表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

11.魔龍王

 下手人に手錠を掛けて、龍鳴山へと運んだ。

 奴も途中で目を覚ましたが、逃げることは叶わなかった。

 なにせ、龍族を縛りつけるための手錠だ。

 力を抑え、力を分散させる効能を持つのだ。


 そんな手錠をつけられては、さすがの魔族といえども、おとなしくせざるをえなかった。

 あるいは、諦めていたのか、あるいは別の感情が渦巻いていたのか。

 任務を達成し、喜びに溢れていた私にはわからない。


 ともあれ、凱旋だ。


「ラプラス!」


 意気揚々と戻ってきた私を迎えてくれたのは、シラードだった。

 龍鳴山には8つの入口があるが、中でも特に大きな入口から入ろうとした私を、シラードが数多くの龍士たちと一緒に迎えてくれた。

 いや、そう言うと語弊があるな。

 彼は連絡のない誰かが入口に近づいてくると、龍士を連れて警備に出るんだ。

 龍鳴山を守るのは、彼の仕事の一つだからね。


 遊撃のように出かけていた私も、当然帰る連絡はいれていなかった。

 だから、シラードに出迎えられてしまったというわけだ。

 そう、かつて私を連れて帰還した、龍神様のようにね。


「やったのか!?」


 彼は私と、サレヤクトと、そして私の連れた者を見て、大仰に驚いた。


「はい!」

「よくやった!」


 そして、喜びの表情と共に、迎えてくれたんだ。

 まさに、歓迎だった。

 他の龍士たちも、五龍将の仇を捕まえたと聞いて、沸きに沸いた。

 あれほど大勢の龍士が歓喜の声で沸いたのは、他の記憶を探っても、中々出てはこない。


「ラプラス。ご苦労だった」

「ありがとうございます。シラード様。しかしながら、こいつがどうやって龍界にきて、どうやってクリスタル様を殺したのかまでは……」


 私はそいつがやったと確信を持っていた。

 だが、考えてみると証拠らしい証拠は無かった。


 こいつがやったという確証は無い。

 それを理解すると、言葉は段々を萎んでいったよ。

 意気揚々と戻ってきたが、もしかすると、まったく無関係の存在を連れて来てしまったのかもしれないと思ったからね。

 滅多に起きないとはいえ、龍界のみならず、他の世界でも転移事件は起きている。

 私が襲いかかったのは、その被害者にすぎないのでは……とね。


「そうなのか……ああ、そうか。お前は龍神語しか話せなかったのだったな。よし、ならば、そいつの尋問は私が行おう」

「お願いします」


 私はドキドキしながら、奴を引き渡した。

 これだけ時間を掛け、あれだけ苦労し、山一つを吹き飛ばすに至った逮捕劇。

 それだけやって、別人だったなんて言われたらどうしようと思いながらね。


 だが、私も疲れていた。

 確証は無いが確信のある相手を、信頼できる相手に引き渡し、ほっともした。

 だから、まぁ、恥ずかしながら、はやく家に帰って休みたかった。

 ひとまずの任務は完了した。

 ダメならダメでもいい。とにかく今は眠らせてくれ、と思ったんだ。


 そして、奴は龍士たちに連行されていった。

 連行されるそいつの顔には、不安の色しか無かった。

 私に助けを求めているとすら思ったよ。

 あるいは、戦いの中で友情の一つでも芽生えていたのかもしれない。

 私の方には無かったが……魔族の中には、戦いを経て友情を結ぶ者もいるらしいからね。


 そしてそれが、そいつを見た、最後の瞬間となった。





 三日三晩、私は眠り続けた。


 起きた後、飯を食った。

 ルナリア様の傍で食べる飯はうまかった。

 任務達成後の飯だからだろう。


 その後、まずマクスウェルの所に向かった。

 彼は龍鳴山の訓練施設にいて、若手の中から優秀な者を探している真っ最中だった。

