(9)手加減はなしだ!
練習場の一角に作られた闘技場は、噂を聞きつけた生徒でいっぱいになっていた。
さすが娯楽の少ない学校だ。
周りは三段の観客席が並び、それがぐるりと円形に戦う者達を取り巻いている。
――ふん。
ここで戦うのも初めてじゃない。
その観客席の一番手前で、アーシャルがコルギーとラセレトと一緒に心配そうに俺を見つめているのに、気がつく。
安心しろよ。
お前の剣を持った俺が遅れをとると思っているのか?
無言でそう笑いかけると、ますますアーシャルの顔が心配そうになった。
――うーん。あの心配性もなんとかしないとな?
なんか俺が行方不明になったせいで、昔よりも拍車がかかっている気がするぞ?
大丈夫と、笑って、横のラセレトとコルギーに軽くアーシャルに親指を向けて片目を瞑ると、心得たというように頷いている。
「大丈夫。君、リトムの弟だって? 君の兄さんは強いんだから決闘ぐらいで負けるはずがない」
「そうそう。どんなに陰険で姑息な手段を使っても勝つから。だから、不調になって長いのに、貴族の子弟たちが闇討ちできずに手こずっていたんだから」
――おいコルギー。安心させるはすが、更に驚かせてどうする?
「そうだとも。何しろリトムは常に十倍返しだ。少しでも意地悪をしたその日のうちに、足腰がたたなくなるくらいの報復を受けるから、多少の不調では相手も常日頃の恨みを晴らしていいのか迷ってしまう」
――なあ、お前たち。俺の親友だよなあ?
「だから安心したまえ! きっと今回も陰険姑息な手段できっと切り抜けるから!」
「あいつの貴族を足蹴にする姿は、寮の後輩たちの将来なりたい姿トップだ! 心配する必要はどこにもない」
「おい、お前ら! 今度一度話がある!」
「いいとも! 教科書を持って訪ねに行こう!」
「あ、喧嘩するつもりなら腹をたてないように夜食お前もちな! それでもいいのならいつでも受けるぜ!」
――くそっ! 相変わらず隙がない!
だけど、ちょっとだけアーシャルの顔の青さがとれた。
「安心しろよ?」
見つめる俺にふわりと笑っている。
――ああ。こんな笑顔をさせられるのなら、友達も悪くないな。
かなり悪友に近い親友達だが。
それを確認して、俺は上着を脱ぎ捨てると、闘技場の真ん中へと進み出た。
向こうからは、やはりサリフォンが白に近い金髪を太陽に光らせながら歩いてくる。
「ふん、逃げてもよかったのに――」
「誰が!」
嘲るように笑ってくるその顔をきつく睨み返した。
その横には、基礎剣術を教えているティーラー先生がいる。
――絶対に負けられない!
必ず勝って、その上でこいつに母さんの昔を口外しないようにさせないと!
俺を馬鹿にしているその緑の瞳をじっと見つめながら、俺は腰の剣に手を伸ばした。
大丈夫だ。俺がアーシャルの力を手に持って負けるはずがない。そう心で呟いて、渦巻く怒りを落ち着けようとする。
互いに剣を手に持った俺たちの側にティーラー先生が近寄ると、片手を上げて観客にも伝わるように大きな声を張り上げた。
「では、課題クリアでの互いの主張がわかれたため、リトム・ガゼットとサリフォン・グリフィン・パブルックとの決闘を行う! 今回、両者武器は剣のみ! 盾の使用は認めない!」
それに俺の剣が鞘から抜かれて、傾きかけた太陽の光に眩しく輝く。
「両者了承したか?」
決闘の確認だ。これに頷いて、初めて決闘が正式な効力をもつようになる。
「了承だ!」
叫ぶサリフォンに負けないように俺も返す。
「了承した!」
「では、始め!」
その瞬間、俺は地面を蹴っていた。剣を構えたまま走り、向こうからも走ってくるサリフォンと剣を組み交す。
がきんと鈍い音が響くのと一緒に、刃が十字に太陽に輝く。
その瞬間、すぐに互いに引いて、素早く打ち込み始める。けれども、腕は互角だ。隙がまったくない。
「くっ!」
相手が俺の胸めがけて、剣を突き刺そうとしてくるのを剣で払うと、けれど返す刃で俺の首を狙ってくる。
――本気だな。
殺してもかまわない意図が剣の筋に丸見えだ。
――そこまで恨まれる覚えは――いくらでもあるか?
剣を上からたててそれを払うと、うんそうだったと小さく頷く。
――だけど、素直に殺されてやる趣味はない!
そう思うと、受け止めた反動で少し浮いたサリフォンの剣を、更に刃先で押し上げて跳ね上げる。
そして、その一瞬で生まれた隙に相手の肩をめがけて剣を振り下ろした。
狙うのは、サリフォンの首と肩の間。
――あそこを切り裂けば、そのまま肺にまで達する傷になる!
