バイクと翼 #自分が創作で禁止されたら死亡しそうなものをふぉろわさんから教えて貰ってそれを禁止してキャラ作る
ミリタリネタ禁止
北条彩音は愛車Dトラッカーのスロットルを全開にした。
ここ一か月日課になっている、毎朝7時45分からの鳥人族・森サトルとの国道2号直線バトルに遅れそうなのだ。
なぜ毎朝通学デートならぬ通学バトルをするようになったかについては、少々時間を巻き戻す必要がある。
4月の中ごろ。
早々に16歳になった彩音は母の強引な勧めで普通2輪免許を取得していた。中学に上がるころから母に連れられてジムカーナ競技はよく見学していた――ときどきは参加さえしていたから、教習所に通うこともなく一発受験で合格した。
兵庫県内の学校はどこも「3ない運動」――「免許を取らせない」「買わせない」「運転させない」運動に参加していたため、いかに天下の「漢・カワサキ」のおひざ元であってもバイク通学はできないのじゃないかしらん、と彩音は思っていたがさにあらず、六甲山のふもとにある彩音が通うS女子高はそもそもバイク通学に関する禁止規定がなかった。
母から譲り受けた真っ黒いDトラッカーで登校してみると、生徒指導の向井女史と数学の高本女史が飛び出してきて、ほら見ろ言わんこっちゃないと思ったのもつかの間、ほうほうこりゃこりゃとバイクについて品評を始めて呆気にとられた。
いわく、これヨシムラはいっとるやん、カムの音もちょっと違うんちゃう、ナンバー250のままやんけ、フォークカヤバになっとるで、トリプルツリーこれごっつええやつ付けとるで、云々かんぬん。
あげく、これ北条先輩のDトラやんな? まぁまぁちょこちょこアレがアレでアレになっとるみたいやけどだまっといたるわ、といわれて頭を抱えたくなった。
そのうちに教頭の大畑氏がやってきて、私もZ400FXで出勤してきましょうかね、などと言い出した日には、おっさんあんたもええ歳して何言うてんの、と内心毒づいたものだ。
次の次の日には校長の藤原女史がBMW・R100RS初期型の爆音をとどろかせながら出勤してきたものだから、S女子高のバイク通学はなし崩しのうちに認められたようなものだった。
それからあれよあれよという間にバイク通学は増え――はしなかった。
何しろ雨天が面倒くさい。
カッパを着こんでも首元は濡れるし、湿気がこもって汗をかく。足元に至っては学校指定のローファーや晴天時のブーツとは別にレインブーツを用意しなければならなかったから、自然と大荷物になった。
彩音(と、バイク出勤してくる先生方)の奮闘を見て、バイク通学に切り替えるかどうか迷っていた生徒たちはあきらめたのだ。
すぐにバイクを買ってしまった者たちも、雨天はバスや阪急神戸線で通学するものが多い。彩音自身も大降りの時は進んでそうした。ヘルメットにはワイパーはついていないのだ。
雨天云々はともかく、最初にバイク通学を始めた変わり者として彩音は校内で注目を浴び、おかげで同級生や先輩方の友達もすぐにできた。おまけに彼女自身は割と素直なたちだったから、女性社会によくある度の過ぎたやっかみを受けることも、まぁ多少はあったが、それが彼女自身に災厄となって降りかかるかといえばそうでもなかった。
森サトルと出会ったのは4月の終わりごろ、高校生活にも多少慣れ始めたころである。
7時45分といえば、この時間帯の国道2号の込み具合はなかなかのものだ。企業・官公庁の多い神戸、というより、新長田から大阪に至る狭義の阪神区間は陸海空とも満員御礼の大騒ぎとなる。
そこで少々急ぐとなれば追い越しすり抜けの連続で、ほとんどジムカーナと言っていい。
でまぁ、高校に上がって初めての小テストがあるので少し早めに家を出た彩音は、ジムカーナで慣らしたテクニックでひょいひょいと渋滞をパスしていた。
