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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第十話 竜の体
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(2)それが正体か!?

 

 寮の中の階段を駆け上がり、自分の部屋の扉を閉めると俺は荒い息をついた。


「まったく――!」


 いったいいつまでこの問題に悩まされるんだろう。


 ――俺の人間の体の父親。


 わからない。


 俺が信じてきたカルムの街の暖かい父さんの記憶と、突然父親と名乗ってくる男――


 どちらを信じていいのかすらわからなくなる。


 ――今は、考えたくさえないのに!


 ぎゅっと目の前の現実を見たくないように目を閉じた。


 ――わかっている。いつまでも逃げているわけにはいかないことは。


 カルムの父さんだって、俺の様子がおかしいことに気がつき始めている。


 ――何もなかったですむ筈がないのに!


 それなのに、万が一にでもこの体の父親が違って、育ってきた年月の間カルムの父さんに息子ではないと思われていたのかと思うと、怖くて堪らなくなるんた!


「サリフォンの奴――いい加減諦めてくれないかな……」


 溜息と共に、ぽつりと呟くと、横からアーシャルがぽんと俺の肩に手を置いてくれた。


「諦めさせる方法ならあるけれど?」


 その声に横を見ると、手の中にばちばちと輝く昇焔球を作り出している。


「ちょっと待て! お前、だからってすぐに虐殺方向に走るな!?」


「えー。一番後腐れがなく一瞬で片がつくのに」


「一瞬すぎる! 頼むから、悩ませて!」


「えー。兄さんが僕以外で悩むなんて、面白くないー」


「わかった! 悩まない! だから、な?」


 お願いだから、すぐに大量虐殺を企むな!


「でも、僕以外の誰かが兄さんの弟の座を狙っているなんて面白くないよね」


「そうかもだけど! 俺の一番大切な弟はお前だから! な、前世だけでなく今生でも弟になれるなんて深い絆はほかにはないぞ? だから、ぜひユリカを幸せにしてやってくれ!」


「うーん」


 必死で言い募る俺に、アーシャルがこくんと首をかしげた。


「まあ、そうなんたけどね?」


 ――おっ。どうやら効いたらしい。


 なんだか、ひどく嬉しそうに昇焔球をしまうと、えへへと笑っている。


「やっぱり、兄さんが一番大切なのは僕なんだー」


 ――あ、その言葉が嬉しかったのか。


 ひどくにこにことして、楽しそうにベットに腰かけている。そして、枕を満面の笑みで抱きしめている姿は、どう見てもさっきまでの凶暴な姿と同一だとは思えない。


 ――うーん。こいつの性質もとことん竜だよなあ……


 賢いくせに、過激で凶暴で。


 でも、こんな風に甘えてくるのは兄の俺だけだ。


 ――本当に、こいつが側にいてくれてよかった。


「うん。だから自分を大切にしてくれ」


 大量虐殺を企んでも、どれだけ非常識でも、俺にとっては、大切な弟なのだから。


 ――幸せに生きていって欲しい。そのために、俺の側にいることが必要なら、俺もできる限り応えてやるからさ。


 微笑んで、アーシャルの髪をわしゃわしゃと撫でると、嬉しそうにアーシャルが瞳を細めた。


 その時、こんこんと扉を叩く音が聞こえた。


「はい?」


 少し警戒して、返事をする。


 すると、すぐに扉の向こうから明るい声が返ってくる。


「リトム、アーシャルもいるかしら? 昨日の卒業生対抗戦が見事だったので、お祝いを持って来たのよ」


 女将の声だ。


 それに、俺は一瞬アーシャルを振り返った。アーシャルもこのタイミングでの女将の来訪に、不審を感じたのか眉を寄せている。


 けれど、開けないわけにもいかない。


 覚悟を決めると、俺は扉に近寄り、使い古された取っ手を握って開いた。


「はい?」


 つい、無愛想になってしまう。まあ、それで女将が俺に近づかなくなれば、この人の正体が胡散臭くても、安全な人だとわかるから良しとしよう。


 扉を開いた向こうで、女将は二着の服を抱えていた。


「こんにちは、リトム! 昨日はすごかったわね! だから、急遽二人の勝利のお祝いに冬物の上着を縫ってきたのよ!」


 腕に抱えた厚手の上着は、袖に刺繍も施された見事なものだ。生地も青と臙脂のビロード地で作られていて、一見すると貴族が身につけてもおかしくないほど豪華だ。


「こんな高価そうな服――お祝いというには、あまりにも」


 ためらう俺を振り切るように女将は、部屋の中へその長身をどんどん進めると、アーシャルが座るベットに上にそれをどさっと置いた。明らかに音がしたほど丈夫な生地に、横でアーシャルが目をぱちっと開いている。


