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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第二話 夢か現か、どれが本当だ !?
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(5)俺が?

 ――知っている、この顔。


 白い柔らかな腕で、打った頭を痛そうに押さえているその顔を俺は見つめた。


 その手に抑えられた髪は、柔らかな檸檬色で、それが背を束になって流れている。紫色の瞳は、今は涙目だが、それでこちらを怯えるように見つめているその表情にさえ覚えがある。


 ――確か、この顔は。


 俺はずっと昔の僅かにだけ残っているその記憶を必死で手繰り寄せた。


 だが、その瞬間だんとアーシャルが踏み出したのだ。


「貴様! 兄さんを騙してどこに隠れたかと思えば!?」


 ――え!? まさか、彼女が俺の恋人?


 いや、そんな記憶はない。確かに、昔から魔女といっても妖精の血が入っているとかで若くて綺麗だったが、いくら胸が柔らかそうでも当時の俺はそれに興味はなかったはずだぞ!?


「違うわ、誤解よ!」


 けれど、その魔女は必死でアーシャルの掴む腕から逃げようとしている。


「何が誤解だ! お前が兄さんを誑かして恋人のふりをして騙したんだろう!?」


「違うわ! 私は水竜を騙してなんかいない!」


「何が誤解だ、兄さんがいなくなって一緒にお前も行方知れずになったのはわかっているんだ、セニシェ!」


 ――そうだ、セニシェだ!


 やっと思い出せた名前に、俺が心の中で頷いたとき、しかし彼女は怒ったアーシャルに腕ごと体を引きちぎられると思ったのだろう。泣きながら顔をあげて叫んでいる。


「だから誤解だって! それに私は水竜の恋人じゃないし!」


「嘘をつけ!」


「本当よ! むしろ私は水竜に脅されていたんだから!」


 その瞬間、アーシャルの手が止まった。


「え――?」


 その見開いた目が、くるりと俺の方を振り返る。


「兄さん?」


 確認するように尋ねてくる。


「うん。覚えていないが、恋人がいたなんて夢物語より、よっぽど俺らしい言動だと思う」


「そんなきっぱりと断言をしなくても――」


 しかし腕組みをして言い切った俺に、なぜかアーシャルの方が複雑そうだ。


 だが、その手はまだぐいと手の中の服を引き寄せた。この隙にセニシェが逃げようとしたからだ。


「だったらなんで兄さんと一緒にいなくなった? しかも今も魔法で姿を偽ってまで側にいるなんて――それで何も知らないなんて言い訳が通じると思うのか?」


「ひっ」


 そういえば、そうだ。


 それに襟首を捕まれたセニシェの顔色が明らかに変わった。その様子は、間違いなく何かを知って隠している。


「相変わらず鋭いなお前」


 そういえば、昔から不思議と勘の鋭い奴だった。


「当たり前だよ、兄さんを守るのが弟の僕の役割だからね?」


 いや、それ兄弟の立場が逆な気がするんだが。しかし、双子だからいいのか。


 ――まあ、単純に殻を出た順なだけだからな。


 しかしそれに、セニシェの大きな紫色の瞳が潤んでいく。


「だって――水竜が……」


「俺が?」


「突然魂だけで訪ねてきたと思ったら、俺はお前のところに来ていることになっている。だから今俺の頼みをきかなかったら、恋人だと勘違いしている火竜が間違いなく私を殺しに来るぞって脅すから……」


 そう言うと、潤んだ瞳から大粒の涙が溢れ出す。


 それに、くるんとアーシャルが振り向いた。


「兄さん? 本当?」


「うむ。記憶にはないが、実に俺の言いそうなことだ!」


 つまり俺は何かの事情で彼女を利用したらしい。それなら十分に納得できる。


 セニシェの話をまとめるとこういうことらしい。涙をこぼして、鼻をすすりながらの切れ切れだったが、俺はある日寝ていた彼女の枕元に突然現れたそうだ。それも魂だけになって。


 驚いて目を覚ました彼女に俺は告げた。


「今すぐ俺の魂を人間の体に入れろ。そうでないと、俺はお前のところに来ていることになっているから、お前を俺の恋人と勘違いしているアーシャルが八つ裂きに来るぞ」


「いやーーーーーーーーーーーっ!」


 再現された彼女の絶叫が実に切羽詰っている。自分ながら、もっと上手に頼み事ができないものかと思うが、俺の方も余程切羽詰っていたのだろう。魂が明滅して、姿も随分と薄くなっていたらしい。


「だから……必死になって……」


 うん、間違いなく俺のじゃなくて自分の死刑宣告だからだろうな。


 今のアーシャルの言動から考えても、当時アーシャルとも面識のあった彼女の怯えは容易に想像できてしまう。


「だから大慌てで水竜の魂を魔力の布で包んで、この人間の街の側まで来て……」


 箒で嵐の夜の中を急いで飛んできたらしい。けれど、この街の近くまで来ても、嵐にどこの家の扉も固く閉ざされている。


 稲光がとどろく闇夜の中で、風と雨に打たれながら辺りを見回した。しかし布の中でだんだんと俺の魂の色は薄くなっていく。だから焦って、魂を入れるのに適した人間は誰かいないかと、必死で雨の中を駆け続けた。


