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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第三話 お化け退治!
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(1)お化けはゴキブリじゃありません


 呼ばれた学長室の前の扉で、俺は落ち着かずに腕を組んでいた。


「兄さん、話って何だろうねー?」


「知らん」


 無邪気に尋ねて来るアーシャルにぶっきらぼうになってしまうのも仕方がない。


 ――今日は、一体何回この部屋に呼び出されるんだ?


 まさか、勝者宣言までされて今更決闘を無効になんて言い出されたりはしないと思うが、サリフォンの傷が普通ならありえないのが気にかかる。


 ――やっぱり何か叱られるのだろうか……


 そしたら、平謝りして、アーシャルの頭を三発殴って許してもらおう。


 うん。それでもダメなら、俺が土下座して、アーシャルを十発殴る――やっぱりこれしかないだろう。


「なんで、全部僕を殴るのー!?」


 どうやら無意識に呟いていたらしい。アーシャルが目をまん丸にしているが、そんなの決まっている。


「そうしないと俺の腹の虫が収まらないからだ」


「えっと。それってただの八つ当たりっていうんじゃ……」


「何が悪い」


「えー」


「安心しろ。助けてくれた感謝に免じて、殴った後、同じだけ撫でてやるから。それで差し引きゼロだ」


「僕……撫でてくれるだけの方がいいけど……」


「それは選択肢にない」


「ええー……」


 なぜか更に不満そうにアーシャルが唸った時、やっと学長先生の部屋の扉が開いた。


 中からは、俺達をここまで引っ張ってきたエレヴィ教授が姿を覗かせると、扉の外にいた俺達を見つけておいでおいでと手招いている。


 かなり老年に近い魔法学の教授だが、こんなに満面の笑顔は見たことがない。


 それを言うなら、さっきここに連れてこられた時も、この教授にしては見たことがないほど早足だっだ。


 ――なんだって言うんだ。


 もし決闘に物言いでもつけるのなら、即アーシャルを殴ろうと拳の用意をしながら扉をくぐると、学長が奥の机でその白い髭を広げるようにして身を乗り出しながら、俺達を見つめている。


「エレヴィ教授、その子かね?」


 ――うん? 俺のことじゃない?


 学長が俺のことをその子なんて呼んだことはない。だとしたら――と俺は後ろについてきているアーシャルのきょとんとした顔を振り返った。


「はい! 学長! この目で見ましたが、この子の魔法はすごい!」


 息をするのも忘れているようにエルヴィ先生が話しているのは、やはりアーシャルのことらしい。


「浮遊術もですが、その後続いて一瞬で高等魔法の灼熱と熱風を同時に使いこなしていました! はっきり言って千年に一度現われるかどうかという大魔導師の素質があります!」


 ――そりゃあ、火竜だから。


 まあ、人間でいえば大魔導師クラスだろうな。特にアーシャルは小さい頃から魔力が高い方だし。


 そう横を見ると、アーシャルは自分のことを言われているとわかったのか、自分の顔を指差してきょとんとしている。


「ふむ」


 それに学長は手を組んだままじっとアーシャルを見つめている。


 そして、その驚いている顔に、破顔した。


「いや、驚かせたようで申し訳ない。君はリトム・ガゼットの身内なのかね?」


「弟です」


 ――よかった。双子は言わなかったな。


 いや、アーシャルのことだから、隠そうなんて意図はなくて、俺がそう名乗ってもいいと認めたから、にこにこと話したのだろうけれど。


 ――双子は人間では珍しいから、言わないように今度言っておこう。


 そうでないと、外見の年齢差の説明がつかない。


 けれど、それに学長は一度大きく頷くと、髭を一度撫でた。


「実はな、ここにおるエレヴィ教授が、君の魔法の才能を見込んで、ぜひ我が校の魔法騎士科に入ってほしいというんじゃ」


「え?」


「アーシャルを?」


「そう!」


 その瞬間、隣のエレヴィ教授が拳を握り締めた。


「リトム君も知っているだろう!? 同じアルスト二アス大学附属の魔術学校と我が魔法騎士科との因縁を! 毎年毎年、入学試験のたびに優秀な生徒をとられて、お蔭で最近はもう魔法騎士科なんて廃止したほうがいいんじゃないですかねーなんて、向こうの教授に嫌味を言われる始末! 今度の附属校戦では、何があっても見返してやりたい!」


 ――ああ、そういえば、最近の魔術戦では確かに負け続けていたな……


 余程恨みが骨髄に達していたのだろう。瞳を燃やして熱く語るエレヴィ先生に同情の瞳を向けてしまう。


 ――でも……


「編入となると、学費が……」


 確かに編入すれば、アーシャルが寮に住む問題も解決するから、すぐにでも頷いてやりたい。だけど、生憎高い学費の捻出が覚束ない。


 ――竜の父さんと母さんに連絡するか?


 人間の学校に通いたいから高い学費よろしくって?


 ――いや、家出したと思われている息子の第一報としては、先ず殴られるだろう。


「はい、入ります」


 それなのにアーシャルの奴ときたら、あっさりと返事をしやがった!


