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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十話 竜の体
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(3)見つけた! 俺の体だ!

 

 人間の姿で上空に舞い上がった母さんが竜に変化して、大きな赤銅色の翼に乗せられてやってきたのは、北の山脈だった。


 アルスト二アス国からは、はるかに遠い。アルスト二アスから北に飛べば、北方諸国の山脈に当たるが、それよりもずっと東の年中を雪に閉ざされている凍てた地だ。短い夏には、それでも植物が生い茂るのだろう。水が流れた形跡のある山肌の氷を歩き、俺は母さんについて、山の中腹にある洞窟へと入った。


「こんなところがあるなんて……」


 洞窟の中は、氷に閉ざされていた。横の壁には分厚い氷が幾重にも重なり青いまでに透明になっている。天井からは太いつららが幾本も彫刻のようにぶら下がり、まるで巨大な氷の柱だ。見渡す限り、完全に白と青の世界だ。


 歩いていく俺の前で、ほのかな闇が、奥を隠すようにたゆたっている。


「念には念を入れてね。相手の目的がわからない以上、辛うじてでもまだリシャールが生きていることを知られないほうがいいと思ったから」


「ふうん。僕には山の温泉に行くと嘘をついて、こんなところに兄さんを隠していたわけね?」


「あら? 嘘はついていないわよ? ここも立派な冷泉ですもの。私の力で温めれば、いつでも温泉に早変わりよ?」


「それは絶対に温泉じゃないっ!」


 どうやら、まだアーシャルは怒り足りないらしい。


 まあ、当たり前か。


 心の底から行方不明になった俺を心配していた分、十七年近くもすぐ側にいた両親に騙されていたと知って怒らないわけがないだろう。


 だが、怒っているアーシャルにも母さんは慣れたものだ。


 目の色をちかちかとさせて、指を噛んでいるアーシャルを意にもかけず歩き続けると、奥の一箇所で足を止めた。


「着いたわよ、あれよ」


 母さんの言葉の指す方向に、俺は顔を上げて、目の前に広がる巨大な氷の壁を見つめた。


 いや、壁じゃない。巨大な氷柱だ。


 それが洞窟の一番奥で凍てるような青に輝いている。


 透き通るように深い青とわずかに薄い青。ひっそりと眠るように佇む氷柱の中に、それはあった。


 思わず目を見張って、息を呑む。氷よりも青く透き通る鱗、深すぎて黒にさえ見える巨大な翼。


 ――間違いない、俺の竜の体だ。


 静かに眠り続ける氷柱の中に閉じ込められたように、俺の竜の体は、全身を氷に包まれて静かに目を閉じている。


 閉じた瞼にも鱗にも生きた気配は感じられない。


 微動さえしない姿は、息もしていないのだろう。完全に凍らされた仮死状態だ。


「兄さん――」


 氷の中の姿を見上げて、隣にいたアーシャルが今まで怒っていたことも忘れたように、ぽつりと呼びかけた。


 その声に、思わず俺の足が前に出る。


「俺の体――」


 滑りそうな地面も忘れて、眠る俺の体に近づく。


 氷の壁に手をついて、よく知っている長い首の姿を見上げた。


 俺の体は、ただ氷の中で眠っているように穏やかだ。手から伝わる氷の冷たさの中で、まるでまどろんでいるようにさえ見える。


 それなのに、視線を下ろして、胸に開いた巨大な穴に目を見開いた。


 そして、息を呑む。


 ――心臓がない!


 胸を鱗ごと大きく抉られて、俺の竜の体には黒い深淵がぽっかりと開いている。


 けれど、普通ならはそこには赤く脈打つ命の根幹があるはずだ。勢いよく飛んだ後、何度も生きている証の動悸を感じて軽く押さえたそこは、今はただ流れた赤黒い血を凍らせたまま空ろな穴を開けている。


「なんで……!」


 ――何が、あった!?


 なぜ、俺の心臓が盗まれているんだ!?


 信じられない事態に、氷についた手を握り締めて瞳をこれ以上大きくなりようがないほど見開いた。


 動転している俺の側で、母さんは静かに腕を組んだ。困ったような表情で。そして、俺の後ろで顔色を白くしているアーシャルの様子も確かめてから、小さく息をこぼす。


「だから、隠したのよ。相手の目的はわからないけれど、お前を襲ったものは、お前の心臓を欲しがっていた。そして、多分、お前の魔力の全てを――」


「そんな! なんの目的で――」


 だが、俺が声を張り上げた時、氷の柱の奥で何かが動く気配がした。


 ――誰!?


 氷の上を歩く微かな音に、気配を感じた方向を振り返る。


 すると、暗い洞窟の中から、学校で見たあの灰色のマントを纏った相手が近づいて来るではないか。


「なっ――」


 思わず身構えた俺に、相手が意外そうな声をあげる。


「リシャール?」


 ――うん? この声。


「まさか、父さん!?」


「なんで、お前がここにいるんだ?」


 ――え!? ちょっと待て!