「だけど、誰も見つからなくて――仕方ないから、どこかの家の扉を叩こうかと思った時に、道の端の垣根に隠れるように蹲っている二人の男女に気がついたのよ……」


 雨の夜なのに、傘もささずに、着ている黒い外套さえ雨に濡れて髪も全身もびっしょりになっていたらしい。


 その二人は、嵐の夜だというのに、まるて後ろから何かに追いかけてられているかのように、必死に身を寄せ合っていた。雨の中から聞こえてくる近くを通り過ぎる馬の音にさえ、互いを隠すように必死に身を竦ませている。


「それで気になって見ていたら、全身びしょ濡れだったから――これなら、水竜の魂も入れやすいと思って……」


 だから、その二人の前に立ったのだ。


 嵐の雷鳴の中、突然前に立ったセニシェに二人ははっきりとお互いを庇いあうように身を寄せ合った。突然現われた不審な人物に、明らかに警戒しているその男女を見つめて、黒い布で顔を隠したセニシェは老婆の声で告げたのだ。


『お前たちにお守りをやろう』


 そう言うと、口の中で短い詠唱を唱えて、布に包んでいた俺の魂を取り出すと、それをびしょぬれになっていた女の腹へと放っていく。


 周り中の闇を青い光に輝かせながら、俺の魂は父さんと母さんが驚いている前で、母さんの腹の中へと吸い込まれていった。それを呆然と二人が見つめている中で、放たれた俺の魂が腹にめりこむように完全に埋まっても、まだ肌の肌理きめからこぼれるように服の下から白い光を放ち続けていた。


 けれど、やがて白い光の最後の一本が収まって完全に母さんの腹の中に消えた時、また周囲が闇夜に戻っていく。


「それが俺……」


 それにこくりとセニシェは頷く。


「だから、水竜の安全を念押しをするために、こう言ったのよ……」


 そう語るセニシェはまだ鼻をすすり上げている。


「『最初に生まれてくる子を大事にしなされ。その子がお前たちをどんな苦難からも守ってくれるじゃろう』って……」


 ――うん?


「ちょっと待て!? 何勝手に約束しているんだ!?」


 俺はそんな約束は一切知らないぞ!?


 それにセニシェは更に涙を溢れさせながら叫ぶ。


「いいじゃない、それぐらい! 水竜は、弟思いのくせに極端に陰険で根性が悪いから、どんな手を使っても自分を育ててくれる人達を見捨てないと思ったのよ!」


「褒めるかけなすかどっちか一つにしろ!」


「つまり――」


 だが、そこで今まで黙っていたアーシャルが床に蹲っているセニシェの前から足をどけないまま、その顔に迫る。


「お前は兄さんを騙して駆け落ちしたんじゃなく、魂だけになっていた兄さんを助けて、僕が怖いから身を隠していた――こういうことか?」


「そうよ! 今そう言ったでしょ!?」


 何を聞いていたのよと、セニシェはもうアーシャルの鬼気迫る顔に半分パニックだ。


 しかし、その答えを聞いて、にっこりとアーシャルは足を戻した。それどころか、彼女に向かって手を差し出すと、その手を優しく握ったではないか。


「じゃあ、君は僕と兄さんの恩人だ」


 そう言うと、泣いている彼女を床から引き上げてやっている。


 ――おい、アーシャル。正直その笑顔は女殺しだぞ?


 こいつ、わかってやっているんだろうか。


「悪かったね、誤解していて。でも、もう怖がらなくていいよ」


「火竜……」


「僕は兄さんを僕から取ったりしないどうでもいい相手に対しては、基本優しいから」


「…………うん。なんか複雑だけど、取り敢えず自分がその枠で良かったことにしておくわ」


 ――ほかは、死刑枠しかないと思っているな……


 だけど。


 今聞いた内容を思い返して、俺は眉を寄せた。


「俺が人間に入れるように指示した?」


 それに、やっと泣き止んだセニシェはこぼれるような紫水晶の瞳で俺を呆れるように見つめている。


「そうよ。あんなにはっきりと言ったくせに覚えていないの?」


「なぜ……」


「そんなこと私は知らないわよ」


 ――どうして?


 なぜ、俺がわざわざ人間に指定して俺の魂を入れるように言ったのか。


 それに、それなら魂を失った俺の竜の体はどうなったのだろう?


「兄さん……」


 いくら考えても、そこだけは記憶に深い闇が落ちたように思い出すことができない。


 側からかけてくるアーシャルの言葉に答えることができなくて、俺は黒い魔術のかかった布をかぶろうとしているセニシェをもう一度見つめた。


「ほかには何か知らないか? なんで、俺が魂だけになったとか、俺の竜の体はどうなったのかとか――」


 それに怪訝げにセニシェが目をしかめた。


 そして、俺とアーシャルを見つめている。


 だが、返ってきた答えは簡潔だった。


「知らないわよ、これ以上は――」


「そうか」


 だけど、一つだけはっきりとしたことがある。


 ――俺は何かわけがあって人間になることを選んだんだ!


「兄さん……」


 やはり同じことに気づいたらしいアーシャルが、そっと腕を握ってくるのに、俺は逆の手でその前髪を撫でた。


 そして――それは。


 当時の俺にとって、このアーシャルの側に居続けるのよりも、大事なことだったのに違いない。


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