深江を出て東灘区役所前を過ぎ、いつもなら徳井町で右に折れるところを、その日はまっすぐ行くしかなかった――県道95号線をふさぐように事故が発生していたからだ。
空は空で国道や県道をなぞるように鳥人や竜人の飛行経路になっていて、その日もやっぱり多くの空飛ぶ人たちで埋め尽くされていた。というより、ものすごい渋滞になっていた。
どうやら電話を受けながら飛んでいたワイバーンと本を読みながら飛んでいた龍が衝突したところへ、よそ見飛行していたスカイフィッシュが突っ込んだらしい。死人は出ていないようだ。
お空の人らも大変やなぁ、と思っていると、同じ高校に通う魔法使いの先輩の縞パンツが目に入った。大きくて柔らかそうな、男好きのする尻である。あれ絶対わざとやっとんやろなぁ、と思った瞬間、その先輩と目が合った。
はっとしたその先輩は恥ずかし気な表情を一瞬見せたあと、いやになまめかしげな視線をよこした。
彩音はどぎまぎしてしまって、つい目を逸らし、逸らした先に居たのがカラスの羽を生やした男子学生と目が合ったのだ。
そこそこ造形は悪くないものの、ぬぼーっとしたその男子学生は彩音と目が合ったことを知ると、なぜかにーっと笑い――交通誘導員が通行を許可すると空の渋滞を縫って飛び去ってしまった。
次の日も同じ時間帯に家を出て、特に理由もなく少しぼんやりしてしまったところ、徳井町の交差点で右折するのを忘れてしまった。
まぁそんな日もあるやんな、と思って空を見上げると、やっぱりあのパンツと男子学生が居た。
彩音はなにか少し馬鹿らしくなって、信号が変わった瞬間に飛び出し、ホーンを鳴らされたり白と黒の豆腐屋ではない改造車に追いかけられない程度に、急いで渋滞をすり抜けた。
そのまた次の日、徳井町の交差点手前で右折レーンに入ろうとしたところ、空からひらひらとカラスの羽が降ってきた。
見上げると例の男子学生である。
彼が顎をしゃくるので右折レーンには入らず、直進レーンに戻る。
あとはなし崩しにシグナルグランプリが始まった。
彼とのバトルのルールは極めて特殊だ。
まずコースは徳井町から阪急電鉄大石駅前付近――右手のホームセンター、その手前の右に折れる道までの800m足らずの直進。
速度は法令速度プラス10kmまで。
どちらかがやる気を失ったり、信号に捕まった時点でバトルは終了。
素人考えでは縦横にしか動けないバイクのほうが不利だったが、空は空で上下方向へのすり抜けは禁止されていた――巡航速度やホバリングできるかどうかで飛行高度が定められていた――から、割と良い勝負になった。
ゴールまで勝負がつかなければ引き分けだが、「勝負のつき方」自体は二人にもよくわからない。よくわからないが、なんとなくわかる、あいまいなものだった。
あいまいなものだったが、それだけに何とはなしに気持ちがよく、ついつい毎朝やってしまっているのが現状だ。
ところでなぜ相手の名前を知ったかというと、例の縞パン魔女先輩と昼休みに話す機会があったからだ。
縞パン先輩はそこそこ大きな派閥を作っていたから、つかず離れずの距離を保ちたかった――できれば無視されていたかったのだが、向こうから近付いてきたのではどうしようもない。
ただ向こうも気を使ったらしく、「なんか毎朝会うからぁ」などと連れ合いに説明してくれていた。それがあるのとないのでは大きく違う。
で、縞パン先輩の言うことには、彼・森サトルは近所に住む幼馴染なのでまぁ仲良くしてやってくれ、ちなみに私も含めて付き合っている相手はいないよ、とのことだった。
なんで縞パン――井上先輩はそんなことを言ったんだろう、と思いながら彩音はもう少し気合を入れて走った。
前方上空にカラスの翼が見える。
こうして毎朝並んで走れるのも、梅雨が来るまでのことである。
エモい感じにしたかった