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21.五龍将の裏切り

 五龍将の裏切り。

 その戦いは、今の歴史にはそう記されているらしい。

 まあ、概ね間違ってはいない。

 例えそれが龍神様のためを思ってやったことであっても、結果としてそれは裏切りだった。

 まごうことなき裏切りだった。


 しかし、一つ大きく間違っている部分がある。

 正確には、その戦いに参加していた五龍将は、四人しかいなかったんだ。


 なぜなら、私は戦わなかったからだ。


 戦った後、後始末をする者が必要だった。

 龍神様と五龍将が戦うのだ。

 五龍将の何人か。

 あるいは全員が死亡する可能性もあった。


 そうなった場合、その後の龍界は人手を失う。

 誰が龍士たちを統括し、誰が魔物を殺し、誰が術の研究をし、そして誰が龍神様を助けていくのか……。


 その役割を、私がもらった。

 とても大事だが、しかし恥ずべき役割だ。


 なぜ恥ずかしいと思うのかって?

 いいかい?

 五龍将は、龍神様の命に背くんだ。

 あまつさえ、そのお体に爪や牙をつきたて、その場に留まらせようとするんだ。

 例え龍神様が思いとどまり、人界への侵攻をおやめになったとしても、逆らったという事実は変わらない。

 誰も死なずに事が済んだとしても、五龍将への罰は免れない。

 場合によっては、死をもって償うことになるだろう。


 それを、私は自分一人だけ、逃れる役目なのだ。

 だが、例え私が戦わずとも、私が龍神様の命に背き、龍神様をお止めしようとしたという事実は変わらない。

 だというのに、私はその後ものうのうと五龍将という座に居続けるのだ。

 これほど恥知らずなことは無いだろう。

 そこに、龍界の未来のため、という建前があったとしてもね。


 だが、私は下っ端だったからね。

 その役割を受け入れた。



 さて、戦いといっても、即座にその場で戦い始めたわけではない。

 龍神様と五龍将。

 戦えば、山の一つや二つは簡単に消し飛んでしまう。

 戦うにしても、事前に準備が必要だった。


 龍神様をお止めする。

 そう言葉で言うのは、とても容易いことだ。

 殴ったり蹴ったりして力を奪い、拘束してどこかに閉じ込める。

 君はそんな想像をしただろう。


 だが、龍神様の動きを止めるだけの力を発すれば、自ずと山ぐらいは消し飛ばされる。

 龍神様を閉じ込める場所などはもちろん無いから、相応の大魔術を使わなければならぬ。


 そもそも赤子が大人に挑みかかるようなものなのだ。

 あまり子供と交流のない君にはわからないかもしれないが、例え病気や怪我でも、ヨチヨチ歩きの赤子に負けるはずもない。

 龍神様と五龍将の間には、まさにそれほどの差があった。


 だから五龍将は四人で力を合わせ、本気で龍神様に立ち向かうのだ。

 魔王たちを仕留めた時のように。

 いや、それ以上の戦力で。


 準備には少々の時間を要した。

 龍神様にも、少し待ってもらう形となった。

 おかしな話だと思うだろうが、それぞれの五龍将が受け持っていた仕事の受け継ぎや、龍族たちの避難などを行わなければならなかったからね。

 何にせよ、了承なさってくれたよ。

 龍神様としても、お一人で人界にいっても、勝利しきれないだろうことは予想できていたのか、あるいは、時間を置けば五龍将の頭も冷えると思ってくださっていたのか。

 わからないがね。



 五龍将が準備をしている間、私はと言うと、龍神様のお側に控えつつ、ケイオースの町にいた龍族たちは、他の町へと避難をさせていた。

 戦いがどこで行われるかわからないが、ケイオースは世界の中心だ。

 巻き込む可能性は十分にあったからね。

 私は何日も使い、その陣頭指揮を取った。


 人々は、誰もが困惑した顔をしていた。

 五龍将の内四人が龍神様に反旗を翻したと聞いても、到底信じられなかったのだ。

 中には、龍神様の側に立って戦おうと立ち上がる者も現れた。

 だが、そうした者たちを龍神様は静かに押しとどめた。

 龍神様と五龍将とが戦えば、龍族とはいえ並大抵の者は簡単に消し飛んでしまうからだ。

 無駄死には避けるべきだと思われたのだろう。


 避難が終わった後は、龍神様のお傍にいた。

