9.捜索
会議が終わった後、私はドラゴンの発着場へと急行した。
向かう先は産卵場だ。
会議の内容と結論……私がクリスタル殺しの下手人を探す任務を請け負った事を、ドーラ様へと伝えるためにね。
ドーラ様の代理という立場上、部下が出来た。
誰か別の誰かを派遣してもよかっただろう。
でも、私が行きたかったんだ。
産卵場は、龍鳴山から少し離れた場所にある、小さな山にあった。
小さいといっても、今この世界にあるどの山よりも高いのだがね。
当然、そこには厳重な警備がしかれている。
龍界において、最も大事な場所の一つだ。
個室の一つに、ドーラ様はいた。
その腹は大きく膨らみ、もうすぐ臨月であることが誰の目にもわかった。
そして、彼女が怒りの頂点にあることもね。
彼女に与えられた個室は、他の妊婦よりも立派なものだった。
だが、その中に誂えられた机やテーブル、果てはベッドに至るまで、全てが破壊されつくしていた。
彼女の残した爪あとは、まさに暴風のようだった。
龍族にはオスとメスという概念があるが、人族と違い、夫婦という概念は無い。
あくまで子供を生むために一時的に一緒になるだけなんだ。
とはいえ、一度でも子供を埋めば、相手を特別に思うことは多くなる。
ドーラ様とクリスタル。
あいにくと私はクリスタルについては詳しく無いが……彼女が恋人と戦友を、同時に失ったことぐらいはわかった。
その心中を察するのは難しい。
「ラプラスか。何のようだ」
「クリスタル様を殺した者の探索、私が任されました」
そう言うと、ドーラはすさまじい目で私を睨んだ。
「……見つけたら、真っ先に私に知らせろ」
その言葉に、私は「はい」と言いたかった。
だが、言えなかったよ。
彼女は産卵の影響で、とても体力を消耗していたんだ。
そんな状態で下手人など連れてきたら、腹の中の卵がどうなるかわかったもんじゃない。
それは誰も、望んじゃいないからね。
「ドーラ様の代わりに、私が殺します」
だから私はそう言った。
「そうか……なら、首は持って来い」
ドーラ様が怒らなかったのは、きっと私を信頼してくれていたからだろうね。
自惚れかもしれないが、もし他の者であったなら、きっと彼女は怒り狂い、自分が行くと強弁しただろう。
実際、ドーラ様はとてつもなく怒っていたよ。
同じ五龍将、そして番の相手として、愛していたのだろうね。
「必ず」
こうして、私はクリスタル殺しの下手人探しへと向かった。
■
さて、探すといっても、龍界は広い。
とてつもなく広い。
かといって、私に部下を扱う能力があるかというと、そういうわけではない。
そもそも、その頃の私の部下というのはドーラ様の部下なのだ。
龍神様より『ドラゴンの調教』という重役を仰せつかった、調教師たちなのだ。
当然ながら殺人犯の捜索のノウハウなど、あるはずもない。
部下を使うことなどできなかった。
そして、ノウハウが無いのは部下達だけでなく、私も同様だった。
最初の捜索は、完全に手探りな状態だった。
サレヤクトに乗って、怪しそうな場所を探す。
目印など何も無い。
ただ勘でこの辺にいるだろうと探すのだ。
その探し方は、魔界にいた頃、食料となりうる魔獣を探す時の行動に似ていたかな。
まあ、それは傍から見ているともどかしい程に、非効率的だったのだろうね。
数日した頃、私はケイオースの発着場で、ある人物に声を掛けられた。
「ラプラス!」
振り返ると、そこにいたのは五龍将の一人、マクスウェルだ。
私は即座に最敬礼をして、彼を迎えた。
「マクスウェル様! いかが致しました」
「難航しているようだな」
「ハッ!」
そう言われ、私は表情を引き締めた。
数日間、自分がまったく成果を手に入れていないことに気づいていたからね。
実際あのままだと成果どころか、意味のない事をやり続ける事になったろう。
「俺に言わせると、お前の探し方は雑だ。それじゃ見つかるモンも見つからねえぞ」
その言葉に、私は頭を下げるしかなかった。
自分ではわかっているつもりでも、方法を知らなかったからだ。
「何、責めるつもりはない。任務にこいつらを連れていけ」
マクスウェルの後ろにいたのは、屈強な二人の龍士だ。
背丈はもちろん、横幅も私より大きい。
まさに龍族の戦士を体現したかのような二人だった。
マクスウェルは小柄だったから、なおさらそう見えた。
「冥龍隊の中でも、特に探し物が得意な奴らだ。ゴーラ、スクラヴァ、挨拶しろ」
その言葉で、二人は体を縮こまらせるように、最敬礼をした。
「お初にお目に掛かります、ラプラス様」