「あら、いいのよ。だって、これはお祝いですもの」


 置いたと思うと、もうその臙脂の服を手にとっている。そして側に座るアーシャルの肩にあわせた。


「ああ、やっぱりサイズはこの前ので大丈夫ね! 成長期だから、どうかなと心配だったんだけど」


 るんと鼻歌を歌いそうな勢いで、目をぱちぱちとさせているアーシャルに笑いかけた。


 そして、もう一枚の青い上着を持つと、俺の後ろに近づく。


「リトムのは、前に測ったのより大きめに作ってみたのよーさすがに背が伸びたみたいだったし、これからまだまだ大きくなるでしょうしね」


 笑いながら、俺の肩にその上着を当ててくる。ビロードの青い服は、しっかりとしているのに柔らかくて、まるで小動物の背中のように優しい。


「ありがとう――ございます」


 だから、俺はどんな顔をしたらいいのかわからなくて、お礼を言った。


 その前で、女将はにこにこと笑っている。


「あら、いいのよ。去年に続いて今年の卒業生対抗戦に出ただけでも鼻が高いのに、ゴーレムを一刀両断にするなんて! もう、リトムが戦っている間中、応援で声が枯れるかと思ったわ!」


「それは、あのやられたらやり返せの理論の?」


「もちろん! やられたら倍返しは当たり前よ! だからリトムが相手の口に剣を突きつけた時はぞくぞくとしたわ!」


 ――いや、そんなところではしゃがれても……


 それなのに、女将は思い出して興奮したように、まだ赤い顔で叫んでいる。


「それにアーシャルの剣を発動させたときの相手のあの顔。もうそれだけでもリトムの成長した格好良さに惚れ惚れとしたのに、まさかリシャールの魔力まで使えるようになっていたなんて――ああ、もう何度思い出しても興奮がとまらない!」


 ――うん?


 今の言葉に、俺の眉が寄せられた。


「俺は、俺が竜の時の名前は、人間になってから誰にも話していない筈だが?」


 ――いや、セニシェには話したけれど。今ここでそれを言えば、間違いなく彼女が焼き殺されるから数に入れておかないほうが無難だろう。


 しかし、それに女将の動作が止まった。


 俺の言葉に、今まで呆気に取られていたアーシャルもはっと立ち上がっている。


 そして、じっと動かなくなった女将の顔を見つめた。


「おかしいおかしいと思っていたけれど――まさか」


 次の瞬間、アーシャルの手が魔力をまとって振り上げられた。それが女将の側に届くと、まるで見えない何かの膜を掴むようにして勢いよく引き剥がす。


「やっぱり! 母さんじゃないか!」


 アーシャルが強引に剥ぎ取った魔力の下から、赤銅(あかがね)色の髪が長い巻き毛になってこぼれ落ちる。その横で、女将はしまったという顔で、金に近い赤い目を細めた。


「え? ええっ!? 母さん!?」


 ――なんで、竜の母さんがこんなところに!


 だけど、アーシャルに無理矢理剥ぎ取られた魔力の下から出てきた面差しは、間違いなく竜の母さんが人型を取った時の良く知ったものだ。


「ああーばれちゃった」


 悪びれずに、母さんはばさりと長い赤銅(あかがね)色の髪をかきあげた。


「兄さんの魂の居場所を知っていたのなら、なんで僕に教えてくれなかったんだよ!?」


「だってお前のことだから、絶対に赤ん坊のリシャールを攫ってくると思って」


「当たり前だろう!? 何で、兄さんをほかの奴に渡さないといけないんだ!?」


「うん。だと思ったのよ。その瞬間から、お前は赤ん坊を攫った竜として討伐隊を組まれるから、絶対に知らせないことにしたのよ」


 ――さすが、母さん! よく、アーシャルの発想をわかっている!


 だけど、突然の親子体面にどうしたらいいのかわからない。


「母さん……」


 呆然と見つめる俺に、母さんは優しく微笑むと、昔と同じように俺の額に自分の額をくっつける。


「またそう呼んでもらえて嬉しいわ。リシャールが私に笑いかけてくれる度に、何度このまま攫っていこうと思ったか」


 ――うん。やっぱりアーシャルと同じ発想だ。


 違うのは、年の功で少しだけ常識が働いているところだろう。


「母さんが……ずっと、俺の側にいてくれたのか……?」


 だけど、まだそれが信じられない。


 だって、竜の家族とは、血の繋がりがなくなったことで、もうすっかり他人になってしまったのだと、自分に諦めさせていたのだから。


 だが、ふわりと母さんの手が俺を包んだ。その香りは、昔と同じで焔のように温かな気に満ちている。


「当たり前でしょう? ずっと心配で見ていたんだから――」


「じゃあ、やっぱり俺の竜の体を、母さんが預かってくれた時から……」


  あの時から、ずっと心配して行商人のふりをして、側で俺を見守っていてくれたのだろうか?


「ええ、もちろんずっと見ていたわよ? 当たり前じゃない。大切な私の子供だもの――」


 竜の時代によく聞いたその最後の言葉が、耳にくすぐったい。


 けれど、それにアーシャルがはっと顔色を変えた。


「そうだ! 兄さんの竜の体! それを母さんは知っているんだろう!?」


 まだ怒りが収まらないらしい。そりゃあそうだろう。何しろ、ずっと俺の行方を心配していたのに、家族に秘密にされていたんだから、こいつにしたら怒らない筈がない。


 けれど、それに母さんは俺を抱いていた手をそっと肩から外した。


「ええ、知っているわよ。――見てみる?」


 瞳を覗きこむようにして静かに告げられた言葉に、俺は一も二もなく頷いた。


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