 変わらず龍神様の側近であろうとする意思を見せると同時に、龍神様が待ちきれずに人界へと飛び立つのを抑える役割もあった。

 龍神様は、ただ静かにしておられた。

 私に話しかけるでもなく、邪険にするでもなく、ただ静かに何かを考えておられた。

 その気になれば、私一人の制止など無視して、人界に行くことも可能だったろうに。


 何を考えていらしたのかは、想像する他ない。

 だが、龍神様は聡明な御方だ。

 この時はすでに黒幕の正体には見当がついていたようだし、その目的について考えを巡らせていたのかもしれない。

 あるいはこの時、すでにこの後に起こる最悪の事態について、予想されていたのかもしれない。


 ともあれ、そんな日々の終わりはきた。

 五龍将から準備完了という知らせが届いたのだ。


 その知らせを受け、龍神様は私を見た。


「お前は、どうするつもりだ?」

「は、龍神様のお側で戦わせていただきます」


 私には、義務感があった。

 五龍将の意思を継ぐこと、龍神様のお心を孤独にしないこと。

 最後に残るであろう五龍将として、様々な仕事をまっとうするという、義務が……。


「……」


 龍神様はそんな私を見て、ゆっくりと首を振った。


「お前が戦うことは許さぬ」

「!」


 一度でも抗弁したから、もう傍につくことも許されないのかと、一瞬思った。


「万が一に備え、我が御子の護衛につけ」


 しかし、龍神様は私にそんな重大な任務をお与えくださった。

 御子様の護衛だ。

 それまでは屈強な龍士たちに警護させていたものの、それだけでは心もとないと思われたのだろう。

 思えば、龍神様はご自分が戦われている間に御子様が狙われることを危惧されていたのだろう。


「傷一つ負わせるな」

「ハッ!」


 当時の私は、御子様にそこまで重要な役割があるとは思っていなかった。

 ただ、ルナリア様の忘れ形見として、龍神様にとって最も大切なものを任された。

 必ずや守らねばならぬ……と、それぐらいの認識だった。


 そして、私がサレヤクトに騎乗し、御子様を抱いて遠くに避難すると、ややあって……ケイオースが消滅した。





 ケイオースを消滅させたのは、マクスウェルの作り出した砲龍門による、遠距離砲撃だった。

 幾つもの光の束が中空を走り、ケイオースに着弾。

 着弾と同時に光の束は光球となり、文字通り山を一つ、消滅させた。

 龍界で最も高い山を。

 龍界で最も歴史ある町を。


 驚いたよ。

 私は他の五龍将がどういった戦いをするかまでは聞いていなかった。

 まさか、あのケイオースを、何百万年と守り続けてきた、あの由緒ある町を、こうも簡単に破壊するとは、思ってもみなかったのだ。

 五龍将が龍神様を本当に裏切ったのかと、錯覚したぐらいだ。


 だが、少し考えればわかることだ。

 言うまでもないことだけど、五龍将の目的は龍神様を弑するのが目的ではない。

 あくまで、龍神様に思いとどまっていただくこと。

 人界に行かず、この龍界にいてもらうのが目的だ。


 ケイオースを破壊すれば、復興には時間が掛かる。

 住んでいた人々が元の生活に戻るまで、どれだけの手間が掛かるかもわからない。

 龍神様が「人界より龍界を優先しなければ」と、そう思われれば、この戦いの結末がどうなろうとも、五龍将の勝利だ。

 浅知恵かもしれないが……。

 でも、五龍将の面々は、自分たちが負けた時のことも考えていていたのだ。

 自分たちが敗北した後、龍神様がたった一人で人界に行ってしまえば、意味が無いからね。


 さて、ケイオースは消滅し、土煙が晴れる。

 すると、そこには一つの存在が残っていた。

 龍神様だ。

 龍神様は、傷一つついていなかった。

 その顔色は遠すぎてうかがい知れなかったが、しかし光の飛んできた方向を見ているのはわかった。


 その視線の先。

 斜め下方にあるのは、立ち込めた暗雲。

 その雲の切れ間から、何か巨大なものが姿を現した。

 龍鱗に覆われた、巨大な岩塊だ。

 岩塊からは紫電を纏った鉄杭が何本も生えていた。


 天界にいくつも存在する浮遊岩塊。

 その中でも特に高い魔力を保有するものに核を埋め込み、幾重にも魔法陣を重ね、龍鱗で覆い、魔族の使っていた魔術砲塔を設置したそれは、完全なる空中城塞と化していた。


 名前?

