side.リリィ
「よしっ!荷造り完了〜♪」パンパンに膨らんだ
カバンのボタンとの格闘に勝し、なんとか
長期旅行の準備を終えると、ちょうどお母さんが
部屋に入ってきた。
「あらようやく詰め終わっ…ってあんた
その荷物の多さは何?!」
今にもはち切れそうな荷物カバンを見るや否や、
お母さんは呆れて物も言えないという様に
短く溜息を吐いた。
「何って、乙女にはオバサンと違ってこれくらい必要な物があるの!」
「オバサンとは何よオバサンとは!あらあらあら…」そう言いながら苦労して留めたボタンを
あっさり外してしまう、15分もかかったのに!
「あっ!ちょっとぉ!」
私の抗議にも耳を貸さず、お母さんは勝手に
荷物チェックを始めた。
「靴に帽子にリボンに…あんたねぇ、
旅行に行くんじゃないのよ?こんなに沢山…」
その後私が必死に詰め込んだ衣類や
オシャレ道具を選別し出し、結果元の3分の1にまで
荷物は軽くなった。
「えぇ〜?!これだけぇ?」
「そう!これで十分!洋服それになんかより
持って行かなきゃいけない大切な物あるでしょ?」
そう言って机の上に置いたのは、私のある意味
生活用品よりも大事な物が入ったポシェット。
「うぅ…絶対明日の旅でこれともお別れして
みせるんだからね…!」
恨めしそうにそれを受け取る私を、お母さんは
少し心配そうに見ていた。
そして翌日、私たち一家は村の仲間に
畑や家を任せ、荷物と一緒に荷車に乗って旅に出た。
「ん〜…いい天気だな!リリィにとっちゃあ
初めての遠出だ、神様も応援してくださってるんだろ!」
御者席で手綱を握っているお父さんが明るく声を
掛けてくれた、昨日までの旅行気分とは
変わって少し緊張している私を安心させようと
してくれる気持ちが伝わって、私は笑顔で頷いた。
隣ではお母さんも微笑んでくれているけど、
やっぱり二人共どこか表情が固い。
私達は今日、ある目的でとある人を訪ねるため、
国の王都へと向かう。私は肩にかけたポシェットに
手を当て、神様に祈った。
私は小さな村に産まれ、平凡だけど穏やかな人生を
送るのだと思っていた、けれどそんなありふれた
幸せも5歳の時、儚く散った。あの時から今まで、
私はことある事に、いや何もなくとも
悪魔に取り憑かれやすかった。
最初は精神病を疑われ、静かに誰とも会わず
過ごしていたけど、お祈りをしようと十字架を祀ってある部屋に入った途端、私の中に住み着いていた
悪魔が苦しみだし、その事が発覚したのだった。
それからというもの、あらゆるおまじないや
魔除け、さらには儀式なんかもやったけど、
私の憑かれやすさは解消されなかった。
なんで自分がこんな目にとは思ったけど、
諦めたら試合終了というどこかの言葉を胸に、
逆に今日まで生き延びれた幸運を神に感謝し、
めげずに生きてきたのだった。
ポシェットに入っているのは、今まで私と
戦ってきたお守りの数々だ。生憎どれも効果は
イマイチだったけど、ないよりマシだったし、
何より家からあまり出られなかった私にとっての
唯一の趣味がこのお守り作りだった。
でもそれも今日明日で必要無くなる、そう信じて
王都の方角へ目を向けた。
出来る事すべてやり尽くしてしまい、
どうしたものかと思っていた二ヶ月前、
一人の村人が村を訪れた旅商人からある噂を聞いた。
「王都にはどんな悪魔も退ける天才エクソシストが
いる。」
そんな噂を待ってましたとばかりに、小さな農村
ネットワークを伝い、私達一家に朗報として
それが伝えられて、今に至る。
だからこの旅はただの旅行では無く、
私達一家の悲願を叶えられるかもしれないという
重要な意味を孕んでいる。
村を出発して半日、すっかり日も暮れた頃、
とうとう王都の入り口である巨大な問に到着した。
検問所で手続きを済ますといよいよ門が開かれ、
憧れの都会に踏み込んだ。
旅行じゃないと言い聞かせても、やっぱりうまれて
初めての都会とあってドキドキワクワクが
抑えられなかった。見るもの聞くことすべてが大きく、輝いて見えた。
空いている宿屋を見つけチェックインを
終わらせると、夜も遅くお腹がペコペコだったので、家族揃って賑やかなお店でディナーを取る
ことにした。
通りには路面電車や豪華な馬車、歩く人々は
みんな華やかで自分もなんだかちょっぴりリッチに
なった様な気がしたけど、それをお母さんから
見透かされ「お登りさんは詐欺にあいやすいわよ。」とからかわれた。
その帰りの事、はしゃいでいた私は周りが
見えていなくて、歩いていた人にぶつかって
しまった。慌てて謝ろうとその人の方を見ると、
息が止まりそうになる。
「おっ…と、大丈夫だったかい?」
夜でも目立つ金髪、優しいそうな紫色の瞳は
街灯の光で煌めいていた。さすが都会、顔面偏差値も高い高い!
