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8.異変

 龍鳴山にある、何の変哲もない家。

 そこでは、今日も少女が何かを運んでいた。

 水か、肉か。

 そう思って見てみれば、いつもと違うものを運んでいることがわかるだろう。


「んしょ……っと」


 本だ。

 彼女は書斎にあった本を別の部屋へと持っていき、順に並べているのだ。

 イタズラだろうか。

 いいや違う。

 陰干しだ。


 ラプラスの用いている紙は竜の皮から作られているため、高い耐久性を誇る。

 何もせずとも、数万年は持つだろう。

 しかし、湿気や虫にさらされ続ければ、おのずと劣化も早まってしまう。

 ゆえに、こうして定期的に陰干しを行っているのだ。


「んー、とりあえず今日はこれだけかな?」


 とはいえ、書斎にある本は大量の一言だ。

 そうそう一日で全ての本を乾かせるものではない。

 一月に一度、本棚一つ分、といった具合でやっていかなければならない。


「んーっ! 疲れた……」


 ロステリーナはグッと伸びをしつつ、腰をトントンと叩いた。

 現在、ロステリーナの前には、本棚一つ分の本が並べられている。

 どれも古い本だ。

 今日は、書斎の中でも特に古い本棚の分を出してきたのだ。


「……」


 と、そこでふとロステリーナはあることに興味を持った。


「これ、何が書かれてるんだろ?」


 ロステリーナの知る限り、ラプラスの行動は主に三つだ。

 出かけている、ロステリーナにお話をしてくれている、何かを書いている。

 ロステリーナも常日頃から話をねだっているわけではない。

 となれば、家にいる間はほぼ何かを書いているということになる。


 ロステリーナの知る限り、ラプラスはずっと、何かを書き続けている。

 ご飯も食べず、睡眠も取らず、書き続けている。

 だからきっとそれは、とてもとても大事なことなのだろう。


「うーん」


 ロステリーナは家にある本を読むなとは言われていない。

 むしろ、汚したり捨てたり焼いたりしないと約束できるなら、勝手に読んでもいいとさえ言われていた。


「……でも読めないんだよねぇ」


 だが、ラプラスの書いた文字は、ロステリーナの知る文字とは、大きく違うものだった。

 ロステリーナの知る文字は人間語だ。

 大陸で広く使われている言語で、ロステリーナの種族も使っているものだ。


 だが、この古い本が書かれているのは、違う。

 確か、古代龍神語だと、ラプラスは言っていた。

 ゆえに、読めない。


 最近の本であるなら読むことはできる。

 なぜならラプラスは、最近の本は人間語で書いているからだ。

 恐らく、すでに失われてしまった言語で書くより、人間語で書いた方が、後にこの本を読む人がわかりやすいと思ったからだろう。


 とはいえ、じゃあこの初期の本はなぜ人間語に書き直さないのだろうか。

 めんどくさいのだろうか。


「……あ」


 そう思った所で、ロステリーナは自分が並べた本の端に、ある本が置かれているのを発見した。

 唯一人間語で書かれたそれには、こう書かれていた。


「古代龍神語、翻訳手引き……」


 ラプラスほどの賢者となれば、自分が今までに書いてきた本を一冊ずつ直すより、辞典を作る方が手間が少ないと思いついたのだろう。


「これを使えば私にも読めるかな!」


 ロステリーナは鼻息も荒く、手引書と、恐らく最初に書かれたと思わしき、状態の悪い一冊を手にした。

 そして、手引書をじーっと索引しながら、本のタイトルを少しずつ読み上げた。


「ま、か……り。龍、将。うん、龍将の……使命、その三十二」


 十数分の格闘の末、ロステリーナは本の内容を理解することに成功した。

 『龍将の使命 その三十二』。

 その本の表紙は、そう書かれていると判明した。


 龍将という単語に関しては、ロステリーナの知識にもあった。

 というより、ラプラスのお話に出てきた。

 龍神の腹心である、五人の龍王のことだ。

