(18)お前これが狙いか!?
「なるほどな、こんなところに隠してあったとは――」
じっと、俺はその刀身が示した本物の玉が隠されているしもべの腹を見つめた。しもべは今も俺の姿を薄笑いで見つめているが、それには気にも留めずに剣を握りなおす。
ちゃきっと乾いた音が手の中で上がった。
ありがとうよ、竜。お前がこのダンジョンの陰険な仕組みを散々教えてくれたお蔭で助かった。
敵は相変わらず強大だが、少しだけ心に余裕ができた。
だから微かに顔を動かして、俺は横でひどく心配そうな顔をしている竜を安心させるように微笑んでやる。すると、大きな赤い瞳を開いて俺を凝視している竜の顔が目に入った。
そしてその横で、俺のいためつけられている姿に、ひどくうっとりと陶酔しているマームの姿も一緒に視界に入ってきたのがすごく嫌だ。
「ああ、もう生きていて良かったわー!」
どうして人が苦しんでいる姿に、それだけうきうきと興奮できるんだ?
「あの水竜をこれだけいたぶれて、しかも火竜に悔しそうな顔をさせられるなんてー!! ああ、このダンジョンをやっていてよかったー!!!」
うん、竜の兄貴の気持ちがわかった。やっぱりダンジョンの修理を心配する必要は皆無だな。次があれば、再建などできないぐらいもっと壊しまくってやろう。
もっとも、こんな変態のダンジョンなんて二度と来たくないが。
だが、この相手を倒さないと薬の玉が手に入らない。
どうする?
どうすれば、あいつの速さに対抗できる?
俺は、ぎりっと唇を噛み締めると、剣の正面で薄く笑っているしもべの青白い顔を見つめた。
幸い傷は少ない。今転んで少し膝を打ったが、頬や腕にいくつも切り傷を作っているサリフォンに比べれば無傷と言ってもいいだろう。
無傷――
「うん?」
なにかがおかしいと俺は眉を寄せた。
俺とサリフォンの実力差は、そこまで開いていなかったはずだ。長い不調に陥る前ですら、試合によっては、引き分けになっていたのに、いくら俺が最近筋トレを頑張って基礎体力と体術を増やしたからといっても、ここまで差が出るわけがない。
だとしたら――
ちらりと俺はマームの陶酔した顔を見つめた。
――あいつ、やっぱり本心では竜のことが怖いんだ!
たから、約束を守ってしもべに俺を殺したり傷つけさせたりはしていない。俺が防ぐのに苦労するぐらいのぎりぎりで痛めつけるのだけを目的に攻撃をさせている。
――だとしたら。
俺は剣を持つ手をわざとだらんと下げて全力で走り出した。
それに気がついたサリフォンが目を見開いている。
「馬鹿か!」
馬鹿はどっちだ。こっちに気をとられている場合か。
その瞬間、サリフォンの体がしもべの肘で殴られて床に飛んだ。
呻き声をあげているが、顔を起こしているから大丈夫だろう。
それよりも、俺はどんどん近くなってくるしもべの姿に、手を下ろしたままの剣を握りなおした。相手の薄い笑い顔が近づいてくるが、まるで死者のような肌色だ。
その中に浮かぶ瞳が、俺の剣のあるところを確かめて、指を下げていく。
――やっぱり!
あいつは、この剣が反応できるぎりぎりを狙っている。それ以外は体術しか使えないんだ!