謝るのも忘れ見とれていると、街の音が遠く聞こえた。
男の人はふっ、と柔らかく微笑むと私の手を取った。
「ケガ…してないかい?可愛いキミに傷なんか
ついたら大変だ、さぁ…こっちでボクが
看てあげよう。」
「…そっ、そんな!いいんですいいんです!
どこもケガなんてしてませんから!」
照れて軽くパニックになりながら断ると、
男の人はなぜか残念そうに形の良い眉を下げた。
「そうなのかい?それは…残念だな。」
「えっ?」
「可愛い女の子をディナーに誘う口実が
無くなってしまったよ。」
か、可愛い女の子?!ともう真っ赤になりながら
こんなイケメンからの初めてのナンパに浮かれ
上がっていると、後ろからいきなり肩を掴まれた。
「おい、ナンパならこんな田舎女より
もっとテメェに似合いのケバいビッチにしとけよ。」
「い、田舎女?!」
間違ってはないけどそんな言い方しなくても
いいじゃない!と手を振り払い、振り返ると、
なんだか怖そうな人が立っていた。
顔はカッコイイけど!
「…なんなんだいキミは?キミこそお似合いの
薄汚れた路地に帰ったらどうだい?
僕はこのレディと夜のランデブーへ繰り出す所
なんだ。」
金髪の男の人は私の腰に手を回して引き寄せながら
挑発的に顎を上げた。
私はどうしていいか分からず、なぜか心の中で
私のために争わないで!と恋愛小説みたいな
セリフを叫んだ。
その言葉を聞くと、怖そうな人は今にも噛みつきそうな形相でまくし立てた。
「あァ?!訳わかんねぇ横文字使ってんじゃねーよ
馬鹿か?」
「キミの方がよっぽどお馬鹿さんにみえるけどね…。」
全くもって同意見です!でもこの後の言葉が
少し引っかかった。
「テメェの術にまんまと掛かった女よりか
マシだろーが!早くソイツを解放しねぇと
どうなるか分かってんだろーなァ?」
術?解放?街ではそんなのが流行ってるのかー、
なんて自分の世間知らずを痛感していると、
腰から手が離された。
「ハア…ごめんよレディ、美しいキミを
みすみす諦めるなんてボクの名が廃っちゃうけど…
コイツの背後とはちょ〜っと殺り合いたくは
ないなぁ…じゃ、チャオ♪」
「え。」
そう言い残すとその人は街の人波に溶けていった。
というかこんな怖そうな人とふたりきりって
おいコラ!すぐに消えてしまった後ろ姿を
呆然として見つめていると、背後からまた
大きな声がした。
「おいテメェ、連れは?」
「連れ…?あっ、あれ?」
そう聞かれて初めて私は両親の姿が無いことに
気がついた。大声で呼びかけてみても
探しに来てくれる様子は無く、そもそも通りを
歩く人たちはみんな私が見えない様に
通り過ぎるだけだった。
「なんで…?」
「何でだろうな、不思議だ!」
あ、これ絶対なんか知ってる。そんな懐疑心100%の視線にも気付かないようで、
怖そうな人は私の手を強く引いた。
金髪の人とは大違いだったけど、なんだか
安心するような力強さだ。
「とにかく範囲内からで…」
歩き出して二歩、突然立ち止まり私の目を
凝視しだした。心做しか手が熱くなったような
気がした。
「あ、あの〜?」
「っ!おわっ、なっ!テメェ十色持ちか?!」
「といろ?」
なんだか王都に来てから意味が分からない
単語をよく聞くなぁ、なんて思っていると
火傷したように男の人は手を振り払い、逃げ出すように叫びながら去っていった。