 ラプラスは、その内の一人、甲龍王ドーラの下で働いていたはずだ。


「あれ?」


 しかしそこで、ロステリーナの脳裏に一つの疑問が浮かんだ。

 ラプラスはドーラの部下だった。

 そのラプラスが、どうして使命などという本を書いていたのだろうか。

 そういう命令をされたのだろうか。


 もしかすると、どこかにあるであろう「その1」に、その理由が書かれているのかもしれないが……。


「はー……でもこれじゃ、見つけるまでに日が暮れちゃうよ」


 とはいえ、タイトルを読み上げるだけで、結構な時間がかかってしまった。

 これだけの労力を使って、読めた文字は10文字程度。

 目の前に広がるのは、100冊以上の本だ。

 読書どころか、見つけるのも困難であった。


「……あ!」


 と、そこでロステリーナの耳は、大きな翼の音を察知した。

 この家に近づいてくる羽音といえば、たった一つしかない。

 そう、家の裏に巣穴を持つレッドドラゴンのサレヤクトだ。

 そして、彼に乗って出かけた、ロステリーナの愛しのご主人様である。


 ロステリーナは弾かれたように陰干し部屋を飛び出した。

 玄関へと走っていくと、ちょうどラプラスが家の中へと入ってくる所だった。


「おかえりなさい! ご主人様!」

「ただいまロステリーナ。本の陰干しは済んだかい?」

「はい!」

「そうか、よくやったね、偉いよ」

「えへへー!」


 頭を撫でられ、ご満悦のロステリーナ。

 だが、ふと彼女は先ほどの疑問を思い出した。


「ねぇねぇ、ご主人様、先ほど、疑問に思ったことがあるのです」

「うん? なんだい?」


 首をかしげるラプラスに、ロステリーナは先ほどのことを話した。


「書棚の本は、全てご主人様が書かれたのですよね?」

「ああ、そうだとも」

「ご主人様はドーラ様の配下だったのに、どうして龍将の使命、なんて本を書かれているのですか? ドーラ様のご命令だったんですか?」

「おや、すごいじゃないかロステリーナ。古代龍神語が読めるだなんて」

「えっへん、ロステリーナはこれでも、日々成長しているのです!」


 手引書のことは伏せつつ、ロステリーナはそう言って薄い胸を張った。


「ふふ、しかし、読めるのなら、わかるだろう? すべて、本に書いてあるのだから」


 だが、浅いウソというものは、すぐに化けの皮がはがれてしまうものだ


「えっと……その、ごめんなさい。実は翻訳の手引きで、タイトルを読めただけなのです」

「ははは、そんなことだろうと思ったよ」


 ラプラスは笑いながら、家の奥へと歩き出した。

 下界から持ってきたであろう、何かごちゃごちゃとしたものを床において、椅子に座った。

 そして、ロステリーナにも近くの椅子に座るように勧めてくる。


「たまには一緒にご飯を食べよう。久々に私もおなかがすいてしまった」

「はい、お任せください、ご主人様!」


 ロステリーナは喜び勇んで食事の用意をし始めた。

 たまにしか食事をとらないラプラスに料理を振る舞うのは、ロステリーナのひそかな楽しみの一つだった。

 なにせラプラスは食事をとるときは必ずおなかをすかせているので、とてもおいしそうに食べてくれるからだ。


 腕によりをかけてかまどに向かうロステリーナの後ろから、ラプラスの声が聞こえた。


「食事をする間に、君の疑問に答えてあげよう」


 それは、遠い昔を思い出すような声音だった。

 うれしくもあり、悔しくもあり、そしてやるせなさに満ち溢れた声。

 自慢げで誇らしげだが、どこか影のある声音で、ラプラスは言った。


「本を書くのは、私も龍将の一人だからさ」


 そして、ラプラスの昔話が始まった。

 遠い遠い、神話の時代の話が。



■ ■ ■



 さて、どこから話すべきか。

 やはり、あそこからか。


「ラプラス」


 全てが順調に運んでいたある日、私はドーラ様に呼びだされた。

 彼女は日々忙しく飛び回っているから、龍鳴山ケイオースの調教場に来るのは稀だ。