「我らを手足として使い潰しください」
彼らの目はよく憶えている。
彼らの瞳は、復讐に燃えていた。
後から知ることになるが、彼らは剛龍族の出身だった。
そう、クリスタルの一族だ。
かつてマクスウェルが、クリスタルの部隊から引き抜いたのだ。
「よろしいのですか?」
マクスウェルの申し出に、私は驚きを隠せなかった。
当時、私はマクスウェルとほとんど面識があったわけではない。
五龍将と言えば天上人であったし、私などを助けてくれる筋合いが見つからなかったのだ。
いや、筋合いはあるか。
「ああ、そいつらと一緒に、さっさと探してこい」
マクスウェルはそう言うと、踵を返し、発着場から去ろうとした。
気付けば私は、そんな彼の背中に声を掛けていた。
「あの……!」
「なんだ?」
「なぜ私に任せると言ってくださったのですか?」
会議での事だ。
マクスウェルは、シラードの提案に乗り、私にやらせるように言った。
「会議の時に言っただろ」
「冥龍隊の方々なら、私よりも適任な者もいるかと思いますが……」
だが、考えてみればおかしな話だ。
当時、いくら私が新進気鋭な若手だったとしても、マクスウェルの配下は魔物を狩る事を主とした任務についている。
捜索はもちろん、争い事だって得意なはずだ。
当時の私よりも強い者とていたはずだ。
そんな疑問に、マクスウェルはフッと笑って答えてくれた。
「……我ら冥龍隊は、お前の育てたドラゴンを何匹か使ってる。
気性は荒くじゃじゃ馬揃いだが、勇猛果敢な奴ばかりだ。
正直、かなり助かってる。調教したドラゴンってのは、大抵牙が抜けてるからな。
それを鑑みるに、お前の仕事っぷりは保証できる」
マクスウェルは「それにな」と言葉を続けた。
「今回やられたのはクリスタル。ドーラの交配相手だ。何より暴れたいのはドーラだろう。お前はドーラが最も信頼している部下だ。だから、五龍将ができねえなら、お前がやるのが筋だろう」
彼ら五龍将は、龍将クリスタルと長い付き合いがある。
その敵討ちのために、力を貸すことはやぶさかではないはずだ。
今の人の世と違い、五龍将の間には、権力争いのようなものはなかったからね。
「クリスタルの仇、必ず見つけろよ。俺ら五龍将は、数万年も前から共に戦ってきたんだ。それを欠けさせた者を、許すわけにはいかねぇ」
「ハッ!」
頷きはしたものの、私の心中は少し複雑であったよ。
嫉妬にもにた感情が渦巻いていたんだ。
龍将たちと、そして龍神様の間にある、私が絶対に追いつけぬ感情にね。
「もし、お前の手に負えねえ相手だってんなら、俺に知らせな。飛んでって仕留めてやる」
「ハッ!」
「期待している」
そして私に二人のお供が出来た。
ゴーラとスクラヴァだ。
■
私は二人を連れて、クリスタル殺しの下手人を探し始めた。
二人が増えたことで、効率はグンと上がった。
なにせ、二人は広い龍界で誰かを探す時のノウハウというものを持っていたからね。
ノウハウといっても、何かを探す時の方法なんて、今の時代とそう大きく変わるもんじゃない。
まずは犯行現場に行き、調査をする。
そこで発見した手がかりを元に、時には目撃者の証言等を得ながら、少しずつ犯人の足跡を追いかけ、追い詰めていく。
といっても、そう簡単に行くものじゃない。
それをやって見つかるのなら、きっと検分を行ったマクスウェルがとっくに見つけていただろうからね。
マクスウェルは魔物を探し、殲滅する部隊の隊長だから、そういうのが得意なんだ。
私の部下となった二人は、マクスウェルから調査資料をもらっていた。
その上、検分にも参加していたから、何が残っていたのかは知っていた。
でも、彼らの意見を総合すると、出てくる言葉はただ一つ。
わからない、だ。
マクスウェルが見つけられなかった存在を見つけなければならない。
ハードルはかなり高かった。
私は二人の部下と手分けして、痕跡の発見と聞き込み調査を行った。
マクスウェルの調査を信用していなかったわけではない。
ただ、改めて調査することで、他に何かが見つかるかもと思ったんだ。
当然、見つからない。
見つかるはずもない。
クリスタルを殺せる存在など、目立って仕方がないはずなのに、見つからない。
本当に、まるで本当にゴールドドラゴンと相打ちになったかのようにしか思えないほどに、何もなかった。
そこで私は考え方を改めた。
これは魔物の仕業ではなく、何者かの計画的な犯行に違いない、とね。
何者かが計画的に行い、自分の足跡を消したからこそ、何も見つからないのだ、とね。
え? そんな自慢げに言うことじゃないって?
