竜は深い眼差しで俺を見つめた。


「聞いた話では、火竜の弟がいるそうだね? 双子の弟だから、なんとか目を治したいという話だったけれど――」


 それに、思わず俺は身を乗り出す。


「そう――いや、その通りです。お願いです、なんとかアーシャルを治してもらえませんか!?」


 言葉を改めたのは、依頼をするにしては、あまりにも失礼だと気がついたからだ。けれど、それに銀の竜は楽しそうに目を細めている。


「治してあげてもいいけれどね――今はできないんだ」


「何故です!? さっき、治せると言ったじゃありませんか!」


 ――いや、治す方法があるだったかもしれない! だけど、どっちにしても、このまま手ぶらですごすごと引き下がるわけにはいかない!


 けれど、それに銀の竜は優雅に白い尻尾を緩やかに白大理石の上で動かした。それがまるで蛇のように静かに動き、俺の体の後ろへと伸ばされる。


「確かに私は君の弟を治す力をもっている。実は、私は四竜の力が使えるんだ」


「四竜の――!?」


「だから、どんな複雑な魔法でもお安い御用だし、元来持っている医療技術と合わせての魔法治療もお手の物だ」


「じゃあ、なぜ――!」


 ――ここで断られるわけにはいかない!


 だから、俺は瞳に力をこめて、ほとんど睨みつけるように、目の前にいる銀の竜を見つめた。


 けれど、そんな俺の表情を目の前の竜は面白そうに見つめている。


「だけど、今は生憎水竜の魔力が使えないんだよ」


「水竜のが――?」


 四竜の力を持っていると聞いただけでも驚いたのに。それなのに使えないと言われて、さすがに俺も困惑してしまう。


「そして、もうすぐ火竜の魔力も使えなくなる。私も長く生きたからね。持っている魔力が先に弱ってしまうのも仕方がない」


「それは――治すことはできないんですか……」


 ――それがないと、アーシャルの目を治してもらうことができない!


 俺の言葉に、目の前の竜はにっことり笑った。


「できるよ。君が弟さんの治療費として、君の魔力と体を私の自由にしてもいいというのならね」


 ――なっ…………!


 言われた言葉が信じられなかった。


 それは、俺の全てを自由にするということじゃないか!?


「もちろん、これに頷いてくれれば、責任をもって君の弟さんの目は治療しよう。ただし、君自身の全てを私に委ねることになるがね? さあ、どうする?」


 それに手が震えてくる。


 ――アーシャルの目を治す代わりに、俺の全てを差し出せだって!?


「ふざけるな! 誰が、そんなことを承諾すると思っているんだ!」


「悪い話じゃないと思うけれどね。私は魔力を取り戻せるし、君の弟さんは見えるようになる。ただ、ちょっと君が我慢するだけの話で」


「誰が!」


 叫ぶと、俺は銀の竜に背を向けた。


 そして、山肌に掘られていた窓に駆け寄ると、一気に青空に向かって翼を広げる。


 ――あの、野郎! 何が俺を自由にさせろだ!


 唾を吐いてやりたいぐらい忌ま忌ましい。そのまま青い翼を広げて舞い上がると、俺が飛び出したのは、山の中腹に岩を掘って造られていた部屋だったことがわかった。最初に入った神殿の入り口から見れば、かなり下になっているから、きっとあの山の中味全てが、銀の竜の住処なのだろう。


 ――あいつ! ふざけやがって!


 考えれば考えるほど腹がたつ。なにが自分を生贄にしろだ!


 ――そんな馬鹿な話に頷くほどアホだと思っているのか!


 だけど、しばらく飛んでいると、冷えた北の風に段々と頭の中が冷めてくる。


 下には、相変わらず剣山のような鋭い雪の峰が並んでいる。


 表面が凍っているのだろう。輝きながら、青い空の下に広がるその冷たい光景が美しい。


 白い息が、俺の口からこぼれた。


 ――確かに……見えなければ、こんな光景が美しいことだってわからないんだよな……


 きっとたくさんの花の形も知らない。目を寄せて見たいくつかの花の形で、アーシャルは花とはこんなものなのだと思っているのだろう。


 青い空に輝く雲の美しさも知らない。ましてや、湖にきらめく光の眩しさなんて見たこともないだろう。


 ――知っているのは、俺と家族と、顔を近づけて見れるほんのわずかなものだけだ!


 何か美しいのか、何が綺麗なのか、何が危ないのか、それすらも知らない。


 ――あいつの世界にあるのは、今も昔も俺だけだ!


 それにきつく拳を握り締めた。


 ――今はいい。俺が側にいてやれる間は!


 だけど、もう側にいても守りきれなくなってきている。いや、多分、もう俺が尻尾に捕まって歩かせてやるのは、限界に来ているのだろう。


 それに――人間に、竜よりも強い存在がいる以上、俺もいつどうなるかわからない――


 それが、高い峰を渡る風の中で、俺の翼を止めた。


 アーシャルのいる方向と、今来た方向とに顔を振り、思案する。


 脳裏には、アーシャルが楽しそうに笑っている姿が甦る。


 ――くそっ! マームの奴! 完全に俺が嵌るとわかっていて教えやがった!


 悔しいが、どうすることもできない。


 それでも、俺は竜の翼を今来た方角へと戻した。


 ――きっと、今戻らないと一生後悔する。


 俺の魔力と体ぐらいで、アーシャルが元気になるのなら、そっちの方がずっといいのに決まっている。


 ――たとえ、それがどれだけ屈辱的なことでも……


 だから、俺は青い翼をさっき飛び立った彫られた窓に降り立つと、こつんと白大理石の床に爪の音をさせた。


 銀の竜はさっき俺が飛び立った時の姿勢のまま、座っていた。そして迷いながら降りた俺の姿を面白そうに眺めている。


「本当に、アーシャルを治してくれるんだろうな?」


 これは絶対にしなければならない確認だ。けれど、それに銀の竜は薄く笑うと、俺に手を差し出した。


「ああ。必ず約束しよう」


 そして、手を取った俺を見つめて薄く笑う。


「私の名前はナディリオン。契約関係になるんだ。君の名前は?」


「――リシャール」


 触れた手に凄まじい拒否感を感じながら、それでも俺は銀色の竜の瞳を見つめ返した。


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