(17)いたぶられるのも公平か!?
前に立つしもべの青白い腕には金の玉と銀の玉が二つ。
右が金。左に銀が腕の三回りは大きな輪に通されて、俺たちに取れるかと嘲うように示されている。
――どっちだ?
俺は薄く笑いながら浮かぶしもべの姿を見つめて剣を構えた。
浮かんでいると言っても、空中五十センチほどだ。腕を下ろしていれば、十分剣で狙える高さだ。
ただ、どちらが本物の玉かだが。と、俺は正解を知っていそうな竜をちらりと横目で眺めた。
「言っておくけど」
振り返った俺とサリフォンの姿を見つめながら、マームが酷薄な笑みを浮かべる。
「そこの竜と人間のガキのおつきの者の戦闘への参加は認めないわよ? これは公正さを保つためじゃなくて、攻略者をいたぶるという私の趣味の為だから破ったら玉は渡さないわ」
――だめか!
そんなにはっきりといたぶりたい宣言をされて、抜け道を塞がれてしまってはどうしようもない。
実際、竜がいれば戦闘力は何十倍で勝利が確実なだけに、小さく舌打ちをする。
仕方ない。正々堂々なんて性格ではないが、サリフォンも一人なら条件は同じだ。いたぶられる確率が同じならば、どれだけ相手にそれを押し付けるかだけの話だ。
負けるわけにはいかないーーそう剣を改めて構えたときだった。
「兄さん!」
――竜!?
後ろから突然声を張り上げた竜に驚いて振り返る。
「頑張って! そのしもべの弱点は両足の付け根の間だから狙って!」
ちょっと待て!
「お前何を言っているんだ! そこは男なら誰でも弱点だ!?」
なんてところを狙わせようとするんだよ?
「ちょっと! 手出しはなしって言ったでしょう!? なに言った直後に加勢しているのよ!?」
「えー? 約束通り戦闘には参加していないよ? ただ助言しただけ」
「助言もダメ! まったくこのブラコン弟は! 兄のことになったら、油断も隙もないんたから!」
「ひどい、ブラコンなんて!兄思いのいたいけな気持ちを変態的に解釈するなんて!」
「あんたがブラコンじゃなかったら、逆に変態が怖いのよ!」
やめてよ、それ以上がいるなんて考えたくもないとマームが叫んでいるが、その気持ちは少しわかる。
「えー? でも、猫だって、ミミズだって兄弟なら身を寄せ合って寝ているじゃないか? それなのに僕だけ変態なんて」
「猫はともかく! お前自分をミミズにたとえるのはどうなんだ!?」
「水竜! ほかにつっこむところはないの!?」
いや、もちろん色々あるが。やっぱり俺がミミズと同類にされるのは一番につっこんでおきたい。
それなのに、思わず振り返って叫んだ俺に、サリフォンがその緑の瞳を怪訝げに寄せていた。
「兄さん……?」
「いや、これは……」
人違いだと説明するべきだろうか。この状況で?
「そうか。言われてみればお前に似ているな。あれが街にいるというお前の妹か」
「違う! 妹はもっと俺に似ているわ! あんなに馬鹿じゃない」
まずい! 最悪の方向に誤解が飛んだ。
それなのに、竜ときたら俺の言葉にショックを受けたように口に両手を当てている。
「ひどい! 兄さん!」
「兄さん? 妹じゃないのに?」
更にサリフォンの眉が寄せられていく。
おいやめてくれ。これ公開処刑だろう?
せめて、さっきの竜の弱点発言がある前ならまだましだったのに――あんな爆弾発言をされた後で、どんだけ言い繕ったところでどうしようもない。
こうなったら、一刻も早くしもべを倒して玉を奪うしかない。そう決意すると、俺はこの場から逃げるように走り出した。それなのに同時にサリフォンも走り出している。
「ふん! 誕生日以外で抜け駆けできると思うな!」
よく知っているな! お前俺の誕生日なんていつチェックしていたんだ!?
ああ、そういえば俺の少し後で去年も誕生日を祝われていたっけと、俺は記憶の端で思いだしたことを頭の片隅へと押しやりながら石の床を蹴った。
三階のゴーレムの床に比べると走りやすい。
整備された灰色の石のタイルが敷き詰められ、そこを直線に走ると、目の前に迫ってくるしもべの右の金の腕輪へ剣を振り下ろす。
その瞬間、しもべの右手の指が一本伸びて光ると、それで振りかぶった俺の腹を狙ってきた。
――来る!
ぎりぎりだった。
がら空きになった俺の胴体を、しもべの光る剣になった指が貫くこうとするのと、俺の振り下ろした剣がそれに当たり勢いを止めることに成功したのは。
「くっ!」
思ったよりも動きが素早い!
