16.怒りの龍神
犯人探しが始まった。
私にとっての大きな事件は、いつだって犯人探しから始まる。
といっても、まだ二度目だが。
さて、龍界に忍び込み、龍族の目をかいくぐって龍神の邸宅に赴き、そしてルナリア様を、ひいては御子様を殺そうとした存在。
探すのは難しいと思うかい?
龍界のどこかにいる一人の魔族を探すより、ずっと簡単だ。
なにせ、これだけ限定的な状況だ。
クリスタルの時と違い、白昼堂々の事件であったし、町中での出来事だ。
その上、私には魔眼の力もある。
証拠が集まらないわけがない。
あっという間に証拠が集まった。
いとも簡単に、集まってしまった。
ルナリア様という、龍界で最も尊い御方を殺した者とは思えないほどに、簡単に。
現場に痕跡を残していなかったのが不思議なぐらい、あっさりと。
多少は隠しているようでもあったが、意図的に探せばすぐに見つかるほどに杜撰な隠蔽方法で。
魔眼の力など、必要ないぐらいだった。
私も、そのことに少しは疑問を持てばよかったのだがね。
残念ながら、人は物事がうまく行っている時は、不思議と疑問には思わないものなのだよ。
正確な手順を踏んで行動したのだから、うまくいって当然だ、とね。
さて、証拠を集めた事で、容疑者も絞り込めた。
だが絞り込んだ時点で、私は呆然としてしまった。
証拠をもう一度調べ直し、何度も確認した。
だが、容疑者のリストは、いくら調べても、変わることは無かった。
そして情報収集と容疑者の洗い出しがほぼほぼ済んだ所で、会議が行われた。
■
「これが容疑者か」
我ら五龍将は龍神様の待つ会議室へと集り、それぞれの調査内容を提示した。
五龍将の誰もが、同じ容疑者をリストに乗せていた。
そう、誰もが私と同じ結論に至ったのだ。
そのリストには、4人の名前が書かれていた。
プードリア・ドルディア。
ナルタキエル
エヌパドン・バラード
キリシスカリシス。
最初の三人は、君には聞き慣れない名前だろう。
だが、最後の一人の名前で、なんとなく察しはついたんじゃないかな?
そう、彼らは別の世界の住人たちだ。
そして同時に私が長年掛けて調整し、龍界へと招き入れてきた技術者たちでもあった。
「彼らはルナリア様が殺される数日前より、ある建物に集まり、会合を開いていたそうだ。またルナリア様が殺されたと思わしき日には、挙動不審な様子で町中を移動する容疑者が目撃されている。さらに言えば、その日を境に、彼らは姿を消している」
「……」
シラードの説明は、私が調べたものと一緒だ。
でも私は否定したかった。
彼らがそんなことをするはずがない。
彼らは龍界のためにやってきてくれたのだ。
世界の平和のためにやってきたのだ……と。
しかし、私にはそこに並べられた"証拠"を否定できるようなものは何一つ持っていなかった。
キリシスカリシスがルナリア様と仲が良いのが証拠ではないのかって?
いやいや、逆さ。
今回の事件を起こそうとしていたからこそ、ルナリア様に近づいたとも言える。
「どうしたラプラス、顔色が悪いぞ」
シラードの言葉に、私の翼は震えた。
もし、本当に彼らが犯行に及んだというのであれば、何より私自身が疑われてもおかしくなかった。
私がルナリア様の殺害計画を考案したのだ、そのために彼らをこの龍界へと招き入れたのだ、とね。
そして、私はそれを否定する言葉を、何一つもっていなかった。
私にそのつもりはなくとも、私が彼らを招き入れたことに、代わりは無いのだから。
戦慄する私に、シラードは言った。
「ラプラス、お前のことは疑っているわけではない」
それは安心させる言葉だった。
周囲を見渡すと、他の五龍将もシラードと同じような目で私を見ていた。
安心させる視線だ。
「お前は誰よりもルナリア様に恩のある者だ。龍神様への忠誠心も誰もが認めている。そのお前が、かの惨劇を引き起こすはずもない」
「……ありがとうございます」
ほっとしたと同時に、誇らしい気持ちにもなった。
この誇り高き五龍将から、疑う必要のない仲間として扱われることにね。
「恐らくだが、お前は利用されたのだ。犯人はお前のしていることを知ってお前に近づき、お前に全ての責任をかぶせるつもりでルナリア様の命を狙ったのだろう」
「しかし、なぜルナリア様を?」
とにかく、理由が知りたかった。
誰が、どんな目的でルナリア様を殺したのか。
御子様を殺そうとしたのか。
理由を知りたかった。
「……推測にすぎんが、他世界の者は、龍界がこれ以上力を持つのを好ましく思っていないのだろう。特に龍神様は人族の神娘と婚姻を結び、子供を作った。これを危険視したのだろう」