 

 それなのに困ったような言葉と共に、もう隠す必要もないと思ったのか、相手が灰色のマントを頭から外した。


 外したマントの下から出てきたのは、俺と同じ青が深くなった黒髪だ。


 背中まである長い黒髪が、人間ならば、三十台後半ぐらいのすらりとした姿と共に出てくる。色が白く、彫りの深い顔立ちは、間違いなく昔よく見た水竜の父さんが人型を取ったときのものだ。もっとも、薄くなってきた鱗に比例して、額がひどく広いが。


 しかし、今の問題はそこではない!


「それはこっちの台詞だ! なんで、父さんが黙って俺の学校をうろついているんだよ!?」


「なんでって――」


 少し父さんが考える素振りをした。


「お前のことだから、父兄が勝手に授業参観をしていると知ったら、怒るかと思って」


「当たり前だ! 恥ずかしい!」


 ――なんだよ、その理由!?


 まさか、そんな理由で今まで俺の前で正体を隠していたのか!?


 だけど、怒鳴ったら急に力が抜けてしまった。


「つまり――今まで、西校舎に出没していたお化けも、俺を池に突き落としたのも父さんだったというわけなんだな?」


 それに父さんが頷いている。


「ああ。お前が死導屍(しどうし)にやられた傷で全身が腐りかけていると、母さんが半狂乱で駆け込んできたから」


「ああ――あの寮で診て貰った時――」


 そういえば、水竜の父さんには清めの水などお手の物だった。だから、空から俺を待ち伏せて、一番手近にあった池を清めてつき落とし、死導屍(しどうし)の傷を浄化したということなのだろう。


「そして、西校舎のお化け騒動は、僕に内緒で、ずっと兄さんの様子をこっそり陰から見ていたからというわけなんだね?」


「おい。それだと、父さんがストーカーになるだろうが!?」


 それなのに、俺達の言葉に父さんはぷいと視線を逸らす。その仕草に俺の方が爆発した。


「言え! その調子だと、あの時だけじゃないな!? いつから、こっそり俺の授業風景を見ていやがった?」


「怒られるとわかっていて、入学したときからとか話すわけがないだろうが」


「隠すつもりなら、もう少しうまくしろ――!」


 鼻っから隠す気もありゃしない!


「うん。入学した時ということだ」


 それなのに、にっこりと笑っている父になにか恐ろしいものを感じてしまう。


「ちょっと待て。入学って、剣術学校だよな……? まさか、俺のカルムの初等学校からとか言わないよな……?」


 それなのに、父はにっこりと笑っている。


「ちょっと待て……本当に、入学したときからなのか……? まさかとは思うけれど、俺が人間として生まれてからずっと――」


 すると、口数の少ない父が更に目を細めた。


 ――まさかの、両親揃っての転生追っかけ!


 さすがに知らなかった事実に眩暈を感じてしまう。


 だけど、思わず手で目を覆ってしまった俺の頭に、ふわりと広い手が下りてくる。


 少し固い。


 だけど、懐かしい。昔、母さんに叱られた時によくしてくれた仕草だ。


「無茶を言うな。突然自分の息子が殺されかけて、魂だけで逃げたというんだ。心配するなという方が無理な話だろう?」


「父さん――」


 本当は、ずっともう竜の両親とは他人になってしまったのだと諦めていた。だから、今もこうして息子として俺を見守っていてくれたということが、嬉しすぎてすぐには信じられない。


 俺の戸惑いが伝わっているのか、何も言えない俺の頭を父さんがぽんぽんと叩いてくれた。


「それにな。毎日でも様子を見に行ってお前の無事を確認しないと、すぐに母さんがお前を攫ってきそうだったから」


「当たり前でしょう!? なんで、自分が腹を痛めて産んだかわいい息子を人間になったってだけで、渡さなきゃいけないのよ!?」


「だから、この発作を抑えるためにも、人界のお前が幸せに暮らしているか頻繁に確かめに行っていたんだ」


 ――さすが、アーシャルと同じ発想。それを長年妻と息子に持っているだけあって、対処法もよくわかっている。


「じゃあ……ずっと、見ててくれていたの……?」


 でも、突然すぎてよくわからない。まだ、竜の家族が俺を守ってくれていたなんて――


「俺は、もう父さんと母さんと血の繋がりもないのに――」


 俯いた俺の肩を父さんがぽんぽんと叩いてくれる。まるで慰めるように。


「確かに、私とお前との間には、もう血の繋がりはない。だけど、お前の魂は、間違いなく私が育てたものだ。それなら、体が変わったぐらいで、息子でない筈がないだろう――」


