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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第二話 夢か現か、どれが本当だ !?
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(1)身に覚えがないんだが!?


 赤い太陽が、街の高い建物の端に沈んでいこうとしているのを見つめながら、俺は故郷の懐かしい通りを歩いていた。


 黒い影が長く伸びて、金色に染まった石畳の上を歩く俺と竜の前の道を彩っている。


「ここが兄さんがいなくなってからずっと暮らしていた街?」


 そう尋ねる竜の手には黄色と白のペロペロキャンディが握られている。それを少しずつ舐めながら、物珍しそうに人間の街を見回す姿に、俺は苦笑を浮かべた。


「ああ。王都からは少し離れているがな。この国の西では、まあまあの規模の街だ」


 俺は、通りを案内しながら、やっと思い出したアーシャルに育ったカラムの街について説明した。アーシャルのその赤黒い瞳は夕焼けの光に金色に透けながら、俺の言葉に初めて入った人間の街を興味深そうに見回している。


「ふうん。でもなんで兄さんはここで人間をしていたの?」


「それは――」


 正直、記憶が戻った今になってもよく思い出せない。


 なぜ、俺はアーシャルを置いて、ここで人間として大きくなり、今まで生きていたのか。いくら考えても、わからないことばかりで頭の中はまだ混乱している。


 俺の記憶の中のアーシャルとの日々と、人間として今まで暮らしてきた毎日。一体どこで切れてこうなったのか。


 俺は軽い溜息をつくと、俺の故郷のはずの街に並ぶ尖塔を興味深そうに見つめているアーシャルを振り返った。


「そういえば、アーシャル。お前、目が見えるようになったんだな?」


 昔はいくら目を凝らしてもよく見えなくて、見たい物に顔を寄せてそれこそ皿のように目を開いていたのに。それでもよくわからないのか、側にいる俺によく見ている物について質問攻めしていたことを、今見上げている尖塔の色や形にしてこないことに気がついて、俺はそんな何気ないことを嬉しく思いながら尋ねた。


「ああ、うん。兄さんがいなくなってすぐだったかな。話に聞いたという偉い竜が訪ねてきてくれてね、治療法を知っているからって治してくれたんだ」


「偉い竜?」


 ――誰だ?


 まだ子竜だったから、そんなに竜の知り合いは多くなかったはずだがと俺が首を傾げると、アーシャルの顔がぱっと輝く。


「うん! すごいんだよ! 四竜の力を持つと言われる伝説の竜のナディリオンが来て、わざわざ治してくれたんだ! 兄さんが行方不明と聞いて、心配して一緒に探す手伝いもしてくれたし! 今度兄さんにも紹介するね!」


「お、おお」


 ――うん? こいつが俺以外でこんなに反応を示す相手なんて珍しいな。


 これも成長したということなのだろうか。そう考えると、離れていた年月が今更ながら短くなかったことに、複雑な気分になる。


 ――まあ、ほんのついさっきまで忘れていたんだから仕方ないんだが……


 しかし、そんな俺の気持ちには気がつかないように、竜は俺の肩に両手を置いたままその手に力を加えてきた。


「それで、兄さんはなんでここで人間として暮らしていたの?」


 ――うん。結局話題はあっさり俺に戻るんだな……


 どうやら、対人関係の幅が多少広がったとはいえ、やはりブラコンは健在らしい。まあ、それはそれで困ったような嬉しいようなではあるんだが。


 ――しかし……


 俺はもう一度さっき頭の中に甦った十何年ぶりかの記憶を総動員して、素直に白旗をあげることに決めた。


「すまん。それについては、さっぱりなんだ」


 本当になんで、アーシャルと竜として暮らしていたのに、アーシャル曰く突然いなくなって、現在ここで人間として暮らしているのかがわからない。


「やっぱり回復薬が半分だったから、それで思い出せないのかな?」


 残りも使ってみる? とじっと見つめてくるのに、俺は慌てて学校に提出するはずの赤い欠片の入った鞄を抱きしめてアーシャルから隠した。


「いやいや、それならさっき欠片を売った村長だってぎっくり腰が治っていない筈だろう!?」


「あ、そうか」


 アーシャルは自分の手の中の飴になった金の出所の老人を思い出して頷く。


 帰り道の村で聞いて、寝込んでいたその手に金貨と引き換えに赤い欠片を渡して祈った途端、その村長の腰は真っ直ぐに伸びて、杖を持って軽快にスキップをして踊り出したのだから、半分で効かないということはない筈だ。


