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カオルヤマ

作者: 沼木

異世界転生ものが流行っていると聞いたので書いてみたら、転生する前に終わってました。ドウシテコウナッタ。

世界が自分に優しくない。



こんな世界に居場所はない。

自殺したいけど、死にたくない。

強いて言うならいなくなりたい。

人の世界にいたくない。


愛されたい。優しくされたい。

何もしたくないなんて言ってない。

ただ、やれることだけやれば良いんだよって言って欲しい。

頑張りたいけど、努力はしたくない。


こんな自分は間違っていて、汚い人間だと思っている。

でも、そんな自分をそのまま肯定されたい。


そんなことあるわけない。


一人だけでも、いいのにそんな人にはあったことがない。

きっとこれからも会えない。


たった一つのお願いなのに、それはとてもとても難題だった。

そしてそれを解こうともしない、ぼくは、だから、

永久にこのままなんだと思う。


そんなことを、いつものように考えながらぼくは今日も瞼を閉じた。


夢をみた。

ぼくが見る夢はいつもぼくが普段見る自分の世界で、登場人物はいつも普段見る人たちだった。

でも現実と同じでいつも主人公はぼくだった。

ぼくは、その夢の中で大体いつも泣いていた。

みんなが空を飛べる世界なのに、ぼくだけが飛べなくて泣いていたし、どうしてもバターが見つからなくて泣いていた。バターが欲しいのにどうしてもスーパーにはマーガリンしか置いてなくて泣いていた。

夢をみた。

しかしそれは、いつもの夢と違っていた。


まず感じたのは質感。体にかかるタオルケットの重み。それから呼吸。ぼくは夢の中なのにハッキリと息をしているのがわかった。瞼を開くとそこにあるのはいつもの天井、まだ日が明けきらない、薄い薄い光がカーテンの隙間から差し込んでくる。

ぼくはゆっくりと上体を起こして、まず自分の手を確認した。

うん、ぼくの手だ。指が細くて爪の形がとても綺麗。爪の形が整っているのが少し自慢。普段あまり日に当たらないから白くて、なんていうか、そう苦労をしたことがない手だ。

間違いなくそれはぼくの手で、間違いなくここはぼくの部屋で、間違いなく呼吸をしていて、ベッドの上で僕は今まで眠っていて、いつものように布団がめちゃくちゃになっている。寝る前にはいつも布団を元に戻すはずなのに、朝起きたらまるで自分以外の何かがそこにいたかのように布団が乱れているところも含めて完全にそこは自分の部屋だった。

なのに夢だった。

自分ははっきり夢の中にいるということがわかった。

気づいた要因を一つ挙げるなら、空気。完全にそこは自分の部屋ですよ、と見せている様が本当に偽物くさかった。

立ち上がって部屋から出ようとする。喉がカラカラだったから何か飲みたかった。冷蔵庫にはまだ飲みかけのコーラが残っていたはずだ。もう完全に炭酸は抜けきってしまっているだろうけれども、キンキンに冷えたその甘ったるい飲み物は僕の好みだった。

「?」

ドアが開かない。僕の部屋から廊下に続くそのドアには鍵がない。開かないなんてはずがない。なのに、そのドアはピタリとも動かないのだ。

見えない力に抑えられているというよりも、まるでドアと壁が合体して一枚の絵画にでもなってしまったかのように動かない。

「遊ぼう?」

後ろから声がした。不思議だったのはその声に僕が驚かなかったことだ。

振り返ってまず目に入るのは、雑誌や単行本、小説が乱雑に置かれた机。そしてその奥の座椅子に腰掛ける10才に届くか届かないくらいの黒髪の少女だった。

和服だった。色は真紅で、柄は金色の花。花の名前には詳しくないけど見たことのあるような花だった。なんとなく高級そうなのにそれをまるで昔の遊女のようにだらしなく着崩している。

「ねえ、遊ぼう?」

ああ、この声だ。涼風のように顔を撫でるこの声だ。

どうして驚かなかったのかなんとなく理解した。ぼくがベッドから起きた時から、彼女はずっとそこにいたのだ。ぼくはそれを自然に受け入れていた。まるで偽物の世界のただ一つの本物のように。

「ここはどこ?」

少女の問い、あるいは提案を意図的に無視してぼくは問うた。

少女は首を傾げた。いかにもその動作をすると、可愛らしく見えるということを知っているかのように。猫のように。

「あなたの部屋でしょう?」

「違うよ。ここはぼくの部屋じゃない。ぼくの部屋はこんなに綺麗じゃない。」

「十分汚いと思うんだけど。」

「そういうことじゃなくて。」

なんて言っていいかわからなかった。言葉がうまく出てこない。ここは寸分違わずぼくの部屋なんだけど、その通りなんだけど。何かこう手触りが違うんだ。まるで木を触っているはずなのに鉄のような。

