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人間の俺、だが双子の弟は竜!?  作者: 明夜明琉
第一話 誰が兄だって!?
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(13)もっと自分を大事にしろ!

 岩の隙間に見えたサリフォンの姿に、俺の唇がぎりと音をあげる。


「兄さん?」


 それに少し首をかしげた竜の手をぐいっと握ると、驚いている竜にもかまわずにそのまま俺は岩の階段を走り始めた。


「行くぞ! 竜、急ぐから足元に気をつけろ!」


「兄さん?」


 何があったのと尋ねてくるが、足を止めている暇はない。


 ――もしサリフォンがあのことをばらしたら。


 学校には貴族や富裕層の子弟が多い。そいつらにかかれば、長年職人階級出身のくせに剣で敵わなかった自分の生まれなど、あっという間に下卑た嘲りにのせて、学校中に広まるだろう。


 それがもし、母の昔の屋敷の関係者の耳に伝わったら。


 いや、そうでなくても、役所関係の家の子からその身内へと伝わればおしまいだ。


 父は奴隷泥棒として、下手をすれば流刑か牢獄行きだろう。母は昔の屋敷に連れ戻されるだけではすまず、きっと一生最下層の奴隷に落とされてそこから二度と解放されることはない。


 そして、自分は――ごくりと、俺は駆け上がるごつごつとした岩の階段を見つめながら、唾を飲み込んだ。


 ――俺も間違いなく奴隷だ。


 元々奴隷の生んだ子供は、その奴隷の主人の所有物になる。父が一般人だからといっても関係ない。むしろ、この俺の場合、奴隷を泥棒して損害を与えた相手との子供ということで、その間の逸失利益分を俺と母とまだ少女の妹とで支払うことを求められるのに違いない。


 ――死ぬまで鎖に繋いで。


 冗談じゃない!


 誰がそんなことをさせるかよ!


 自分一人なら培った剣の術で逃げる算段もできるが、走れない母と妹は間違いなく命を削るまで働かされるだろう。


 ――そんなのはごめんだ!


 階段を登り切り、その上に現われた同じ巨岩で作られた道に飛び込むと、一歩でも早くと心のせくままに走っていく。


「に、兄さん……」


 後ろで、竜が何か呼びかけているが、振り返ってやる暇もない。とにかく急がなければ――


そう思うままに、ひたすら巨岩で組み合わされた道を走ると、行く手が突然二つに分かれた。


「迷路かっ!?」


 どうしたらと、辺りを急いで見回すと、周囲を取り巻く岩の壁の上部がないのに気がついた。


 上はかなり広い高さだ。多分上って辺りを見回しても十分余裕で立つことができるだろう。


 ――それなら、ゴールを探すのにもそこに登って走ったほうが速いか。


 俺は迷路の上に登ることを決めると、どこか足をかけられるとこはないかと岩を調べ始めた。


 大きいがでこぼことした岩だ。天然の岩に形は似ているが、指をたてても爪の先さえ食い込まないほど固い。これなら、足をかけるくぼみさえあれば登れないことはないだろう。


「兄さん?」


 後ろで竜が突然足を止めた俺に、不思議そうに尋ねてきているが、その竜も少しだけ息が粗い。


「ああ、悪い。ちょっと待ってくれ」


「それはいいけれど――」


 そう呟くと、また竜が何か考え込むような仕草をした。


 あれ? そういえば、前の階のことで忘れていたが、こいつ前に何度もここをクリアしたことがあるんだったか。それならひょっとして、道を覚えているだろうかと、俺は岩の隙間から差し込む光で、金色の明るい空間に立って考え込んでいる竜を振り返った。


「おい竜、ここの迷路ってどっちに行ったらいいかわかるか?」


「うーん、ごめん。それがなんかここも前と変わっていて……」


 あれれと言う顔をしているのに、怒る気にもなれない。


「まあ、仕方ないな。お前が前に来たのって、兄貴と一緒なら十七年は昔だろうし」


「いや、その後も憂さ晴らしに二三回来たけれど……」


 ――憂さ晴らし?


