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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第二話 夢か現か、どれが本当だ !?
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(7)あいつ! 


 まだ昼前の学校を、俺はアーシャルとコルギーと一緒に歩いていた。


『アルスト二アス王国大学付属騎士養成剣術学校』それがこの学校の正式な名称だ。


 その名前の通り、本来アルスト二アス国の騎士団に所属する騎士を育てるための学校として創立された。


 この俺達が住んでいるアルスト二アス国には、大都市以外には、まだまだ魔物が跋扈している。いや、これはこのアルスト二アス国だけじゃない。アルスト二アスを含むユグラキア大陸全土がそうだ。


 だから、各国の騎士団はその魔物と戦いながら、同時に魔物を使って侵略してくる他国との攻防にも当たらなければならない。


 ――だからこそ、ここではそのための騎士を育てているんだが……


 本来騎士になる貴族用の学校だったため、学費が高いことはわかっている。だけど、俺が憧れる竜狩り(ドラゴンスレイヤー)と呼ばれる魔物退治の頂点になるためには、一番近道の学校だ。


 個人で魔物退治を請け負うほどの腕を持ち、竜さえも倒せるほどの凄腕の魔物狩り。地上最強の竜を倒して、初めてその称号で呼ばれるようになる険しい道だが、この学校ほどそのために必要な戦いの技術を教えてくれるところはない。


 それに、この職業ならカルムの街で店を開いている父の手伝いもしながら、することもできると思って選んだんだが、それだけに難しさは半端ではない。入学試験も。途中の試験もだ。


 だから大学と一続きになったこの敷地では、今もたくさんの生徒達が剣の練習をしており、木陰では座った生徒が最低限身につけなければならない教養の座学の本を広げて懸命に試験勉強をしている。


「へえー人間の学校ってこんなのなんだね」


「あれ? 今まで学校に行ったことがないの?」


 不思議そうにアーシャルに尋ねるコルギーの言葉に、俺の背中が跳ねた。


「うん。僕小さい頃よく目が見えなかったから、だいたいは兄さんが口と手で教えてくれたんだ」


「へえー」


 ――助かった。


 なんでこんな一言でドキドキしないといけないんだろう。


 やっぱり二人で来たほうがよかったのかな……


 ――だけど、学長に呼ばれているのなら、その間アーシャルを学校で一人にするわけにはいかないし……


 そう思ってちらりと振り返ると、コルギーが自分の肩を持った本で叩きながら、アーシャルに笑いかけている。


「そりゃあリトムにしたら、こんな可愛い妹はつきっきりで教えたくもなるよな」


「ちょっと待て」


 俺の首がくるんと動いた。


「なんで、みんなしてこいつを俺の妹と勘違いするんだ!?」


「え? だって、お前を兄さんって呼んでいるじゃないか?」


「こいつは男! 妹云々の前に先ず性別が間違っている!」


「え! この顔で!?」


 おい。それは瓜二つな俺に対する挑戦か!?


「もったいないなー。こんな美人なら、部外者でも寮のみんなも喜んで黙っていると思ったのに」


「それについては俺も悩んでいるんだが……」


 そうだ、その問題もあったと俺は腕を組んだ。だが、コルギーは「あっそうだ」と明るく指をたてている。


「毎日ドレスを着てもらうというのはどうだ? そしたら視覚的な潤いがすごいから、きっとみんな黙っていてくれるぞ?」


「なんで自分と同じ顔の女装を見なきゃならん! 第一性別がばれたときに半殺しにされるのは俺だろうが?」


「兄だろう? お前が盾になってやらなくてどうするんだよ?」


「いいことを言っているように聞こえるが、さりげなく人の弟で遊ぶんじゃねえ!」


「えーひどいなー、俺はお前でも遊んでいるのにー」


「余計にいらんわ!」


 笑っているコルギーに掴みかかろうとした時だった。


 学校の白い大理石の階段からサリフォンが、その取り巻きを連れて降りながら、俺の方へと近づいてくる。それに、俺の意識は一瞬でサリフォンの方へと向いた。


 ――こいつ!