 しかし、ここに来れば、必ずと言っていいほどに私を呼び出し、戦闘訓練を行った。

 私が日頃からの訓練を怠っていないか確認する……などと言っていたが、彼女の訓練相手になりうる者はそう多くなかったのも、理由の一つだろう。

 幸いにして、私は彼女の相手が務まるだけの強さを持っていた。


「今日もですか?」

「今日もだ。付きあわせて悪いな」


 そういう日、私は部下に仕事を任せ、ドーラ様と共に練兵場へと赴く。

 そして、思う存分に彼女に叩きのめされる。

 いつもボロボロにされていたよ。


 ……相手が出来るといっても、五龍将に勝てるほどではないんだ。

 ただ、こうして日頃からドーラ様と戦うことで、私はめきめきと腕をあげていた。

 自惚れかもしれないが、もはやそこらの龍士では太刀打ちできないほどだったはずだ。


「……少し話がある」


 いつもなら、私が打ちのめされた時点で、訓練は終わりだった。

 だが、その日は珍しく、ドーラ様は神妙な表情でそう口にした。


 無論、私に断る理由は無い。

 二人で飛行訓練場まで行き、話をすることにした。

 そこまで移動したのは、なんとなくだ。

 私とドーラ様が会話をする場所と言えば、龍神様の邸宅か、ここのどちらかというイメージが強かったんだ。

 ここを選んだのは、ここがケイオースの町並みを一望できるからだろう。


「最近の貴様の躍進ぶりには、目を見張るばかりだ」

「ドーラ様の教えあってのことです」

「いいや、貴様は私の教えていないことをやっている。先日、マクスウェルにも「うまくやったな」とやっかまれたよ」

「光栄です」

「今の仕事を続けていけば、貴様は責務を果たすことが出来るだろう」


 この場合の責務というのは、すなわち龍神様が口にした、3つの理由の内の2つのことだ。

 すなわち、龍族の持つ混血に対する敵意の減少と、魔族へのアピールだ。


 確かに、再調教という仕事は、非常に重要になりつつあった。

 調教法は進歩し、そのうち『再調教』という言葉自体も無くなるだろうとすら言われていた。

 私のやった事には、それだけの意味があった。


「そんな貴様に、一つ頼みがある」


 頼みという言葉に、私は驚いた。

 なにせ、彼女が私に対し、何かを頼んだことなどなかったのだからね。


「なんなりと」


 もちろん、私はこう答えたよ。

 私は龍神様のために生きているが、ドーラ様にも世話になっている。

 そして、あのドーラ様の願いが、龍神様のためにならないわけもない。

 だから、願いを聞くのは、やぶさかではなかったんだ。


「しばらくの間、今の仕事を離れ、私の代わりをしてほしい」

「代わり、ですか?」

「そうだ。つまり、現在龍界にある全ての調教場の監督をやってほしい」

「なぜ、と聞いても?」

「近々、私に繁殖期が来る。卵を生むんだ」


 龍族は長い寿命を持っている。

 それはもう、何万年という時を生きるぐらいにね。

 不老といってもいいぐらいの長さがあった。

 だが、その代わり、繁殖期は短く、数千年に一度しかなかった。

 ゆえに、繁殖期の来た龍族は、率先してそれを行うことを義務付けられていた。


「それは……おめでとうございます」

「ありがとう」

「お相手は誰なのですか?」


 人間が子供を生むには相手がいる。

 ふふ、ロステリーナには刺激的な話かもしれないね。


「五龍将のクリスタルだ。ちょうど繁殖期が重なってな……龍神様からも、強い子が生まれると期待されている」


 龍将の子供というのは何人かいるそうだが、あいにくと私は面識がなかった。

 龍族では、家族という概念が薄かったからね。

 産んだ卵は親が温めることなく、産卵場で育卵婆の手で孵化させられ、育てられる。

 無論、誰が親かぐらいは知っているそうだが、龍将の子供だからといって特別扱いされることは無い。

 ドーラ様もすでに幾人かの子供を生んでいたらしいが、全員が成人し、龍士として戦ったり、調教場で働いていたり、あるいはドラゴンとの戦いで既に死んでしまったりしたそうだ。