殺すつもりはない。だが、いつでも殺しかねないという殺意だけは十分に浴びてもらわないと、母さんのことの口止めにならない!
こいつをぞっとさせればさせたたけ、ユリカは笑顔になる!
それなら本気を出さないでどうする!?
それに――と、俺はにっと笑った。
どんどん体が軽くなってくる。その勢いのままに、受け止めたサリフォンの剣に向かって連打を浴びせた。
もちろん、後退して距離をとろうとしてくるが、今それを許してやる気はない。
体の中で起こるうねりに乗れば乗るだけ、どんどん自分の戦う感覚が研ぎ澄まされていく。
防ごうとして、サリフォンが素早く俺の剣を押し返して、その隙に体勢を整えようとするが、それよりも早くに一歩を踏み出す。
そして剣を持上げると、がきんとサリフォンの剣と鉄の噛み合う鈍い音がした。
――楽しい。
学校でこんなに楽しく戦えるのは、本当に久しぶりだ。
「お前――」
いつもなら、そろそろ俺の足が乱れて苦しそうになる変化が訪れないのに、サリフォンが気づいたらしい。
「ふん! やっと不調は脱出か!?」
「ああ! 筋トレを頑張ったからな!」
――それに。
「弟が俺のために、使いやすい剣を作ってくれたんだ! そのお蔭さ!」
打ち込んでくるサリフォンの剣を受けて弾きながら返した。
それに僅かにサリフォンの瞳が歪められる。よっぽど嫌だったのだろう。
「ふん――だったら、その弟と一緒に仲良く暮らせばいいだろう!」
言うと、俺の剣が浮いた一瞬をついて、俺の膝を狙ってきた。
――相変わらず油断できない奴!
一瞬でも、意識をそらせば、容赦なくその隙に僅かな弱点を狙ってくる。
咄嗟に剣を縦にしてその突いてくる剣先を止めた。けれど、刃がかみ合ったと思った瞬間、それを予想していたように、サリフォンの剣がその反対側に空いている俺の腹をめがけて狙ってくる。
――ああ、今そこはがら空きだよ!
よく見つけたな。俺以外なら、この瞬間で決まっていただろうよと思うが、そのまま俺は立てた剣でそのサリフォンの切っ先を受け止めると、上で斜めに滑らせて、腹を狙っていたサリフォンの剣の先を横に流してやる。
だが、サリフォンもそれを予想していたのだろう。
次の瞬間、俺が剣先を流した動きにのって、そのままその剣を振りかぶると、俺の頭を狙ってくる!
「リトムっ! これで終わりだ!」
さすが前より腕をあげている。現在の学年一位は伊達じゃない。
「やった! さすがサリフォン!」
「行け! 決めろ! サリフォン!」
観客席から貴族達の怒涛の応援が押し寄せてくるが、その瞬間俺の頭はひどく澄んでいた。
アーシャルの気が手から伝わって、俺の中の水の流れを沸騰させている。
それが考えるよりも早くに、体を動かさせた。
――熱い!
こんな熱い波はしらない!
だけど、俺なら乗りこなせる! なにしろ生まれた時からすっと一緒に育ったアーシャルの魔力だ!
その波が伝えるまま、俺はぐっと半歩体を斜めに出すと、サリフォンの剣を屈めた背に流した。
背中を剣の切っ先が掠めていく感覚がするが、今はそれを止めている暇はない。
俺は、その太刀筋を避けるのと同時に、僅かに屈めた姿勢から剣を振り上げると、それを俺の背に剣を流しているサリフォンの首へと流した。
皮膚一枚。
静止したそれを横に動かせば、間違いなく頚動脈を切断する。
「ひっ!」
観客席のどこからかそんな声が聞こえた気がした。
けれど、目の前にいるサリフォンは息さえ忘れたようにして、その刃先を見つめている。
「いいか」
かちゃりと手の中の剣が、俺が見つめる先で音をたてた。
その先で、サリフォンは身じろぎもせずに、太陽を受けて白く輝いている俺の剣先だけを見つめている。
「俺は白銀騎士団の推薦なんていらない」
それにサリフォンの瞳が大きく開いた。
――ふん。そんなに意外だったか?
「俺はドラゴンスレイヤーになる! だから邪魔なそんな推薦はお前にくれてやる!」
だけどと、ぎりっと剣を握り締めながら、俺は首に剣を当てたままその耳に囁くように叫ぶ。
「だが! もし、お前が俺の母さんのことをばらしたりしたら、その時は俺はお前に脅されて白銀騎士団の推薦を辞退したとありもしない汚い噂を広めてやるから覚悟しておけ!」
一瞬瞳を見開いたサリフォンを確認すると、すぐに俺は剣を動かして柄でその首を殴った。
砂埃が舞って、地面にサリフォンが尻の着くが、それでも俺はその前に剣を突き出す。
「いいな? 俺は本気だ、覚えておけ!」
「くっ――!」
もし白銀騎士団に入って、家名を継ぐことを許されたとしても、俺がそんな噂を流せば、間違いなく騎士道違反で除名処分だ。
――自分が可愛いのなら呑まざるを得ない。
悔しそうに歯を噛みしめているサリフォンを見下ろし、俺はアーシャルを振り返った。
するとやっぱり青い顔で、こちらを見ていたらしい。俺が笑いかけて手を振ると、一瞬でその顔が解けて、花が咲くように笑った。
――やれやれ。
心配かけすぎたかな?