 そんな彼に、下手人を捕らえたことを伝えた。

 同時に、大切な部下を失ってしまったこともね。

 すると彼は「そうか、しかし任務を達成したというのなら、奴らも浮かばれよう」と、私の肩を叩いて言ってくれた。


 その後、ドーラ様の所へ行った。

 正直、怒られ、怒鳴られると思っていた。

 私は首を持って来いとドーラ様に言われたが、それが叶わなかったからね。

 下手人の首は、胴体とセットのまま、シラードへと引き渡してしまった。


 不安と覚悟を胸に抱いて、ドーラ様の部屋へと入った。

 驚いたよ。

 ドーラ様の腹は、見事にへこんでいたんだ。

 無事に、産卵を終えていたんだ。


 彼女は凪のように静かだったよ。

 産卵を終えたからだろうね。

 私は彼女の前まで歩き、最敬礼をした。


「お前の戦いの余波は、ここまで届いてきた」


 ドーラ様は静かな表情のまま、そう言った。


「すぐに、お前が戦っているのだとわかった。そのせいかな、いきなり産気づいた」


 彼女はそう言いつつ、自分の脇に置かれた卵を撫でた。

 龍族の卵は、人族の赤ん坊と同じぐらいの大きさを持っている。

 生みの苦しさは、そう変わらない。


「無事に生まれたが、早産だった。少し未熟な子供になるやもしれん」


 そう言いつつも、卵を撫でる手は優しかった。

 あの苛烈なドーラ様でも、こんな表情が出来るのだなと思ったよ。

 失礼極まりないことだがね。

 今まで私は、強くて忠誠心の高いドーラ様しか見てこなかったんだ。

 いや、それが優しいドーラ様と言えるのかもしれないが……。

 まあ、それは置いておこう。


「それで、どうだった?」

「ハッ、なんとか犯人らしき者を発見、戦いの末、捕らえました」

「そうか……ご苦労。まあ、お前が来る前にもうとっくに別の者が教えてくれていたのだがな」


 恐らく、マクスウェルも事前に聞いていたんだろうね。

 いかに龍族の時の歩みが遅いとはいえ、三日も眠ればそんなものだ。

 マクスウェルは調子よく、私に合わせてくれたのだから、ドーラ様も合わせてくれればいいのにね。

 そういう不器用な所が、ドーラ様らしい所だが。


「ご報告が遅れ、申し訳ありません」

「気にするな。倒れるように眠ったと聞いている。龍気を使い果たせば、誰もがそうなる。激戦だったのだろう」

「……それと、首を持ってこれませんでした」


 そう言うと、ドーラ様は苦笑した。


「いい。再生する者の首を持ってきた所で、意味がない」


 ドーラ様はそう言うと、また卵を撫でた。

 そこで、ふと思いついたかのように、顔を上げた。


「なぁラプラス」

「なんでしょうか」


 ドーラ様は抱いていた卵を持ち上げ、私へと差し出した。

 柔らかい布に包まれていた卵は、とてももろく、壊れそうだった。


「もしよければ、お前が名前をつけてくれないか?」

「え……? ドーラ様の御子の、ですか?」

「他に誰がいる」

「私が……ですか?」

「他に誰がいる」


 ドーラ様は二度、そう言って、「ん」と私の前に卵を差し出した。

 私なんかに頼むより、他の五龍将や龍神様につけてもらったほうが、と思った。

 持つのに躊躇したよ。

 手が震えた。


「安心しろ。龍族の卵は、そう簡単に割れん」


 ドーラ様にそう言われて、ようやく私は卵を抱くことができた。

 卵は暖かかったよ。

 腕で抱きかかえると、鼓動のようなものが、伝わってきた。

 ドラゴンの卵はいくつか食べたことがあったが、どれも冷えたものだった。

 それとは、まったく別の感覚がした。

 これが生命なのかと、驚いたよ。


「さぁ、決めろ」

「……普通は、顔を見てから決めるものでは? これじゃ男か女かもわからない」

「じゃあ男だ。男が生まれる」

「勝手に決めていいのですか……?」


 戸惑いながらも、私は考えていた。

 名前をね。