 だが、龍将同士の子供というのは初めてのことらしい。

 親の能力が高ければ、強い子供が生まれやすい、というのは今と一緒だ。

 龍将同士の子供。

 これは期待されているのだろう。


「だから、産卵期の間、調教場をお前に任せたい。引き受けてくれるか?」


 五龍将が龍神様に任された仕事を、私が代行するのだ。

 これほど光栄なことはなかった。


 私はその場で涙しそうになったよ。

 ドーラ様は、そこまで私を高く評価してくれていたのか、とね。


「私を選んでくれたことを、光栄に思います」


 無論、私はその場で最敬礼を行い、その任務を受けた。





 それから30年ほどが経過したか。


 ドーラ様は見事に懐妊し、ケイオースから南に数十キロほど行った場所にある、産卵場へと移動した。

 移動する際には私も付き添ったが、なかなか趣深い場所だったよ。

 見た目は蜂の巣に似ていたかな。

 幾つもの個室が並んでいて、妊婦はそこで卵を生むんだ。

 個室は一定の温度と湿度が保たれていて、生まれた卵はほぼ勝手に孵化する。

 そして、その個室はそのまま子供の部屋となる。


 だが、龍族の懐妊期間というのは非常に長い。

 なにせ数十万年を生きる種族だ。

 腹の中に卵を抱えている期間が50年、その卵が孵化する期間も50年だ。


 そして全ての種族に共通することだが、妊娠中の女性というのは、実にナイーブだ。

 龍族の女性は、妊娠中は特に凶暴になりやすい。

 だからこそ、普通の居住区から離れた場所に専用の施設を作り、そこで出産に専念してもらうというわけだ。

 特に、受精卵の場合はね。


 ドーラ様は施設に入る頃には、すっかり凶暴になっていた。

 目につくもの全て……とまではいかないが、些細なことで怒り、周囲に当たり散らすのだ。

 ドーラ様に傷付けられるのは私にとって珍しいことではないが、理不尽な程に凶暴なドーラ様を見るのは、初めての経験だ。

 この30年は生傷が絶えなかったよ。


 とはいえ、私は順調にドーラ様の仕事を受け継ぐことができた。

 龍界にある全ての調教場を見まわり、管理する仕事だ。


 その移動に際して、私はサレヤクトに騎乗した。

 あの気難しい赤竜は、最後まで私にしか懐かなかったからね。


 私としても、サレヤクトをあちこちに連れ回して調教場をめぐるのは、悪い話じゃなかった。

 サレヤクトは他のドラゴンと会話をする。

 言うことを聞かないドラゴンを、うまいこと説き伏せられる奴なんだ。

 だから、どこの調教場にいっても、大活躍だ。

 正直な所、私が調教場の責任者という立場になれたのは、彼のお陰である所が大きいだろうね。


 責任者になったことで、おのずと龍界にも私の名が広まった。

