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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十一話 甦ってくる過去
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(6)現われた罠

 

 秋の空に青い翼を広げて飛びながら、俺の気分は最高だった。


 ――まさか、アーシャルのあの目を治す方法が見つかるなんて思わなかった!


 これを知ったら、アーシャルはどれだけ喜ぶだろう。


 いや、アーシャルだけじゃない。いつも寝ているアーシャルにそっと額を寄せて、その日ぶつけた傷を心配していた母さんや、毎日知り合いを訪ねて治療法を探していた父さんも喜ぶのに違いない!


 アーシャルが治ったら、今みたいに一緒に飛ぼう。


 今、俺の隣りにはマームが自分の魔獣に乗って飛んでいるが、こんな風にアーシャルと一緒に飛べる日が来るのに違いない。俺の尻尾を握ってじゃなく、俺と並んで飛ぶことのできる日が!


 飛んでいるのは、来たこともなかった北の山脈だったが、冷たい風とは正反対に俺の心は浮き立っていた。


 ――アーシャルの目が見えるようになれば、何をしよう?


 それを想像するだけでも楽しい。


 前から行きたがっていた、おいしい魚の多い渓谷に連れて行ってやるのもいい。今までは、火竜だからとあまり危ない水場には連れて行かないようにしていたが、これからは美しい塩湖の空と対になった光景だって見せてやれるだろう。


 ――どんな顔をして、喜ぶだろう。


 きっと、あの花が咲いたような笑顔を更に輝かせて、見たことのない美しい風景を喜ぶのに違いない。


「こちらよ」


 だから、俺は隣りでマームが口を開くまで、つい周りに注意を払うのを忘れていた。


 持っていた杖で指された方角に、翼を翻すと、その下にはもう雪をかぶった山々が現われ出す。 


 北のせいか、俺達が住んでいたところより冬が早い。


 剣山のように鋭い山々が連なり、氷に覆われた尖った先端を薄青い北の空へと伸ばしている。


 ――ここらは、あまり行くなと両親から聞かされていた方角だ。


 記憶の中で警告されていたのを思い出しながら、俺は竜の首を巡らせて下を見つめた。俺の翼の下に連なる山々は、秋なのにもう完全に雪に覆われている。


 ――こんな遠くまで来たことはないな……


 ふと、置いてきたアーシャルは大丈夫だろうかと心配になる。


 俺が出かけてから、もう随分と時間がたっている。でも、そろそろ母さんが帰ってきているはずだから――


「ほら、もうそこよ」


 だから俺は自分にそう言い聞かせると、隣りのマームの言葉に振り返っていた首を戻した。そして、示された連なる氷の山の一角に急いで下りていく。


 ――もう少しだけ待っていてくれ! 折角お前を治す手がかりが手に入りそうなんだ!


 あれだけ探していた治療法がやっと見つかる。それなら、ちょっとぐらい母さんやアーシャルに怒られたってかまわない!


 それに、きっと怒った後、ものすごく喜ぶのに違いないから。今の俺と同じように――


「ああ、ここよ」


 だから俺は、マームに示されたまま雪に覆われた山に降りた。言われた場所は、頂上に近いが、平たくなっている。長い竜の首をめぐらせて辺りを見回すと、さすがに北国なだけあって、まるで冬のように雪だらけだ。


 それなのに、空に近いそこだけは、まだ土がぽっかりと雪の間から覗いていた。


 冷えた風の中で、俺は長い首で辺りの様子を見回しながら、広げていた翼を畳んだ。すると、俺より先に着いていたマームが、俺が見ているのとは反対の方角を指差す。


「ほら、ここが話したところ」


 その言葉に、反対側へ目をやると、氷に覆われた山肌の中に岩を掘るようにして造られた古い石の神殿があった。


 見たこともない建物だ。山肌を削って造るなんて、一体どれだけの労力をかけたのだろう。さすがに、竜の俺でも見上げてしまう。けれど、思わず足を止めた俺にもかまわずに、マームは先にそこへと歩き出している。


