side.リリィ
ゼロ
常にポーカーフェイスを崩さない
天才エクソシスト、勤務中は清廉を
装っているがその実打算的で偏屈、
そのため友達がビート以外でいない。
不安定な職で食べていくため、あれこれ策を
講じる姿は良い意味で言えば世渡り上手と
言える。一般の悪魔祓いとは異なり、
「代償魔術」という方法を使い悪魔を退ける。
ビート
人と悪魔の間に生まれた青年、
悪魔の血により人間離れした身体能力と
軽い魔法が使えるが、悪魔として心を堕とすのは苦手。
完全な人にも悪魔にもなれない事に絶望し
暗い性格をしていたが、ゼロと出会ってからは
元の単純体育会系バカを発揮している。
十色のリリィが苦手。
「ではいつ頃から悪魔に?」
軽い自己紹介の後、改めて事情を話すと
早速病院の問診みたいなものが行われた。
「えぇっと…いつからだったか、リリィ?」
「5歳からです。」
ゼロさんは特にカルテを書くでもなく
頷きながら幾つかの質問をし、全て聞き終わった後、何か考え込むように顎に手を添えた。
「あの…ウチの子は大丈夫なんでしょうか…?」「治るものなんですか?」
これじゃまるで病院そのまんまじゃない、
と軽く呆れたけど、そうも思ってられない。
私も伺うように視線を向けたけど、答えたのは
神父様だった。
「安心して下さい、今までにも何人かの方が
同じように我が寺院をお訪ねになりましたが、
その全ての方は今では安全な生活を送ってらっしゃいます。」
その言葉を聞いてお父さんたちは安心顔だった
けれど、私はゼロさんの眉が少しひそめられた
のを見逃さなかった。
「私…治るんですか?」
今度はちゃんとゼロさんに向けて聞いてみると、天才エクソシストはまたあの目が笑ってない
笑顔で「最善を尽くしますよ。」と言ってくれた。
けれどすぐに無表情に戻り、両親に向かい
説明を始めた。
「とはいえ、リリィさんの取り憑かれやすさを
治すのは容易ではありません、もちろん出来る
限りの事をするつもりですが…長期に及ぶ事も
有り得ます。なので…どうか娘さんをこちらで
預からせては頂けませんか。」
こちらで、ということはこの寺院にしばらく
住み込んで治療するのだろうか、思わず家族全員で目を見合わせる。
お父さんたちは「どうしたいかはお前が
決めなさい。」と私に決断を委ねてくれたが、
答えは決まっている。そのために王都まで来た
のだ。
「分かりました、私も精一杯頑張ります!」
もちろんお父さんたちと離れるのは不安じゃないと言えば嘘になる、でも家族の、村のみんなの
ためにも私はこの体質を直さなければ
いけない。そうと決まればと、話はどんどん
進んでいき、私は寺院のシスターさんたちが
暮らしている所に居候することに決まった。
でも、お父さんたちが荷物を持って
来てくれて神父様がシスターさんたちに
話をしてくれている間、私はこの決断が
とんだ事態を引き起こす事になると知る。
教会の礼拝堂の奥、聖職者たちの憩いのサロンで、私はゼロさんとふたりきりになった。
てっきり今後の予定なんかを話してくれるものと思って言葉を待っていたけど、ゼロさんは
足と腕を組んだままただぼーっとしているだけ
だった。これは気まずい。
話し掛けようかな黙っていようかな美人だなー、なんて悩んでいると、あっちの方から話し掛け
られた。
「仕事、何するの。」
「へぇっ?」
あまりに予想外な質問にアホみたいな声が出た。
「うわアホっぽ。」
口に出して言わなくてもいいじゃない!
「なっ、何なんですか!仕事って?」
しかもこの人何言ってるんだろうとでも
言いたそうな顔で、私を睨みつけてきた。
いや、こっちのセリフだから!
「何って…まさかここにいる間何もしないでグダグダするつもり?」
「何もって…治療するじゃないですか!」
「無駄。」
え?今なんて?
「……む、むだ?」
この人訳が分からない、話す時間が無駄って事?今起こった事をありのまま頭で反芻していると
ゼロさんは眉一つ動かさないまま残酷に、
淡々と私に現実を突き付けた。
「お前の体質は治らない、体質ってゆうか
魂の問題だからさ。実体の無いものは
どうしょうもないよね、まぁだからって言って
何もしないのはあのゆるキャラ神父が煩いから、悪魔除けのお守りくらいは作ってあげるよ。」「ちょっ、ちょっと待ってください、
治らない?だ、だってさっき治るって…」
「完治するなんて一言も、僕は『最善を尽くす』って言ったんだ。それにお守り代だって
安くないよ?お前、かなり濃い十色だから。」「またといろ…?いやその前に、えっ?