 質の良いドラゴンを育てる天才だとね。


 名前が広がったことで、私のことを睨む者も減った。

 龍神様の邸宅へと帰る途中で、私に最敬礼をする者も出てきた。

 無論、魔族とのハーフということを嫌がる者はいただろうけどね。

 でも、誰もが実力を認めてくれはじめていた。


 朝起きて、調教場へと飛ぶ。

 サレヤクトと共に場内を見まわり、いうことを聞かないドラゴンの面倒を見る。

 時にサレヤクトに飛び乗り、他の町へと移動する。

 他の町にいってもやることは同じだ。

 だが、顔ぶれは変わり、私の存在がより周知のものとなる。


 邸宅へと帰ればルナリア様がいて、侍従が温かい食事を出してくれる。

 時には龍神様もだ。

 私はその日にあったことを彼らに報告する。

 今で言う所の、団欒があった。


 その三十年は、実に穏やかな日々だった。

 戦いも、訓練もなく、焦ることすらなく、ただすべきことをしつつ死を待つだけのような、そんなゆっくりとした時間だ。


 さて、しかし、そんな穏やかな時間は長くは続かない。

 何事にも転機というものは訪れる。

 どこまでも同じ道を歩いていられる者というのは、少ないんだ。

 私にも……いや、龍界全体に、かな。

 そんな転機が訪れた。

 大きな転機となる日だ。

 

 あれはドーラ様の産卵が間近という一報が届いた頃だったか。

 龍界を、ある訃報が襲ったのだ。


 五龍将の一人、剛龍王クリスタルの死だ。





 龍将クリスタルは、龍界の北端。

 ゴールドドラゴンの巣の近くにて、無残に四肢を引きちぎられ、脳を吸い尽くされた状態で見つかった。

 いかに龍族が屈強と言えども、そんな状態で生きているはずもない。

 発見された時にはすでに絶命していた。


 彼の周囲には護衛の龍士たちと、ゴールドドラゴンの死体があった。

 一見するとゴールドドラゴンと戦い、相打ちか、あるいは敗れたようにも見える。

 だが、龍将クリスタルは万が一にもゴールドドラゴン程度に敗れるような弱者ではない。

 事件は謎だらけだった。


 五龍将の死。

 これが龍界にとってどれだけの大事だったかを説明するのは難しい。


 五龍将は龍神様に準じた力を持つ、最強の龍士たちだ。

 その力というのは、通常の龍族と比べても計り知れない。

 彼らは本気を出せば、山の一つや二つ、簡単に崩落させられる力を持っていた。

 私も当時すでにかなりの力を持っていたはずだが、それでも到底敵わない。

 ドーラ様の訓練相手としてよく使われていた私だが、彼女が本気を出せば、一瞬でボロ雑巾となったろう。


 それほどまでに強い五龍将。

 そのうちの一人であるクリスタルが死んだんだ。

 誰もが思ったよ。

 一体誰に。どうやって?


