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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第一話 誰が兄だって!?
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(16)攻略者は公平に!

 あれは剣術学校の入学式の次の日だった。


 初めての教室は、今まで通っていた街中の古い建物とは違い、シンプルな白壁に美しい金の蔦が装飾されている。


 さすが富裕層の多い学校だ。


 大半が騎士を目指す貴族の子弟で、そうでないのは裕福な商家や役人の子供らしく、着ている服が見ただけでわかるほど上質なものだ。


 最初からわかっていたことじゃないか。


 自分の着古した服に、ひそひそと囁きあっている同じ新入生の眼差しを感じて、俺は小さな溜息をつきながら、筆記用具を古い皮の鞄から取り出した。


 子供の頃からずっと使っているペンとインク壷を机の上に並べる。けれどその時、突然鞄を覗き込んでいる自分の前が翳ったと思うと、今出したペンの上に誰かの手が叩きつけられたのだ。


「おい」


 その手に抗議の意味で呼びかけた。 


「ふん。ここでこんな貧しい道具を使っているのはお前ぐらいだろうな、職人階級出身のリトム・ガゼット」


 その声に眉を顰めて目を上げると、入学式で俺に続いて新入生の挨拶をした顔が目に入った。

 

 確か今年の次席の――


「サリフォン」


 やっと思い出した名前を俺は眉をしかめながら呼びかけた。それに、白に近い金髪をもつ相手は、おどけるように目を大きく開いている。


「おや? 覚えていてもらえたとは光栄だね。今年の入学首席に」


「お前がサリフォンを抜いて首席なんて、どうせ先生に袖の下を包んだんだろう?」


「だから文房具は新調できませんでしたーって? 大変だなあ、貧乏人は」


 サリフォンの後ろにいた数人の貴族の子弟達から嘲う声があがるのに、俺は眉を顰めた。なんなんだ、この失礼な奴ら。


「やめろ。この文房具を見れば、彼に包む袖の下があるかなんて明らかじゃないか。せいぜい先生の靴を磨いたか、その女みたいな顔で取り入ったかのどちらかだろう?」


 そうか。そういうことね。


 俺はすっと目を細くした。


「そう。俺の家はお言葉通りただの町人だからな。生憎うすのろでも、無限に金を積んで入れるほどの財力は持ち合わせていない。今年の入学志願者にたいした腕の奴がいないのが幸いしたよ」


「なんだと!? それは俺がうすのろだと言いたいのか!」


「媚で得られるような首席に負けたと言うのならな? 次席のサリフォン」


「まぐれでなったくせに偉そうに! おまえなどこの文房具がお似合いの市中の学校に入るべきだったんだ! 靴屋の息子だろうに、貴族の真似事をしようなんて分不相応と思わないのか!」


「御高説ごもっともと言いたいところだが、生憎俺より弱い奴の物真似なんてしても仕方ない。それよりも、お前が俺の物真似をして、靴を自分で磨けるようになった方がよっぽど剣の腕が上がるかもしれないぜ?」


「言ったな!?」


「貴様! 町人の分際でサリフォンによくも――」


 今から思い返せば、サリフォンとはあれからずっと犬猿の仲だった。


 そのサリフォンが、今ここにいる。俺は、突然暗い天井の穴から落ちてきたその白い金髪を身動きもできずに見つめた。


 サリフォンは、おつきの男に支えられながら泉から這い上がると、ごほごほと咳き込んでいる。一緒に落ちてきた側仕えの男の方が早くに体を立て直し、その背をさすってやっているようだ。


「大丈夫ですか? サリフォン様」


「だ、大丈夫だ……ちょっと、驚いただけだ……」


 心配する男に咳の合間に答えているが、それに俺は手を強く握りこんだ。


 ――まさか、もう来るなんて!


 ダンジョンまでの道を竜の翼で、だいぶ時間を稼いだつもりだったのに、まさか薬を手に入れる前に追いつかれるとは。


 俺は焦る気持ちを抑えて、剣を確かに身につけているか、腰にあるその柄に触った確かめた。


 けれど、その瞬間、やっと咳の止まったサリフォンが叫んだ。


「なんだ! このダンジョンは!?」


 だがまだ少し喉をおさえている。しかし、どうにも我慢できないというように、サリフォンは水のしたたるその白い金髪をかきあげて、俺の方を睨みつけてくる。


 いや、睨むべきは俺じゃなくてこのダンジョンの主だろう?