 微妙に不穏な単語に、俺が考え込んでいる竜の顔を振り返ったときだった。


 顎に手を当てて考え込んでいた竜が、急に顔をあげると、そのままはっと俺を見つめる。


「兄さん! 危ない!」


 思い切り胸を両手で弾き飛ばされたと感じた瞬間、視界の中に後ろに大きく飛びのく竜の姿とその前から降りてくる巨大な土色の手が見えた。


 それは大きな音をあげて岩の地面をハエをたたくように打ち付けると、そのまま巨大な指を砂埃と共に上の空間にゆっくりと持上げていく。


 大きい。


 指一本で俺の体よりも太いだろう。それが指からぱらぱらと落ちる砂煙と共に、上の空間に消えていくのを俺は息をするのも忘れて見つめていた。


 その指が持ち上がり、やがて上の空間に突き出ていた腕が壁の向こうへ消えると、代わりにその奥に巨大な石像のような頭が見えた。


「なんだ、あれは……?」


 その石で造られた四角い顔を見つめ続ける俺の大きく開いた目の側へ、飛んで間一髪で危険を避けた竜がとんと降りてくると、俺と同じようにそれに視線を合わせた。


「ゴーレム。火でも水でも倒せない厄介な相手だね」


「つまりお前の魔法でも、どうにもならない相手というわけか」


 嘘だろう? 確かに話には聞いたことはあったが、あんな命さえ持たない化け物を相手にどうやって勝てというんだ。


 ごくりと喉が鳴った。


「まあ、竜の姿に戻って迷宮ごと破壊する戦いをしてもいいんなら何とかなるとは思うんだけど――ただ……」


「ただ?」


 いや、その解決策って多分俺も生きていないよなと思いながら振り返ると、竜はまた顎に手をあてて考え込んでいる。


「いや、違うと思うんだけど……二階といいここといい、僕や兄さんが苦手とする相手ばかりの罠になっているから……まさか、僕らがこのダンジョンを壊しまくってクリアしたことで、ダンジョン主が怒っているなんて狭量なことはないと思うんだけど……」


「絶対にそれが原因だ!」


 こいつどうしたら、それで相手が怒っていないと思うんだ!?


「えーっ!? でも、ちょっと壁ごと壊しただけだよ!?」


「おおっ、確実に修復が必要なレベルまで破壊したということだな? そりゃあ、お前らよけの罠にもなるわ」


「えーっ、何それ!? 僕ら庭に入る野良猫扱い!?」


「なんでわざわざそんな可愛いものに例える? 確実にゴキブリよろしく見つけたら叩きのめそうと殺意を抱かれているじゃないか」


「えーっ!!」


 そんなあと目を大きく開けているが、なぜそれを考えつかないのかが理解できない。


「まあ、いいか」


「おい、切り替え早すぎるだろ?」


 なんで今ショックを受けた直後で、もうそんなに開き直れるんだ?


 けれど、その瞬間また指が声を聞きつけたように頭上から降ってきた。


 ――このダンジョン主、本当に俺たちをもぐらとしか思っていないんじゃないか!?


 どう考えても、もぐら叩きで完膚なきまでに叩きのめしてやろうという根性が見え隠れする。いや、そりゃあ恨みは骨髄に達しているのかもしれないが――それは竜だけにしてくれ!


 必死にその巨大もぐらたたき拳を走ってかわすと、俺の横に竜が飛んで顔を寄せてきた。


「仕方ないね。僕が上に出て囮になるから、兄さんはこの炎の通りについてきて!」


 そういうと、手の中に小さな青白い火の玉を作り上げる。


「お前人間の姿でも飛べるのか!?」


 そう俺の側で耳に話しかけながら魔術を使っている竜の体は明らかに浮き上がりながら、俺の走りについてきている。


「そりゃあ見えないだけで本当は羽根があるし」


「そりゃあそうだが!」


 だったら、今二人で上に飛んで一緒にゴールを探したほうが早いじゃないか。なんでそんなまどろっこしいことをする!?


 それなのに、竜はゴーレムに聞こえないように声を潜めると、走る俺の耳にひそっと語りかけてくる。


「ゴーレムは作り手によって体の左右それぞれに刻まれた紋章をがあるから、それを消されれば動けなくなる。ゴーレムまでの道は僕が上から迷路を見て、炎に指示を送るから!」


「おい竜!」


 呼び止めようとしたのに、竜は手を振るとじゃあともう人の話を聞かずに、とんと岩の壁の上に一度足をついて、そのままこの迷路の天井近くにまで浮き上がっていく。


 竜の体からふわりと真紅の炎のオーラが迸る。そして、浮き上がった姿でにっと笑ったまま腕組みをして、遠くにいるゴーレムを挑発するように見つめた。


「あの馬鹿!」


 遠くにいるゴーレムが突然現われた竜の最高級の魔力を纏った姿に、はっきりと敵と認識した地響きを轟かせながら視線をそちらへと合わせていく姿に、俺は走りながら大きく舌打ちをした。


 ――本当に人の話を聞こうとしない!


 なんで一人で危険を引きうけようとするんだよ!? こんな無茶をして、お前が怪我をしたらどうするつもりだ!?


 ――俺は竜の怪我の治療法なんて知らないぞ!?


 いや、知り合いに一人だけそういうのに詳しそうなのはいるが……


 だけど、そいつに頼む気はない。


「ここが終わったら、もう一発その花の咲いた頭を殴ってやるからな!」


 俺とゴーレム、どっちが怖いかこのダンジョンで身をもって知るがいい!


