(7)卑怯は俺の領分で、やられるのは御免だ!
俺の前でゴーレムは、その高い背で視界のほとんどを遮っている。当たり前だ。
まさかこんな狭い闘技場で、ゴーレムを持ち出すとは思わなかった。
――さて、どうする?
俺とジョルデの間には、さっきゴーレムが振り上げた拳で、深い亀裂ができている。
その溝を越えない限り、俺の剣ではジョルデを直接攻撃はできない。
ちらっとその亀裂の端を見つめた。中央は広いが、観客席の方に近づくにつれて、だんだんと狭くなっている。
それでも、壁すれすれまで行かないと無理か。
――むしろ、これだけ地割れを起こして観客席が無事だったのが奇跡だ。
その視線の先に、ユリカの前に立ち、観客席を守るように立っているナディリオンの姿を見つけて、ほっとした。
――つまり、わかる限りでは同じ土系の力でも、竜のナディリオンよりは下というわけだ。
見ていた次の瞬間、その俺の上に大きな黒い影が落ちてきた。
「兄さん!」
その叫びに、咄嗟に体を影の範囲から後ろにそらした。
その俺の前で、ゴーレムの手が地響きをあげながら、地面にめりこんでいく。それと同時に地面がひび割れた。
――おい、容赦ないな!
目の前のさっきまで俺がいたところが、完全にめり込んで裂けているじゃないか!
「お前、俺を殺す気か!?」
「去年、俺の頚動脈に剣をつきつけてくれたのは誰だった?」
「俺だよ!」
くそっ! やっぱりしつこく根にもってやがる!
だけど、その間にもゴーレムはまた手を振り上げると、今俺のいたところに拳を振り下ろしてくる。
――早い!
マームのダンジョンのゴーレムよりは、小柄だが、その分小回りがきいて、次の動作に速く移っていく。
それが俺が体をかわした先に、どしんどしんと下ろされて、次々逃げ場を奪われていく。
――くそっ! こんなのをどうやって倒せというんだ!?
俺がもっているのは、剣一本。ダンジョンの時は、アーシャルがゴーレムを引きつけておいてくれたから、その間にゴーレムを動かす紋章を探せたが――
――そうだ! 紋章!
同じゴーレムなら、必ずそれがどこかにある筈だ! それさえ、傷つけて消すことができれば、この土人形を無力化することができる!
――どこだ!?
俺は、狭い闘技場の中で振り下ろされるゴーレムの腕を交わしながら、必死に目を凝らした。
だが、その間にも相手の腕は、地響きと共に連打で下ろされてきて、とてもゴーレムの本体に近づけない。
――くそっ!
「ほらほら、今度こそ逃げ場がないぞ!」
その悪人面の高笑いはやめろ!
それを俺がやるのは大好きだが、人にやられているのを見ると、無性に腹が立つんだよ!
「くっ!」
だが、どんと土埃を高く上げながら下ろされた腕を避けた途端、背中に煉瓦の壁が当たった。
「兄さん!」
――しまった! 闘技場の端まで来ていた!
その俺の前に、素早く次のゴーレムの手が、遠くのジョルデの杖と共に振り下ろされてくる。
「くそっ!」
もぐら叩きじゃないんだぞ!
そう心で悪態をつきながら、壁に沿って走った。けれど、その後ろから俺を叩き潰そうと、ゴーレムの巨大な石でできた茶色の指が降りてくる。
その直後、俺のすぐ後ろで大きな音と砂埃があがった。
それと同時に、上の観客席で、女性の悲鳴が聞こえる。
だけど、それに振り返る暇もない。
「くそったれ!」
とにかく、なんとかジョルデに近づかないと――
だけど、それには、あの亀裂をなんとかしなければ!
俺は、壁の周りを走りながら、広い亀裂の向こうにいるジョルデを見つめた。だが、それはとてもこのまま走って飛び越えられる幅ではない。そうでなくても、今の連打で、闘技場はあちこちが窪んで、縦横無尽に裂け目が走っている。
――どうする? 壁にとりついて、向こうまでよじ登るか?
汗を滲ませながら、必死に考えた。だけど、それは壁の上に指がついた時点で、失格にとられてしまうだろう。かといって、ゆっくりと壁の割れ目を探して進むだけの時間もない!
その瞬間、上からゴーレムの指が俺に近づいて来た。
「くそっ!」
目一杯剣を振り上げて、その指の一番細い関節に向かって叩きつける。
だが、俺が切りつけたところは、わずかに剣先にそって砂がこぼれただけで、当然切れる筈もない。
――無理だ!
直感で、すぐに剣をそのまま斜めに振り下ろした。
そのおかげで、剣が受け止める力はそのまま流れて、俺の側の地面ぎりぎりにその指の落とす方向を逸らせる。
足から地響きが伝わってきた。ずずんという鈍い音と共に、舞い上がった砂が煙たい。
しかし、その灰色の砂埃の向こうで、当のジョルデは杖を持ったまま、余裕で笑っている。
「くそっ!」
――駄目だ! このままじゃあ――
なんとか、あいつを倒さないと!
だけど、あの亀裂を超えれるだけの物が何もない!
――なにか、あの亀裂を越えられるものはないか!?
必死に周りを見回す。だが、もちろん闘技場の地面には棒も紐も何も落ちているはずがない。あるとすれば、俺とジョルデとそのゴーレムだけだ!
はあ、と腕で頬をこすり、粗く息をついた。
そして、地面についた指に俺を逃がしたことに気がついたゴーレムが、こちらにぎぎぎと石の四角い顔を向けてくるのを、必死で息を整えながら見あげる。
――うん?
そこで、俺は腕に唇を当てながら、目を見開いた。
――あるじゃないか! そこに最高のはしごになりそうなものが!
俺は、そのままじっとその闘技場より高いゴーレムの姿に目を輝かせた。そして、にやっと笑うと、剣を構えなおす。
――よし! この手しかない!
そう決意すると、俺は体をゴーレムへと向けた。