 もう付ける気でいたんだ。

 私は、やれと言われたら、やる男だったんだ。



「ペルギウス」



 頭に浮かんだのは、そんな名前だった。

 ペルギウス。

 そう、ペルギウスだ。


「いい名前だな。強く、賢く、寛大な子に育ちそうだ」


 彼の名前は、ペルギウス。

 その日に、そう決まったのだ。



 それからは、しばらく何もない日々が続いた。

 朝起きて、シラードの所に行って進捗の状況を聞き、サレヤクトに飯をやり、寝るだけの日々だ。

 仕事らしい仕事は無い。

 シラードの尋問の如何によって、私の今後も決まるからだ。


 奴が本当にクリスタル殺しの犯人なら、私の任務は達成。

 他の仕事……恐らくドーラ様の代理の仕事へと戻るだろう。

 そうでないなら、続けて探すのみだ。


 いや、後者だった場合、もしかすると私は無能と思われて任を解かれるかもしれない。

 だが、私は龍神様に命じられ、ドーラ様に頼まれたのだ。

 最後まで、やり遂げるつもりだった。

 誰になんと言われようと、最後までね。


 私は神妙に、その時を待った。

 淡々とした日々だった。

 時に調教場の様子を見に行くこともあったが、仕事はしなかった。

 当時の私の心境は、まるで死刑囚のようだった。

 悪い予感しかしなかったんだ。

 待つだけという日々に、慣れていなかったのだろう。


 私の長い人生において、ただ待つだけの日々というのは、あれが最初で最後かもしれない。

 いや、他にもあったかな……どうだったかな……。

 基本的には、私は何かの使命を帯びて動いているからね。

 指示待ち人間なんだよ、これでも。


 さて、そんな私の心境とは裏腹に、時はゆっくりと流れた。

 一年。

 私が奴を捕まえてから、一年の時が流れた頃、その瞬間は来た。


 他の世界に赴いていた龍神様が、戻ってきたのだ。



 会議が開かれた。

 議題はもちろん、クリスタル殺しの下手人に関してだ。


 この会議には、私だけでなく、ドーラ様も参加した。

 すでに産卵は終えていたからね。

 卵を温めるのは、彼女の仕事ではないということさ。

 彼女は卵が無事に孵化するまで、卵を守るだろうけど……。

 五龍将にとって大事な会議とあれば、それに出席するぐらいには、彼女の忠誠心は高かった。


 私はクリスタルの椅子へと座らされ、全ての椅子が埋まった。


「報告しろ」


 龍神様の言葉で、私は立ち上がり、最敬礼をした。

 口から出てくるのは、無論、自分の今までの行動だ。


「――そうして各地を回っていた所、人神様が現れ、私に助言をくださいました。私の目の裏には魔眼があり、それを使えば下手人を発見できると。そして、魔眼を頼りに追跡した結果、例の者を発見、戦いの末、捕らえました」


 できるだけ簡潔に、私は自分のやったことを伝えた。

 私が無駄な口を叩けば、それだけ皆様の貴重な時間がなくなると思ったんだ。


「そうか、人神の助言があったか」


 私の言葉に、龍神様は顔をほころばせた。

 それだけ、龍神様は人神を信頼していたのだろうね。


「龍鳴山へと連行し、後の事はシラード様にお任せしました」


 そう締めくくると、シラードが立ち上がった。


「調査の結果はすでに出ております」


 シラードは竜皮紙を手に取ると、そこに書かれていたことを読み始めた。


「調べによりますと、下手人の名前はネクロリアナクロリア。

 かの不死魔王ネクロスラクロスの血縁者で、八大魔王の一人に名を連ねる者です」


 会議がざわめいた。


「かの者は魔神の命により、龍界に転移。我ら龍界の転移技術の発展を止めるべく、龍将クリスタルを狙い、殺害したそうです。しかしながら帰る術に不備があり、この世界への逗留を余儀なくされてしまった。ゆえに、己の痕跡を消し、潜伏し続けていた……ということです」


