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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第五話 勃発! 兄弟喧嘩!
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(7)誤解も終了 

 

 突然目の前にいたナディリオンに、慌てて周りを見回すと、俺が寝かせられているのは、どうやら学校の職員用部屋の一つのようだった。


 ほかの教授達の部屋とよく似た薄い緑の壁で周囲を覆われ、端を美しい金の蔦飾りで装飾されている。天井はいくつもの白い菱形の石を組み合わせて作られ、剣術学校らしく華美ではないが、貴族の子弟の師匠に相応しいだけの品を備えている。


 ――ってことは、ここはこいつの部屋か!


 しくじった!


 よりによって、こいつの側で気を失うとは。焦っているのに、ナディリオンは、そんな俺にくすっと笑うとベッドの側から立ち上がっていく。


「申し訳ないね、急に倒れたから勝手に診させてもらったよ」


 ――やっぱり!


 あの背筋に怖気が走るような夢は、お前のせいか!


 咄嗟にそう思ったのに、ナディリオンは側にある孔雀石で作られた丸テーブルへ行くと、その上にある茶器へとゆっくりと手を伸ばしていく。


「前にも死導屍に襲われたんだって? 私が診たところ、その時の傷は完治しているから、よほど上手に処置をしたんだね。まあ体力が戻っていないから今回は倒れてしまったようだけれど」


 その言葉に、ついぐっとなってしまう。それがベットから飛び出そうとした俺の足を止めた。


 ――まあ、こいつに助けてもらったんだしな……


 甚だ不本意だが、今回の恩人には違いない。


「あの、さっきは助けていただいて――ありがとうございました」


 なんだか、決まりが悪い。なにしろ、さっき目の前で大喧嘩してほとんど八つ当たりした後だ。


 しかし、まるでそれを気にしていないようにナディリオンは壮麗な美貌で振り返ると、にこやかに笑っている。


「なに、礼をもらうほどのことはしていないよ。それより、死導屍に狙われるなんて、誰か死者を操る相手に恨みを買った覚えとかはあるかい?」


 その言葉に、俺は瞼の裏で、夢に見た迷宮にいたゾンビとその主のマームの酷薄な微笑を思い出す。


「いえ――」


 だが、確証はない。


 だから、目を落として答えると、それを気にしないようにナディリオンは明るく答えた。


「まあ、なんにせよ、間に合ってよかったよ。もし、君に何かあったらアーシャル君に大目玉を喰らって、もう一度お知り合いから始めましょうになるところだった」


 さすが、アーシャルが懐いている相手。表現のおかしさがどっこいだ。


 だげどと、俺は少し唇を尖らせた。


 ――正直ここでアーシャルの名前を出されるとおもしろくない。


 まるでさりげなく自分の方が、アーシャルと長く過ごしていたんだと言われているような気分になってしまう。


「あの、あそこへはなんで……」


 つい考えてしまったことを頭から振り払うように尋ねると、ナディリオンは手元にあった白磁のポットに陶器の壷から茶葉を入れながら、こっちを振り返った。


「ああ。ホールで君が飛び出していったからね。怪我が治ったばかりだというのに、アーシャル君が追いかけたら、また喧嘩になってしまうだろう? それで私に任せろと言ったんだよ」


 ――また、アーシャルか。


 つい俺は口を尖らせてしまった。


「あいつのことをよく御存知なんですね」


「そりゃあ、君に関することならね」


「話が繋がらないんですが……」


 おかしい。俺はアーシャルのことを話したはずなのに、年でついに耳まで遠くなっているんだろうかと、目の前の竜を見つめる。すると、ナディリオンは俺の視線に、面白くてたまらないように笑い出した。


「だってね、昔頼まれたアーシャル君の治療に行っていた間、ずっと君のことを朝から夜まで話し続けているんだよ。あんまり毎日続くから、試しにどこまで続くんだろうとマフラーを編みながら聞いてみたら、一本竜用のすごく長いのを編み終わっても、まだ終らず続いていたからね。あれはさすがに感心した」


「アーシャル!」


 何恥ずかしいことを俺がいないところでやっているんだ!


 ――頼むから、やめてくれ!


「だが、おかげで君の好みや癖、寝相でアーシャル君を蹴飛ばしやすい位置まで全部覚えてしまった」


 笑いながらナディリオンは、銀色の髪の側でお茶を注ぐと、そのカップを俺の方へと持ってきてくれる。


「ほら、このお茶。竜の君が好きなものだったね?」


「え」


 その言葉に、出されたお茶の白磁のカップを受け取ると、中には薄い黄色から爽やかなミントの香りが立ち昇っている。


 鼻をくすぐる湯気とともに広がるその爽快な香りに、俺は小さく頷いた。


「あ、ああ。これは確かに――」


 澄んだ水が、まるで空の風を纏うようで大好きだったお茶だ。


 くんと鼻を寄せ嗅ぐが、おかしな匂いもしない。だから、俺はそれに素直に唇をつけた。


「うん、おいしい――」


「だろう? 昔アーシャル君から聞いているときは、あまりにも君のことばかりで、本音を言えば、少し羨ましくて悔しかったんだが。こうして今君の役にたつのなら、そう悪いことでもなかったな」