 名前など無いよ。

 だがそうだな……もし付けるとしたら。

 ケイオースブレイカー。

 私なら、そう名付けるだろう。

 ケイオースが破壊された瞬間の光景は、今にも瞼の裏に焼き付いているのだから。


 さて。

 その要塞には、4人の大きな存在と、44の小さな存在が乗っていた。

 五龍将の四人と、そしてその四人が召喚術により作り出した精霊だ。

 この精霊召喚は魔族との戦争で開発されたものだ。

 龍族は力はあるが、小手先の術はさしてあるとはいえない。汎用性が低いんだ。

 精霊召喚はそんな弱点を克服するべく作られた術式だ。

 龍神様に対抗すべくつくりだされた彼らは、戦争時よりもさらに強大で、様々な能力を持っていることが見て取れた。


 彼らは龍神様の姿を認めると、要塞の周囲に飛び立ち、展開した。


 しかし彼らが展開しきる前に、龍神様が動いた。

 腕をゆっくりと上げ、指先で要塞を示す。

 その瞬間、龍神様の指先より不可視の何かが発せられ、要塞へと飛んだ。


 圧倒的な力の奔流だ。

 巻き込まれれば、いかに五龍将といえどもひとたまりもない。

 が、それが到達するより前に、要塞の姿が歪んだ。

 巨大な歪曲場が発生したのだ。

 力の奔流は歪曲場に捻じ曲げられ、遥か後方にあった山を一つ、消し飛ばした。

 44の精霊たちが力を合わせ、龍神様の攻撃を遮ったのだ。


 龍神様は次々と力の奔流を飛ばした。

 しかし、精霊たちの歪曲場は、力の奔流を全て受け流した。

 いとも簡単に龍神様の攻撃を受け流してしまうのだなと、そう思ったかい?