 その言葉に激高したのは、カオスだった。


「許せん!」


 カオスは立ち上がり、拳をテーブルへと叩きつけた。

 テーブルはすさまじい音を立てたが、砕けはしなかった。

 手加減したのだろう。


「我らが魔族に何をしたというのだ! 文句があるなら正々堂々と戦えば良いこと、それを暗殺だと……」


 カオスは誰の目にもわかるほど、ハッキリと怒っていた。

 怒り狂っていた。

 私も同様だ。

 カオスほど表には出さなかったが、かの男に対する憎悪が渦巻いていた。


「戦争だ! 我らで魔界に殴りこみ、奴ら魔王に目にもの見せてやるのだ!」


 カオスはそう主張したが、他の3名は思いの他、冷静だった。


「……シラード、そいつ、まだ生きてんのか?」


 そう聞いたのはマクスウェルだ。

 彼も据わった目をしていたが、カオスほど頭に血が上っていたわけではないようだ。


「殺した。あまりにもいけしゃあしゃあとしているものでな、さすがの私でも耐え切れなかった」

「そっか、まあ、そりゃそうだよな」


 マクスウウェルの口調は軽いものだった。

 だが、私にはわかったよ。

 その言葉の裏には、「もし生きていたなら、自分が止めを刺す」という言葉があった。


「……」


 ドーラ様は黙っていた。

 だが、その全身から立ち上る怒気は、カオスのそれと遜色なかった。

 近づくだけで殺されそうな怒気だ。


「ドーラ、お前だって煮えくり返ってんだろう、魔族がやったんだぞ!」

「カオス。黙っていろ……私とてお前と同じ気持ちだ」

「……いや、きっと俺の怒りより、お前の怒りの方が強いはずだ」


 カオスはそう言うと、黙った。

 その時のドーラ様の怒りは、カオスでさえも譲るほどだったのだ。

 それこそ、少しでも触れれば爆発してしまいかねないほどに。


 シラードは彼らを見て、言った。


「龍神様。我々の意志は一つです。今すぐ魔界へと乗り込み、浅はかな考えで五龍将を欠けさせた報いを、魔族に受けさせてやりましょう」

「……」


 しかし、龍神様は聡明な御方だった。

 いや、むしろ困惑していたと言えるかな。

 口元に手を当て、深く、深く考えてらっしゃった。


「……」


 今の会話に、何か引っかかる部分があったのだろう。

 私のような愚か者にはわからぬ、何かが……。

 いや、愚かかどうかは関係無いかもしれない。

 我ら五龍将は、魔族のことを知らなすぎたのだ。

 そして、龍神様は魔族のことをよく知っていた。

 その神である、魔神のこともだ。


 だからこそ、龍神様は違う意見が出たのだろう。

 長い沈黙の末、龍神様はこうおっしゃられた。



「……戦いは、しない」



 その結論に、五龍将は愕然とした。


「そんな」

「何を迷っていらっしゃるのですか」

「我らが力を合わせれば、奴らなど……」


 龍神様はそれらの言葉を、片手を上げて制した。

 そして、厳かな口調で言った。


「五龍将の一人と、八大魔王の一人、痛み分けだ」


 痛み分け。

 納得など行くはずもなかった。

 そもそも、魔族が攻めてきたから、クリスタルが死んだのだ。

 そして、私が奴を見つけなければ、あるいは術の不備とやらが見つからなければ、今の状況すらなかったのだ。

 龍族が悲しみ、魔族が高笑いをするだけで終わっていたのだ。

 それを、どうして痛み分けと思うことができよう。


「戦いとなれば、我らも無事ではすまない。魔族は簡単な相手ではない。しばし、待て」

「くっ……」

「この一件については、俺が魔神と話をつける」


 だが、我らは龍神様の下僕だ。

 龍神様がそう言ったのであれば、それに従う他ない。


「……了解しました」


 誰もがしぶしぶ、といった感じだった。

 忠誠心の塊であるドーラ様でさえ、その決定には不満を持っているようだった。

 表立って反論はしなかったがね。


「龍神様」

「なんだシラード? 不服か?」

「いえ、不服などありません。龍神様がそうするとおっしゃるのであれば、我らはそれに従うだけです。ただ……これでは、長い時間を掛けて尽力したラプラスが報われません、何らかの褒美をお与えください」