「お前! ここの学費わかっているのか!?」


「大丈夫ー父さんなら、僕が両手両足をばたつかせて、だだをこねたら出してくれるよ」


「それで母さんに怒られるまでが規定コースだろうが! お前、父さんの全身にまた火傷を作らせる気か!?」


 それなのに、アーシャルときたらにまにまと笑っている。おい、怖いぞ、お前。


「えへへー。実は僕知っているんだ。父さんがへそくりしていること」


「え?」


 ――父さん。あの母さん竜相手にいつの間にそんな命知らずなことを……


「よく内緒で氷の山に出かけて、何か隠しているみたいなんだ。あれ、絶対にへそくりだよ。だから母さんにばれる前に使ってあげるなんて、すごく親孝行じゃないか」


 ――しかもそれを使い込む気だし!


 俺はぱかんと開いた口が塞がらなかった。


 けれど、それにエレヴィ教授が横からいやいやと手をふる。


「我が校の学費が高いことは十分に承知しておる。だから、今回はそちらの事情によっては特待生として学費免除することを学長先生に認めてもらっておる」


「どうかね、リトム。それと弟の――」


「アーシャルです。僕は兄さんの近くにいられるならいいですよ」


 ――うん。そのことについて俺の意見を聞かないことまで、実にお前だよな?


「リトムは?」


「そりゃあ――」


 考えながら、俺が横を見ると、アーシャルはすごく嬉しそうだ。


「――まあ、俺も嬉しいけれど……」


 こんなに無邪気な顔をする世間知らずじゃあ、離れているなんて心配すぎるよな?


「おっしゃああああああああああ!!!」


 けれどその瞬間あがった雄たけびに思わず心臓を押さえた。


 みれば、学長が机の向こうで両拳を握り締めて、エルヴィ教授はガッツポーズを決めている。いきなり、なんなんだ!


「これでやっとあの魔術学校の学長に一泡吹かせることができる!」


「長かったですな、学長!」


「ああ! これであの頭髪しか取り柄がないあいつに、長年続いた一対一の引き分けを覆して悔しがらせてやれるわ!」


「遂にわが校に勝利が!」


「うむ! 騎士道とは勝つことと見出したり! 勝つことが正義!」


「そんな教えでしたっけ!?」


 ――おい。かなり講義の内容と違うぞ?


 というか、これだと勝てばいいと言っていないか?


 けれど、歴戦の戦士として鳴らした学長はその筋骨逞しい腕を晒すと、むきっと筋肉を盛り上げている。


 ――なんでそこで筋肉を晒す?


「うむ、リトム・ガゼット。若い君にはまだわかるまい。だが、戦いなど所詮互いの正義のぶつかり合い! ならば力で己の正義を通すのが戦士たるものの生き様! つまり騎士道とは勝つことと見出したり!」


「極端から極端に走りすぎです! 主君の為とか、正義を守るためとか教科書に書かれていたことはどこにいったんですか?」


「もちろんそれも大切だ。だが、その全てを守るために、騎士とは常に勝つことにあり! 常勝は最大の防御なり!」


「作戦の意義とか防御の基本についての授業は!?」


「攻撃は最大の防御! 防御もまた攻撃なり! 防御と攻撃は互いに表裏一体で勝ちを収めるためにすぎん!」


「そうですとも!学長! 敵を殲滅して主君の道を築くことこそが騎士道です!」


 ――いいのか、それで……


 ちょっと待て。なんか合っている気はするけれど、何かがずれている気がする。


 それなのに、アーシャルときたら、学長の立派な二の腕におーっと拍手を送っている。


 その手が、無邪気に見つめているアーシャルの肩をぽんと叩いた。


「我が校は君を歓迎するよ。できるだけ、お兄さんと同じ授業になるように取り計らってあげよう」


「はい! お願いします!」


 ぱたんと扉を閉めて、学長室を出てからも俺はまだ頭の中がぐるぐると回っていた。


 ――えーっと……


 あまりに一度に起こりすぎて頭がついていかない。


 だけど、取りあえずアーシャルの寮の問題は片付いたみたいだ。


「これからは、毎日兄さんと一緒に学校に通えるんだねー嬉しいな」


 そう隣りでほくほくと呟いているアーシャルを見ていると、やっと頭が追いついてきた。


「あ、ああ。そうだな……」


 よく考えたら、アーシャルの件も怒られなかったし、結果良しなのか?


 ――そうだよな。あの決闘を無効にもされなかったし……


 やっとそう気持ちを切り替えて微笑めた時、後ろから声がした。


「おい、リトム。お前さっきの決闘、途中で弟に助けられただろう?」


 審判をしていたティーラー先生の声に俺の背筋が硬直した。


「あれは! アーシャルが勝手に飛び込んで来て! それにサリフォンの奴だって卑怯な手で!」


「おー。だから、サリフォンには怪我が治ったら、便所掃除を押しつけてやる。だからお前も決闘を無効にしてやらん代わりに、西の四階の罰掃除な」


「なっ……!」


「あ、それとついでにお化けも掃除しておいてくれ。最近出るって噂で困っていたんだわ」


 じゃあなと手を振ると、ティーラー先生は無情に去っていく。


「アーシャル……」


 俺は自分の膝を見ながら、わなわなと震えてくる拳を握りこむので精一杯だった。


「さっきの――お礼を言わせてくれ。本当に、助かった」


「え? お礼ならさっきも言ってくれたのにー」


 でも嬉しいなとにこにことしている。


「そうか。じゃあ一発殴らせろ!」


「なんで!?」


「決まっている! そうしないと俺の腹が収まらないからだ!」


「そんなあ!」


 けれど、次の瞬間、人のいない廊下に俺がアーシャルの本当は固い鱗に包まれている頭を殴りつける音が、大きく響いた。



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