「ここは――昔の神を祀っているところなのか?」


「ちょっと違うけれど。まあ、あなた達竜にとっては神にも近い存在でしょうね」


 俺の質問にくすっとマームが肩を竦めた。


 それに、首をかしげた。


「俺達、竜にとって? ここは人間が造ったところじゃないのか?」


「そうよ。まあ、すぐにわかるから」


 そう答えると、くすくすと楽しそうに笑っている。


 そして、雪が端に積もる正面の階段を上ると、先に神殿の凍りついた石の通路を進んでいく。


 だから俺もその後を急いで追った。だけど、どうやらここは山の中を削った岩と灰色の巨石とを組み合わせて造られているようだ。


 俺が竜の姿で歩く神殿の通路には、遠くの山から渡ってくる凍てた風が、彫られた柱の間から入ってくる。


 だけど、誰の気配もしない。


 渡ってくる風と一緒に陽の光も入ってくるのに、誰もいないせいか、ひどく静かで張り詰めた空気だ。コツコツと氷を踏む音だけが響く。


 見上げた壁の隅に見慣れない植物の模様が描かれ、その上を歩く俺達の影だけが動いている。


「こんなところに本当にアーシャルを治せる奴がいるのか?」


 奇妙なほど静かだが。


 だけど、マームは腕を組んだまま楽しそうに凍った石の床を歩いていく。


「そうよ。力の強い方だけど、最近は少しお体が思わしくなくてね。だから普段は姿を隠してここにおられるのよ」


「ふーん」


 ――だから、あんなに探してもわからなかったのか。


 それにしても、この人けのない様子はどうなのだろう?


 さすがに、何か異様な気がして、俺が周りを見回したときだった。


「ああ、着いたわ」


 その言葉に前を見上げると、古い大きな祭壇がある場所に出た。


 俺の竜の背からしても、見上げた天井は遥かに高い。この山の頂上まで届いているのではないかと思える天頂部に向かって、四方の壁が包むように持ち上がり、石の壁に施された精緻な彫刻で俺達を包んでいる。


 彫られているのは、地上のたくさんの花々だ。それが花びらの一枚一枚まで丁寧に描かれ、一緒に彫られているたくさんの動物達の姿を華やかに彩っている。


 白一色なのに、まるで目の前に迫ってくるような緻密さだ。


 ――だけど、誰の姿もない。


 あるのは、目の前に置かれた巨大な竜の石像だけだ。


 それが成竜の大きさで俺達の上から覆うと、白い眼でこちらを見下ろしていた。


 生きているとしか思えないほどだ。


 だけど、ほかには誰の姿もないことに、俺は首をひねった。


「着いたって――ここには、何もないが」


「あら。あるでしょう?」


 指で口元を押さえると、くすくすとマームは笑っている。そして、目の前の竜の像を示した。


「ほら。願って御覧なさいよ」


 ――まさか。


 その言葉に、俺は巨大な竜の石像を見上げた。


「この竜の石像に祈れとでも言うのか!?」


 いくら、アーシャルを治すのに藁にもすがりたい心境だからといって、俺が知りたいのはそんな神頼みじゃない!


 ――もっと、確実にアーシャルの眼を治せる方法が知りたいのに!


 けれど、俺が強く拳を握り込んだ時、石像の遥か頭上から声が響いた。


『マームか』


 それが、俺の返そうとした足を止めた。


「お久しぶりです。突然お邪魔して申し訳ありません」


 ドームの形となった部屋に響く声に、マームが素早く片膝を石の床につき、礼の形をとった。


『今日は何の用だ?』


 ずしりと重たい声だ。男に聞こえるが、この石のドームに反響しているせいでよくわからない。


 だけど、ひよっとしたら魔物がよくもつ美しい声なのかもしれないと、俺は慎重に周りを見回した。


 ――だけど、こいつが何者かなんてかまわない!


 アーシャルの眼さえ治せたら!


 だから、俺は像を見て叫んだ。


「お前が目を治す力をもつという術師か!?」


 勢いのまま叫んだが、代わりにどこかから目を細めて見ているような沈黙が返された。


 そして、しばらくして、頷くように言葉が響く。


『そうだ。お前は水竜か?』 


 それに歓喜する。


「頼む! 俺の弟の目を治してくれ!」


『弟――?』


 像の足元に駆け寄りながら叫ぶ俺に、空中から怪訝げに声が返ってくる。


 それに、マームが恭しく礼を取った。


「この者には双子の弟に火竜がおりまして。生まれつき視神経が少なくて目が見えないので、貴方様のお力で治してほしいと参ったのです」


『ほう――』


 思案するように響いた声に、俺は更に一歩前に踏み出した。


「頼む! 治してくれ! いや、方法を教えてくれるだけでもいい! アーシャルを助ける方法を!」


 ――このままじゃあ、アーシャルは一生目が見えない!


 ただ普通に生きていってほしいだけなのに。美しい花の姿も! この世界を彩る様々な色さえ見ることができない!