 ふわりと前髪を広い手で持ち上げられた。そして、泣きそうになっていた俺の瞳を覗きこまれる。


「父さん――」


 見つめてくる昔と同じ優しい瞳を信じられないように見上げる。


「血の繋がりがなくても……?」


 ――ずっと、どれだけその言葉を言ってほしかったか。


 目の奥が熱くなって来るのをこらえられない。


 けれど、目をきつく歪ませた俺の強がりをわかっているように、父さんは広い両手でそっと肩を包んでくれた。


「ああ。もしお前が人界で辛くて悲しい目に遭っているのなら、いつでも母さんを止めるのをやめて、どこかに攫って隠して育てるつもりだった」


「父さん――」


「あのお前の人間の父親になった男も、お前が生まれる前、随分と悩んでいたみたいだったからな。それも、気になってずっと見ていたんだが――」


 俺を抱きしめる父さんの言葉に、右手の薬指がぴくっと動いた。


「生まれてきたお前を見て、自分の子として育てる決意を固めたみたいだったから様子をみていたんだ。そうでなかったら、お前がこんなに悩む前に、とっくに私達の元に連れ帰っていたよ」


「父さん――」


 ――知っていた?


 俺が人間の家族との血縁で悩んでいたこと。ううん。最初からこの悩みが俺の人間の出生に関わってくるだろうと心配して、ずっと陰から見ていてくれたのだろうか。


 それなのに、滲んでくる俺の視界の後ろで、母さんがその赤銅色(あかがねいろ)の髪を振り回すと、父さんのマントを思いっきり後ろに引っ張って噛んでいる。


「だから、私が手元で育てるとしょっちゅう言っていたのにー!」


「落ち着きなさい。そんなことをしたら、折角隠れたリシャールの魂の在り処が相手にわかってしまうだろう。そうでなくても、まだ心臓を取り戻していないのに」


「うーーーーーっ」


 悔しいのか、母さんは、ぎりぎりと父さんのマントに牙をたてている。


 だけど、父さんはその間にも発火しそうな母さんの頭を優しく叩く。


「第一、アーシャルが知ったら絶対に実行するだろうが」


「そうだけど――」


 でも、納得はできないらしい。どうやら、本当に理性を働かせて二匹の火竜の暴走を止めていたのは父さんだったらしい。


「うん。事情はわかった」


 けれど、その瞬間言葉と共に後ろから凄まじい炎の殺気が迸ってきた。


 ――げっ! アーシャル!?


  お前、手のひらに、なに巨大な火炎を作り出しているんだ!?


「取りあえず、僕に黙っていた詫びに父さんも母さんも禿げろ!」


 叫んだ言葉と共に、凄まじい火炎弾が手のひらから放たれる。


「やる気!? アーシャル!? 喧嘩なら、売値の倍以上にして買うわよ?」


「馬鹿か! 僕がいつまでも母さんより弱いと思うな!?」


「ちょこざいな! いいわ、十倍にして返してあげる!」


 ――あれ?


 目の前で、今にもぶつかりそうに髪から焔をあげている二匹の火竜を見つめて、俺の額に汗が伝っていく。


「なんか……今、母さんの言葉に、ものすごく俺に似たものを感じた――」


 ――俺とは、もう血の繋がりはないはずなのに。


 すると、横で父さんが苦笑をこぼしている。


「リシャールは、小さい頃から母さんのあの言葉を真似していたからなあ」


 ――それか! 今の俺の行動原理!


 思わず驚いて父さんを振り返る。


 そして、ぷっと吹き出してしまった。


 ――なんだ、そうか。血が繋がっていなくても、確かに受け継いでいるものがあるじゃないか。


 嬉しい。


 笑みを刻みながら、目の前で戦闘寸前の二匹の火竜を見つめる。


 両方の腕を組み手のように組み合わせている二匹は、昔の幼い頃と少しも変わっていない。


 そこに自分がいるのが嬉しい。


 俺と竜の家族は切れていない。


 ――そして、きっと血が繋がっているかわからない今の人間の父さんとも――


 けれど、目の前では、アーシャルと母さんの姿が、間もなく竜体に戻りそうに輪郭が歪んできている。今にも戦闘が始まりそうな光景に、隣から父さんが穏やかに話しかけた。


「お前達。戦うのはかまわないが、ここですると確実に氷が解けて、リシャールの体が死ぬぞ?」


 アーシャルと母さんの動きがひたっと止まった。止まった動きに父さんが手を伸ばすと、すかさず、二人の頭を撫でて火竜を沈静させる水竜の気を頭から流している。


 ――さすが父さん! 火竜の沈静ってこうやるのか!


 さすがにこの絶妙なタイミングを真似できるかはわからない。かなりな年の功を感じるからだ。


 ――でも……


 ふて腐れながら、父さんの手を払って歩いてくるアーシャルに俺は手を伸ばした。


 ――いつか、必ず使えるようになってやろう。それがこいつを傷つけずに、暴走を止めるたった一つの方法なんだから。


 笑いながら、俺はアーシャルにずっと口に出せない大好きだよという思いをこめて、精一杯手を握り締めた。


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