 そう俺は決意を固めると、竜を助けるために迷路を急いで走り始めた。竜が出した前に浮かぶ青白い火の玉は、俺の速度に合わせてゆらゆらと揺れながら、複雑に道の分かれた迷路を迷うこともなく進んでいく。


「邪魔だ!」


 俺はそれについて走りながら、時々出てくる蔦のような体に絡みついてくる植物をざんと切り払った。それと一緒に人間の肉を食もうとするその先端を床に落としていく。


 その間にも、頭上では竜がゴーレムの指と楽しそうに鬼ごっこをしている。


「ほいっと!」


 そんな軽快な声で伸ばされてきた巨大な岩の手のひらをかわし、楽しそうに赤い髪をなびかせている。


 ――あいつ……


「鬼さーん、こちら!」


 べろべろばあしている所を見ると、完全に遊んでやがる。けれど、段々とゴーレムの手が俊敏な竜の動きに追いついてき始めた。


「おおっと!」


 服を掠めていく巨大な指に、慌てて身を屈めて腹を掴もうとしたそれをかわしているが、それに俺の方がひやっとする。


「竜!?」


「んー大丈夫。ダメダメ、油断しすぎたね」


 にっと笑っているが、一瞬竜が息をついたのに気がついた。


 違う。


 竜の方がスピードが落ちてきているんだ。


 だとしたら、と俺は走る足に力をこめた。


 ――本当はそこまで余裕はないんだろう!?


 自分が好きだと言っていた俺と一緒に飛ぶことを今しないのも。


 俺に安全な道を行かせて自分が危険な役を引き受けたのも。


 人間の姿から戻ろうとしないのも。


 人間の俺にはわからないが、何か竜よけの呪いのようなものが施されているのかもしれない。その証拠に、段々と竜のスピードが最初よりも落ちてきて、時々汗のようなものが額から流れている。


 そういえば、さっきも少し息が粗かった。


「あのバカッ!」


 ――これが終わったら後で絶対に説教だ!


 だいだい俺を兄だと思っているのなら、俺をもっと信用しろ!


 絡み付いてこようとする蔦を切り払い、俺はじぐざぐに曲がる岩の間を幾つもの枝道を越えて走り続けた。これが本道なのかなんてわからないが、確信はある。


 竜が俺に行けと言っている道だ。それで俺がゴーレムの元にたどり着くのを待っているのなら、行ってやらなきゃ仮でも兄ではないだろう?


 巨岩の間を曲がり、敷き詰められた岩のでこぼことした床を急いで走り抜けた。


 そして、暗い大きな岩を曲がったとき、突然目の前が大きく開けた。


「出れた!」


 はっと前を見ると、大きな広場のように平たい岩が敷き詰められた空間にゴーレムがその大きな岩の胴体を持上げて、前のめりの姿勢から伸びをして、空中を飛んでいる竜を捕まえようとしている。


 竜の手から眩しいほどの火炎が玉になって作り出され、それが赤い髪を振りながらゴーレムに打ち付けられている。一階の剣の刃を全て溶かしたあれだ。


 それなのに、岩でできたゴーレムはその玉の直撃を顔に受けても、少し表面が溶けてごうくっと声をあげただけで、ダメージを受けた様子はない。


「竜!」


 代わりに今にも竜に掴みかかろうとしているのを、竜がひらりと空中で舞って紙一重でかわした。


 ほっと息をついた。


 まったく、ひやひやさせてくれる。


 だけど、こっちを見てちょっとだけ笑った竜の顔に俺もやっと笑いを返せれた。


 ――今の間に。


 まだ空中の竜に気を取られて、俺の姿に気づいていないゴーレムをじっくりと見つめる。


 竜は体の左右に刻まれた紋章を消せば、ゴーレムの動きが止まると言っていた。


 どこだ?


 息を潜めて見つめるが、胸にはない。腰から足に目を移し、その下に大きな髑髏の絵のついた石を見つめる。あれはきっとさっきと同じ罠だろう。踏まないようにしなければ。


 本当の扉らしきものは、そのゴーレムの後ろに大きなクエスチョンマークを描いて隠されている。


 ここにまで来てしつこくクエスチョンマークって、やっぱりこのダンジョン主腐っているだろう!?


 俺は苦虫を噛み潰したような顔で、目をゴーレムに戻すと、もう一度その顔を見つめた。だけどそこにも紋章は見つからず、ふっと視線をさげた時目に入った。


 ――あった!


 抜いていた剣をすらりと構える。


 そしてそのまま息を殺して走り出す。


 あの、左腕の岩の付け根。そこに隠されるように、蛇の紋章と古代文字が掘り込まれている。


 ――あれだ!


 間違いないと、俺は剣を構えて走りよる。


 チャンスは一瞬。俺の存在に気がついたゴーレムがその腕で攻撃を加えようと振り下ろしてくるその瞬間に、飛びかかってそれを切り付けるしかない。


 間違いなく左腕を下ろして攻撃してもらうために、俺は正面から左に走りこむと、そのまま腕に向かって駆け出した。



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