side.hurtbeat
似たもの同士のエクソシストと混血悪魔の馴れ初め2です。
〜番外編〜
____捕らえろ、逃がすな、殺せ。____
これは夢なんかじゃない、
夢であって欲しいと何度も思ったが、
結局はこの〝角〟と〝翼〟と〝尻尾〟が
許してはくれない。
いっそ切り落とそうかとも考えたが、
皮肉にも生き延びるためにはあまりにも
役に立ちすぎた。
街で一番高い時計塔の屋根の上、
馬鹿みたいに悩まず笑っている奴らを
羨ましそうに見下すオレには、
きっと地獄がお似合いだろう。
陽射しに容赦が無くなって来た、
ひらりと宙に身を投げ出し、
真っ逆さまに落ちる。
このまま地獄まで堕ちれたらなんて
頭によぎったが、振り払うように身を翻して
空へ舞い上がった。
どうせ下の奴らはそんなオレに気付かないまま、
のうのうと生きるのだろう。
古傷が疼き、鼓動が傷つく音がした。
変わろうとしなかった訳じゃなかった、
何度も残酷に、優しくなろうとした。
でも出来なかった、
上手く冷淡に笑えなかった。
頭じゃ分かっていても、それをどうやればいいのかは分からなかった。
そんな傷だらけの鼓動なんて要らないと、
ナイフを突き立てる事すら出来なかった。
静かな空き地、オレの出来損なった心拍だけが
聞こえていた。
どれ位経っただろう、同じリズムで鳴っていた
背後の気配に気付かなかった。
いきなり肩を叩かれ振り向くと、目が
合わなかった。
目深にフードを被っているせいで顔の
上半分が見えなかったが、
口元には明らかな笑みを浮かべて
謎の人物は尋ねてきた。
「この辺りで出没している悪魔について
何かご存知ありませんか?」
一息でそう言い切られた言葉は、
どうやらオレへの死刑宣告らしい。
馬鹿の癖して何が危険かはよく知っている
臆病なアイツらは、そうそう興味本位で
未知のものに接触しない。
と来ればコイツは悪魔を怖がらない人間、
すなわち。
「エクソシスト、か。」
フードの人間は一つ頷き、
反応を期待する様に首をかしげた。
どうする、適当にはぐらかしておさらばするか、嘘を教えて馬鹿を拝むか、いや、逆にこれは
好機かもしれない。
不遇のオレに残った唯一の幸運は、
〝死ねる〟という事だった。
「教えてやる代わりっちゃあ何だがよォ…
あんま痛くしないでくれよ。」
そう言うや否や、フードの人間の腹
目掛け拳を放つ。
飛び退いた隙をつき、
さらに蹴りを繰り出すと、
人間はいとも簡単に壁に叩きつけられた。
攻撃の手を休めず、
崩れ落ちる前に首に巻いて
いるマフラーごとレンガに押し付け、
絞める。
「どうした、早く殺せよ、エクソシスト
なんだろ。」
死にたい、死にたい死にたい死にたい死にたい。オレにはそれが、それしか出来ない。
待ち望んだ痛みは首を絞めている右腕に
突き刺さった。
「…ッ!」
それが引き抜かれると、
やはり死という恐怖には逆らえなかったのか、
ローブの人間と距離を取り、
慌てて体勢を立て直そうとする自分に
どうしようもなく苛立った。
相手は咳をしながら何か呟いていたが、
やがてこちらを見据えた、かに見えた。
依然として見えない目には、オレがどう
写っているのか。
知りたくもないからとにかく相手の腹へ
突っ込み拳を振りかざす、
だがすんでの所で動きは止められた。
足元が光り、そこから出てきた枷に手と足は
捕らえられた。
強制的に地べたに這いつくばらされ、
膝をついた、魔術を見るのも受けるのも
初めてだった。
ローブの人間は目の前に立つと、
さっきとは別人みたいな冷たい声で
話し掛けてきた。
笑みは消えていた。
「お前…何なの?馬鹿なの?死ぬの?」
「あァ?!」
図星だったが、妙に癇に障る言い方に
思わず声を荒らげてしまった。
ローブの人間はそれ以上は何も言わず、
何もせず、オレを観察しているようだった。
「…なにジロジロ見てんだよ、そんなに
オレが面白ェか。」
相手はただ、ん〜と唸っただけで
なおも眺めるのを止めなかった。
「そっちが来ねェなら…!」
オレは痺れを切らすと、力任せに手足に
力を込めた。
徐々に強く引くと、微かな手応えを感じ、
さらに地下に埋まった鉄球を引き抜くように
一気に鎖に力を集める。
するとピシッ、という音と共にオレは
立ち上がる事が出来た。
ローブの人間は思った以上に驚き、
二三歩後ずさるとまた何か言葉を呟き始めた。
オレが鎖を引きちぎるのと相手が言葉を
言い終わるのと同時に、
オレ達は眼前の敵へそれぞれの刃を向けた。
しかし相手の方が一枚上手だったらしく、
オレの拳はサッと避けられ、
腹に鋭い痛みが突き抜けた。
胸の辺りに気持ち悪く何かが込み上げ、
力が抜けた。
目が眩み、意識もあやふやになってオレは
地面に倒れ込むと、
口に生温い嫌な味が漏れ出てきた。
堪えきれず吐き出すと地に赤い血が広がった、
それでも、まだ。
「まだ死なせはしないよ、質問に答えろ。」
「…かッ…は…。」
質問?
アイツらよりも馬鹿なオレに一体何を
言わせようとする?