 それに更に、うーんと、アーシャルが考え込んだ。


「じゃあさ、兄さんはここでずっと人間として暮らしていたと言っていたけれど、今の兄さんの体は竜なの? それとも、人間?」


「それもはっきりとはしないんだが……」


 言いながら、俺は街の通りの向かいを歩く女の子達の姿を見つめた。年の頃は十六、七。美しく肩に垂らした茶色の髪と、その横に眩しく輝く白い首筋が美しい。少しだけ盛り上がって見える胸もフリルのリボンに愛らしく飾られている。


「人間――だと思う」


 うんと首を縦に振る。


「ええっ! なんの根拠で!?」


「いや、なんとなく」


 俺は思わずアーシャルから目を逸らしながら答えた。


 だって、人間の女の子を見てドキドキとするから。そんな不純な自分の種別確定はアーシャルにはとても言えない。


 ――前はやっぱり竜の女の子にもてたいとか思ったのになあ。今思い出しても、昔ほどにはときめかないし。


 美しい鱗よりも、白い豊満な胸に惹かれてしまうなんて、口が裂けても言える筈がない。


「ってことは、やっぱりあの女が、兄さんと駆け落ちした挙句に兄さんの体に何かしたってことか」


「は?」


 いやいや、お前何を言っているの?


 目を点にして全力で振り返った俺に、それなのに竜の方が思い切り眉を寄せている。


「違うの? 僕、兄さんはてっきり駆け落ちしたんだと思っていたんだけど?」


「え!? ちょっと待て、お前!なんだ、それ!?」


 まったく身に覚えがない!


 それなのに竜と来たら、腕組みをして少し怒っているように俺を見つめているではないか。


「だって、兄さん、いなくなる少し前から僕をおいてよく女の所に出かけていたし、帰ったらおかしなぐらいぐったりとしているし。首には変な痕をつけているし」


「いやいやいやいや、ちょっと待て!」


 全くそんな相手は知らない!


 いや、いなかったとは言わない。というか、絶対いなかったとは言いたくない。男として。


 ――だけど、そんな良い記憶があれば、少なくともちょっとぐらいは覚えているもんじゃないか!?


 デートとは言わないが、せめて手を繋いだとか。竜の首でハグぐらいしたとか……


 ――それなのに、まったくそんな心当たりさえない!


 忘れているにとどまらず、これは二重の意味で男として悔しくないだろうか。けれど、心の中で泣いている俺に更にアーシャルが追い討ちをかけてくる。


「だから、僕はてっきり、兄さんがその女に弄ばれて、金づるにされた挙句、身も心も利用されてぼろぼろになっているから帰れないんだと思っていたんだけど……」


「ちょっと待て! お前の中での俺の男女の立ち位置がおかしい!」


 それはどう考えても乙女だろう!


「だから、女と駆け落ちと聞いて父さんは騙されるなんてとぼろ泣きだし、母さんは、まあもうそんな大人になったのねと父さんを蹴っ飛ばして笑っているし」


「くどいようだが、男女の位置がおかしい! どうして、俺の竜の父さんと母さんの反応が男女あべこべなんだよ!?」


 というか、なんで、母さん、そんなに豪気なんだよ? いや、元から繊細な父さんより余程豪胆で肝っ玉がよかったが!


 ――大事な長男の失踪ぐらいたまには真面目に心配しやがれ!


