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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第六話 三角家族! ただいま複雑中!
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(2)どうしよう!?

 

 目の前には、ずっと雨が降り続けている。


 さっきよりもひどい。


 まるで俺の心を映したように、全てをその水のベールの中に包み込んで、全ての光景の輪郭を朧にしている。闇の影が急速に迫ってくる道をどう歩いて、寮にまで帰ってきたのかもわからない。


 気がつけば、俺は寮の階段を駆け上って、自分の部屋の扉を開いていた。


 古い木の扉が、ばたんと俺の後ろで震えながら閉まっている。


 ――嘘だ!


 何かの間違いに決まっている!


「兄さん!?」


 それなのに、暖炉に灯した火を見つめていたアーシャルが、駆け込んだ音に困惑した様子でさっき喧嘩していた俺を振り返り、一目こちらを見るなり顔色を変えた。


「どうしたの!? ひどい顔色だよ!?」


 そう言うと、慌てて俺の側に駆け寄るのを、俺はまだ扉に凭れたまま歯を食いしばって見つめていた。


「さっき、僕と喧嘩したから、帰りにくいのかなと思っていたんだけど――」


 そう迷う顔で、答えない俺の為に、側の箪笥から体を拭く布を取ってきてくれる。


 それを頭にかけられて、やっと俺はここが自分の部屋だということに気がついた。


「アーシャル……」


「早く体を拭かないと。いくら兄さんが水竜でも、今の体は人間なんだし」


 そう言いながら、俺の黒髪から落ちる冷たい雫をその布でごしごしと拭き出す。


 ――人間。


 その言葉に、俺の脳裏に今まで家族と信じてきたカルムの街の肉親の面影が甦ってきた。


「兄さん?」


 それなのに、今はその面影が全て黒い渦の中へと飲まれていく。


 ――ずっと信じてきたのに!


 俺だけが、あの中では本当は違ったかもしれないなんて!


「どうしたの? 本当に変だよ?」


 そう言うアーシャルはひどく弱っているようだ。さっきの喧嘩が原因かと迷っているようだが、俺は自分の前髪を拭いているその手を咄嗟に握ると、それに縋るように叫んだ。


「どうしよう!? アーシャル、俺――俺だけが、ひょっとしたら違うかもしれない!」


「え?」


 それにアーシャルは何のことかわからないように首をかしげている。


「俺だけが、人間の家族じゃないかもしれない! この体の父親だけ違うかもしれないなんて――!」


 そんなことは一度も考えたことがなかった。


 ずっと小さい頃から、父さんに抱かれて眠ったし、店が忙しい時は、寂しそうな俺に椅子を用意して、父さんがこれから縫う靴の横で、残った皮の切れ端で小さなパズルを作ってくれた。


「リトムは父さんの側にいるのが好きだなあー」


 いつまでも寝ようとしない俺に、そう苦笑をこぼしながら、父さんが頭を撫でてくれていたのに!


 あの笑顔の全てが、嘘かもしれないなんて――


 ――そんなこと信じたくない!


「待って、兄さん!? 何があったの!?」


 本来なら、人間の家族のことをアーシャルに相談するなんて間違っているとわかっている。こんなこと相談されたって、こいつだって困るっていうことも――


 それなのに、この混乱した頭が、どうしてもアーシャルを縋ってしまう!


 俺のもう一つの家族で、産まれる前から一緒だった疑いようのない存在に!


 俺より少し低いその肩に縋りつくようにもたれながら、俺はまだ渦を巻いている頭の中から必死に言葉を絞り出した。


「俺の人間のこの体――サリフォンの親父が奴隷の娘に産ませた体だって……」


 ――それなのに、頭の中では今までの奇妙な符号が合っていくのに、目を歪めてしまう。


 だから、あいつは俺が奴隷の子供だと知っていた!


 母が逃亡した奴隷だということも!


 そして、あいつが、俺に最初から絡みついてきたことも、全てが一つの糸で繋がっていく。


 だが、その突きつけられる事実に心が追いつかない!


「サリフォンがそう言ったの?」


 アーシャルの声にも驚きが混じっているが、俺はその肩口に顔を埋めることしかできなかった。


「ああ……死導屍(しどうし)に襲われていたから助けたら、俺を兄だって……」


「死導屍?」


 そうアーシャルが眉を寄せたような声をあげる。だけど、俺はそれに目をやることもできない。


「どうしよう!? アーシャル!? もし、俺だけが本当に父さんの子供じゃなかったら――」


 我が侭ばかりの、血さえ繋がらない子供を、父さんはどんな思いで見つめ続けていたのか。


 そして、母さんは、幸せになろうとした矢先に宿ったかつての奴隷時代の鎖の名残である俺を、この十六年どんな思いで見つめていたのか――


「兄さん……」


 小さく肩を震わせ続ける俺を、アーシャルはただ強くぎゅっと抱きしめてくれた。



 次の日、俺は外の練習場で切り結びの授業を受けながら、離れた後ろにいるサリフォンのことが気になっていた。


 腰までの低い黄色い石の壁に囲まれた練習場では、それぞれが剣を持ち、切り結びの姿勢によってできる体の隙を狙う訓練をしている。その生徒の後ろからティーラー先生が回り、戦っている生徒に長い杖で容赦なくできる隙を叩いて回っている。