 その言葉に、俺は一口飲んだお茶をかちゃりと白い皿の上に置いた。


 ――そんな風に笑われると……


 正直、心の中で張っていた意地がひどくちっぽけなものだったように思えてしまう。


 ――本当は、アーシャルがこいつをあんまり信頼しているから、焼きもち妬いていただけだとわかっているしな……


 昔は俺だけだったのに。


 それなのに、俺がいない間に同じくらい心を許す相手を作っていたことが、面白くなかっただけなのだ。


 はっきりと自覚すると、これまで心で強張っていたものが溶けていくような気がした。


「おなかもすいただろう? 菓子も用意したのだが、どうかね?」


 そう言って孔雀石のテーブルから差し出されたクッキーは、どう見ても蛇の頭の形をしている。


「竜の時好きだったんだろう? マムシの頭を砕いて焼いてみたんだけど」


「いえ、結構です――幸い、さっきの送別会で十分食べていましたので」


 この人、さすがアーシャルと波長が合うだけある。人間のふりをして溶け込んでいるようでも、どこか根本的におかしい。


「えーそうなのかい?」


 ひどく残念そうだが、さすがに人間の体では辞退させてくれ。


 だから、俺は急いで誤魔化すように、さっき気になったことに話題を変えた。


「あの、さっき、頼まれてアーシャルの治療をと言ってましたよね? 俺の父さんか母さんが頼んだんですか?」


「うん? それは言えないな。依頼者に秘密にしてほしいと頼まれたしね」


「そうなんですか……」


 どこか釈然としない。


 ひよっとして顔も見たことのない爺さん竜たちなのだろうか。種族の違う父と母が番になることで、もしかしたら縁を切ったかなにかで、口止めをしたのかもしれないし。


「でもそんなにアーシャルを長く診てもらっていて、ほかの患者は大丈夫だったんですか?」


「うん? それは大丈夫だよ。元々私の治療代は高額で、この学校の教師として特別に診るのでなければ、そんな簡単に払えるようなものじゃないからね。誰でも無差別に診ているわけではないんだよ」


 その言葉に、俺は、はっとして顔をあげた。


「え! ということはアーシャルの治療費は……!」


 誰にも治せなかったあの目だ。いくら竜でも、それが善意からのものでなかったのなら、人間同様途方もない金額を要求されていたとしてもおかしくはない。


 ――だから、竜の父さんと母さんが留守がちなのか!?


 不安になったが、俺の様子にナディリオンは安心させるように微笑む。


「安心してくれたまえ。それも依頼主からもらっているから。それよりも」


 そう言うと、急にずいっとナディリオンはその綺麗な顔を俺の方へと寄せてきた。


「失礼ながら、さっき気を失っている時に君の記憶障害についても診させてもらったよ。随分深いところで鍵がかかっているね。人間に転生したことが原因みたいだけど、よかったらそれも治療してあげるよ」


「いや、それは……」


 さすがに、さっきまでの夢の中の感覚を思い出すと、ご遠慮したい。


 まるで体の内側を無理矢理曝け出されて、魂に素手で触られているような鳥肌のたつものだった。


「心配いらないよ、治療費はアーシャル君の依頼主についでにつけておくし」


「なんで恩人へのお礼より先に、診療報酬詐欺を勧めているんですか?」


 ――相手も、そんな治療費までついでにつけられていたら、さすがに困惑するだろう!?


  しかも返しようのないもので詐欺行為を唆されても困る!


「それよりも!」


 俺はすごく残念そうなナディリオンを見つめると、布団から飛びだした。


「さっきの風竜の力! あれはどうやれば手に入るんです!?」


 両親が水竜と火竜の俺たちでさえ、その二つの属性を同時に使うことなんてできない。だけど、この目の前の竜はどうやってか四竜の力全てを持つという。


「生まれつきですか!? それとも何か方法があるのなら――」


 あれさえあれば死導屍(しどうし)に勝つことができる!


「お願いです! 教えてください!」


 それにナディリオンは少しだけ、金色の瞳を開いた。


「あれは後から身につけたものだよ。私の生まれついての属性は地竜だ」


 ――やっぱり!


 俺の顔がぱっと輝いたのだろう。


 見ていたナディリオンが瞳をぱちぱちとさせている。俺はその白い服の胸を掴むようにして近づいた。


「どうしたらほかの竜の力を使えるようになるんですか!?」


「どうといっても――うーん。かなり大変なんだけどね。使えるようになりたいのかい?」


「はい!」


 そうしたら、もうアーシャルを傷つける心配をしなくてもいい!


 死導屍に襲われても、俺が強ければアーシャルを心配させることもない!


 その俺の笑顔にナディリオンは美しく破顔をした。


「わかった、いいよ。じゃあ君の体に残った竜の魂で使えるように教えてあげるから、またおいで」


 ――やった!


 心の中でぐっと拳を握り締めると、現実の手はナディリオンにがっと握られていた。


 ――いっ!


「うん、もう動いても大丈夫だね」


 確かめるように手の先で動く指の動きが、控えめに言っても卑猥で、背中に水をかけられた気分になってしまう。


「くれぐれもアーシャル君と仲良くするんだよ。もう体は大丈夫だから」


「はい……」


 ――うん、悪い竜じゃないんだ……


 それは今話してみてよくわかった。


 つまらないわだかまりもなくなったし。


 ――だけど、やっぱりこの触診だけは遠慮しておこう……


 俺は粟立った肌でそっと手を隠しながら、ナディリオンの部屋を出ていった。

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