「だから、僕が兄さんの恋人を八つ裂きにして、兄さんを助け出そうと決意していたんだけど」


「お、おお……決意、か……」


 よかった。どういう経緯があったのかは知らないが、とりあえず全く身に覚えのない俺の初恋の人は、アーシャルの虐殺を免れたらしい。


 ――というか、俺これから先も恋人ができるんだろうか?


 もし、過去に好きな人ができてそれで失踪したというのなら、絶対にこいつが原因だよなと今の発言で納得してしまう。


 頼むから、アーシャル。そんな天然記念物のように稀少な存在の絶滅を企まないでくれ。


 その時、急にわっという歓声が通りの奥から聞こえてきた。


「百!」


「いや、二百!」


 広間の隅に設けられた台から、大きな掛け声が上がっているのに、腕から顔をあげた俺は眉を顰めた。


 その声にアーシャルが不思議そうに振り返ると、裸に近い姿にされた男や女が次々とその台の上にのせられて人ごみの前に晒されている。紙幣を持った男たちが声を張り上げ、うなだれながら胸を隠すことも許されない年若い子供たちに競って値をつけていっている光景に竜も眉を顰めた。


「兄さん、あれは?」


「奴隷市さ」


 俺は吐き捨てるように答えた。


 そして、その声に背を向けると、もうその光景を見たくないから足を遠ざける。


「貧しくて税金を払えない、食べるものもない、そんな家の子供や、盗賊に襲われた子供達がああして多額の金と引き換えに売られていくんだ」


「そんな……」


「仕方ないさ。ひどい話だが、そうしないと食べていけない人間はいくらでもいるんだ。真面目に働いて、だいたい二、三十年――体が老い始めた頃にやっと借金を払い終わって解放されるんだ」


 ――だから、俺の人間の母さんも……


 きっと昔、年端も行かない頃にあんな台に立たされて人生を体ごと売られたのだろう。


 そう考えると、竜としての記憶が戻った今でもやはり歯を噛み締めてしまう。


 ――決して、母さんをあんな境遇に戻したりはしない!


 自分の中で人間の両親との関係はわからないが、だからといって今まで信じてきた親子の情愛を記憶が戻ったからと言って急に消してしまうことなどできるはずがない。


 ――取り敢えずサリフォンに約束はさせたが、本当に口外しないかはわからない。


 一度、学校に戻って確かめないと!


 そうでないと、今まで一緒に過ごしてきた家族が安全に暮らしていくことができない。


「兄さん……」


 歩きながら食いしばっていた俺の唇に、心配そうに声をかける竜に気がついて、俺は無意識に早くなっていた足を緩めた。


「ああ、悪かったな」


 その声に顔をあげると、俺の足はいつの間にか街の中にたくさんの店が並ぶ賑やかな通りを歩いていた。


 たくさんの店に客が出入りするその前を通り過ぎると、その立ち並ぶ商店の端にある靴の絵の看板のかかった店の前に近づいていく。


「まあ、取り敢えず、今日は泊まっていけよアーシャル。人間の家族には、お前のこと学校の友達と紹介するから」


 そう竜に笑いかけて、扉の取っ手を握ろうとしたときだった。けれど、その瞬間中からばんと扉が開いたのだ。


「お帰りなさい! お兄ちゃん、通りから声が聞こえてきたから待ち構えてたわよ!」


「ユリカ」


 俺は、茶色の髪をくるくると後ろに流れさせた大きな青い瞳の妹の名前を呼んだ。けれど、扉を開いた十一歳になる子供の姿にアーシャルが僅かに目を眇める。


「兄さん、この子は?」


「ああ。俺の人間の妹なんだ。ここで一緒に育った」


「一緒に育った? 兄さんと?」


「なんで、お兄ちゃんを兄さんなんて呼ぶの? リトムは私のお兄ちゃんよ?」


「お兄ちゃん? ――僕の兄さんが?」


 ――あ、やばい。


 何か本能的に嵐の到来を感じて、俺は見つめあう二人の前で立ち尽くした。


 それなのに、それに気がつかないように俺の弟と妹は、扉の前で無言の視線で火花を散らしている。


 頼むから! 家の前で眼光で戦わないでくれ!



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