「それの何が危険だと?」
「わからんのか? 人族は最弱だが、文化の発展速度において他の世界の追随を許さない。そして我ら龍族は文化の発展速度こそ遅いものの、個において最強の種族だ。人族と龍族の結びつきが強くなれば、他の世界を圧倒し、主導権を握ることができる」
「馬鹿な! 龍神様が人神様と手を組んで、全世界を牛耳ろうとしているとでも!?」
「そう思う者がいたとしても、おかしくはあるまい」
シラードの推理は、私には納得できなかった。
少なくとも、私が見てきた神々は、誰もが自分の世界のことしか考えてはいなかった。
他世界に攻撃されている可能性があったため、少々他の神々に剣呑な部分はあったが、本気で争いをしようと思っている者は皆無だった。
こんな事をすれば、我々が黙ってはいないことぐらい、賢明なる神々はわかっていたはずだ。
だが、だからこそ納得する部分もあった。
世界間が平等な内はいい。
しかしハッキリとした格差ができてしまえば、今のような状況は続くまい。
上の者は、下の者を見下し、奴隷のように扱うかもしれない。
それを避けるために先んじて手を打ったのだとすれば、納得できなくもない。
「だが、もしそれが目的なら悪手だ。ルナリア様を殺すことに、なんの意味もない!」
「そうだな……となれば、本来ならルナリア様の殺害は二の次、御子様を殺害するのが、本当の目的だったのかもしれん」
「と、いうと?」
「御子様は、龍族と人族、双方の王……いや、次世代の神となられる御方だ」
龍神様の息子という肩書は、龍族に忠誠を従わせる。
ルナリア様の御子という肩書は、人族に忠誠を従わせる。
御子様の下に、龍族と人族が手を組んでしまう可能性があるのだ。
ゆえに殺そうとした。
しかし、ルナリア様が予想以上の抵抗を見せ……殺しきれなかった。
無論、ルナリア様を殺す事も最初から視野には入れていただろう。
仮に御子様を殺害したとしても、第二子を産んでしまえば、意味が無いのだから。
「理由などどうでもいい」
私とシラードの言葉を遮ったのは、龍神様だった。
かの御方は、リストに目を透した後、座った目でシラードを見て、言った。
「シラード、なんだこれは」
「え? ……ハッ、容疑者のリストでございますが?」
「俺はお前になんと命じた」
「犯人を……あ」
シラードは己の失態を悟った。
龍神様が探せと言ったのは、容疑者ではない。犯人だ。
つまり、我らは任務を完遂できていなかったということになる。
普段の龍神様なら、その程度のこと、指摘することはなかっただろう。
だが、その時の龍神様は違った。
今すぐに目の前に犯人を連れてこなければ、貴様も八つ裂きにしてやらんという殺気を放っていた。
「申し訳ありません!」
シラードはすぐに最敬礼をした。
決死の覚悟を決めた表情で、龍神様に進言した。
「今より各世界へと飛び立ち、犯人を見つけ出し、この場に引きずって参ります!」
「待て」
叫ぶように言って会議室を飛び出そうというシラードに、龍神様は鋭い視線を送った。
シラードは震えていたよ。
龍神様はずっと、本気で怒り続けていた。
その視線を真正面から受けて、平気でいられる者など、存在しないのだ。
それが例え、五龍将であっても。
「シラード、このリストに犯人がいるのだな?」
「ハッ! 可能性は高いと考えております!」
龍神様は何かを考えているようだった。
犯人がルナリア様を殺した別の理由か。
それとも、犯人を見つけ出す方法か……。
ただ、すぐには答えは出なかったらしい。
しばらく、全てを燃やし尽くすような気配をまとわせつつ、凍てつくような眼光でリストを見ていた。
まるで、そのリストに乗った名前を、死んでも忘れまいと言わんばかりに。
「む」
やがて龍神様は、ふと何かに気づいたかのように顔を上げた。
何かがわかったのか。
そう思った私たちは、龍神様の顔を見た。
だが、龍神様は鋭い視線は、私達の背後を見ていた。
「何の用だ?」
龍神様がそう言って、ようやく気がついた。
部屋に、一人の男が立っていた。
そこにいるのだか、いないのだかわからないほど、希薄な気配。
そいつのいる空間だけが、少しばかり歪んで見えた。
まるで、常に死角に立っているようにね。
「僕が来るのが、そんなにおかしいかい?」
そいつは、前に会った時と、少し雰囲気を変えていた。
どこか、怒っているようだった。
怒るのも当然だろう。
「僕が娘を殺されて、黙っているとでも思ったのかい?」
そう、奴の名は人神。
ルナリア様の父に当たる人物だった。
「仇討ちをするんだろう? 是非とも、僕も参加させて欲しい。我ら人族は力は無いが、知恵はある」