 私もそう思ったよ。

 いくら龍神様が神々との戦いで力を大きく削がれているとはいえ、まさか、と。

 たった44の精霊が、その攻撃を防げてしまうのか、と。


 でも、そうではなかった。

 要塞が龍神様へと迫っていくにつれて、精霊の輝きが失われていったんだ。

 そして、あと一歩。

 いや、一歩という言い方をするのは少し違うが……。

 ともあれ、要塞があと少しで龍神様の元に到達するという時、精霊は力を失い、次々と消えていった。

 歪曲場は消え、要塞はむき出しの状態となった。

 むき出しとはいえ、硬い竜鱗に覆われてはいたがね。


 そこで龍神様は、腰の剣に手を掛けた。

 五龍将が一人、狂龍王カオスの手によって作られた神刀が、ゆっくりと抜かれたんだ。

 龍神様の力に耐えるだけの力を持った、正真正銘の神の刃だ。


 それは腰だめにゆっくりと構えられ。

 薙ぎ払われた。


 神の力は、今までにまざまざと見てきたつもりだった。

 だが、それはあくまで、神に対する時のものだ。

 受け止める方に力があれば、相対的に普通に見えるものだ。


 その斬撃は、世界を歪ませたように見えた。

 あらゆるものがズレたように感じた。

 そして実際、ズレた。

 空が、雲が、そして遠くに飛んでいたドラゴンが、そして眼前に迫っていた要塞が。

 ズレて、落ちた。


 真っ二つだった。


 神の力の前に、ドラゴンの鱗など何の意味があろう。

 木っ端の如き者達が施した防御術式など、何の意味があろう。


 巨大な要塞は上半分はズレ、力を失い、天へと落ちた。

 下半分が残っていたのは、恐らく岩塊とは別に作られた核が下の方にあったためだろう。


 岩塊の上に乗っていた五龍将。

 彼らはズレ落ちる岩塊から素早く飛び立っていた。


 その姿は、私の記憶にあるものとは大きく違っていた。

 その体は本来の三倍ほど大きかった。

 鱗も分厚く、顔に至るまでびっしりと覆っていた。

 鼻と口が突き出し、後頭部から角が生え、まるでドラゴンのように変貌していた。


 魔族が開発していた、魔力によって体を変質させる秘術。

 それを龍族なりにアレンジし、進化させたものだ。

 体をより原始的なものへと変質させ、爆発的な力を得る。

 その代わり、己の寿命を大きく縮めることになる。


 そんな肉体を持つ四人は、さらに見慣れぬ武器を持っていた。

 槍だ。

 五龍将はカオスが作り上げた神槍で武装していたのだ。

 本来なら、五龍将は武器など用いない。

 だが、相手が龍神様とあらば、話は別だった。

 武器を用いなければ、傷一つ付けられないのだから。


 四人は凄まじい速度で空中を飛び、龍神様へと踊りかかった。

 元々、近接戦をするのが目的だったのだろう。

 要塞も、精霊も、龍神様の遠距離攻撃を防ぎ、近づくための手立てでしかなかったのだ。

 秘術にて身体能力を上げ、槍で攻撃力を上げ、さらに魔族との戦争で編み出したあらゆる術を駆使して龍神様の力を削ぐ。

 そうした五龍将の知恵と研鑽の結晶は、神の体に傷を付けることを可能としていた。


 五龍将の猛攻は凄まじかった。

 一人が少し動く度に衝撃波が走り、閃光がほとばしり、龍界中が震えた。

 余波が少しでも漏れれば、山を破壊し、ドラゴンの群れを消滅させ、何千何万という龍族の民を巻き添えにした。


 神の体を傷つけられる力を得た五龍将。

 しかし、それはあくまで、傷を付けることが可能であるというだけの話だった。


 それだけの力を持ってしても、龍神様を圧倒できるほどではなかった。 

 四対一だからなんとか食らいつけたものの、一対一であれば、あっという間に消滅させられていただろう。


 とはいえ。

 とはいえ、だ。

 明らかに劣勢と言えども、その五龍将の力は龍神様に届いていた。

 神に、届いていたんだ。

 例えそれがほんの指先だけとはいえ、確かに届いていた。


 人の業が神に通じると、証明したのだ。

 そしてその証明こそ、私が今……いや、これはひとまず置いておこう。


 ともあれ、五龍将と龍神様は長く戦い続けた。

 満身創痍で、今にも死にそうだった龍神様。

 万全に準備の末、ようやく神へと手を届かせた五龍将。

 五人は互角とも言える戦いを、長く続けた。


 私はずっと見ていた。

 見届けるのが義務だと思ったからだ。


 何日戦い続けたのだったか。

 そう、長い期間ではなかった。

 神同士の戦いともなれば年単位で戦い続けることもざらだが、その時はそう長くは戦わなかった。

 といっても、数日。

 そう、確か6日間だった。


 五龍将は、短期決戦で勝負を決めるつもりだったのだろう。

 それもそのはずだ。

 五龍将がどれだけ入念な前準備をしていたとしても、その身に宿す力には大きな開きがあるのだから。

 持久戦になったら万に一つの勝ち目もない。

 だからこそ、短期決戦だ。

 最大の攻撃力をもって、万に一つの勝ち目を狙うのだ。


 でも万に一つは、万に一つだ。

 一万回やって、一度の可能性。

 そして、残念ながら、その時は万に一度の機会ではなかった。


 七日目。

 戦いの光と衝撃が収まった。

 決着は、真っ二つに割れた空中要塞の上でついていた。


 私は戦いの結果を見届けるべく、要塞へと近づいた。

 そこで私が目撃したのは、驚くべき光景だった。


 四人の男女が倒れていた。

 言うまでもない、五龍将だ。


 彼らは誰もが死に体だった。

 シラードは左腕を失い、顔半分が焼失していた。

 カオスは片目を失い、腹に大きな穴を開けていた。

 マクスウェルは全ての爪を叩き折られ、翼をもぎ取られ、膝をついていた。

 そしてドーラ様は最もひどかった。

 右腕と下半身を失い、まさに死ぬ寸前だったのだ。


 龍神様の勝利だ。

 しかし、おかしな事が一つあった。


 龍神様の胸から一本の腕が生えているのだ。

 シラードかドーラ様の失われた腕か?

 いいや違う。

 その腕には鱗がなかった。

 肌色で、特徴の無い腕だった。

 まるで霧でも掛かったかのように、記憶に残らない腕だった。


 龍神様を含め、誰もが呆然とした顔でその腕を見ていた。

 正確には、腕の主。

 龍神様の後ろから、致命打を突き入れた、一人の神の存在を。


「人神……」


 人神が、龍神様の胸から、神玉を掴みだしていた。

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ヒトガミのクソ野郎!死に晒せ!
[良い点] 魔神の子はキシリカの母?
[一言] どうして、こうなっちゃったんだろうな
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