だとしたら、と俺は走りながら後ろで剣を逆の手に持ち替えた。
急に左右逆にもたれた剣に相手の動きが一瞬止まった。
その間に、俺は床を蹴った。体が宙の空気を切り、攻撃しようとしていたしもべの左腕が後ろになっている俺の剣に慌てて殴打に切り替えたのを、空になった右手を盾にして防ぎ、左手に下げていた剣でその下腹を跳ね上げるように切り裂く。
その切り口から、まるで朝日が山の間から顔を出すように、オレンジ色に包まれた赤い光が溢れ出た。
それが、剣がしもべの腹を裂くほどに大きくなり、やがて中から一つの赤い玉が転がり出ると、しもべは急に石で造られた彫像のように固まって動かなくなってしまった。
「やった! 兄さん!」
竜が歓声を上げているが、まだ俺は玉を手にしていない。
しもべの腹から転がり出た玉はぽよんぽよんと跳ね、まるで中に液体か、ゼリー状の物が詰め込まれているように無機質な石の床を転がっていく。
それに先に手を伸ばそうとしたのは、しもべの肘で殴られて落ちた玉と同じ方向に飛ばされていたサリフォンだった。
「くそっ!」
ここで取られてたまるか!
慌てて俺は方向を変えると、サリフォンの近くに落ちた玉を追いかける。
「それは俺のだ!」
「何がだ!? ダンジョン主は玉を先に手に入れた方に渡すと宣言しただろうが!」
ごもっとも!
だが、それなら余計に渡すわけにはいかない。なにしろ合格の印の玉はあれ一つしかないんだ。
「だから、ここは僕に譲れ! 奴隷の生まれなら貴族に仕えるものだろう!」
「冗談じゃない! 貴族こそ一般庶民に譲りやがれ! 玉なんて上等なのをいくらでも持っているだろうが!?」
「ああ、生まれの卑しいお前よりはな! つまりお前が持つにはふさわしくないということだ!」
そう言うと、追いつこうとした俺にサリフォンの剣が襲いかかってきた。
それを剣で防ぎながら、俺も返す手でサリフォンに向かって剣で切りかかる。
いつの間にか、学校の試合の延長で俺たちは鋭い音をあげて剣で切り結びながら玉を追いかけていた。
だが、剣ではいくら戦っても勝負がつかない。
「お前――――?」
いつもならそろそろ息切れを起こして自滅する頃なのにと、剣を持つサリフォンが怪訝げに眉を顰めたのに気がついたが、今それについて説明している時間はない。
切り結んでいるサリフォンの剣を、押し返して飛び出そうとした俺よりも一歩早く、俺の剣から刀身が離れたサリフォンの方が床の玉に飛びかかろうと床を蹴って手を伸ばしたのだ。
「させるか!」
絶対に譲るわけにはいかない。
俺は持っている剣を投げると、その手の先にある玉を弾き飛ばそうとした。
それなのに、玉はぐしゃっと変な音をあげると、まるで熟れすぎた柿がつぶれるように、剣のあたったところが粉々になり、不格好な残りだけがどうにか球形を留めて転がっていく。
え? ぐしゃっ?
俺の目が点になるよりも早くに、サリフォンの怒声が飛んだ。
「何をしているんだリトム!? 玉が壊れたじゃないか!?」
「す、すまん。まさかこんなに脆いとは思ってなかった――」
「くそっ! これだから貴重品もわからない奴は――」
だが、まだサリフォンの方が俺より一歩分玉に近い。壊れた玉を追いかけようとするサリフォンを追いながら、俺はその玉の前にいる人影に気づいて大声で叫んだ。
「竜! それをとってくれ!」
「何ですって!? ほかの者は手出しをしない、正々堂々とやる約束じゃなかったの!?」
マームが驚いて目を見開いているが、そんな約束をした覚えはない!
「約束は戦いに参加しないだ! それに正々堂々といたぶられてやったじゃないか!」
それを正々堂々と言うのかは知らないが。けれど、もうすぐサリフォンの手が届く。
しかし、それよりも早くに竜の手が、躊躇なくその転がってきた赤い崩れかけた玉を拾うと、鮮やかに笑ったのだ。
そしてその手を部屋の暗い闇の中に高く掲げる。
「回復の玉! 兄さんの記憶を思い出させて!」
その瞬間、玉から部屋中に眩しい光が数百の矢となって溢れていく。
ちょっと竜!? お前、勝手に何を願ってくれてるんだ!?
それとも、ここを選んだのは最初からこれが狙いかと、俺は白くなっていく視界の中であまりの眩しさに目を閉じた。