 薄く笑いながら、俺を見つめてくるその緑の瞳を見返して、口を開こうとしてやめた。


 ――くそっ! 周りに人が多過ぎる!


 いくらなんでもこの状況で、母さんのことを確かめるわけにはいかない。


 だが、サリフォンは嫌な笑みを浮かべて、俺を見下すように眺めている。


「リトム。落第がかかっている身にしては、戻ってくるのが遅かったな」


「生憎とダンジョン攻略の祝杯をあげていたんでね。お前こそ、課題はどうしたんだよ?」


 俺のせいで、狙っていたマームの迷宮は逃したはずだ。


 言い返してみたが、それにサリフォンはふんと鼻で笑う。


「僕は、お前と違って元々十分な成績があるからな。少々課題のランクを落としたって上級剣士の称号ぐらい簡単にとれる」


 ――相変わらず小憎らしい奴。


「むしろ、スリルが足りないぐらいだったよ。それでもあのダンジョンよりかは、格段にましだったけれどな」


「それはダンジョン主が変態でどうしようもなかったからだ! 簡単に再建できないように破壊してやった俺の思いやりに感謝しろ!」


 嘘だが。まあ、かまわない。


 咄嗟の言葉だったが、それに明らかにサリフォンが不快そうに眉をひそめた。そして、ちらりと俺の後ろにいるコルギーとアーシャルを見つめる。


「ふん」


 ――やっぱり感謝があるわけがないか。まあ、くれたら返品するが。


 しかし、アーシャルを見つめたままサリフォンの唇は薄く笑う。


「リトム、お前まだその妹を連れているのか?」


 ――だから! どうしてみんなしてアーシャルを妹と思うんだ!?


「ああ。妹じゃなかったんだったな。じゃあ、まだおままごとのお兄ちゃんごっこをしているのか?」


 ――いや、違うのはそこじゃない!


 そのサリフォンの声に反応するように、後ろにいた取り巻きのケイラとオリエンが覗き込んでいる。


「あーいいなあ。おれらもそんなお兄ちゃんほしーい」


「そうそう。絶対に優しいよなー着替えも手取り足取り」


 からかう手振りをすると、けたけたと笑っている。


「ふん、羨ましいのか?」


「え?」


 突然したアーシャルの声に、俺の首はくるんと振り向いた。いい加減俺の首が回りすぎて抜けるぞ?


 だが、アーシャルは自信満々な笑みを湛えている。


「そう僕の兄さんは唯一絶対! 幼い頃から着替えを手伝ってもらうのも食事を手伝ってもらうのも、その崇高な手を受けられるのは僕だけ! たとえお前ら如きが泣いて請おうとも、その陰険なまでの冷笑で一瞥されるわが身を哀れと思うがいい!」


 ――それはお前の目が見えなかったからー!!!!!


 というか、こいつ何を言ってくれてるんだ!


 しかもさりげなく俺の悪口まで言ってくれてるし!


「着替え?」


「え、食事の世話!?」


 ――おい。この事態どう収拾をつけてくれるつもりなんだ。


 焦ったが、その瞬間コルギーが援護射撃に乗り出してくれた。


「そうだ! リトムはそれだけこの男の子を大事に思っているんだ! それなのに妹扱いするなんてお前らの目は節穴か!?」


 ――いや、お前自身がついさっきまで妹扱いしていたよなあ?