どうせ支離滅裂な言葉の羅列しか言えや
しないんだ、だから、早く。
「お前、悪魔じゃないね。…あぁ、
呂律が回らない?なら頷くか首を振るかは?
…分かった、お前混血?これ純粋な悪魔の
血じゃないんだ、だからさっきあの魔術は
破られた…おい、聞いてる?」
分からない、コイツが何を言ってるのか、
もう止めてくれ、
なんで一思いに殺ってくれない?早く…。
「あーもー、……ほら、これで喋れる?」「っ?!!ああああああッ!!」
傷口にドボドボと異臭のする液体をかけられ、
強烈な痛みが溶けた意識を冷え固まらせる。
けれどそれは一瞬で消え、
後には得体の知れない恐怖だけが残った。
「なッ…にすん、だよ…テメェ…?!」
「質問、君は悪魔と人間の混血であり、
やることなす事中途半端で居場所も
生きる意味も無くふらついている
死ぬに死ねない死にたがりである。」
「はっ…?!」
「10…9…8…7…」
訳の分からないままオレの人生の要約を
突きつけられオマケにカウントダウンまで
開始されたオレは、
咄嗟に聞き返した。
「ちょっ、ちょっと待て!!時間切れになったらどうなんだよ!?」
「6…5…4…3…」
有無を言わさず何かのカウントダウンは続く、
というかこんな事でパニックになる
オレもオレだが。
「はっ?えっ…」
「2…1…」
いや、まずはコイツの正体を知らないと
話せるわけが無い。
「待てよ!テメェまず名乗れ!!」
「……ゼロ。」
「ひっ?!」
またさっきの劇薬かなんかが投下されるのかと
思い、意味は無いが両腕で頭を守った。
が、別段何かされる事も無く、
左手に手が添えられた、
それがあまりにも暖かかったから、
驚いて顔を上げた。
その手は優しく両腕の防御を崩し、
目の前にしゃがみ込んだ人間は、
初めてローブを脱いだ。
「名前だよ、僕はゼロだ。」
どこか生気を感じられない綺麗な碧眼が、
オレの赤目を映した。
「ほら、僕はちゃんと教えたろ、お前の番だ。」「…あ、あぁ………ず、図星だ。」
すると人間、ゼロは満足気に立ち上がり、
握ったままのダガーを思案げに見た。
刺された時は気付かなかったが、
それはインクペンみたいな構造になっている
らしく、中にはオレから吸い取ったらしき
鮮血が溜まっていた。
「な、なんだよ、それ…?」
「いや別に、それよかお前珍しいな、
混血の上に死にたいなんて。」
「あっ。」
意味不明な問答で忘れていたが、
オレはあと少しで死ねた所をコイツに
救われてしまったのだった。
「…別に、半端もんの役立たずは
生きてても仕方ねェだけだ、
お前エクソシストだろ、早く殺せよ。」
項垂れながらそう頼むと、
しばらくの沈黙があった後、
紙の擦れる音がした。
見上げると、悪魔の様な黒い笑みを
浮かべながら、ゼロは古びた羊皮紙に
夢中で何かを書き付けていた。
「お、おい!テメェ!話聞いてんのか?!
この白黒野郎!!」
「お前名前は?」
聞いてなかった。
パッと顔を上げオレにそう聞いたゼロの顔は、
いつの間にかさっきと同じ無表情に戻っていた。
「な、名前なんか聞いてなにすんだよ?!」
「別に何も?」
絶対何か企んでいる。
でなきゃあんなゲス顔はしないだろ。
身の危険を感じて黙っていると、
ゼロは紙に目を戻し、話し出した。
「…お前はいいよ、少なくとも人間よりかは
出来る事多いだろ、半分悪魔だし。
それが使える使えないかは本人次第、
使い方が分かんないってんなら…
僕が有効に使ってやろうと思って、
殺すのはその後。」
飼い殺しならぬ使い殺しだな、
と物騒極まりない企みを話すゼロは、
心做しか楽しそうに見えた。
「おい、待て…それ…オレ達の…。」
ゼロが羊皮紙に自分の血印を押した所で、
それが何らかの契約書である事が分かり、
さらにそのやり方は紛れも無く悪魔が
使用するものだった。
ゼロは血印がしっかり押されているのを
確かめると、
またあの黒笑をオレに向け言った。
「奇遇だね、僕も普通の人間じゃないとこ
あるんだ、それにこれ以外は何も出来やしない。」
「…?」
「名前、教えてくれるかなぁ?」
これは断った方が良い、
絶対に良くない事が起こる、
馬鹿なオレにもそれぐらいは分かった。
けれど、狡猾な悪魔には勝てなかった。
「無いの?じゃ勝手に付けるよ?
ガブリエルなんてどう?んー、じゃセラフィム?あ、待ってラファエル…」
「わざと言ってんだろ!オレにはビートっつー
名前が…!!」
つくづくオレはオレ自身の馬鹿さを呪った。
いや、わざとだと言っておくか、
はたまたゼロになにかそういった人を従わせる
雰囲気でもあるのか。
ともかくゼロはばぁーか、と嘲笑しながら
契約書にオレの名前を書き入れ、
ダガーから滴らせた血を垂らした。
羊皮紙に鮮血が染み込んだ途端、
オレ達を中心に紅の魔法陣が出現し、
静かだった空き地に風を巻き起こした。
「まぁ、似たもの同士仲良くやってこうか!
ビート君?」
そう言った時の顔が、
オレが見たコイツと過ごした限りで一番の
笑顔だった。