じゃ、じゃあ…え?これから…」
危うくパニックになる寸前で、あのゆるキ…
優しそうな神父様が綺麗なシスターを連れ
て来た、その日はもう考える脳が残ってなくて
私の暮らす部屋と教会内を案内され、
お父さんたちとしばらくのお別れをして
電源が切れたように眠った。
翌日の正午頃、まだ昨日の無駄発言が
信じられないままゼロさんに連れられるまま、
彼の自家を訪れた。
「うわ汚っ!」
開かれた玄関ドアの向こうは、そこら中に
本や瓶や衣服、更には刃物らしき物が
散らばる空き巣の後みたいな部屋だった。
「デスヨネー、まぁ適当に避けながらテーブル
行って、僕ちょっと準備あるから。」
引き気味の私も気にせずゼロさんは私を
置いて奥のドアへ入って行った。
とりあえずつま先でそーっと床を確かめながら
テーブル着くと、こんなに散らかっているのに
なぜか上には物一つ乗って無かった。
足元の本を退かして椅子を引き、
体を滑り込ませるように座ると、別のドアから
両手で器用にビンとグラスを持ってなんだか
怖そうな人が入ってきた。ん?
「あっ…あーっ?!一昨日の?!」
「あァ?!テメェやっぱか!!」
なんか普通じゃないと思ってたらやっぱり
何かあった、それにしてもなんで二人が?
「あ、あなた何なんですか?!」
「知らねぇよ!!」
「知らない訳無いじゃない!」
「…そうだな。」
あ、この人馬鹿だ、思った事なにも考えないで
口に出すタイプ!
何はともあれどうやら飲み物を持って来てくれたらしく、雑ではあったけどグラスにジュースを注いでくれた。
「ど、どうも…あ〜…えっと!私、リリィって言います!」
「あぁ、アイツから聞いた。オレはビートだ。」
そう言って笑いながらビートは手を差し出した、雰囲気は怖そうだけど、案外良い人かも。
ちょっと嬉しくなって私も握手しようとすると、あの時みたいにまた急に手を引っ込めてしまった。
「ど、どうしたんですか?」
「おっ、おまっ…そうか、十色だったな…!」「といろ、といろって何ですかそれ?」
「説明しよう!」
バーンッと盛大な音で私たちをビビらせ、
ゼロさんが木箱片手に戻ってきた、無表情で
ボケるこの人も普通じゃない!
「十色ってゆうのは、簡単に言えば悪魔ホイホイの事。よーいしょっ、と。」
テーブルに箱を置き、ゼロさんも席についた。
「あ、悪魔ホイホイ?」
「そ、悪魔を魅入らせる魂のオーラみたいな
もの。」
「マジでアブねぇ女だぜ…。」
なるほど、表現のセンスはさておき自分にある
原因が分かって少し納得した。
「で…治らない、んですよね…?」
でもそれを治す事が出来ないならどうしようも
ない、私はまた前までの生活に戻るのかと
落ち込んでいると。
「まぁ、そうしょげンなって。コイツに
考えがあるらしいぞ!」
ビートがゼロさんの肩をバシバシ叩きながら
励ましてくれた、考え?なんとなく嫌な予感。
ゼロさんは痛い痛いとあしらいつつ、
箱から小瓶やキラキラした銀色の石、
さらに良い香りのする花を出して私に見せた。
「これの共通点、分かる?」
「共通点?…ん〜。」
「分からないよね、全部悪魔が嫌う物だよ。」
考えようとしたのに!それはそうと、
目の前に置かれた品々よりも気になる事が
あった。
「あの、その前に…大丈夫?」
さっきからビートの様子がおかしい、
顔は赤いしなんだか居心地悪そうにソワソワしている。
「あ、あぁ…悪ぃ…戻っていいか…?」
「てか何しに来たの?飲み物持ってったら
戻っていいっつったじゃん…。」
早く引っ込めとゼロさんが小突くと、
弾かれたようにビートはさっき出てきた部屋に
帰った。
「大丈夫ですかね…?」
「大丈夫じゃなかったろうね、半分悪魔の
癖して…まぁ馬鹿だからいいか。」
馬鹿だからいいっていうのはよく分からない
理屈だけど、いや待て待て。
「はっ、半分悪魔?!」
「うん、でも気にしないでいいから。」
エクソシストが悪魔と同居?はぁ?