 思わず半眼になった前で、サリフォンの眉がぴくっと動いた。


「ふん。妹でないなら、どういう関係だ。そいつは兄さんと呼んでいるが――」


 ――まあ、俺には妹しかいないことになっているからな。


 少し引きつってしまった間に、アーシャルが踏み出すほうが早かった。


「僕らは生まれた時から赤い糸で結ばれた関係さ! そう立ち切りがたい真紅の血という糸で!」


「お前は何を言ってくれてるんだー!!!!!!」


 さすがに今度は絶叫が口から迸った。


 それに、一瞬周り中がきょとんとしている。


「えーと、つまり……恋人?」


 ひどく困ったようにケイラが呟いている。


「違う!」


 間髪をおかずに反応した。ここで変な疑惑を抱かれてたまるか!


 それなのに、コルギーは優しい慈愛の瞳で見つめている。


「なんだー恋人かー。それなら、親友の俺にはそう言ってくれたらよかったのに」


「だから俺に身に覚えのない事実を作ろうとするじゃねえ!」


 こいつ本当は俺の敵なんじゃないか!?


 ――あーもういい!


「こいつは俺の弟! 事情があって離れて暮らしていたの!」


 これ以上おかしな噂が広まるぐらいなら、後で無理矢理にでも辻褄を合わせよう! 絶対にその方が楽だ!


 開き直ってアーシャルを指さすと、目に見えてアーシャルの顔が笑みに綻んだ。


 すごく嬉しそうに目を細めている。


 ――あれ? なんだ、これで正解か。


 うん。ちょっと色々と話を誤魔化すのは大変かもしれないが、まあアーシャルが嬉しいのが最優先だしな。


 花が咲いたようににこにことしているアーシャルを見つめて、俺が頷くと、サリフォンは強く眉を寄せている。


「ふん、そいつが弟だと?」


「ああ、信じられないだろうな」


 俺だって信じられないよ。こんな実の妹よりあどけない表情のが双子の弟なんて――


 つい達観してしまったが、それにサリフォンは着ていたマントを翻した。


「ふん。じゃあ約束通り、落第が決定したら、ここをやめてそいつと仲良く暮らすんだな」


 それに振り向いた。


「どういうことだ!? 俺は課題通りダンジョンを攻略して回復薬を手に入れたぞ!?」


「ふん。学長室に行けばわかるさ」


 そういうと、もうそのままサリフォンは取り巻きを連れて歩いていく。


 そのサリフォンの言葉に、俺はアーシャルをコルギーに預けると、学長室へと急いだ。


 校舎の中は白大理石で作られて、王家の支援で設立された経緯にふさわしい威容を誇っている。


 装飾は控えめだが、それでも白い壁には蔦が彫られている廊下を歩き、俺は辿りついた一番奥の部屋の扉を静かに叩いた。


「失礼します。リトム・ガゼットです。呼び出しをいただいたと聞いて参りました」


 丁寧に声をかけると、中から一拍の間があって


「入りなさい」


 と返ってきた。


 それに扉を押し開くと、重厚なそれは軋む音もたてずに静かに開いていく。大きな樫の一枚板で作られたそれは剣と盾の絵が掘り込まれ、俺が押すのと同時に内側に動いた。


「学長先生、お話があって伺いました」


 開ければ、白い髭が印象的な学長が奥の机に座りながら、俺を見つめている。年のせいで頭頂部だけ禿げ上がっているが、側頭部から伸びた灰色になった髪に包まれている体は、年老いた今でも、往年の活躍を忍ばせるほど見事に引き締まっている。


 いつも穏やかな笑みを湛えているその顔は、しかし、今入ってきた俺の姿に少しだけ困惑したように上げられた。


 取りあえず入り、学長の前の机に、マームの迷宮で手に入れた回復薬を入れた瓶を、ことんと差し出す。机の上に置かれた赤い柔らかな石は、きちんと封をされた瓶の中できらきらと輝いている。