「なんとなくわかるんだよ。ここはぼくの部屋じゃない。」

「ふーん。」

「君は誰?」

「わからないの?誰だと思う?」

わからないから聞いているのに、少女はそう聞き返した。なんで知らないの、とでも言いたげだった。

ぼくはというとなんとなく寝起きの倦怠感も抜けて、少し冷静になってきていた。それから冷静になるにつれてだんだんと怖くもなってきていた。

今は何時だろう。光の差し方を見れば明け方のようだが、まるで切り離されてでもいるかのよう時間というものを感じない。

「これは夢?」

なにを聞いても、まともな答えが返ってくるなんて思えなかったから、あえてわかりきっていることを聞いてみる。

明晰夢という単語が頭に浮かんでいた。夢だと自覚している夢。本来夢は胡蝶の夢のように、それを自覚できないものだ。しかし、夢もまた脳の作り出すものであるから、偶発的に、または意図的に、夢を自覚できることがある。

「あるいは、そうかも。」

少女はまた曖昧なことを言った。

「ぼくを起こして。」

「ダメ。」

いやにハッキリと彼女は言った。

「じゃあ、この部屋からだけでも出して。喉が渇いているんだ。」

「ドアの外にはなにもないかもよ?」

「ドアの外にはなにもない?」

「かもだけどね。」

少女は笑った。

ぼくは笑わなかった。

ふとこの夢、この世界はこの部屋だけで完結しているのかもしれないと思った。

「でも、もともとそういうものだったでしょう?貴方にとっては。」

「ぼくを引きこもりみたいに言わないで。外にも出てるし、運動だってしている。そこそこだけどね。」

「そこそこ外に出てるし、運動もしている。」

言葉を繰り返し。クスクスと笑う。

「だけど、学校には行ってない。」

ぼくは、

「うん、そう。」

とだけ返した。スラスラと言葉が出た。

「どうして?」

「わからない。」

「わからない?」

本当にわからなかった。気がつけば行かなくなっていた。要因はなにかしらあったのかもしれない。もう思い出せないけど、思い出したくないけど。

「強いて言えば、うるさかったからかもしれない。」

「誰が?」

「ぼく以外がうるさいんだ。話しかけるわけでもないのに、ぼくの話をしているのがわかるんだ。それをなんとかしようとは思ったけれど、なんともならなかった。そしたら体が動かなくなってた。無気力というわけじゃないよ?でも動いたら怒られる気がして。動けないみたいな。そんな感じ。」

「助けて欲しいんだ?」

「うん、そんな感じ。」


「誰も助けてくれないよ。」

僕に向けられた言葉なのに、独り言のような響きのする音だった。

「貴方のことなんて、きっと誰も助けてくれない。」

鈴の音のような可愛らしい声音なのに、ガラスを引っ掻くような残酷さで僕には聞こえた。

なんとなく見放されてるような気がした。もしくは見下げ果てられたのかもしれない。

僕は自分以外の誰かに見放されたくはなかった。

僕を見下げ果てていいのは自分自身だけだったから、自分以外の誰にも僕を傷つける権利なんてなかった。

そんな静かな、抵抗はしかし僕の口から空気の振動となって出ることはなかった。

そういうことを言うのは格好の悪いことだと思ったから、外に出ることなく僕の心臓に小さな刻みをつけるだけにとどまった。

「だから、遊ぶの。」

独り言は、まだ続いていた。もう、やめて欲しいのに。しかしその声も出ない。

まだ聞きたかったから。

「だから、遊びが必要なんだよ。ゆとりっていってもいいかもしれない。機械はね、緻密に作れば緻密に作るほど壊れやすくなるから、それに全く必要のない無駄が必要になるように。貴方には無駄が必要なの。」

「僕にはもともと無駄しかないよ。」

少なくとも今は、という言葉は口の中だけ。

じゃあ昔はそうじゃなかったの?と聞き返されるのは面倒だったから。そんなことを聞き返されたら、「いいや昔から、生まれた時から、無駄しかなかったね。」なんて思ってもいないことを返すに決まっている。

ああ、そうじゃない。僕は本当のところは自分のことを無駄で無意味な存在だなんて思っていないんだ。

だけど、心とは裏腹にそういった類のことが口に出るのは、「そんなことはないよ。」という一言を絞り出したいからなだけだ。

必要だって言って欲しいのだ。

言われるわけないのに。ほら、また嘘を吐いた。

嘘ばっかりだ。

「潔癖症なんだね。汚いものが嫌いなの?不真面目なものは嫌い?」

「そんなことはないよ。ぼく自身、不真面目だし薄汚い人間だから。人間だれしも薄汚い部分は持ってるものだろう?もしかしたら、そういうのがない心が綺麗な人間もいるかもしれないけどさ。」

「それが貴方?この世で唯一綺麗で潔白で心の底から聖人なのが貴方なの?」

「違うよ。そう言っただろ。僕はどちらかというと薄汚れた方だって。」

「とてもそうは聞こえなかったけど。一般論を口にして議論をすっぽかしたかのようにしか私にはきこえなかった。ねえ?自分のことを喋らないのがカッコのいいことだとでも思っているの?私は貴方とお話がしたいの。」