気づいて当然だって?
そう言わないでくれ。私にとって、捜索というのは初めての経験だったんだから。
ともあれ、私は少しやり方を変えてみることにした。
犯人ではなく、クリスタルの足跡を追ってみることにしたんだ。
彼がそれまで何をしていて、どんな目的でゴールドドラゴンの巣へと赴いたのか。
そこで何をしようとしていたのか。
彼に狙われる理由はあったのか。
そうしたことを、徹底的に調べたんだ。
すると、面白いことが一つわかった。
彼は龍神様の命令で、転移術の研究をしていたんだ。
転移術というのは、世界と世界の境界を越える術……すなわち他の世界へと移動する術に他ならない。
当時、どの世界においても一般的な人間が世界を越えることは出来ないとされていた。
他の世界への移動には莫大なエネルギーを必要とする。
莫大なエネルギーを持つのは、神々のみ。
世界の移動は、神にのみ与えられた特権だったんだ。
とはいえ、各世界の神は、転移術の研究を配下に行わせていた。
というのも、当時の世界では、人が唐突にいなくなる神隠しが起きていたからだ。
……っと、これはもう話していたかな?
研究の結果、神隠しの正体は他の世界へと「転移」しているということがわかっていた。
ゆえに、神々は己の配下へと命じ、転移術を研究させていたんだ。
偶発的な転移の原因を突き止めないといけないからね。
そして、龍界においてその任務を任されたのが、クリスタルだった。
もっとも、これはなぜか一般的には知られていなかった。
稀にしか起きない神隠しを公表することで、人々が無用な心配をするのを避けたんだ。
公表することで、研究を悪用されるかも、とも考えたのかもしれないね。
カオスを筆頭に、狂龍族は魔族を毛嫌いしていたから。
もし攻め入る手段があるとわかれば、魔族に戦争を仕掛けかねない。
と、そう考えた所で、ピンときた。
もしかすると、カオスがクリスタルを殺したのかもしれない、とね。
転移術の研究をするクリスタル。
カオスは転移で魔族を攻撃しようと企み、彼から転移術を手に入れようとする。
しかし、クリスタルは反対。
口論になり、カオスはクリスタルを殺害してしまう……。
そんなストーリーが展開され、私はカオスの所へと飛んだ。
■
カオスの工房は西の端にあった。
火山地帯に近い場所ということもあり、ケイオースに比べてかなり暑かったのを憶えているよ。
工房では、ドラゴンから取れる良質な材料と、山から取れる良質な鉱石を使って、武具が作られていた。
剣に槍、盾に鎧。
龍族は己の爪で戦うが、必ずしも素手で戦うわけではない。
時にはそうした武器を使い、強大な敵に挑むこともある。
カオスの武具というものは、恐らく他の種族と戦うことを想定して作られていたのだろう。
そう、例えば魔族とかね。
「ラプラスか……何かわかったか?」
「現在調査中であります」
「そうか……まあ、休息も必要だろう。ゆっくりしていけ」
強い疑いの気持ちで行った私を、カオスは快く迎えてくれた。
会議では半魔半龍である私を睨みつけていたというのにね。
カオスは私を邪険に扱うどころか、工房内を隅々まで見せてくれた。
「カオス様、少しお尋ねしたい事があるのですが、よろしいですか?」
そんな彼に対し、私はあけすけに質問を開始した。
それは尋問といってもいいかもしれない。
今にして思えば、五龍将相手になんと無礼なことをしたのだろうと、顔が赤くなるよ。
「なんだ?」
「クリスタル様が殺された当初、カオス様はどこで何をしていらっしゃったのですか?」
「ここにいた。龍神様に献上する武器を作っていた。見ろ、あれだ。龍神刀と名付けた。龍神様の強大な力に耐えうる剣だ。龍神様には必要無いだろうが、その御子様がお生まれになった際には、献上させていただくつもりだ」
「……なるほど」
「他に聞きたいことはあるか?」
思えば、私の行動は明らかにカオスを疑ったものだったろう。
だというのに、カオスは文句の一つも言わなかった。
嫌な顔一つしなかった。
それが調査に必要なことならば、協力は惜しまないと言わんばかりに、全てをあけすけに話してくれた。
その中には、恐らく機密事項もあったろうにね。
そして最後に、こう言った。
「ラプラス、必要なことがあったら何でも言うがいい。会議では感情に任せあのように言ったが、お前の龍神様への忠義を疑っていたわけではない。許せ」