いや、無防備に胴体を晒した俺の失策だ。
その指の剣の動きを俺の剣で止め、後ろに振りぬくのと同時に、片足で後ろへと半歩飛びずさる。
――危ない。ここまでの相手とは体術が段違いだ。
相手の剣が踏み出さないと届かない位置で体勢を立て直すと、俺は大きく息をついた。
その間に、これを隙と判断したサリフォンが左から飛びかかるが、同じように伸ばしたしもべの左手の中指の剣で素早く横なぎに払われ、それを防ぐのに精一杯のようだ。
「くそっ!」
隙が見えない。
とにかく、その防御の端でも崩せないかと俺は剣を構えると、連打で打ち込むが、全てしもべのその細い指の剣に受け止められていく。
速い!
とにかく振り回すスピードが人間の比ではない。
剣の刀身を左、右と向きを変えながら打ち込んでいくが、相手は少し押された気配しか見せない。
――いけるか?
僅かに眉を寄せて、次の一打に力をこめようとした。しかし、しもべは剣の打ち込みの強さにそれを感じ取ったのか、ふわりと飛び上がるとそのままサリフォンの後ろへと飛び降りていく。
ほとんど音もなく飛び降りて、そのまま、サリフォンの胴を貫こうとするのを、気づいたサリフォンが素早く振り向いて後ろに剣を流し、がきんという金属音で受け止めている。
「くっ!」
そのままサリフォンの白金の金髪が翻ると、俺より柔軟な体を生かして、背をそらしてしもべの首を狙おうとしたがかわされてしまった。
「ちっ!」
悔しそうに舌打ちしている。けれど、サリフォンはそのまま攻撃の手を緩めることなく、更にしもべと打ち合っている。
それに俺もしもべの右へと飛び込んだ。
そして上から腕を狙って剣を振り下ろすが、すぐに横なぎに手が伸びて、その下ろそうとした剣を横に流されてしまう。
その流された一瞬を見逃さなかった。俺は横に流されて下ろした剣をそのまま下から持上げて、腹の横から腕を狙うが、相手の方が一枚上手だ。
どんと急にサリフォンの顔を殴ると、俺の体にその体をぶつけて体勢を崩させたのだ。
「リトム、邪魔だ、どけ!」
「なんだと!? 邪魔をしたのはお前だろうが!」
口から血を流しながら、どれだけ偉そうなんだ。
だが、その刹那俺に気を取られたサリフォンの喉めがけて光る指が襲い掛かろうとしているのに気がつき、俺は咄嗟にそれを剣で払った。
「邪魔だ!」
同時に、サリフォンの足を思い切り蹴って、その指から逃がしてやるが、別に助けてやったわけじゃない。ただ、邪魔だと言われたから邪魔者扱いしてやりたかっただけだ。
だが、その瞬間これがチャンスだと思った。
今俺の剣に払われたしもべの左手は上を向いており、右手は俺を狙っているが、剣でそれを止めれば、しもべの右腕にかかった金の玉に俺の左手が届く。
今なら!
それなのに、その瞬間しもべの膝に蹴られた。
「なっ!」
くそっ! なんて蹴りだ!
膝ごと回すようにして蹴られ、さすがに息がつまる。そのまま石の床を五メートルほど片膝をついた状態で滑ったが、叩き上げの首席を舐めるな!
二回の咳ですぐに立ち上がると、肩で息をつきながらしもべを見つめる。
「ふん、さすがラスボス」
強さは伊達じゃないってか。
だけど、正直言って攻略の糸口が見つからない。
「兄さん!」
竜が離れた所から心配そうに声をかけているのが持った刀身に映って見えているが、今目の前の敵から目を離す余裕はない。
悪いな、竜。
せっかくお前が俺の不調をなくす剣を作ってくれたのに。
それなのに、どちらが本物の玉かさえ見極められない。
右か? それとも左?
相手の姿を見つめて、狙いを迷うように僅かに俺が刀身の先を動かした時、その剣身に違う光が映ったような気がした。
「うん?」
それに眉を顰めて、もう一度刀身を今の角度に直してみる。
すると、今目の前に立つしもべの姿が映る。青白い肌を戦闘服に包んだその右手には金色の玉。そして左手には銀色の玉を持っているのに、剣のほの赤く光る刀身には違う光が映っているではないか。
それに俺は目を見開いた。
それは目の前に立つしもべの下腹の辺り。臍より少し下、だが足の付け根よりは上のところに、赤い玉が光を放ちながら映っている。
――そうか! あれはフェイク!
今までも散々偽者で騙されてきた。このダンジョン製作者が、素直に本物の玉の在り処を示すはずがなかったのだ。
――あの腹に隠された玉、あれこそが本物!
ありがとうな! 竜!
やっとあの忠告の意味がわかって、俺は改めて剣を構えなおしながらその赤い玉に瞳を据えた。