「防御がまだ甘い者がいるぞ! そんなんじゃあ、今度の卒業生対抗試合で魔術学校に狙われるからな!」


「だからって、しごきすきだ」


 とは、俺と剣を交えているコルギーの苦い呟きだ。


「もう、二時間もずっと休みなしじゃないか」


 そう呟いているのはわかるが、俺はどうしても身が入らない。いつもならコルギーにもっと早くに勝てるのに、今日はいつまでたっても勝負がつかずに打ち込み続ける俺に、コルギーが僅かに眉を寄せている。


「おい、リトム。今日調子が悪いぞ?」


 俺の剣を受け止めなから、コルギーがそう耳打ちをしてくるが、とても軽口で返せる気がしない。


「すまん。ちょっと寝ぼけてベットから落ちて打ってな……」


 適当に心配をかけない理由を言ったつもりなのに、コルギーは大きく驚くと体をのけぞらせている。


「やっぱり頭をか!?」


「それは、俺の今の言動がおかしいと言いたいのか!?」


「だって、お前がそんな普通の理由で痛いなんてありえないだろう!? それともどこか余程打ち所が悪かったのか!?」


 ――あのな!


「お前はいつも俺をなんだと思っているんだ!?」


「そんなの決まっている! 殺しても死なない暗黒の破壊神! 絶えず人柱を捧げないと暴れ出す復讐の悪鬼だろうが!?」


「よし、わかった! 今日の人柱はお前に決定な!」


 思わず本気で腹に打ち込むと、俺の殺気を察知してぎりぎりでかわしている。


「ひええーあぶない。お前、本当に親友でも遠慮がないな」


「それはお前の軽口だろうが!」


 そう叫んだ時に、授業の終了を告げる鐘の音が、青い空を背にした本校舎の塔から流れた。


「あ」


 俺とコルギーがその聞こえて来る鐘の音に振り返ると、同じように周りの生徒が終わったーと叫びながら、汗だらけの顔を拭っている。


「兄さん」


 離れたところで、ラセレトと剣の基本の型をやっていたアーシャルの声に、俺はまだ終わらせていなかった喧嘩に、コルギーの首を絞め続けながら振り返った。


「アーシャル」


 仕方なく手を離した横で、ごほごほと咳き込んでいる音が聞こえる。


「これで今日の授業は終わりだけど、寮に帰る?」


「ああ。コルギーは?」


「俺は、ここの後片付けを先生に頼まれているから」


 そう練習場の鍵をポケットから取り出すと、右手にひらひらとさせている。


「そうか。それなら先に寮に帰っているぞ?」


 正直、ここにいてサリフォンに掴まりたくない。


 昨日の話は嘘だった――そう言ってくれれば、どれだけ気分が楽になるだろう。


 今日の授業中も何か言ってこないかとずっとひやひやして、遠くにいる姿を盗み見していたのだが、実技以外ではアーシャルがずっと俺の側に離れずにいてくれたせいか、昨日のことは何も言ってこなかった。


 もう、こんな針を呑んでいるような思いはごめんだ。


 一刻も早く寮に帰ろうと練習場の短い階段に向かい、その坂の上にある出口に向かおうとした時だった。


「リトム」


 俺が階段を上りきるより早くに、サリフォンの声がしたかと思うと、前の壁にどんと右手をつかれる。


 いつの間に近づいていたんだ。


 俺が嫌そうに睨みつけるのに、それなのにサリフォンはその緑の瞳で、じっと俺を上から見つめている。


「昨日の夜、父にお前に話したことを手紙で知らせた」


「なっ――!」


 さすがにあまりのことに目を見開いてしまう。


「今朝一番で返事が来た。父がお前に会って話したいそうだ」


 その瞬間、横からアーシャルが、サリフォンの俺の方へ出したもう片手を大きくはたいた。そしてまるでサリフォンから守るように、俺の前に出る。


「これは僕の兄さんだ! それを変なことを言って惑わすな!」


「お前の兄さん? ふん、僕の調べたリトムの身上調査書には、弟の記述など単語さえなかったが。お前、本当にリトムの血の繋がった弟か?」


「なっ――!」


 それに、アーシャルが顔色を変えた。


 その隙に、サリフォンが俺の前で向き直るとぐいっと襟首を掴んでくる。


「今日の夕方五時。父の屋敷から迎えの馬車が来る。僕はもう覚悟を決めたから、お前もさっさと決めろ」


 そう言うと、いつもの嫌味な笑顔を残して俺から手を外した。


 だけど俺は、その顔を見上げたまま身じろぐことも怖いように、その場から動くことができなかった。


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