(5)竜の力
「さあ、手を出して?」
言われた言葉に俺は、一度重ねて少し浮かせてしまった手をもう一度、ナディリオンの手のひらに重ねた。
広い手だ。それに、男の手にしては白くて指も細い。
多分、きれいな手なのだと思うけれど……
――正直、これだけはなんとかならんか!?
触れて、相手の指に握り返された瞬間に、背筋を駆け抜けたぞわりとした感覚に、思わず心で叫んでしまう。
「大丈夫、力を抜いて」
笑いながら言われても、手を握っている相手の背後に見える岩の塊に緊張が解けないんですが……
――え? なに、これ? 命の危険を前にして無の境地に達する修行?
そんな悟りを開くような依頼をした覚えはないんだが。
だけどそう引き攣っている間にも、重ねた手から、明らかに意識の違う魔力が流れ込んでくる。
背筋に寒気を走らせ、まるで手から腕の骨を探られているかのようだ。
「悪いね。君の魂に眠っている魔力を開くために、かなり深く潜るよ」
取りあえず耳元で囁くのはやめろ!
心で叫んだが、手の重なったところから伝わってくる感覚は、まるでナディリオンの腕を、骨にそって中へと入れられ、体の隅々までも探られているかのようだ。
ぞわりと伝わっていく感触が、骨や内臓を舐め回すかのようで、気持ちが悪い。まるでその一つ一つを探して、体の中に隠れている魂のありかを捜しているかのように。
たとえるなら、体内で蛇がのたうつような感覚――おぞましくて、吐き気がしてくる。
――嫌だ! 俺に入るな!
凄まじいまでの嫌悪感が湧き上がってきた。
「大丈夫、苦しいのは最初だけだから。すぐに慣れて気持ちよくなってくるからね?」
――そして相変わらず、このセクハラ紛いの発言はなんとかならんのか!?
「力を抜いて――」
――抜いてと言われても、やっぱりセクハラにしか聞こえん!
だが、その瞬間、心臓の近くにひやりとした感覚を感じた。
「あ――」
目を大きく開く。俺の芯にある縁をなにかに触られたような気がした。
――嫌だ、俺の中にまで入ってくるな!
その瞬間、全身で手を振りほどこうともがく。強烈に肌が粟立つ。こみあげて来る嫌悪が押さえられない。まるで、蛇に隠れ家を取り囲まれてしまったかのような恐怖で、冷や汗が滲み出てくる。
「嫌だ! 嫌、離せ――! いや、離してくれ!」
「リトム君?」
隠れている何かを引き出そうとされている――本能でそう感じた瞬間、今も強く握られたままの手を振りほどこうと、がむしゃらに全身で暴れていた。
だけどふりほどけない手の苦痛に、薄く瞼を開く。
その瞬間、俺の開いた目に映ったのは、まさに今自分に降り注ごうとしているナディリオンの岩の群れだった。無骨な塊がナディリオンの後ろから飛来し、まるで流星の雨のように大量に俺へと襲ってくるではないか。
「あっう!」
がっと当たって肩に食い込んでくる。
肩だけじゃない。腕も腹も、全身がその拳大の岩の雨に打たれ続ける。
叫びを上げながら、咄嗟に、ナディリオンに掴まれていない左手で防御をしたが、辛うじて守れたのは頭だけだ。
容赦なく体に叩きつけられていく勢いに、気がついた時には、俺は鋭い痛みと共にそこから吹き飛ばされていた。そのまま、敷かれた絨毯の上を転がっていく。
「兄さん!?」
「大丈夫かい!?」
薄く開いた眼差しの中で、慌てたアーシャルとナディリオンが急いで駆け寄って来る。心配そうな姿に、俺は急いで体を起こした。
「大丈夫だ……!」
だけど、痛い。魔力どころか、全身で逃げようとしてしまった。
「初めてだからね、拒否感が強かったのかもしれない」
気遣いながらナディリオンが覗き込んで来てくれるが、今はそんな時間さえ勿体ない。
「いえ、大丈夫です! 今度こそ――だからお願いします!」
俺が竜の力を取戻さないと、アーシャルを守ることができない!
それにもうわけのわからない相手に翻弄されるのはたくさんなんだ。
声をあげた俺の気魄が伝わったのか。側に屈みこんで俺を見ていたナディリオンが、一つ大きく頷いた。
「わかった。じゃあ、続けるよ?」
もちろんだと、俺は痛みを我慢しながら大きく頷き返した。