「……」
「頼むよ。僕にも手伝わせてくれ。ダメかい?」
「……いや、助かる」
「リストを見せてくれないか?」
人神はそう言うと、許可を待たずにテーブルの上にあったリストを手に取り、眺めた。
顎に手をやり、考えるようなポーズを取る。
「うーむ……やはり、この四世界か……」
「何か、心当たりでも?」
私は思わずそう聞いた。
すると人神は、よくぞ聞いてくれたといわんばかりに私の方を向いた。
「うん。君もこの四つの世界が、互いに険悪な状態にあったことは知っているね」
「ええ」
「しかし、この四つの世界が、ある時から妙に静かになった」
「それは……」
「そう、ラプラス君のお陰だ……。君が勇気を持って世界間の架け橋となってくれたお陰で、世界と世界の間に道が出来た」
褒められ、私は自然と胸を張った。
しかし、人神が続けた言葉は、それを否定するものだった。
「だが、そのせいで魔物と転移の研究が知られてしまった」
その言葉に、五龍将の内、何人かがピクリと肩を震わせた。
私には心当たりの無いことだった。
魔物や転移については、どこの世界も研究していた。
その事自体は知っている。
魔族の研究内容などは、私も何度か見学させてもらったこともある。
魔族はどちらかというと、魔物についての研究が盛んで、転移の研究はあまり進んでいなかったね。
もっとも、盛んといっても何かしらの成果があったわけじゃなかった。
副産物として、いくつか特殊な魔法が開発されていた程度だ。
しかし、実の所、当時の私は龍界の研究がどこまで進んでいるのか、という点については無知だった。
正直な所、龍界も似たようなものだと思っていたんだ。
たまに「研究成果があった」という報告を聞く程度で、実際どれぐらいの成果が上がっていたのかについては、まるで知らなかった。
いや、今にして思えば、その報告もある程度隠蔽されていたのだろうな……。
まあ、それについては、もう少し後に話そう。
この頃の私は知らなかったのだからね。
「彼らは驚いただろうね。力しか無いと思っていた龍族が、まさかあれほどの技術を手に入れていたなんて……彼らは龍族こそが、魔物や転移の首謀者かもしれないと思ったのかもしれないねぇ」
「一体、何のことなのですか!?」
私の問いに答える者はいない。
だが龍神様も、五龍将も、みんな恐ろしい顔をしていた。
納得のいく答えをもらってしまったような顔だ。
「なぜ、ルナリアを殺した」
「ルナリアは、知ってしまったのだろう。彼らが"知ってしまったこと"を。そして同時に彼らにその事を"知られてしまった"のさ」
「……」
秘密を知ったことを、知られてしまった。
その後の自分たちの行く末を考えれば、知られた相手を殺そうとすることは、ありうるだろう。
当時の私は、彼らが何の話をしているのかわからなかった。
さすがに、龍神様と五龍将が、魔物や転移の首謀者である可能性を疑ってはいなかったがね。
しかし、釈然とはしていなかった。
「なるほど。奴らは我らの研究を盗み見て、その進み具合から魔物や転移を引き起こしたなどと判断し、あまつさえルナリアを殺し、我が子をも手に掛けようとしたわけか」
龍神様は、静かにそう言った。
だが、その声音は、その場の温度を下げた。
恐ろしい言葉だった。
龍神様の怒りが口から漏れ出しているようだった。
「……ふざけるな」
最後に龍神様はそう言うと、立ち上がった。
そして、肩をいからせながら、出口へと向かった。
「どちらへ?」
「一番上から行く」
その言葉の意味を、誰もが理解しえなかった。
私も、シラードも。
ドーラもマクスウェルも、カオスもだ。
誰も理解していなかった。
龍神様の状態を。
クリスタルを魔族に殺されてもなお平和を主張し、会議でも下手に出ていたあの龍神様だ。
あるいは怒りの波動を放ちつつも、後のことについて深淵なるお考えを持っていると、誰もが思っていた。
あの瞬間、龍神様をいさめ、止めることが出来ていれば、あるいは少し違った未来が訪れたかもしれない。
だが、それは無理な話なのだ。
我々五龍将にとって、龍神様の言動は、絶対なのだ。
絶対という意味がわかるかい?
龍神様の言葉、行動……全てが正しいという意味なんだ。
それまでずっとそうだった。
龍神様はいつだって間違ったことは仰らなかった。
全て龍界の未来のため、正しいことをやり続けてきた。
だから、五龍将の他の面々が気づかないのも無理は無い。
だから私が気づくべきだったのだ。
最も龍神様の近くにいて、しかし一緒にいた時間の短かった私こそが。
龍神様であっても怒りによって正常な判断力を失うこともあるのだと……。