今夜は少しだけ殴るのを手加減してやろう――そう思いながら、アーシャルの方に歩き出した時だった。
「危ない!」
一瞬でアーシャルの表情が凍った。
「え?」
もう決闘は終わったはずだろう?
でも、背後を覆った影に気がついて、振り返った時、そこで目に入ったのは、倒れていたはずのサリフォンが剣を振り上げている姿だった。
それが白い太陽の光に煌き、俺の背から肩を引き裂こうと下ろされてくる。
――しくじった!
油断した!
あれだけ本気で殺したい気配で向かって来ていたのだ、息の根を止めていないのなら決して油断するべきではなかったのに!
今から振り向いて、剣を構えても間に合わない!
「うあああああああっ!」
サリフォンの叫びがどこか遠くの世界からのように響く。その剣先が俺の背を切り開こうとするのをひどくゆっくりとした視界の中で見つめて、来る衝撃に覚悟を決めた瞬間だった。
ぐっと腕を引かれると、体が誰かの胸にもたれたのに気がついた。
それと同時に、凄まじい炎が視界を埋め尽くす。
「兄さん! 大丈夫!」
ああ、竜のスピードで俺のところまであそこから飛んできたのか。お前、本当に人目を考えないなあ。
「うわああっ!」
けれど、灼熱に熱された剣がサリフォンに握られたまま解け落ちていくのを見つめて、俺は慌てて手から炎を出しているアーシャルを止めた。
「炎を収めろ! このままじゃあ、サリフォンが焼け死ぬ!」
いや、既に髪や服に火がついているが。
「ふん。死にやしないよ。兄さんを殺そうとした奴を一瞬で楽にしてやるほど優しくはないからね」
つまり嬲り殺し宣言か!?
「やめろって! こんな熱に長時間晒されたら即死じゃなくても確実に蒸し焼きになる!」
「当たり前じゃない。そうなるようにしているんだから」
「だからそれをやめろって! お前、俺と一緒にいられなくなってもいいのか!?」
さすが効果覿面。アーシャルの表情が一瞬でえーと崩れて、ものすごく唇を尖らせながら渋々手を握りこんでいく。
「救護を早く!」
ティーラー先生が、髪と肌をやけどしたサリフォンに走りよって叫んでいる。だけど、俺の見たところ、あれなら死ぬことはないだろう。火がついた髪と服の下の肌は、治るのに少し時間がかかるかもしれないが、ほかは熱風で傷められただけだ。たいしたことにはならないだろう。昔の俺の経験から言えば。
「ふう」
担架に乗せて運ばれていくサリフォンを見つめながら、俺は一つ大きく息をついた。
その俺の側に、ティーラー先生が近づいてくる。
「勝者、リトム!」
勝者宣言がされ、俺の勝利が確定する。これで、もう留年の心配はないはずだ。
「やったね、兄さん!」
「ああ。助かったよ、アーシャル」
ぽんぽんと頭を撫でてやると、すごく嬉しそうな顔をする。
「でも、人前で迂闊に魔法を使うなよ?」
下手をしたら、正体がばれるぞ?
「うん! 兄さんに近づく人以外には使わないようにするから!」
――おう。俺の敵には情け容赦なし宣言か。
まったく、心強いのか逆に心配の種なのか。
まあ、いいか。
「うん。ありがとう」
今日だけは、素直に礼を言っておこう。そうでなかったら、また礼を言えなくなる性格なのは、自分でわかっているんだから。
そうもう一度アーシャルの赤い髪をくしゃくしゃっと撫でると、ひどく嬉しそうに目を細めた。
「さあ、それじゃあ寮に帰ってジュースで祝杯を挙げよう!」
そして、身を隠している母さんとユリカ達に知らせてやらないと。
――あそこまで脅しておけば、さすがに簡単に口を開くまい。
うん。最初から俺らしくこうしておくべきだった。そういう意味でも、今日は祝いだ。
「わーい」
スキップするようについてくるアーシャルを振り返って、一緒に歩き出そうとした時だった。
あれ? なんだろう?
闘技場の端から教授の一人がよたよたした足で走ってくると、必死の目を開いて俺たちに手を伸ばしている。
「君たち……! 今の魔法はその子が出したのかね?」
それに、アーシャルがきょとんとしながら自分の顔を指さして頷くのに、俺は眉を寄せた。
「おおっ……!」
けれど、教授は目をきらきらと輝かせてアーシャルを見つめている。
――なんだ?
何か、変な予感に俺は眉を寄せた。
第二話完結です。ありがとうございました。
またよかったら、感想等お聞かせください。