 その言葉に、傍聴に徹していた私は、驚いた。

 寝耳に水の話だった。

 そんなものは必要なかった。

 私にとって、龍神様のために働くことは、当然のことだったのだからね。

 むしろ、これほど時間が掛かってしまったことを、謝罪したいぐらいだった。


 だが、他の五龍将が「それが順当だ」という呟きをしたのを聞いて、口をつぐんだ。

 時間はかかってしまったが、結果として魔族の陰謀を暴くことができたのだ。

 辞退する理由もなかった。


「そうだな」


 龍神様は、そこで少しだけ考え。

 そして、あっさりと答えを出した。


「ならばラプラス。お前に魔龍王の称号と、五龍将の地位を授ける。今後は俺に付き従い、魔族との折衝の補佐をせよ」

「なぁっ!」


 その決定は、五龍将にさらなる衝撃を与えた。

 いや、五龍将など及びもつかないショックを受けた者がいた。

 私だ。


 この私が五龍将の末席に加えられるというのだ。

 信じられるものではない。

 冗談でもあってよい話ではない。

 なぜ龍神様がそのようなこと口にしたのか、まるで理解できなかった。


「じ……自分は反対です!」


 そう言ってしまったのは、私ではない。

 カオスだった。

 龍神様に意見するなど、五龍将にあるまじき行為だ。

 だが、さすがの彼といえど、我慢の限界だったのだろう。

 その気持ちは、私もよくわかる。

 そうだろうとも、反対したくもなろうとも。

 今の私がその場にいれば、きっと反対していただろう。


「適任者は、他にもいます!」


 カオスは魔族を嫌っていた。

 とはいえ、私の忠誠心を疑ってはいなかった。

 私が龍神様のために働くなら、魔族でも我慢すると思っていたはずだ。


 だが、魔族との混血である私が五龍将になるのは、彼にとって許しがたい事だったのだろう。

 今、この瞬間、私が五龍将になることで、魔族との講和の手助けになるのだとしても。

 それでも、彼はクリスタルを殺した魔族の血が流れる者を、龍族の特別な存在として扱うのが、嫌だったのだろう。


「……どうか」


 カオスは同意を求めるように、他の五龍将をみた。

 だが、他の者の反応は、カオスの、そして私の予想とは裏腹に、好意的であった。


「良いのではないか? 確かにこやつは若造。だが龍神様への忠誠心は人一倍強く、任務を遂行しきる力もある」

「八大魔王を倒すだけの力もな」


 シラードとマクスウェルはそう言った。

 ならばとカオスは、ドーラ様の方を見た。

 お前なら反対してくれるよな、といわんばかりに。


「……私は、こいつのことをずっと見てきた。

 五龍将と言うには力不足だが……しかし我らとて、かつては力不足であった。

 龍神様の元で戦い続けることで、今の力を得たのだ」


 ドーラ様はそう言って、私の方を向いた。


「ラプラス。これは名誉なことだ。今まで以上に精進しろ」


 そう言われると、私の方も、嫌とはいえなかった。

 いいや、そもそも嫌であろうはずがない。

 ドーラ様の言うとおり、これはとてつもなく名誉なことなのだ。

 私の働きと献身が認められ、そして同時に、龍神様のおっしゃった「魔族との関係の改善」にもつながってくる。

 もちろん、五龍将ともなれば、龍神様の御子の希望ともなれる。

 龍神様が私を連れてきた理由、その全てが達成されるのだ。


「……私の身には過分なことですが、務めさせていただきます」


 私は立ち上がり、拳を胸の前でクロスして、そう言った。 

 断ることなど、出来るはずもないのだからね。



■ ■ ■



「こうして、私は五龍将の一人……魔龍王ラプラスとなったのだ」


 そこで、ラプラスはフッと息をついた。

 未練のような、後悔のような、なんとも微妙な顔だった。


 ロステリーナはその顔を見て、不安な気持ちになった。

 なんでもいいからラプラスのことを知りたいと思い、気安く話してほしいと言ったが、もしかすると、自分が聞くべきではないことを聞いているのかもしれない。

 ラプラスは話したくないことを、話させているのかもしれない、と。


「ラプラス様は……五龍将に、なりたくなかったのですか?」

「ん? そんなことはないさ。本当になりたくなかったなら、例え龍神様の不興を買ってしまってでも、断っていただろう……ただ、今にして考えると、やはり当時の私には過ぎた身分だったと思うよ。名誉なことではあるのだがね」

「どうしてですか? ラプラス様は、その、他の五龍将様を殺した奴をやっつけて、その力を認められたんですよね?」

「そうだね。でも、五龍将というものは、力だけでなれるものではないんだ。そうであってはならないんだ」


 ラプラスの言葉は曖昧で、ロステリーナにはよくわからなかった。

 ロステリーナからすると、ラプラスは神にも等しい人間だった。

 決して力だけの存在ではない。

 むしろ、人の上に立つのにふさわしい人物だと思っている。


「ラプラス様は偉大なお方です。私を助けてくださいました」

「そうかい?」

「はい。私はご主人様に救われました。呪い子の身の上でありながらこうして生きていられるのは、ご主人様のお陰です。私は他の五龍将の方々をよく存じ上げませんが、ご主人様以上に龍将の名にふさわしいお方はいません。きっとそうです」


