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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第六話 三角家族! ただいま複雑中!
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(5)教えてくれよ、わからないんだ!

 

 暗い闇の中に、赤い髪がまるで光を放つようにアーシャルが立っている。


「兄さん……」


 その顔は、少しだけ困惑している。


 ――お前、本当にこの屋敷を焼きに来たのか。


 馬鹿だなあ、どうして俺がいなくなると、そんなに心細そうな顔をしているんだよ?


 見つかって怒られるかもと少ししゅんとしているその姿に、俺は無意識に手を伸ばしていた。


 そのまま玄関の階段を駆け下りる。


「アーシャル!」


 自分でも信じられないほどの絶叫だった。


 飛び込んだ胸が温かくて優しい。


「兄さん!?」


「頼む! 今すぐ俺をここから連れて行ってくれ!」


「え? 連れて行くってどこに?」


 アーシャルが、縋りつく俺の体を支えて、目をぱちぱちとしているのがわかる。だけど、俺はその体の温もりに全力で縋りついていた。


 ――今はこれしか信じられるものがない!


「カルムの街だ!」


 誰の言うことが本当で、何を信じたらいいのか全てがわからない。


 自分の家族さえ!


 その中で、今俺の腕の中にいる竜の弟だけが、一緒にこの世に生まれた無条件に信じられるものだった。


「兄さん……」


 アーシャルはそんな俺の腕から外套を取ると、ふわりとそれを頭からかけてくれた。


「うん。少し寒いから僕によく掴まってね」


 まるであやすようにそう言うと、俺を抱えたまま足がふわりと地上から浮き上がる。


「え?」


 驚いて下を見ると、石造りの将軍家の玄関から追って来たオースティン将軍やサリフォンの姿はどんどん遠くへ離れていく。闇の中の屋根を越え、俺を抱えた姿勢のまま、アーシャルの体は高い星空へと急速に近づいていった。


 並んだ貴族の館も遠くなり、まるで都自体が一つの宝石箱のようだ。


「これだけ遠ざかれば大丈夫かな」


 そう言うと、急に俺を抱えたアーシャルの姿が変化した。


 胸の前で僅かに手を動かすと、今まで人型を取っていた体の輪郭が急速に緩んで、赤黒い髪が広がっていく。それが体の輪郭を覆うと、鱗になって全身を包んだ。それと同時に、今まで白かった肌にも赤い鱗が浮き上がり、背に巨大な翼が翻る。


 ばさりと、それが凄まじい勢いで夜の空気に羽ばたいた。


「この高さなら竜の姿に戻っても大丈夫だからね。カルムぐらいすぐに着くよ」


 そう俺を両手に抱いたまま、凄まじい速さで夜の星空をつききり始める。


 息をするのも苦しいほどの速さだ。


 それでも、俺は包んでくれる竜の両手に泣きたい気持ちになった。


「ごめんな、アーシャル」


 こんな風に人間の家族で悩む俺をお前に見せたくなかったのに――。だが、今この弟がいなければ、きっと俺の心は壊れていただろう。


「僕は兄さんの願いならなんでもきいてあげるよ」


 ――嘘つけ。


 夜中に蹴るなと何度言っても治らないくせにと、俺は少し笑ったが、今はアーシャルのその軽口が救いだ。


 竜の翼は速い。


 本当に、あっという間に、星空をつききり、雲に覆われたカルムの街の上空に着いた。


 分厚い雲が、まるで泣く様に立ち込めている。その王都に比べると、まるで小さなおもちゃ箱のような明かりのカルムの街に、今度は人間の姿になってアーシャルが下りると、俺もその手に抱えられて一緒に降りた。


 そのまま走って、裏通りにあるニッシェおばばの小さな店を目指す。


 店は、いつもと同じように木賃宿と酒場の喧騒の奥にあった。酔っ払いが歌う道を走って、その店の扉に辿りつくと、思い切り開ける。


「セニシェ!」


 突然乱暴に開けられた扉に、中でセニシェが大きな紫色の瞳を見開いていた。


 その両指には幾つもの絆創膏が貼られている。また薬の調合を間違えたのだろうか?


 だけど、俺はそれにかまわずに 走り寄ると、奥の薬棚の側にいるセニシェに縋りつくようにその肩を掴んだ。


「水竜!?」


 それにセニシェが、紫水晶の瞳を今にもこぼれそうなほど大きく見開いている。


「頼む! 教えてくれ! 俺のこの体の父親は誰だ!?」


「水竜!?」


「俺を母さんの腹に入れた時、もう体はあったのか!? それとも、それより後か!?」


 ――頼む。違うと言ってくれ……


 俺の魂が入った時には、まだ体ができる要素などなかったのだと。


 そうしたら、ひょっとしたら早産で予定日より少し早く生まれたのだと思いこむこともできるのに!


 だけど、俺の震えている肩をそっと優しく抱いたセニシェの声は、ただ困惑に満ちていた。


「ごめんなさい……私にはわからないわ。ただ――あの夜のあなたのお母さんに、命を宿すオーラが見えたというだけで……」


 ――それは、どちらの子供かわからないということだ。


 俺は、セニシェの細い体に縋りつきながら、返された言葉に暗く瞳を動かした。


「ひょっとしたら、私が水竜の魂を入れたことで、できやすくはなったかもしれないわ。でも彼女の纏うオーラそのものに命を宿す気配があったから、貴方を入れたのよ……」


「わかった……」


 ゆっくりと彼女の肩から頭をあげる。それに彼女の白い手が、心配そうに俺を追いかけた。


「水竜?」


「変なことを言って悪かった。人間に入れろと無理矢理頼んだのは俺なのに――」


「え!? ちょっと待ってよ!? 水竜が素直に謝るなんて一体何があったのよ!?」


 立ち上がる俺に、彼女の白い腕が座ったまま伸ばされる。普段なら、俺をどういう目で見ているんだと問いただすところだが、今日はその元気もない。


「行こう」


 俺は、扉に戻ると、そこでセニシェを上から睨みつけるように見つめているアーシャルを促して、外へと出た。


「水竜!?」


 セニシェの声が聞こえてくるが、足を止めて事情を話す気にもなれない。ただ、古ぼけた板を何枚も張り合わせてできた扉をばたんと閉めた。



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