 五龍将を殺せる者など、そうそういるわけではない。

 龍界に限って言うなら、他の五龍将か、龍神様しかいない。


 あるいは突然変異の魔物という線もあったが……。

 いかに魔物が凶悪で強力な存在といっても、あの五龍将を殺せるほどとは思えない。

 第一、それだけ凶悪な魔物がいるのであれば、そうした情報が入っていないのもおかしな話だ。

 魔物というものは、なぜか生物の多い場所へと行きたがるからね。


 ともあれ、そんな一大事が発生し、龍神様は会議を開いた。

 残りの五龍将が龍神様によって招集されたのだ。

 私はそれを聞いた時、少し珍しく感じた。

 私の目には、龍神様は全てをお一人で決められる御方に見えていたからね。

 しかし、龍界において一大事が起きた際には、こうして会議を開くものと、昔から決まっていたそうだ。


 会議は龍神様の邸宅にて行われた。

 私もその場に参加した。

 産卵中で身重のドーラ様の代理だったからね。


 龍神様の邸宅の一室に、巨大な石机と、六つの椅子が置かれていたのは知っていたが……そこに五龍将が揃うのは、まさに壮観だった。

 といっても、二人もいない状態であったがね。


 緑銀色の鱗と儚い瞳を持つ龍将シラード。

 黒銀色の鱗と深き瞳を持つ龍将カオス。

 青銀色の鱗と強き瞳を持つ龍将マクスウェル。

 そして、何色にも染まらぬ銀の鱗と、全てを内包する瞳を持つ、偉大なる龍神様だ。

 私がそこに座っているのは、まさに場違いだったよ。


「……」


 彼らは龍神様が口を開くまで、一つだけ空いた席を見ていた。

 本来ならば、クリスタルの座るはずだった椅子を。


「まさか、あのクリスタルが死ぬとは……信じられん」


 口火を開いたのはカオスだった。

 私はほとんど面識のない人物だが、偏屈な男だとは聞いていた。


 彼は龍神様の命により、龍族の扱う武具を作っていた。

 当時の武器というのは、基本的に粗末なものだった。

 ドラゴンの牙より削りだした片刃の剣や槍に、ドラゴンの鱗を貼りあわせて作った鎧だ。

 粗末とは思えないって?

 ああ、今の世で言えば、確かにそうかもしれない。

 だが、そんなものより龍気を込めた自前の爪や鱗の方が、よっぽど頼りになったんだ。


「あいつがゴールドドラゴンに殺されるとは思えねえ。魔物にもだ。何か裏があるように感じるな」


 そう言ったのは、マクスウェルだ。

 チビで軽薄。

 多くのものはマクスウェルにそうした第一印象を持つ。

 実際、マクスウェルは一般的な龍族と比べても、ひときわ小柄な体を持っている。

 その上、いつもヘラヘラと笑い、粗雑な口調でしゃべる。


 なぜこんな者が五龍将なのだ。

 なんて陰口を叩く者もいくらか存在していたが、ドーラ様は言っていた。

 少なくとも彼を知るものは、彼を嘲りはしない、と。

 なぜなら彼は見た目と違い、有能で、勤勉で、努力家で、忠誠心にもあふれているからだ。


 彼は、龍界全土に発生している魔物の駆除を担当していた。

 魔物の被害で一般的な龍族がほとんど死んでいないのは、彼の功績による所が大きいのだ。


 そんなマクスウェルは、実際に死体の場所まで赴き、検分した人物だ。

 他の隊員たちが魔物の仕業だと言う中、マクスウェルだけは「そんなはずがねえ」と首を振り続けていたらしい。

 五龍将の力を知るからこそ、彼が魔物に殺されるとは思えなかったのだろう。


「となれば、やはり魔族か」


 最後に口を開いたのはシラードだ。

 五龍将の長たる彼は、龍族全体のまとめ役のようなものだ。

 彼の仕事は多岐に渡るが、主に町中に関することだ。

 実質、龍神様が居ない時、代理で龍界をまとめていたのは彼だった。

 彼が龍界のナンバーツーといっても過言ではなかった。


 シラードは常に冷静沈着で、高い判断力を持っていた。

 時に五龍将の意見をまとめ、最適解を龍神様に提示するのも、彼の役目だ。


「馬鹿な!」

「ありえん!」


 だが、今回は失言だった。

 シラードの言葉にマクスウェルが激高し、カオスが不快感をあらわにした。

 しかし、シラードは慌てる事無く、二人を見渡し、冷静に言葉を続けた。


「ゴールドドラゴンはありえない。

 クリスタルを殺せる魔物がいるならすでに姿を表し、被害を拡大させているはず。

 龍界でクリスタルを殺せる存在は、龍神様か、我ら五龍将のみだ」


 シラードはそこで、龍神様の方をちらりと見た。

 口には出さなかったが、もし万が一、龍神様が何らかの理由でクリスタルを殺したというのなら、その理由がなんであれ、我らはその決定と行動に従います。という意図をもった視線だ。