最後に、カオスはそう言って、私の肩を叩いてくれた。
「クリスタルの仇は、必ず取らねばならぬ。もしお前の手に余るのであれば、この俺に言うがいい。内密に手伝ってやる」
私は自分を恥じたよ。
あの会議でカオスが見せていた怒りを忘れていたとね。
私が疑ったのは、五龍将の誇りと友情そのものだったのだ。
「必ずや」
最後に私はそう言って最敬礼をして、その場を去った。
■
それから各地を飛び回った。
北に南に、西に東に。
クリスタルのここ数十年の足跡を追い、そこからヒントになりそうなものを探した。
だが、見つからない。
クリスタルの足跡には、何の違和感もなかった。
彼は他の五龍将と同様、尊敬を一身に受け、それに応える行動をしていた。
模範のような龍族だ。
一体、誰が彼を殺すというのか。
それこそ、別の世界からやってきた魔族が殺したとでも言うのだろうか。
しかし、仮に魔族だとしても、この龍界で生きていくのは困難を極める。
殺してすぐに帰ったのだとしても、痕跡も残さずに、というのは難しいはずだ。
途方にくれたよ。
これほど何の情報も得られないとは、思ってもみなかったんだ。
同時に焦ったよ。
一年に一度、ケイオースに戻って龍神様やシラードに報告をしていたが、芳しくなかったからね。
何か一つでも手がかりがあれば、私も平静でいられただろう。
だが、何もない、という報告が何度も続けば、焦りもする。
私は、龍神様に任せられたんだ。
ドーラ様にも、必ずやと返事をしたんだ。
だというのに、何もできず、ただ足踏みを続けていて、どうして平静でいられよう。
私は狂ったように龍界中を探しまわった。
かなり危険な場所にも足を踏み入れ、何か手がかりは無いか探した。
レッドドラゴンの巣、ブルードラゴンの巣、ブラックドラゴンの巣、ゴールドドラゴンの巣、アースドラゴンの巣。
あらゆる場所に赴き、調査をした。
邪魔をするドラゴンは皆殺しにした。
私はサレヤクトに乗り、二人の配下と共に龍界中を飛び回った。
鬼気迫っていたのだろうね。
調査を開始して10年ほど経過した所で、龍界において私の名を知らぬ者はいなくなっていた。
ドラゴンの調教は上手だが、龍神様の期待には応えられぬ無能な混血として、だ。
屈辱的な憶えられ方だったが、私はそれを受け入れた。
なぜなら、その通りだからだ。
私は龍神様の期待にも応えられず、五龍将の無念も晴らせないのだ。
だが、私は私の屈辱などどうでもよかった。
龍神様の期待に応え、五龍将の無念を晴らしたかったのだ。
ただそれだけだったのだ。
何日も休まず飛び、探し、調査をし続けた。
何日も、何日もね。
サレヤクトも、よく頑張ってくれたと思うよ。
だが、ある日、とうとう飛びつかれ、龍界に山程ある洞窟の一つで休むことにしたんだ。
あの日、私はサレヤクトの尻尾にくるまって焚き火をみていた。
ゆらゆらと揺れる焚き火を、私は微動だにせず、ただただ見ていた。
疲れていた。
私も、部下の二人もだ。
諦めるという言葉は口には出さないが、もう何も見つからないのではないか、という気持ちが私たちを支配していた。
言葉のわからぬサレヤクトですら、精神的に疲れているように見えたよ。
そんな時だった。
ああ、よく憶えている。
忘れるはずもない。
この私が、あの瞬間を忘れるはずもない。
まさにあの時だ。
部下の二人が寝入り、私がサレヤクトの尻尾にくるまれながらウトウトとしていた時だ。
あれが初めての出会いだった。
ああ、もし私にあの時に力があれば。
あの瞬間に戻れたならば……。
いや、それでも結局は変わるまい。
当時は奴もかなり不用心だったが、それでも用心深かった。
私が突如として牙を向いたとしても、きっと奴はその牙をするりと抜けたに違いない。
だが口惜しい。
奴が手の届く位置にいたのに……。
ああ、口惜しい……。
すまない。
少し興奮してしまったようだね。
落ち着こう。
これは昔話、いくら思い出した所で、過去は変わらないのだ。
そう、洞窟の入り口に、奴が、現れたんだ。
奴の第一声は、今でもよく思い出せる。
「やぁ」
気さくすぎるぐらい気さくに、奴は片手を上げてそう言って、
「困っているようだね。少し手伝ってあげようか」
人の良さそうな笑みを浮かべたのだ。