「最初の天井の矢以外、碌に罠らしい罠もなかったぞ! 通路の扉は開きっぱなしだわ、敵は出てこないわ、やっとゴーレムに出会えたと思ったらそいつは半身しか動かないわ!Sクラスなんて言っておいて名前倒れもいいところだ!」


「おい」


 その言葉に思わず俺の瞼が下がった。そのまま横を見つめると、さっとマームが目をそらしている。


「顔をそらすな。おい、攻略者への罠は平等にしろ」


「仕方ないでしょ!? 誰かさんたちが毎度壊しまくってくれるから修理が追いつかないのよ!」


「それについては同情するし、竜にいくら手伝わせてもかまわん! しかし、そんなに簡単に攻略されてSクラスダンジョンの誇りはどうした!?」


「あんたに言われたくないわ! だいたいそのせいで今まで、どれだけの攻略者に薬を持って行かれたと思っているの!? 私は慈善事業でこのダンジョンをやっているわけじゃないのよ! 攻略者をいたぶるという趣味でやっているのに、あんたらのせいで私の方が大損だわ!」


 その本音は炸裂させていいのか!?


 しかし、まさかの趣味! もっと読書やポエムとか平和的なものにしてくれたら、人類にとってもありがたいのに。いや、間違いなく拷問崇拝ポエムだろうけれど。


 けれど、マームはああもうと美しい額に手を当てると、心底頭が痛そうに目を閉じた。


 そして、ふわりと緑の髪を光らせて先ほどまでの威圧的な空気を纏う。


「仕方ないわね。じゃあ、どちらかに薬の挑戦権を上げるわ。ただし、それぞれどういう理由で欲しいのかそれによって決めるわよ?」


 酷薄に輝く緑の瞳のあまりの雰囲気の変わりように、俺が頭を切り替えるよりも早くに、サリフォンがそのマームの冷酷な笑みに口を開いた。 


「僕は剣術学校の上級剣士の称号を手に入れるために来た!」


 そして立ち上がると、大声で叫ぶ。


「そして、そこにいる卑しい生まれの男を倒すためだ!」


 おい。ここではっきりと俺を指さすか。


 それなのに、その瞬間、マームはにっこりと嬉しそうに笑ったのだ。


「はい、合格。決定!」


 なんでこんな時だけ、女神みたいに慈愛に満ちた笑みなんだよ!?


「ちょっと待て! まだ俺は何も言っていないぞ!?」


「なんで私があんたにあげなきゃいけないのよ。むしろ今までの破壊を弁償して欲しいぐらいだわ」


 さてはこいつ、最初から俺には渡したくなかったんだな!?


「さっきしもべと戦って勝てば渡すと選ばせたばかりだろうが!? なんで舌の根も乾かないうちに自分の言葉を忘れているんだよ!」


「そうだよ、健忘症!」


 おい、竜。お前後ろからなに突然喧嘩を売っているんだ。


「誰が健忘症よ!?」


「健忘症でないなら呆け老人だね! いくら自分の本性が老婆で朝ごはんを食べたかも思いだせないからって、それをこんな姑息な手段で誤魔化すなんてとうとう認知症の自覚が出てきたのかな?」


「誰が認知症!? 忘れているわけないでしょう!?」


「ふうーん。じゃあ、しもべと戦って勝ったら兄さんが回復薬をもらえるんだね?」


 おい、こいつ。実は結構確信犯なんじゃないか。ふふんと笑う竜の言葉にマームの眉が悔しそうにきりきりと上がっていくが、むしろ殺意が増していっているような気がする。


 おい、竜。お前、やっぱり俺に命の危険を味合わせたいだけじゃないよな?


「わかったわ」


 けれど、マームの赤い唇が動くと、それがにっと大きく釣りあがった。


 それと同時に、凄まじい殺意がその体から押し寄せてくる。


「じゃあ、お前と、その新しく来た人間。回復薬を持つ私のしもべと戦い、お前たち二人の手に入れた方に渡すことにするわ!」


 それなら文句はないでしょうと、マームの体がふわりと浮かび上がる。


 その手の先の暗闇から、青白い肌の人影が浮かび上がり、蛇のような瞳でこちらをじっと見つめた。現われたしもべの服は戦闘用だが、肌に密着した薄いものだ。ただその両手に金色と銀色の玉がついた大きな腕輪を身につけている。


「見た通り、回復の効果を持つ玉はどれかよ? 果たしてこの私のしもべと戦って本物を手に入れられるかしら?」


 その言葉に、俺は咄嗟に横にいるサリフォンを見つめた。


「ふん。俺が下賎な生まれになど負けるか!」


 相変わらず腹がたつ。しかもそれだけではなく、こちらをその緑の瞳で睨みつけてきた。


「いいな! 僕が勝ったら、お前は学校を出て行け! そうでなかったら、お前の母親を必ず牢屋送りにしてやるからな!」


 その言葉に、俺は剣の柄を握った。


「わかった。だが、俺が勝ったら、誰にも話すな! たとえお前の命を俺が奪うことになっても許さんからな」


 ――そうだ。最悪、ここでこいつを殺すことになっても、それだけは許せない。


「ふん。絶不調のお前が僕の命を? やれるもんならやってみろ」


 負けられない。絶対に――


 嘲うように見つめるサリフォンの瞳を、俺は正面から睨み返した。



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