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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十一話 甦ってくる過去
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(5)罠の蜘蛛の糸

 

 住み慣れた洞窟に帰ると、俺はアーシャルをクッションの寝床に連れて行ってやった。


 アーシャルの腕は、昨日のまま、まだ腫れている。手首に巻かれた白い包帯が痛々しい。それなのに、新しく足にも大きな包帯をつけることになってしまった。


 ――これが、腕や足でなかったらどうなっていたか……


 飛んで疲れたのだろう。俺と一緒に出かける以外は、いつもこの洞窟にいるアーシャルの体力はやはり俺より低い。疲れやすい――というよりも、長時間飛ぶことに慣れていないのだ。


 赤い体に長い首を入れて寝ている姿を見つめて、俺はぐしゃっと自分の瞼の前で手を握り締めた。


 ――俺がついていて、この様かよ!


 俺が側にいたって、少しも守れていないじゃないか!


 昨日は、腕。今日は足。これが明日には胴体になるかもしれない。首や、頭だったら、間違いなく致命傷だ。


 ――どうする気だよ! そうなったら!


 今までは、竜だから殺されることはないと思っていた! それなのに、人間には竜さえ殺せる者がいるという――


 万が一、そんな奴にアーシャルが狙われたら!


 あの見えない目で、どうやって戦う!? 見えない目で、逃げる方向も襲ってくる相手の姿も掴めないのに!


 ――だめだ!


 目を見開いた。


 俺だけでは、守ってやれない!


 ――なんとしても、アーシャルが自分で身を守れるようにしないと!


 元から、持っている魔力は高い奴だ。俺さえまだ使えないような中級魔法をばんばんと無意識に出しているし、最近は上級まで知らない間に使いこなしている。もし、目が見えるようになれば、よほど俺より戦う力は強いだろう。


 だから、俺は心を決めると、ゆっくりと立ち上がった。


 アーシャルはまだ寝ている。そっと洞窟の出口へと近づくと、飛び立つために背中の翼を持ち上げた。


 だが、側に座っていた温もりがなくなったのに気がついたのだろう。アーシャルが体から長い首を持ち上げると、翼を広げようとしていた俺を見つめた。


「兄さん、出かけるの?」


「ああ、ちょっとだけ出かけてくる」


 ――どこに行くのかは、言わない方がいいよな。


 けれど、その俺の言葉にアーシャルが立ち上がろうとした。


「僕も行くよ」


 だけど、怪我をした腕と足にうまく力が入らない。重たい竜の体を起こすのに苦労している。それを俺は、長い首を伸ばして優しく止めた。


「大丈夫。さっきやり損ねたから、ちょっと水を浴びてくるだけだ。体が汚れたままだと、また母さんに熱い温泉とかに連れて行かれるからな」


 ――どうにも、あれは体を煮られているようで好きになれない。


 言えば、くすっとアーシャルが笑った。


「兄さん、水竜のくせに温泉が苦手っておかしくない?」


「俺は冷たい水が好きなの! 煮魚は食べても、自分がなるのは好みじゃない!」


「いやあ、竜なのに煮魚の気分を味わえるのは、貴重だと思うけれど……」


 だけど、話しながら俺の前に出ているアーシャルの腕は、今見てもまだ腫れている。包帯から覗く赤さに、俺はきつく眉を寄せた。


 ――やっぱり、セニシェの言葉に頼るしかないか……


 話に出たマームは、どう考えても加虐趣味の変態だから、あまり頼み事はしたくないんだが。でも、そうも言っていられないようだ。


「じゃあ、言ってくる」


 俺は、心に踏ん切りをつけると、アーシャルの側から立ち上がった。


「すぐに、帰ってきてよ?」


「ああ――当たり前だろう!」


 半分は嘘だとわかっていながら、俺は空に向かって翼を広げた。


 ――ごめん。少し遅くなるかもしれない。


 でも、ちゃんと帰ってくるのは嘘じゃない。


「兄さん、そんなに温泉が嫌いなんて……」


 ――おい。


「お前も勝手に出歩くなよ! もうじき母さん達が帰ってくるから!」


 空中で振り返って叫ぶと、アーシャルが洞窟の奥で頷いたのが見えた。


 それに、ほっと息をつく。


 ――さてと。


 何とか、アーシャルに気づかれずに出かけることができた。


 ――本当に、アーシャルの目を治す方法なんてあるのだろうか……


 噂に聞く強力な回復薬を求めて、何度もマームの迷宮を訪ねた。その度に迷宮の徹底的な破壊工作の停止と引き換えに、色々な回復薬をもらってみたが、どれもアーシャルの目には効かなかった。


 ――だから、最近はもっぱらアーシャルを遊ばせる場所ぐらいに思っていたんだが……


 だけど、今日はさすがにアーシャルを連れて行くわけにはいかない。今日、いつもの迷宮破壊工作をすれば、マームは決して俺に僅かな手がかりも教えてくれないだろう。


 ――頼む! 何でもいいから、あってくれ!