 龍神様は難しい顔で首を振った。

 龍神様が、我が子も同然であるクリスタルを殺すはずがないのだ。

 いかに五龍将の長たるシラードであっても、そんな事を口にすれば、カオスかマクスウェルが無礼討ちをしていた所だろう。

 無論、私も黙っちゃいないつもりだが、残念ながらその会議において私に発言権はなかった。

 代理として話を聞き、それを一言一句漏らさずドーラ様に伝えるのが、私の役目だったからね。

 無責任な発言で引っ掻き回すようなことは、ドーラ様の名誉にかけて出来なかった。


「あとは我ら五龍将だが、我らが龍神様の信頼を裏切るわけがない。

 我ら五龍将がそのようなことをしたのであれば、この場で己の四肢を引きちぎり、心臓を握りつぶして龍神様に詫びるはずだ。

 となれば、あとは外部の者が下手人と考えるのが妥当だ」

「だから魔族だと?」

「魔族は日頃から我らを敵視している。かの者らが何らかの策を用いてクリスタルを殺したと考えることの、何がおかしい」

「魔族ごときに我ら五龍将がやられるものか!」

「カオスよ。我ら五龍将は確かに最強である自負がある。だが、八大魔王も強靭にして精強。驕れば我らの敗北もありうる。それとも貴様は、相手の力量すら見破れんか?」


 そう言うと、カオスも黙った。

 八大魔王というのは、五龍将の魔族版といった所だ。

 ちなみに、かつて私をボロボロにして追い払ったのも、この内の一人だ。


 魔族は龍族ほどの力は持たない。

 龍族に比べれば動きも鈍重で、硬い鱗を持つわけでもない。

 だが、不死身とも言える耐久力を持ち、我々よりも上手に魔力を使う。

 6つの世界で2番目に強力な生物なのだ。


 そこらの魔族なら、クリスタルには手も足も出ないだろう。

 だが八大魔王ならば、五龍将といえども無傷での勝利には結びつかないだろう。

 と、思われていた。


「だが、もしそうなら魔族は"境界"を越える術を完成させ、無断で使用したことになる」

「……」


 境界というのは、世界と世界を隔てる……壁のようなものだ。

 境界を越えるということは、すなわち別の世界へと移動することを意味する。


 あの頃の私には何のことかわからなかったが……。

 当時、世界では人々が神隠しに遭う事件を受けて、その研究をしていたんだ。


 そう、転移魔術の研究だ。

 ……無論、転移魔術はまだ、どこも完成させていなかった。

 もし完成させていたのなら、その使用には必ずや神々の許可が必要となっただろう。

 行く世界、来る世界、両方のね。


「もし、奴らが境界を越える術を手に入れたのであれば、それは由々しき事態だ。だが現状ではそれを確かめる術は無く、またクリスタルを殺した輩を探して報復するにもな……」


 シラードはそう言って、苦い顔をしていた。

 なにせ、一騎当千の五龍将を殺した存在だ。

 魔物だろうが、魔族だろうが、生半可な捜索隊を組織した所で、返り討ちに合うのがオチだろう。


「クリスタルの仇、このカオスめにお任せを」

「そういう仕事なら、俺の出番だろ」


 二人の龍将は気炎を吐いたが、決めるのはそしてシラードではない。

 この会議の決定権は、常に一人の男が持っているのだ。


「龍神様、いかが致しましょうか。無論、私めにお任せくだされば、必ずや下手人を探しだし、我ら龍族の威光を示してみせますが……」


 そこでシラードは、私の方を見た。

 それまでずっと黙って、議事録を作り続けていた私にだ。


「ここは、ラプラスにやらせて見てはいかがでしょうか」


 その言葉に、会議室はどよめいた。


「馬鹿な! ドーラならまだしも、魔族との混血にやらせるだと!?」


 怒声を上げたのはカオスだった。

 その深き瞳で私を睨みつつ、牙をむき出してシラードに怒鳴った。

 カオスは、なんというか……偏屈な男だった。

 魔族が悪者だと一度考えてしまうと、以後はずっと魔族に対する悪感情を持ち続けるぐらいにね。


「冗談も大概にしろ! いかに龍神様の養子とはいえ、五龍将殺しの下手人探しに、こんな男が使えるものか!」

「それはやらせて見なければわからない」


 シラードはその怒声を涼風のように受け止めた。

 カオスから怒鳴られることなど、日常茶飯事だったのだろう。

 私は恐ろしかったがね。

 狂龍王カオスは、とても恐ろしい人だったんだ。


「ドーラに聞いた所、この男まだ未熟なれど、我ら五龍将に準じた力を持つそうだ。未だ存在しているか否かもわからぬ輩の捜索に我ら五龍将、まして龍神様ご本人が出張って無駄に時間を使うよりは、それに準じた力を持つ者を派遣するのが妥当だ」