 そして、竜にとって最も好きな大空を自由に飛ぶことさえ――!


 ――それは竜にとっては、鎖で地面に繋がれたのに等しい苦痛だ!


 どうして、たった一人の弟を、生涯そんな辛い境遇で過ごさせなければならない!


 だから、視界が歪むほど、俺は強く瞳を寄せると、必死に目の前にある竜の像へと近寄った。


 それに、少しの沈黙があった。


 そして、静かに声が返ってくる。


『治すことはできる』


「本当か!?」


 だから、返された言葉が信じられなかった。あまりに嬉しすぎて、石像の足元に駆け寄る。


「どうしたら、治せるんだ!?」


『ただし、代償がいる』


「代償!?」


 ――なんだ、それは!


 けれど、その瞬間、俺の立っていた足元の床が突然崩れた。


 ――なっ……!


 今、俺が立っていた石の床が崩れると、ぽっかりと穴が開いている。そして開いた闇の中に、俺の体を吸い込んでいく!


「さようなら、水竜。代償は竜の生贄なのよ」


「なっ――!」


 覗き込んできたマームの言葉が信じられない。


 けれど、この狭い穴の中では翼を開くことさえできない。


 それどころか、横や下の壁から無数の太い蔦が伸びてきて、俺の体をがんじがらめにする!


「マーム! 貴様、よくも……!」


「さようなら、水竜。また会う機会があるかは知らないけれど、これで取りあえず私の迷宮を壊しには来れないわよね?」


 ――しまった! 嵌められた!


 罠だったんだ!


 頭上に向かって叫ぶが、蔦に引きずられて、四角く切られた石の天井は俺の手の先からどんどん遠くなる。


「マーム!」


 手を伸ばしたまま、俺の体は身動き一つできず罠の中に囚われていく。普通竜の鱗なら切れるはずの蔦も石も、なぜかいくら頑張っても傷一つ入らない。


 そのまま、俺の体は何か泥のようなものの中に落ちた。ひどく粘つく。まるで粘土が液体になったようだ。


 落ちた足を自由に動かすことさえままならない。


 それどころか、俺の竜の体は、蔦によって、ずぶずぶとその中に引きずり込まれていくではないか。


「マー……ム……」


 遥かな頭上で、酷薄な笑みを浮かべている美貌に、俺はまだ吸い込まれていない右手を精一杯伸ばした。けれど、俺の視界の遥か上で、マームは緑の瞳に冷酷な光を浮かべると、泥のような闇の中に飲み込まれていく俺を楽しげに見下ろしている。


「さようなら、水竜。もし、またご縁があったら、会いましょうね?」


「マ……ム、……よく……も……」


 覚えていろと叫びたいのに、口の中に入ってくる泥がそれを許さない。


 ずぶずぶと埋まる体は、もう首までもが浸かってしまっている。抜け出すことさえできない。


 そのまま、開いた口の中に泥が流れ込んでくるのを感じた。


 ――だめだ、このままじゃあ……!


 鼻の先までが泥に埋まっていく。もう息を吸うことさえできない。


 ――アーシャル!


 嫌だ。折角、見えるようにしてやれると思ったのに!


 こんなところで死ぬわけにはいかない!


 それなのに、俺の体は、いくつも絡み付いてくる蔦で泥の中に閉じ込められて、更に闇の奥深くへと吸い込まれていく。いや、蔦ではない。それよりもずっと太い、まるで幾本もの、うねる大蛇の体だ。


 それが容赦なく俺の翼や手足に絡みついて、この闇色の泥から抜け出すのを許さない!


 ――アーシャル!


 嫌だ。帰ると約束したんだ!


 ――今、死ぬわけにはいかない!


 闇の中で、必死に動く指を伸ばそうと最後の抗いをした時だった。


 急に体が泥から解放されると、そのまま広い空間へと投げ出される。


 そして、高い天井から落とされて、冷たい白大理石の床に全身を打ちつけられた。


 だけど、もうさっきまで体の動きを縛っていた蔦や泥は、ここにはない。


 ――ここはどこだろう。


 まだうまく動かない体を、不器用に白い床の上で持ち上げたときだった。


「やあ、こんにちは。君が火竜の弟を助けたいという水竜かい?」


 その声に、俺は長い首を持ち上げた。


 すると目の前では、岩を削られた窓の間から差し込んだ白い光が、白大理石の上で輝き、純白に乱反射している。


 その中にいた。――さっき、俺が見た像とそっくりな白銀の巨大な竜が、俺を見つめてただ静かに座っている姿が。


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