 あいつの目を治す方法があるのなら、空の果てまでだって飛んで取りにいってやるから――


 俺は、青い空に翼を広げながら、通い慣れた迷宮への道を急いだ。




 何度も訪れた迷宮の扉は、今日も光の中に蔦を描いた巨岩を黄土色に輝かせていた。


 ――さてと。ここを開ければ、罠が発動するな。


 この性格の悪い迷宮は何とかならないかと思うが、製作者がそもそも変態なのだから打つ手がない。


「マーム! 話がある! だから扉を開けろ!」


 そうでなければ、今日こそ逆らえないぐらい完膚なきまでに迷宮を破壊してやる!


 今まではアーシャルの薬を得るために、多少手加減をしていたが、こうなれば最終手段だ。あいつが泣き出すぐらいこの迷宮を破壊してやると本気で叫ぶと、目の前の重い岩の扉が内側へと開いた。


 ぎぎぎと重たい音を上げて軋み、暗い通路へ竜の俺を招きいれる。


 だから俺は開いた中へと進んだ。


 今日は、さすがに剣も矢も出てこない。


 これまでのでやっても無駄だとわかっているらしい。


 何も罠が発動されない何度も通った迷宮の通路を歩き、俺は三階まで行くと、髑髏が描かれた地下への扉を踏んだ。


 ――しかし、やはり落とし穴か!


 これだけは、どうしても変える気がないらしい!


 やっぱり、真性の変態だと思いながら、落下のスピードを竜の広げた翼で緩和する。落ちるのは阻止できたが、さすがに竜の風圧だ。俺の軽い羽ばたきで、部屋の炎が大きく揺らぎ、水が波になって周りの床へと飛び散っていく。


 ふわりと、俺は何度も来たことのある地下の部屋へと降り立った。


 そして周りを見回すが、どうにか炎は消えなかったようだ。俺もだいぶ翼の扱い方がうまくなったらしい。


 代わりに床は水浸しになっているが。これは落ちてもそうなる設計なのだから、諦めてもらうしかない。


 もっとも、製作者としては汚された挙句かわされたというのは、最高に屈辱だったのだろう。


「マーム」


 床に降り立った俺を見つめる姿は、腕組みをして、既に歯を噛みしめている。


 まあ、愛想よく迎えられたことなんてないからな。仕方がない。


「頼みがあってきた。アーシャルの目を治す方法が知りたいんだ。何か知らないだろうか」


 だが、俺の言葉に、マームは体を横に向けたまま鋭い瞳で叫んだ。


「だから、何度も言っているでしょう? 私の薬じゃあお前の弟を治すのは無理だって!」


 うーん。既に怒りは最高潮だ。今までのことを考えれば当たり前だが、きりっときつい顔で腕組みをしながら睨みつけてくる。


「それなのに、何度も何度も懲りずに私の迷宮を壊しに来て! いい加減にしないと本気で竜駆除剤の発明をするわよ!」


 ――おおっ。相変わらず殺気が全開だ。


 だけど、俺はそんなマームに丁寧に頭を下げた。そして怒りを宥めるように頼む。


「それについては、まったく申し訳ないとは思わないが、約束しよう。教えてくれたら、もう二度とここには来ないと」


「頼むなら、嘘でも申し訳ないと言いなさいよ! どこまでも根性が悪いわね!?」


 ――おい。お前にだけは言われたくないぞ?


 けれど、そんな俺の心の声が聞こえたのか、マームは、緑の瞳を細くすると忌々しそうに見つめている。


 しかし、過去に変態の快楽の餌食になった身としては、むしろ謝罪がほしいのはこちらの方なのだが。


「だいたい私の薬はお前の弟には効かないって何度も言ったでしょう!?  私の薬は回復薬! 生まれつき視神経がほとんどないお前の弟を回復させることは不可能なの!」


「それは何度も聞いた。だが、もうほかにあいつを治す方法を知っていそうな者がいないんだ。頼む――アーシャルの目が治るのなら、何でもする。だから、少しでも良くなる手がかりがあれば教えてもらえないだろうか?」


 甚だ不本意だが、更に深く頭を下げて頼む。しかし、長い首を下げる俺を、マームはまだ腕を組んだまま忌々しそうに見つめている。


 だから、もう一段低くした。


 もう、床に竜の鼻先が触れそうなぐらいだ。


「頼む――この通りだ。もう、ほかに心当たりがないんだ」


 ――あいつの目を治してやれる方法が!


 そんな方法がこの世にあるのなら、この額を床につけたってかまわない。それこそ、こいつの靴に頭を踏みつけられる屈辱だって我慢をしよう。


 じっとマームはその俺の下げた頭を見つめた。


「本当に、話したら二度と来ないのね?」


 それに驚いて顔をあげる。


 ――あるのか!? アーシャルのあの目を治す方法が本当に!


「あ、ああ。約束しよう」


 俺の言葉に、マームの瞳が面白そうに歪んだ。まるで適当なおもちゃを見つけたように、緑の瞳に残酷な光を含んで俺を見つめる。


「いいわ――じゃあ、教えてあげるわ」


 信じられない。本当にあるなんて――!


 ――アーシャル!


 洞窟で待っているだろう弟を思い出して、俺は顔を輝かせた。あまりの嬉しさに笑みを隠しきれない。


 だから、気づかなかったのだ。その時、マームの瞳が新しいおもちゃを見つけたように、俺を暗い愉悦を湛えて見つめていたことを。




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