「課題を終えました。マームの迷宮、攻略の証拠です」


 そう言うと、赤い欠片の入った瓶を前に押す。


「おおっ……!」


 学長先生は、それに大きく目を開いて、手の中に持ち上げて見つめた。


「よくやったな。あそこは今まで攻略した者の話でも、一筋縄ではいかないということだったが」


「はい、一筋縄ではいきませんでした」


 間違いなく。


「どんなところじゃった?」


「はい。簡潔にわかりやすく申せば、変態の快楽の砦です」


「そ、そうか。どうやら、相当大変じゃったようじゃのう」


「いえ、憂さ晴らしに最適なのは間違いありません。ただ、これ以上生徒をあの変態の毒牙にかけるのは、あまりお勧めしたくはありません」


「そ、そうか。なんで攻略した奴はみんな同じことをいうのじゃろうなあ」


 ――ほかからも言われているのなら、課題候補から外せ!


 そう思うが、学長は俺が出した瓶を持ち上げて中身を確認するように光にかざしている。


 そして、片目を閉じて欠片の色と質感を確かめると、机にもう一度置いた。


「うむ、間違いなく本物のようじゃ」


 コトンと軽い音がする。


「本来なら、Sクラスダンジョンの攻略完了で、リトム、お前の落第はなくなり上級剣士の称号を与えることができるはずなのじゃが、今回は異議申し立てがされていてのう」


「異議申し立て!?」


 ばんと俺は学長の机に両手をついた。


「なんでです!? 俺はきちんと出された課題をこなしてその証拠も持ち帰った! 俺を進級させない理由はないはずです!」


「う、うむ。そうなのじゃが――」


 困ったように、学長は長い髭を手で撫でている。


「実は、同じ迷宮を攻略したサリフォンから、お前の迷宮での行為に対して騎士道違反の申し立てがされているんじゃ」


「騎士道違反!?」


 そんなことをした覚えはない!


 いや、もちろん守る気もなかったが。著しい失点となるほど卑劣な方法を使ったりはしていないはずだ!


 むしろ使えたら万歳だったのに、とは心の隠した叫びだ。


 意外過ぎて目を見開いている俺の顔を、学長は机に座ったまま見上げた。


「ほれ、覚えはないか? 最後のダンジョン主のしもべとの戦いで、サリフォンによるとお前が相手との戦闘中に蹴って邪魔をしたということなんじゃが――」


 ――あれか!


 確かに、サリフォンに邪魔だと言われて腹がたったから、相手から助けるふりをして、ついでに派手に蹴ってやった。いや、邪魔者扱いされたから、し返してやりたいだけだったのだが!


 だが、俺の顔色が変わったのに、学長は気がついたらしい。


「証拠だという足の蹴られた痕も見せられた。どうかね? リトム・ガゼット」


 ぐっと手を握り締める。


「あれは――あいつが敵に襲われそうになっていたから……」


「助けた? それを証明できる者はいるかね?」


 はっと俺は顔をあげた。


「いる! います!」


 あの一部始終をアーシャルは見ていたじゃないか!


 だけど、それに学長は机で指を組み合わせた。


「相手にも、サリフォンのおつきの者が証言をすると言っている。つまり全く主張が分かれたというわけだ」


 ――あいつ!


 あそこで見捨ててやればよかった!


 いや、そりゃあ助けようとしたわけじゃないけれど!


「では」


 拳を握り締めている俺を、学長はじっと見つめた。


「騎士を養成する我が校の本来の形に則り、お互いの正義が分かれた時は、決闘で決着をつけることにする」


「つまり――」


「お前たちは、どちらも来年の白銀騎士団の推薦に名前が挙がるほどの生徒だ。丁度いい。これで推薦の話も決めやすい。リトム、お前が勝てば上級剣士の称号と進級。そしてサリフォンが勝てば、お前は残念ながら今年は失格じゃ。もったいないが、もう一年プラスしてこの学校で学ぶのも悪くはなかろう」


 ――ふざけるな!


 落第すれば、学校をやめろ――サリフォンの高笑いとあの日の約束が戻ってくるような気がして、俺はこみあげてくる怒りに、爪を拳に食い込ませた。




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