「悪ぃ!オレはそーゆうの慣れてねェ!後はテメェで何とかしてくれ!」
「あっ!ちょっと置いてかないでくださ…行っちゃった…。」
しばらく途方に暮れていたけれど、
とりあえず両親から別れた所まで戻る事にした。
まだいるかな、と不安になったけど、二人は
焦ったように話しながらそこにいた。
「あっ!リリィ!!あんたどこに行ったかと…!」「勝手にはぐれるんじゃない!俺達がいない間に憑かれたらどうするんだ?!」
その後、宿屋に戻るまでお説教は続いた。
宿屋に帰ってからはさっきの出来事がまだ
夢のようでなかなか寝付けなかったけど、
まぁ何事も無かったしいいか!と割り切り、
明日のためにぐっすり眠った。
そして朝、しっかりと身だしなみを整え、
お守りを持ち、お祈りも済ませ、いざ私を
救ってくれるであろう天才エクソシストに会うため、教会へ向かった。
いつもは笑いが耐えない私達だけど、さすがに
今日は全員が緊張していて冗談さえ言わなかった。
路面電車や辻馬車を乗り継ぎ、ようやく教会に
到着した。
「お、お城?」
見上げる程高いその建物は
屋根や壁の隅々にまで芸術品のような
彫刻や装飾が施されていて、せいぜい5mくらいの
建物、しかもほとんど木造の物しか見た事が
無かった私はこんな所に私なんかが入って
いいのかと、不安になった。
しかし私の厄介な体質を治すためだ、両親もいる。
勇気を出して私達家族は大聖堂に足を踏み入れた。
中も外観以上に厳かで、
神聖な空気で満たされていた。
私達の話を真摯に聞いてくれた神父様は
とっても恰幅がよくて真ん丸な目が
優しそうな人だった。
神父様は私達を教会の奥へ案内してくれて、
少しお待ちくださいと言って出かけて言った。
どうやら件のエクソシストは外出中らしく、
わざわざ神父様が呼びに行ってくれたのだ。
窓のステンドガラスに見とれていると、お父さんが
少し解れた顔で話しかけてきた。
「いやぁ、お優しい人だったな…良かった良かった。」
「そうね、こんな田舎者のあたしたちにもあんな丁寧に…さすが都会の聖職者様ね!」
「…ねぇ、お母さんお父さん、エクソシストってどんな人かな?」
「そうだなぁ、やっぱり強そうな感じじゃないか?
何てったって悪魔と戦ってるんだからな。」
「イケメンかな?」
「やぁねぇ、この子ったら…」
そこからどんどん会話が広がっていき、やっといつもの我が家の雰囲気に戻ってきた。
そして数十分後、あの神父様が戻ってきた。
傍らには私と同じ位の歳と背丈の男の子がいた、イケメンというよりは美形、という感じだ。
…ってゆうか、ん?エクソシスト?
「お待たせいたしました、こちらが我がルマリフィア寺院が誇る優秀なエクソシスト、ゼロ=レインでございます。」
「こ、この子…いやこの方が…?」
お父さんも同じく驚いた様に聞くと、お母さんが
あんた、と目配せして制した。
そんなやり取りにも一切表情を変えず、優秀なエクソシスト、ゼロ=レインは礼儀正しく頭を垂れた。
「長い旅路を経て僕をお訪ね頂きました事、大変
光栄に思います。旦那様が驚かれるのも無理は
ございません、娘さんと同じ位の僕ですからね。」
そう言い、私の方へ笑みを向けた。
口元には微笑が浮かんでいたけど、綺麗な
青い目は死んだように感情を映していなかった。
気まぐれに書きました、感想など頂ければ。