 五龍将に匹敵するというのは、さすがに過大評価だろう、と私は思ったよ。

 当時は、まだまだ自分に自信が無かったんだ。


「例え見つけたとしても、無駄死にするのがオチだ!」

「だとしても、こいつも龍族の一員、せめて情報の一つも持って帰ってこよう」

「ええい、らちがあかん! マクスウェル! お前も何か言え!」


 カオスは口から火でも吹かんばかりに怒り、マクスウェルへと話を振った。

 恐らく、マクスウェルも自分同様に反対してくれると思ったのだろう。

 だが、マクスウェルは飄々とした表情を保っていた。


「……いや、いいんじゃねえか? やらせてみれば」


 口に出したのは、そんな言葉だ。


「なっ! 何を言っている、お前らしくもない!」


 マクスウェルは、カオス以上に武闘派だった。

 こういう状況が起きた時、真っ先に飛び出て先鋒を切るのは、彼の役割だ。

 だからこそ、その役目を譲るはずがないと思ったんだ。

 先鋒は名誉なことだからね。


「事の重大さがわかっているのか!? 古代より連れ添った我ら五龍将が欠けたのだぞ!?」

「ああそうだ。カオス、お前は次に、誰が欠けると思う?」

「次、だと……?」

「シラードがなんでこんなことを言い出したのか、考えてみたんだけどよ。犯人が計画的に動いてて、それが五龍将を狙ったものなら、一人ずつ潰そうとすんだろ」


 そこまで言って、カオスもまたマクスウェルが何を言いたいのかわかったらしい。

 カオスも武闘派だが、頭が悪いわけでは無いからね。

 もし犯人の狙いが五龍将の全滅であるなら、クリスタル殺しの犯人は罠の一つでも張るだろう。

 五龍将クリスタルを殺せるような罠だ。

 どんな罠かはわからぬが、他の五龍将にも有効なものに違いない。


「もし五龍将が動くなら、二人以上で動くのが望ましい。

 だが、ドーラ不在の現在、俺らが二人も抜けるわけにはいかない。

 龍神様を矢面に立たせるなんざ、もっての他だ」


 マクスウェルは得意げに己の推理を披露した。

 それが合っていたかどうかは、シラードの苦笑を見れば一目瞭然だ。


 私なら、死んでも構わないということだね。

 いや、当時はもうそれなりの仕事を持っていたから、構わないということは無いか。

 少なくとも、五龍将を失うよりはマシということだ。


「なるほどな。問題はこのガキに任務を遂行できるだけの力があるかだが……」

「それは、ドーラの言葉を信じるしかねえだろ」


 マクウスェルの結論に、カオスも深く頷いた。

 彼らがドーラ様の言葉をどれだけ信頼していたか、言わずともわかろうものだ。


「では、いかが致しましょうか」


 とはいえ、この場で決定権を持っているのは、シラードではない。

 彼は先ほどからずっと押し黙っている、一人の御方へと判断を委ねた。


「……」


 龍神様はその言葉に、しばし無言を貫いた。

 無表情で周囲を睥睨した。

 カオス、マクスウェル、シラードと順番に見渡し、最後に私に視線を送ってきた。


「ラプラス。やれるか」

「ご命令とあらば!」


 龍神様にやれるかと聞かれては、できないとは答えられなかった。

 実をいうと、自信はなかったのだけどね。

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