 ロステリーナは、何の変哲もない長耳族(エルフ)の里で産まれた。

 だが、ロステリーナ自身は変哲な子供であった。

 他より、圧倒的に魔力が多かったのだ。

 その魔力は彼女が小さい時から幾度となく暴走し、村を破壊し、村人を殺した。

 その結果、彼女は里の外へと捨てられた。


 大森林の片隅に捨てられた彼女は、一人泣いた。

 彼女には一人で生きていけるだけの力も無かった。

 待っているのは、魔物に襲われ、殺されるだけの運命だ。


 それを拾ったのは、何を隠そうラプラスだった。

 彼はロステリーナの体の秘密を解き明かし、彼女に魔法陣を埋め込み、その溢れ出す魔力を無効化した。

 そのお陰で、ロステリーナは平穏な毎日を送れるようになったのだ。


「そう言ってくれると嬉しいよ。私も、最後に残った龍将として、その名に恥じない存在でありたいからね」


 ラプラスは遠く、儚い目をしてそう言った。

 最後に残った龍将。

 その言葉の意味について、ロステリーナは考えたが……わかるはずもない。

 彼女は知らないのだ。

 そして知らないことは、聞くしかない。


「……ご主人様」


 しかし、ロステリーナは聞けなかった。

 ラプラスは昔話をすると、決まって辛そうな顔をした。

 今の所、物語はとても順調だ。

 魔界の野生児が、教育を受け、仕事をし、認められ、龍族の長の一人となったのだ。

 辛いことなど、殆どなかった。


 なら、きっとこの先、もっともっと辛い結末が待っているのだろう。

 ロステリーナは知りたい。

 辛い結末でも、ラプラスのことであれば知りたい。

 でも、ラプラスに辛い思いをさせるのなら、我慢ぐらいはできる。


「ご主人様……その、私に何かやってほしいことがあれば、何なりと申し上げてください。必ずやご主人様の力になります」

「そうだね、じゃあ……いや」


 ロステリーナの言葉に、ラプラスは何かを言いかけ、口をつぐんだ。

 そして、苦笑をしつつ、首を振った。


「じゃあ、一つだけお願いだ」

「なんですか?」


 ラプラスは優しい笑みを浮かべて、ロステリーナの頭をなでた。


「今日は、もう寝なさい。明日も働いてもらわなければならないのだからね」


 気づけば、深夜だった。

 ロステリーナは眠気も忘れて、話を聞き入っていたのだ。


「……はい、ご主人様」


 自分では、力になれないのかもしれない。

 ロステリーナはそんな寂しい思いを胸にしつつも、椅子から立ち上がり、部屋を後にした。

 彼女はそのまま部屋を出て、自室へと戻り、眠るだろう。


「……」


 それを見送った後、ラプラスは机へと向かった。

 今の話をしていて、一つ、書き忘れていたことを思い出したのだ。


 それを、一冊の本に書いておくことにする。

 最も大事なことをまとめた本だ。

