(14)お前今までどうしてた!?
距離はざっと三十メートル。
岩の陰から飛び出した俺は、そのまま全力でゴーレムの左腕めがけて駆け出す。
――頼む。左腕で攻撃して来い!
そうすれば、飛びついてもその腕の付け根を必ず抉ってやろう。
そう思い、床をかける足ですぐに飛びかかれるように腿に力を入れる。
けれど、岩陰から飛びだした俺の姿に、空中の竜の方がゴーレムよりも早く気がついた。
バカッ! こっちに気を取られている場合じゃないだろう!
「竜!」
その間にも、竜を殴ろうとゴーレムの右腕が持ち上げられていく。その様子に、俺は大きな声を張り上げた。
――間に合わない!
竜に向かって大きな拳が持上げられていくが、竜が見下ろしている俺とは反対の方角だから気がついていない!
――もっと警戒しろよ! お前、兄と俺がいない間どうしていたんだ!?
「こっちだ! 岩人形!」
俺の視界の中でゆっくりと、しかし実際は、その巨体にしては信じられないスピードでゴーレムの腕が竜の背中に向かって伸ばされていくのに、俺は必死で叫んだ。それと同時に、岩の床を左に向かって走っていた足を、急角度で右へ切ると、ゴーレムの正面に飛び出して、俺はここだと教えてやる。
「兄さん!?」
はっと竜がその俺の様子に瞳を見開いた。そして、やっと振り返って自分に向かって攻撃しようとしていたゴーレムの腕に気がついた。
しかし、それよりも早くゴーレムの岩を掘られただけの目が床を走る俺の姿を捉えた。
――あ、まずいか。
無機質な感情の一片もない瞳が俺の姿を捉えたのに気がつき、背中に本能的な危険が走る。
――だけどこれで竜は無事だ。
だったらこれは本来俺の試験。やってやろうじゃねえか。
そう心に決めると、振り上げられたゴーレムの腕が床に叩き落とされてくるのを、全身の力を足に回して瞬発力ですり抜けていく。
俺の後ろに、ずうううんと響いたゴーレムの手が何もない床を叩き、ぎぎぎとくぐもった音をあげながら上へと持上げられていった。
手応えがないのに気がついたか。
もう一発、今度は手を開いて広範囲に叩きつけるように俺の上から落ちてくる。
「俺はもぐらじゃねえー!!」
絶対にこのダンジョン主は、攻略者をもぐらとしか思っていないだろう? しかもなんか竜にダンジョンを壊されまくった腹いせにもぐら叩きを計画されたようなのが癪に障る。
その落ちてくる手の前に飛びこみ、更にそのまま転がるようにして落ちてくる手をかわすと、俺の体はゴーレムの足近くへと辿りついていた。
「兄さん!」
竜の切羽詰った声に目を開けると、まさにその足元に転がりついた俺を踏み潰そうと、ゴーレムがその岩でできた巨大な足を持上げたではないか。
足裏は臭くはなさそうね。岩だから――と妙に冷静に俺はその目の前に広がった巨大な一枚岩を見上げた。逃げ場はないようだが、さすがに水虫とも縁はないようだし、踏まれても感染の心配はない。
ただし、全身は完全に骨ごと内臓も潰されるだろうが。
「逃げて、兄さん!」
竜が必死に紅蓮の炎を手から連続してゴーレムに浴びせているが、石の表面が少し変化しただけだ。致命的なダメージは与えられていない。
――くそっ! こんなところで負けていられないのに!
俺が勝たないと、母さんがまた奴隷にされてしまう。
母さんを逃がした父さんも――そして、まだ幼い妹まで守ることができなくなるのに。
何か避ける方法はないのか。
そう思って、頭上から降りてくるゴーレムの足を凝視した瞬間だった。
――あった!
目の前に迫ってきた岩は暗くてはっきりとは見えないが、その中央に明らかに岩の凹凸とは違う、別の模様が見える。それは蛇に古代文字を添えて書かれているのに気がついて、俺は目を大きく見開いた。
「兄さん!」
必死な竜の声がする。
「任せろ!」
そう叫ぶと、俺は手に持っていた剣を構えなおした。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
そのまま下へと降りてくるゴーレムの足を見つめると、俺は既に抜き身の剣を下から振り上げるようにしてその紋章を狙う。
さすが岩だ。剣先があたっても、押し合って簡単には紋章に傷をつけさせない。
だが、その時に刀身が光った。
熱い。
ほんの一瞬だが、赤く光った竜の刀身が凄まじい熱を放ち、その剣の先端に触れている岩の部分を爛れさせ、俺の剣がその岩に食い込みやすくしてくれる。
――いける!
そう感じだ瞬間、俺は剣を振り下ろした。
がりりりりっと嫌な音をあげ、描かれた紋章を抉り取るように剣の先を食い込ませていく。
「くぐうっ」
一瞬、奇妙な音を上げて足は動かなくなった。
「やったか……?」
はあと大きく肩で息をつく。
けれど、ゆっくりしている暇はない。いくら右半身が動かせなくなったとはいえ、まだ左半身は自由なのだ。
右が動かないことで、かなり身動きが不自由になったようだが、まだ左腕で竜を攻撃しようと、横殴りにその岩の腕を振り上げる姿を見て、俺は大声で叫んだ。
「来い! 竜!」
「兄さん!」
慌てて空中から降りてきた竜に、俺はゴーレムの後ろにある扉を指さす。
「あそこに扉がある。お前の話だと、この三階まで行ったらダンジョン主に会えるんだったな?」
「うん、そうなんだけど――」
あれと竜がその扉をまじまじと見つめている。
「ここも、昔と違うのか?」
「いや、ここだけ昔どおり過ぎて……」
うーん? と竜が目を眇めたのに、俺はなんだそんなことかと急ぐように竜の肩を叩いた。
「お前ら除けなら、そこまで変える気はなかったってことだろう?」
「うーん。だとしたら」
何かまた考え込んだが、生憎理由を聞いてやる時間はない。
俺たちの声を聞きつけて、こちらに攻撃するために態勢を変えようとしているゴーレムに気がついて、俺は頭上からぱらぱらとこぼれる砂を見上げた。
「急ごう! あ、そこに罠があるから気をつけろよ?」
踏まないようにと、髑髏の石を指さした瞬間だった。
ドンと竜に体を前に突き飛ばされると、俺の足はよろめいてその髑髏の石を踏んだのだ。
「え? えええええっー!!!!!!」
その瞬間、ぱかっと開いた床の暗闇の中に滑り落ちていく自分の体に絶叫する。
こいつ! やっぱり俺を殺すのが目的だったのか!?