だんだんと顔が冷たくなってきた。今まで顔を流れていた血液という血液が、ものすごい早さで爪先まで降下していくのがわかった。そういえば僕は立っていたんだ。

座り込みたかった。

泣いて謝りたかった。

なんとなく、切断される感覚がそこにはあった。他者とのひとつの関係を。

どうしても怖くて怖くて仕方がない。僕はきっとまた止まる。また動けなくなる。

「もともと動いてなんかいなかったでしょ。さっき貴方は自分自身の口でそういってたじゃない。」

何かを間違ったんだ。ぼくは彼女との会話のうちの何かを決定的に間違った。だから彼女は怒っている。

誰かが怒っている様子をみるのは怖くて怖くて仕方がない。それが自分に向けられるなんて気を失ってしまいそうだ。

なのに涙はでなかった。いつの間にかにこちらを見つめる、瞳から目を離すことがどうしてもできない。

ぼくのことなんて何も知らないこの子との関係性を失ってはいけないから、目を離したらきっとどこかに行ってしまって。もう二度と会えなくなってしまうから。だから、どんなに怖くて、なにも言い返せなくても目だけは離すわけにはいかなかった。

それがぼくの卑怯だった。

「貴方、死んだ方がいいよって言って欲しいでしょ?こんな所に居たくないでしょ?そういって貰えば安心するでしょ?死にたくないでしょ?誰かに理不尽に殺されたいでしょ。泣きたいでしょ?座っていいよって言って欲しいでしょ?座りたくないでしょ?安心したいでしょ?安心したくないでしょ?どうにかしたいんでしょ?どうにかして欲しいんでしょ?救って欲しいんでしょ?」

「そうです。助けて欲しいです。なにかよくわからない突発的な事故のようなものでも良いんです。状況を変えて欲しいんです。ぼくにはなにもできないんです。」

少女は、さっきまでの燃えるような瞳を和らげ、しかし最初のような猫のような笑顔に戻るわけでもなく、そう顔を引き裂くようなニヤリとした酷薄な笑みを浮かべた。

人間の腹の底を、こねくり回して臓腑を引き出したことを本当に本当に喜ばしいことのように。

「本当に潔癖症なんだね。ゾクゾクするよ。本当にゾクゾクする。ものの置き場所を決めはしないのに、適当に置いてるくせに、誰かに動かされるのは嫌いみたいな。だけど怖くなったら助けて欲しいなんて。」

立ち上がり、ぼくに近づく。

ぼくはいつしか、いつの間にか、ひざまづいていたから近づいてくる少女のほうが目線が上になっていた。ぼくの顎を掴んで無理やり目線を合わせると、少女はなおも凄惨に笑った。

「こっちを見なさい。見るのよ。私の顔をご覧なさいな。」

長い黒髪が僕の顔を撫でた。それだけで触れた頰が焼けつくように痛かった。

「貴方は綺麗なんかじゃない。」

「ぼくは最初から綺麗なんかじゃない。」

打たれた。

「そうじゃないわ。それじゃない。私の言ったことをただ繰り返すの。

貴方は綺麗なんかじゃない。」

「ぼくは綺麗なんかじゃない。」

満足そうだった。彼女は続けた。

「貴方は賢くない。」

「ぼくは賢くない。」

「貴方は上でも下でもない。普通の人間。」

「ぼくは上でも下でもない。普通の人間。」

「普通の人間は、愚かではない。」

「普通の人間は、愚かじゃない。」

「人間は、誰からも救われたりしない。」

「人間は、誰からも救われたりしない。」

「「だから」」

「「貴方が(ぼくが)が貴方を(ぼくを)助けてあげて。」」


少女は手を離すと、

「さあ、遊ぼう。また、遊ぼう。明日も、明後日も。」

ぼくは頷いた。

「ねえ、もう一回名前を聞いても良い?」


「それはまた明日、会えたらね。」



カーテンの隙間から差し込む薄明に、ゆっくりと瞼を開くとそこはいつものぼくの部屋だった。しかしそこはどこか違う場所のように感じた。

肺に行き渡る空気は、どこか雪解け後のように静謐かつ清らかに感じた。

ベッドから降りると、ぼくの足はいつものようにパソコンには向かわずに、数ヶ月使っていない制服が眠るクローゼットへ向かっていた。

なんとなく、今日は気分が良かった。夢見が良かったからかもしれない。

心の淀みがなくなったわけではない。いまだ大きく心臓の少し上の方に位置している。でもそれは今では大切な臓器の一つのようにぼくには感じられていた。制服に袖を通すと、窓の縁に見慣れぬ花が一輪、コップにささって置かれていた。誰が置いたのだろう。

名前は思い出せないけど、見たことがあるような花だった。今度、辞書で調べてみようと思う。

身支度を整えると、廊下に続くドアを開く。鍵はかかっていなかったから、そのドアはなんのしこりもなくスラリと開いた。


終わり



「カオルヤマ」は「ぼく」ではありません。

でも、この「カオルヤマ」は「ぼく」が書いたので、ぼくかもしれません。

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