 全てを知るには全てを書き記すに越したことはないが、全てを知る必要など無い。

 最重要な事をまとめた本を作るのは、必然であった。


 ラプラスはその本にページを継ぎ足し、こう書いた。


『ペルギウス』


 それは、記しておかねばならぬ名前だった。


 その記述を書きながら、ラプラスはポツリと口にした。

 言えばロステリーナが悲しい顔をするであろうと予想できたから、言えなかった言葉を。


「この本を読む者へ、お願いがある。

 この世界には、自分の名前を知らぬ龍族の子供がくる。

 その子に、名前を教えてやらねばならない。

 迂闊なことに忘れていたが、それも私の使命の一つなのだ。

 その子供は、白銀色の髮を持っている。名も無き男のはずだ。

 そいつに、教えてやってほしい。

 君の本当の名前は、ペルギウス。

 偉大なる甲龍王ドーラの子ペルギウスなのだ、と。

 もし、私が志半ばで死んでも大丈夫なように、ここに記す」


 ラプラスはそう言うと、本の1ページを書き終えた。

 そして、その書物を机の真ん中、一番目立つ場所へと置いた。

 もし仮に自分が命を落としたとしても、誰かがここにくれば、必ずや目を通してくれるだろう。

 名前を伝えるのはラプラスの使命ではあるが、直接ラプラスが伝えねばならぬ理由は無い。

 無論、名付け親たるラプラス自身が伝えたいというのが本心ではあるが。


「ドーラ様」


 その名をつぶやくと、ラプラスの脳裏にドーラの姿が浮かんだ。

 教師であり、上司であり、母親のようでもあった、ドーラの姿。

 そして、そのドーラの無念の最後の瞬間が。


 あの瞬間を思い出すだけで、胸が締め付けられる。

 胸の奥底から湧き出てくるのは憎悪だ。

 暴れだしたくなるような殺意の衝動だ。

 あの無念を晴らすためにも、ラプラスは生きねばならなかった。

 使命を全うしなければならなかった。


「ふぅ」


 ラプラスは本を閉じると、椅子に深く座り直した。

 下界へと降りて動き回ったせいか、それとも五龍将になった時の戦いを思い出したせいか、体に疲れを感じた。

 久しぶりに睡眠が取れそうだった。


「おやすみ、ロステリーナ」


 ラプラスはそう言うと、目を閉じた。



 龍鳴山の家に住む者が全て眠りにつくのは、数十年ぶりのことであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ラプラスって本来いいやつなのに… 二つに別れないでほしかった
[良い点] ぺ様がラプラス絶対マンになってて悲しい。復活するのは記憶のない魔神ラプラスで、技神はどうなった?ラプラスは魔神と竜族の混血…?
[一言] ぺ様やん、ペルギオスの血統やべーな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