（１２）ありがとう
動きやすい――
こんなにも剣って軽いものだったろうか。
竜が自分の鱗で改造してくれた剣を振るたびに、俺はその剣の動きやすさに息を飲んだ。
一体、また一体と骨だらけの腕を持上げて襲いかかってくるゾンビの心臓を的確についていく。
まるで自分の腕が伸びてそれが剣と結合しているようだ。
――こんなに体が軽いなんて。
初めてだ。それに謎の不調のために、体力をあげようと基礎的な筋トレを繰り返したお蔭で、体の動きが前より格段に上がっている。
横薙ぎに剣を振るって、そのまま左前方から襲ってくる死霊の肩から心臓を一刀両断し、後ろに一歩下がって剣を引き抜く。そのまま突きで、次に襲いくるゾンビの心臓をつき、骨になっていく音を聞くと、また右からのゾンビに刀身を向ける。
――こんなに違うなんて。
今までの不調が嘘のようだ。
体の中で再度起こってきたうねりのような戦闘への高潮をとらえ、俺はそのまま剣を振るい続けた。
「後一体!!」
来いと眼で示すと、走りよってきたそれの心臓を一突きで仕留める。
からんと音がして、糸が切れたように崩れていく骨を見届け、俺は大きな息を肩でついた。
「やった……！」
半年振りだ。百人切りで成功したのは。
――またこんなふうに剣をふるうことができるなんて……！
この半年、どれだけ鍛錬を重ねても動かなくなっていく体に焦っていた日々が嘘のようだ。
「兄さん！」
ゾンビが全部いなくなったのを確認したのだろう。
階段の側から竜が顔を覗かせると、こちらに向かって笑顔で走ってくるが、途中の骨に躓いて、盛大に床に顔から着地している。
「わわっ！」
こけた顔の側に転がっていたゾンビの骨に慌てて顔を起こそうとしている竜の側に近づくと、俺はそっと手を差し伸べてやった。
「兄さん……」
竜がきょとんとした顔をしている。
「久しぶりに自分が望むように戦うことができた。お前のお蔭だ。ありがとう」
やっと素直に礼が言えた。
意地っ張りな俺の性格だ。絶対に今の気持ちを逃したら、こいつに礼なんて一生言えなかったのに違いない。
それに竜は驚いたように目を丸くしていたが、やがて俺の手を取ると満面の笑みを浮かべた。
「ううん！ 今度こそ兄さんの役に立てて嬉しいよ！」
――どうしてだろう？ こいつの言葉を否定する気になれない。
俺はお前が探している兄じゃない――そうわかっているのに、今だけはこいつに兄と呼ばれてもかまわない気がする。
「ああ、じゃあ三階に行こう」
そう言うと、俺は竜を引っ張って起こしてやりながら、二階のフロアを見渡した。そこには広々と暗い闇が広がるばかりで、もう敵の姿はないようだ。
ただ反対側の端に、階段が闇の中に隠れるようにして上へと伸びている。
あれを上ればいいはずだ。
「うん。あ、でも一人で先に行かないでよ？」
床に転がっているゾンビの名残の骨をさも不気味そうに怯える竜の表情に、俺はくすっと笑うと手を引っ張って答えた。
「ああ！」
自分でも変だ。
俺は人間で竜じゃない――はずなのに、なぜかこの竜といることに違和感を感じなくなっている。
――まあ、いいか。
今だけなら代わりの兄になってやっても。
そう思いながら奥の扉を開けて、古い岩肌に刻まれた階段を三階へと上っていった。
ここの階段は三階からさす光でかなり明るい。山肌に階段が造ってあるため、周りを囲む壁も天然の岩を組み合わせたような造りで、その岩と岩の間から黄昏の近づく少し黄色味を帯びた青空と、爽やかな風が入ってくる。
その風が戦闘で汗をかいた顔に気持ちいい。俺の黒髪が乱れるくらいだから少し強めの風なのだろう。
「さあ、後はここをクリアしたらダンジョン主に会えるんだな？」
「うん。昔どおりならその筈だけど――」
「ここより上はないし、そこまでは変わっていないんじゃないか？」
「だといいんだけどね」
少し不安そうな竜に疑問を感じて、うんと尋ねるように振り返ったときだった。
考え込んでいる竜に視線を止めるより早く、俺の瞳は岩の間から見えたこの迷宮の入り口にその視線を奪われた。
――サリフォン!!
だいぶ竜で時間を稼いだはずだったのに。今この迷宮の入り口に金色の髪を輝かせながら立つその小さな姿に、俺は唇を噛み締めた。
――時間がない！