「本題に入るけど、これはまだ序の口で
さらに悪魔に対して有効な物がまだあるわけ、
んでこれを集めてなんやかんやしたら
効果絶大なお守りになるって話。」
「でも私、お守りたくさん持ってますけど
何一つ効きませんでしたよ?」
「そりゃちゃっちい安物なんか効くわけない
じゃん、僕が造るのは一級品、まぁそれなりに
長持ちするよ。」
確かに私みたいな一村人が手に入れられる物
なんてたかが知れたものだっていうのは
分かってた、これは期待してもいいかも。
それにしてもエクソシストがこんな事まで
出来るとは思わなかったから、
ちょっと見直した。この人もオンオフが
激しいだけで、やっぱり優秀なエクソシスト
だって事には変わりないみたいだ。
「んで、こちらの商品、材料費製作費込みで
500万です。」
「へぇ〜、やっぱり一級品は高いんですねぇ〜………はぁぁぁ?!?」
ひもじい村人にはかなりキツイ金額に
思わず立ち上がろうとしたけど、椅子が床の本に引っかかりガツンと膝をぶつけただけだった。
あまりにも理不尽。
「当たり前じゃん、このご時世、無償提供
なんて自殺行為だよホント…聖職者だからって
何でもタダでしてくれるなんて思わないでよね。」
清く正しい聖職者のイメージが崩れた
瞬間だった、確かに一理はあるけどだからって
もうちょい値引きしてくれたっていいじゃない!という懇願も聞き届けられる事は無く、
結局私はこの王都で500万貯めて支払うまでは
お守りも村への帰還もお預けにされる事にな
った。
「で、何するの?強盗?ギャンブル?
一人じゃ大変だったらあの馬鹿貸すよ、
賃金くらいは値引きするから。」
これが仮にも悪魔を浄化するエクソシストの
言うことか!と憤慨極まりなくなる、
これじゃどっちが悪魔か分からない。
でもなんとかしなければ、そう、私だけじゃない大切な人たちのためだ。めげるわけには
いかない。
「…分かりました、じゃあこうゆうのは
どうですか?私、家事が得意なんです、
だからゼロさんの家の家政婦として働きます!」「は?……いやいやいや、待ってよ、
それ僕が給料払うの?って事はさぁ…。」
「ゼロサムゲームだな!」
もう回復したのか、ドアからビートが顔を
出してさも楽しそうに言った。
「それ奇跡的に合ってるけど絶対意味
分かってないよね、ダメに決まってんじゃん、僕、金が欲しい。」
「サイテー!それでも聖職者ですか?!」
「おぅ!コイツの性格悪さは悪魔的だからな!」「じゃないとこの仕事やってけないっての。」
それからしばらく働く、働かせないの
水掛け論が続き、とうとう私たちは黙りこんで
しまった。イラついた空気に痺れを切らしたのか、はたまた私に味方してくれたのか、
ビートがゼロさんに掛け合ってくれた。
「なぁ、別にいいだろ?金ならもう腐る程…」「ない。」
「お、おぅ…でもよォ、コイツ使い方次第
じゃかなり役に立つんじゃねぇか?例えばほら…さっき言ってたろ?悪魔ホイホイって。」
その呼ばれ方は究極に気に入らなかったけれど、それを聞いてゼロさんは少し顔色を変えた。
相変わらず目は死んでたけど。
「…あぁ、そっか…いや、う〜ん…でもなぁ…。」
どういう事かは分からなかったけど、
もう一押しとばかりに私も精一杯頼んだ。
「お、お願いします!私、もう今まで
みたいな生活はうんざりなんです!
掃除も洗濯も料理も、出来ることなら何でも
します!」
それを聞いたゼロさんの口元がニヤリと
歪められた。
「今…何でもって言ったね…?」
「はい!…多分、出来る範囲で…?」
ここで怯んだら負けだ!そう自分に
言い聞かせて目を逸らさない。
「分かった、いいよ。」
「ほ、本当ですか?!」
「うん…使えるとこは全部使うのが僕の
ポリシーだから、ね。」
悪魔みたいな笑みは数秒後には消え、
後には私の不安とゼロさんの企みだけが
渦巻いていた。